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【第30話】『渦に堕ちる者──ルクシィア、初任務へ』
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ネメシス第六研究棟、深層第4隔離フロア。
“L-Room”、通称「ルクシィア室」。
照明は赤く染まり、天井からは生体観察用の多眼カメラが無数にぶら下がっている。
檻の中には、軍服を着たセイガン兵の若者が拘束され、虚ろな目で壁を見つめていた。
「さて、我が美しき傑作よ。今宵の実験は……あなたの“芸術的摂食”の、最終検証だ」
ドクトル・メディアスが嬉々とした声で笑う。
「彼はね、正式な兵士だ。軽い幻覚剤だけを打った状態。反応も知能も健全。だから――食べごたえがある」
ルクシィア・メイルシュトロムは静かに檻の前に立つと、赤いヒールを鳴らして近づき、扉を手で押した。
がちり、と金属音がして檻が開く。
男の瞳が微かに動いた。だが恐怖ではない――錯乱にも似た、性的陶酔がそこにあった。
「ふふ。やっぱり、男って……見る前からバカになるのね」
ルクシィアは指先で男の顎を掴む。
その瞬間、男の顔が恍惚に歪み、鼻から血が垂れた。次の瞬間には舌を噛み切って絶命しそうなほど痙攣していた。
「まだダメ。食べる前に逝っちゃったら、面白くないわ」
彼女はくすりと笑い、男の口元に自らの血を垂らす。
ルクシィアの体液には、強力な幻覚性媚毒と痛覚刺激が含まれており、接触した相手は“甘美な苦痛”の中で徐々に意識を破壊される。
「おほっ……あ、あぁ……アナタ……は……神……」
男は泡を吹きながら両手を震わせ、まるで信者のように彼女に跪いた。
その姿を、ルクシィアはゆっくりと、まるで舞踏会のリズムのように美しく踏みつける。
ぐちゅり、と骨が砕ける音。
「食事は、感謝して受けるものよ。そうでしょ、ドクトル?」
ドクトルは記録用端末を操作しながら、うっとりと答えた。
「すばらしい。興奮性、神経伝達遮断、血液凝固時間──すべて理想値。完璧な“愛の捕食”だ。
いやはや、君を創ってよかった。ゲロスやベルゼヴュートとはまた違う、サキュバス型の真価だよ……」
男の体はすでに乾燥したミイラのように変わっていた。
ルクシィアはその頬を軽く撫で、最後にひとつ、残酷な慈愛のように呟く。
「ねえ……もっと欲しいの。もっと、もっと壊したい。
“本物の戦場”でね」
ドクトルは狂気じみた喜びで頷いた。
「その日が、明日だよ。いよいよ出番さ、ルクシィア。セイガンの“若き血”をたっぷり吸っておいで。君の初任務は、破壊と快楽のデビュー舞台だ」
ルクシィアは踵を鳴らして、鏡の前で自らの美貌を一度だけ確認し、そして笑った。
「ええ……世界を、蕩かしてあげるわ」
『研究者の手記──ルクシィア観察報告』
【分類】L-DISASTER PROJECT:派生体・コードNo.03
【名称】Luxxia Maelstrom(ルクシィア・メイルシュトロム)
【種別】サキュバス型戦闘怪人/戦略的色欲誘導兵器
【形態】女性型生体融合体/改造基礎体:人類女性(収容番号D-113f)
記録者:ドクトル・メディアス(開発主任)
本日、ルクシィア個体におけるフェーズ3観察実験を完了した。
観察対象は高い順応性を示し、視覚・嗅覚・体表フェロモン分泌による誘導支配は“軍規訓練済みのセイガン兵士”に対しても有効であると証明された。
特筆すべきは、対象が「殺意ではなく愛情に似た欲望」によって行動するという点である。
これは従来型怪人(例:ゲロス、ベルゼヴュート)が“破壊”を動機とするのに対し、ルクシィアは“満たされたい”という明確な精神的渇望に基づいている。
この点について、以下の仮説を記す。
■【仮説1】“感情転写型捕食行動”
ルクシィアは捕食対象に「快楽」や「魅了」を与えることで、支配と摂食の同時遂行を行う。
これは神経学的に見て“情動と痛覚の混同”を起こす新しい兵器形態であり、敵戦力の心理面を崩壊させるには極めて有効。
■【仮説2】“擬似生殖欲求の深化”
実験中、対象が自ら「孕ませて欲しい」と囁く場面が観測された(録画あり)。
これは演技ではなく、生物としての深層意識に組み込まれた「遺伝的継承の模倣」であり、戦闘型兵器における新規フェーズへ到達した兆候とも言える。
■【仮説3】“創造者への感情依存”
当方(ドクトル)に対し、対象は幾度となく“好意的接触”および“報告なき自発的接触”を試みた。
通常、怪人個体は命令系統に従属するのみだが、ルクシィアはそれを超えて“認識欲求”を示す。
→補足:これは“制御困難性”へと移行する可能性を孕むものの、当面は有益な観察対象である。
【戦闘面メモ】
・戦闘能力:S-
・個別対処力:A+
・群体対応:C(※範囲制御が未調整)
・潜入適性:SS
・拷問・尋問応用:適合
・自我発現度:38%(前回測定:32%)
・忠誠値:可変(固定化困難)
【個人的見解】
完璧とは言えないが、“美しき異端”としての仕上がりは上々。
この手の“感情系兵器”は、我が輩が初期に試みた“L-Mother”プロジェクト(失敗)以来の成功例となり得る。
強いて課題を挙げるなら、対象の感情が“所有欲”へ転化する兆候を見せ始めた点である。
要監視。
──彼女は我が芸術。だが、芸術は時に“作者を食う”。
【追記】
今夜、彼女は初任務へ赴く。
果たして“世界”は、彼女の悦びに耐えられるだろうか。
記録者:Dr. Medius
記録時刻:02:14AM/L-Lab深層観察室にて。
『研究者の手記──観察記録・弐号体「ベルゼヴュート」』
【分類】L-DISASTER PROJECT:フェーズ3個体
【名称】Beelzevute(ベルゼヴュート)
【種別】有翼虫型融合個体/“喰腐性殲滅兵器”
【改造基体】収容番号:X-022(旧・人類男性)/群体蠅種+腐食性腸内蛆融合体
記録者:ドクトル・メディアス
本個体は、死体より自然発生した寄生蠅種(通称:アポクリア・マグゴ)と、生存本能のみで集団房内にて腐乱肉を喰らって生き延びた“元・人間”との合成体である。
融合の際に見られた“自発的接合”および“快感反応”は、実に興味深い変異であった。
■【外皮評価】
外骨格は銀灰色。高い硬度と自己再生能力を持ち、通常兵器による貫通は困難。羽は厚手のキチン質を有し、高周波振動による音波干渉で対人感覚器官を撹乱可能。
また、吐瀉される“腐蝕液”(Stomach Rot Toxin)は、触れた有機体のタンパク質を即座に溶解する。金属類への侵食も進行性あり。
■【精神特性】
異常なまでの「自己愛」と「腐臭への執着」を持つ。
自身が“食うこと”“腐敗させること”によって“世界を支配できる”と本気で信じている節がある。
滑稽だが、こうした“狂信的欲望”は戦場においては極めて有効である。
■【自我発現度】46%(増加傾向)
■【忠誠度】流動的。だがゼクスの命令には現在のところ従順。
■【戦闘評価】S(対集団戦適性)/A-(対個別)
■【任務適性】感染/腐敗拡大任務に最適
【所見】
見た目は下劣、精神は猟奇。だが、戦果は信頼に値する。
あえて言うならば──“芸術的ではない”。
この個体にロマンはない。だが戦場では、美より汚濁が時に強い。
【備考】
ルクシィアとの接触は、彼女側に“生理的嫌悪”が確認された。組み合わせは避けるべし。
『研究者の手記──観察記録・壱号体「ネファリウム」』
【分類】L-DISASTER PROJECT:プロトタイプ戦闘怪人
【名称】Nepharium(ネファリウム)
【種別】強化型融合個体/“超級対ヒーロー戦仕様”
【改造基体】収容番号:X-001(旧・特殊戦術兵士)+寄生筋繊維群/増幅神経束融合体
記録者:ドクトル・メディアス
怪人計画の記念すべき“最初の成功例”。
ネファリウムは、純粋な戦闘能力において旧型ヒーロー(例:セイガンブルー、ブラック)を凌駕する数値を叩き出した初の被験体である。
■【生体構造】
肉体全体に“増幅寄生神経”を流し、神経速度・反応速度・筋力出力を常人の約18倍へ向上。
外皮はヒト型に近いが、可動部には多関節構造を持ち、四肢の方向を任意に反転させる奇襲動作が可能。
更に特徴的なのは“視覚器官”──光ではなく“殺気”に反応する特殊視神経を有し、周囲の敵意密度を感知する。これにより奇襲や不意打ちは極めて困難。
■【精神特性】
寡黙。冷徹。時に非合理な“他個体の保護行動”を取る。
ベルゼヴュートに対しては“兄弟的”な連帯意識が芽生えており、命令外の行動でも保護・共闘を優先する傾向がある。
■【自我発現度】54%(警戒レベル:中)
■【忠誠度】安定。ただし独自思考が進行中。
■【戦闘評価】S+(対ヒーロー個別戦特化)
■【任務適性】奇襲/指揮官排除/小規模破壊
【所見】
完成された“殺しのための美学”を持つ。
戦場での所作は無駄がなく、まるで舞を踊るよう──血と肉を裂く“暗黒の騎士”とも呼ぶべき存在。
最も成功した個体であるがゆえ、最も危うい。
忠誠は仮初め。いずれ“意思”が“命令”を食い破る。
【備考】
ゼクスとの接触時、しばしば“沈黙”を保ち続ける。
これは服従ではなく、観察であると我輩は見ている。
■
ネメシス研究棟・第六実験観測室。
天井の蛍光灯が微かに瞬き、無機質な空間に冷たく白い光を落としていた。
ゼクスは強化ガラス越しに、じっと彼女の姿を見つめていた。
ルクシィア・メイルシュトロム。
サキュバス型怪人として誕生した、最も“美しく残酷な兵器”。
紅黒のレザーを纏い、裸足で床を滑るように歩く姿は、まるで舞うようであり、同時に死の儀式のようでもあった。
「視線を感じるわ。ゼクス……あなた、私のこと好きなの?」
その艶やかな唇が緩やかに歪む。声には甘やかな毒が混じっていた。
彼女の右手には、先ほどまでテスト対象だった兵士の死体がぶら下がっている。首の皮一枚で繋がった肉の塊。すでに血液も精気も吸い尽くされ、中身は空。
ゼクスは無言で操作卓のデータログをスクロールさせた。
反応速度、捕食効率、精神影響指数――すべてが期待値を超えていた。
「任務はシンプルだ。セイガン南部哨戒基地の殲滅。潜入、撹乱、崩壊。君の“嗜好”を満たすには充分だろう」
「嬉しいわ。でも……命令されたから動くんじゃない。欲しいから、狩るのよ」
ルクシィアは血の滴る指をぺろりと舐め取り、足元に崩れた死体をつま先で潰した。
目を細めるその表情は、まるで恋人に微笑むかのように甘美だった。
──その夜。
夜霧が谷を覆い尽くすように降りていた。湿った空気が地面を這い、木々の葉擦れすら飲み込む静寂の中、ひとつの影がゆっくりと姿を現す。
それは──ルクシィア・メイルシュトロム。
サキュバス型怪人として生まれた彼女は、黒と紅の艶やかな装飾を身にまとい、見る者すべての理性を溶かすような妖艶さを纏っていた。なまめかしく揺れる腰、背に生えた生体膜のような薄羽、そして何より、その瞳。
「ふふ……いい匂い。若い男の、焦りと欲望と、未熟な正義感……」
ルクシィアは長い指で唇をなぞり、陶酔したように笑みをこぼす。その声は夜風に混じり、誰にも気づかれることなく基地を包んでいく。
見下ろす先には、セイガン南部哨戒基地。
厳重な警戒網に囲まれたその拠点も、彼女にとってはただの遊技場に過ぎなかった。
「さあ、入れてちょうだい? 今夜は退屈しなさそうね」
彼女は音もなく谷を下り、塀の外縁にある補給口へと向かう。
そこには、夜間搬入のチェックをしていた若き整備兵の姿。
「……誰か、いるか?」
かすかに揺れる紅い影に彼は目を細めた。
「おい、ふざけんなよ……こんな時間に」
その瞬間、背後から声が耳元に這い寄った。
「こんばんは、坊や……疲れてるの?」
凍りつくような甘い囁き。振り返る暇もなく、男の身体はくたりと崩れ落ちた。
瞳は虚ろに開いたまま、喉元には紅い痕──皮膚を突き破るほどでもない、小さな口づけの跡。
「ふふ、まだ青いわね。でも……可愛い血の味」
ルクシィアは男の頭をそっと撫で、まるで愛しい子を寝かしつけるかのように整えてやる。
そして、ひとつ息をつきながら内部へと足を進めた。
「警報? 出ないわよ。誰も私の香りには抗えないもの」
彼女の一歩ごとに、空気が甘く湿り気を帯びていく。深夜、仮眠室でうなされる若者が、夢とも現実ともつかぬ幻に喉を鳴らす。
「はぁっ……あれ? なんで、こんなに……息が、苦しい……」
警備室では警備兵がモニター越しに異常を感じ取るも、その手は震えて操作に届かない。
「香りだけで酔えるなんて……罪ね」
ルクシィアは壁沿いに進みながら、手で触れた通気口からさらに濃厚なフェロモンを放出させる。全域を包み込む香気の魔術。
「もっとちょうだい、もっと……愛して、壊れて」
彼女の足元に、巡回兵がひとり、目を見開いて倒れ込む。
ルクシィアはその顔にそっと口を近づけた。
「苦しい? でも大丈夫。すぐに楽になるわ。全部、あたしがもらってあげる……」
唇が触れた瞬間、男の肌は青黒く変色し、心臓が脈を止める音が聞こえるほどに沈黙が満ちた。
甘い香り、音もなく広がる死。
ルクシィアはその場に屍を残し、くるりと踵を返す。
「ゼクス。あなたの命令、忘れたわけじゃない。でもね……この“遊び”は、わたし自身のもの。あなたのものじゃない」
そして、闇に溶けるように──
ルクシィアは、欲望と死を纏って夜を滑っていった。
簡易食堂では若い隊員たちが演習後の食事を楽しんでいた。
「ったく、シルバー先輩がやられたってのに、俺たちゃノンキに飯食ってていいのかよ……」
「でも、あれだろ? サクラ先輩、戻ってきたって……」
「マジで!? やっべぇ、今度の休暇が出たらちょっと見に行こうぜ……!」
そのときだった。
甘く生暖かい風が吹き抜け、空気に違和感が広がった。
ふと、湯気の立つ味噌汁が、表面から“泡立ち”始める。
「……なんだ、この匂い」
立ち上がろうとした隊員が、その場に崩れ落ちた。
口から涎を垂らし、目を虚ろにさせながら、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
ルクシィアは、もう構内にいた。
その足取りは静かで、まるで香水の香りのように侵入していた。
「男の子って、ほんと単純。ちょっと香らせてあげるだけで……ほら、こう」
彼女の指がひとりの隊員の頬に触れた。
瞬間、その肌が青黒く変色し、血管が浮き出し、苦悶の声が喉奥から漏れた。
「さあ、壊して、壊して、全部壊して……」
哨戒基地の構内に、ルクシィアの笑い声が木霊した。
快楽と死が入り混じるその音は、まるで催淫剤のように周囲の理性を破壊していった。
監視室。
ゼクスは椅子に腰かけ、冷えた紅茶に目を落としていた。
大型モニターには、崩壊する基地の様子が克明に映し出されていた。
「――十分な性能。だが、予想以上に“自我”の発現が早いな。いずれ制御は難しくなるか」
「彼女もまた、駒ではないということかしら?」
声の主はラミアだった。
黒衣の少女は、ゼクスの背後に気配もなく現れていた。
「止める気は?」
ゼクスはわずかに首を振った。
「今はまだ。その時が来れば、駒を切るだけだ」
「……でも、駒は時に、王さえ喰う」
ラミアの言葉に、ゼクスは答えなかった。
モニターの向こう、ルクシィアの瞳が不意にこちらを見た。
カメラ越しでも視線が絡みつくようで、ゼクスは紅茶に口をつけながら呟いた。
「欲望という名の兵器……さて、どこまで踊ってくれるか」
“L-Room”、通称「ルクシィア室」。
照明は赤く染まり、天井からは生体観察用の多眼カメラが無数にぶら下がっている。
檻の中には、軍服を着たセイガン兵の若者が拘束され、虚ろな目で壁を見つめていた。
「さて、我が美しき傑作よ。今宵の実験は……あなたの“芸術的摂食”の、最終検証だ」
ドクトル・メディアスが嬉々とした声で笑う。
「彼はね、正式な兵士だ。軽い幻覚剤だけを打った状態。反応も知能も健全。だから――食べごたえがある」
ルクシィア・メイルシュトロムは静かに檻の前に立つと、赤いヒールを鳴らして近づき、扉を手で押した。
がちり、と金属音がして檻が開く。
男の瞳が微かに動いた。だが恐怖ではない――錯乱にも似た、性的陶酔がそこにあった。
「ふふ。やっぱり、男って……見る前からバカになるのね」
ルクシィアは指先で男の顎を掴む。
その瞬間、男の顔が恍惚に歪み、鼻から血が垂れた。次の瞬間には舌を噛み切って絶命しそうなほど痙攣していた。
「まだダメ。食べる前に逝っちゃったら、面白くないわ」
彼女はくすりと笑い、男の口元に自らの血を垂らす。
ルクシィアの体液には、強力な幻覚性媚毒と痛覚刺激が含まれており、接触した相手は“甘美な苦痛”の中で徐々に意識を破壊される。
「おほっ……あ、あぁ……アナタ……は……神……」
男は泡を吹きながら両手を震わせ、まるで信者のように彼女に跪いた。
その姿を、ルクシィアはゆっくりと、まるで舞踏会のリズムのように美しく踏みつける。
ぐちゅり、と骨が砕ける音。
「食事は、感謝して受けるものよ。そうでしょ、ドクトル?」
ドクトルは記録用端末を操作しながら、うっとりと答えた。
「すばらしい。興奮性、神経伝達遮断、血液凝固時間──すべて理想値。完璧な“愛の捕食”だ。
いやはや、君を創ってよかった。ゲロスやベルゼヴュートとはまた違う、サキュバス型の真価だよ……」
男の体はすでに乾燥したミイラのように変わっていた。
ルクシィアはその頬を軽く撫で、最後にひとつ、残酷な慈愛のように呟く。
「ねえ……もっと欲しいの。もっと、もっと壊したい。
“本物の戦場”でね」
ドクトルは狂気じみた喜びで頷いた。
「その日が、明日だよ。いよいよ出番さ、ルクシィア。セイガンの“若き血”をたっぷり吸っておいで。君の初任務は、破壊と快楽のデビュー舞台だ」
ルクシィアは踵を鳴らして、鏡の前で自らの美貌を一度だけ確認し、そして笑った。
「ええ……世界を、蕩かしてあげるわ」
『研究者の手記──ルクシィア観察報告』
【分類】L-DISASTER PROJECT:派生体・コードNo.03
【名称】Luxxia Maelstrom(ルクシィア・メイルシュトロム)
【種別】サキュバス型戦闘怪人/戦略的色欲誘導兵器
【形態】女性型生体融合体/改造基礎体:人類女性(収容番号D-113f)
記録者:ドクトル・メディアス(開発主任)
本日、ルクシィア個体におけるフェーズ3観察実験を完了した。
観察対象は高い順応性を示し、視覚・嗅覚・体表フェロモン分泌による誘導支配は“軍規訓練済みのセイガン兵士”に対しても有効であると証明された。
特筆すべきは、対象が「殺意ではなく愛情に似た欲望」によって行動するという点である。
これは従来型怪人(例:ゲロス、ベルゼヴュート)が“破壊”を動機とするのに対し、ルクシィアは“満たされたい”という明確な精神的渇望に基づいている。
この点について、以下の仮説を記す。
■【仮説1】“感情転写型捕食行動”
ルクシィアは捕食対象に「快楽」や「魅了」を与えることで、支配と摂食の同時遂行を行う。
これは神経学的に見て“情動と痛覚の混同”を起こす新しい兵器形態であり、敵戦力の心理面を崩壊させるには極めて有効。
■【仮説2】“擬似生殖欲求の深化”
実験中、対象が自ら「孕ませて欲しい」と囁く場面が観測された(録画あり)。
これは演技ではなく、生物としての深層意識に組み込まれた「遺伝的継承の模倣」であり、戦闘型兵器における新規フェーズへ到達した兆候とも言える。
■【仮説3】“創造者への感情依存”
当方(ドクトル)に対し、対象は幾度となく“好意的接触”および“報告なき自発的接触”を試みた。
通常、怪人個体は命令系統に従属するのみだが、ルクシィアはそれを超えて“認識欲求”を示す。
→補足:これは“制御困難性”へと移行する可能性を孕むものの、当面は有益な観察対象である。
【戦闘面メモ】
・戦闘能力:S-
・個別対処力:A+
・群体対応:C(※範囲制御が未調整)
・潜入適性:SS
・拷問・尋問応用:適合
・自我発現度:38%(前回測定:32%)
・忠誠値:可変(固定化困難)
【個人的見解】
完璧とは言えないが、“美しき異端”としての仕上がりは上々。
この手の“感情系兵器”は、我が輩が初期に試みた“L-Mother”プロジェクト(失敗)以来の成功例となり得る。
強いて課題を挙げるなら、対象の感情が“所有欲”へ転化する兆候を見せ始めた点である。
要監視。
──彼女は我が芸術。だが、芸術は時に“作者を食う”。
【追記】
今夜、彼女は初任務へ赴く。
果たして“世界”は、彼女の悦びに耐えられるだろうか。
記録者:Dr. Medius
記録時刻:02:14AM/L-Lab深層観察室にて。
『研究者の手記──観察記録・弐号体「ベルゼヴュート」』
【分類】L-DISASTER PROJECT:フェーズ3個体
【名称】Beelzevute(ベルゼヴュート)
【種別】有翼虫型融合個体/“喰腐性殲滅兵器”
【改造基体】収容番号:X-022(旧・人類男性)/群体蠅種+腐食性腸内蛆融合体
記録者:ドクトル・メディアス
本個体は、死体より自然発生した寄生蠅種(通称:アポクリア・マグゴ)と、生存本能のみで集団房内にて腐乱肉を喰らって生き延びた“元・人間”との合成体である。
融合の際に見られた“自発的接合”および“快感反応”は、実に興味深い変異であった。
■【外皮評価】
外骨格は銀灰色。高い硬度と自己再生能力を持ち、通常兵器による貫通は困難。羽は厚手のキチン質を有し、高周波振動による音波干渉で対人感覚器官を撹乱可能。
また、吐瀉される“腐蝕液”(Stomach Rot Toxin)は、触れた有機体のタンパク質を即座に溶解する。金属類への侵食も進行性あり。
■【精神特性】
異常なまでの「自己愛」と「腐臭への執着」を持つ。
自身が“食うこと”“腐敗させること”によって“世界を支配できる”と本気で信じている節がある。
滑稽だが、こうした“狂信的欲望”は戦場においては極めて有効である。
■【自我発現度】46%(増加傾向)
■【忠誠度】流動的。だがゼクスの命令には現在のところ従順。
■【戦闘評価】S(対集団戦適性)/A-(対個別)
■【任務適性】感染/腐敗拡大任務に最適
【所見】
見た目は下劣、精神は猟奇。だが、戦果は信頼に値する。
あえて言うならば──“芸術的ではない”。
この個体にロマンはない。だが戦場では、美より汚濁が時に強い。
【備考】
ルクシィアとの接触は、彼女側に“生理的嫌悪”が確認された。組み合わせは避けるべし。
『研究者の手記──観察記録・壱号体「ネファリウム」』
【分類】L-DISASTER PROJECT:プロトタイプ戦闘怪人
【名称】Nepharium(ネファリウム)
【種別】強化型融合個体/“超級対ヒーロー戦仕様”
【改造基体】収容番号:X-001(旧・特殊戦術兵士)+寄生筋繊維群/増幅神経束融合体
記録者:ドクトル・メディアス
怪人計画の記念すべき“最初の成功例”。
ネファリウムは、純粋な戦闘能力において旧型ヒーロー(例:セイガンブルー、ブラック)を凌駕する数値を叩き出した初の被験体である。
■【生体構造】
肉体全体に“増幅寄生神経”を流し、神経速度・反応速度・筋力出力を常人の約18倍へ向上。
外皮はヒト型に近いが、可動部には多関節構造を持ち、四肢の方向を任意に反転させる奇襲動作が可能。
更に特徴的なのは“視覚器官”──光ではなく“殺気”に反応する特殊視神経を有し、周囲の敵意密度を感知する。これにより奇襲や不意打ちは極めて困難。
■【精神特性】
寡黙。冷徹。時に非合理な“他個体の保護行動”を取る。
ベルゼヴュートに対しては“兄弟的”な連帯意識が芽生えており、命令外の行動でも保護・共闘を優先する傾向がある。
■【自我発現度】54%(警戒レベル:中)
■【忠誠度】安定。ただし独自思考が進行中。
■【戦闘評価】S+(対ヒーロー個別戦特化)
■【任務適性】奇襲/指揮官排除/小規模破壊
【所見】
完成された“殺しのための美学”を持つ。
戦場での所作は無駄がなく、まるで舞を踊るよう──血と肉を裂く“暗黒の騎士”とも呼ぶべき存在。
最も成功した個体であるがゆえ、最も危うい。
忠誠は仮初め。いずれ“意思”が“命令”を食い破る。
【備考】
ゼクスとの接触時、しばしば“沈黙”を保ち続ける。
これは服従ではなく、観察であると我輩は見ている。
■
ネメシス研究棟・第六実験観測室。
天井の蛍光灯が微かに瞬き、無機質な空間に冷たく白い光を落としていた。
ゼクスは強化ガラス越しに、じっと彼女の姿を見つめていた。
ルクシィア・メイルシュトロム。
サキュバス型怪人として誕生した、最も“美しく残酷な兵器”。
紅黒のレザーを纏い、裸足で床を滑るように歩く姿は、まるで舞うようであり、同時に死の儀式のようでもあった。
「視線を感じるわ。ゼクス……あなた、私のこと好きなの?」
その艶やかな唇が緩やかに歪む。声には甘やかな毒が混じっていた。
彼女の右手には、先ほどまでテスト対象だった兵士の死体がぶら下がっている。首の皮一枚で繋がった肉の塊。すでに血液も精気も吸い尽くされ、中身は空。
ゼクスは無言で操作卓のデータログをスクロールさせた。
反応速度、捕食効率、精神影響指数――すべてが期待値を超えていた。
「任務はシンプルだ。セイガン南部哨戒基地の殲滅。潜入、撹乱、崩壊。君の“嗜好”を満たすには充分だろう」
「嬉しいわ。でも……命令されたから動くんじゃない。欲しいから、狩るのよ」
ルクシィアは血の滴る指をぺろりと舐め取り、足元に崩れた死体をつま先で潰した。
目を細めるその表情は、まるで恋人に微笑むかのように甘美だった。
──その夜。
夜霧が谷を覆い尽くすように降りていた。湿った空気が地面を這い、木々の葉擦れすら飲み込む静寂の中、ひとつの影がゆっくりと姿を現す。
それは──ルクシィア・メイルシュトロム。
サキュバス型怪人として生まれた彼女は、黒と紅の艶やかな装飾を身にまとい、見る者すべての理性を溶かすような妖艶さを纏っていた。なまめかしく揺れる腰、背に生えた生体膜のような薄羽、そして何より、その瞳。
「ふふ……いい匂い。若い男の、焦りと欲望と、未熟な正義感……」
ルクシィアは長い指で唇をなぞり、陶酔したように笑みをこぼす。その声は夜風に混じり、誰にも気づかれることなく基地を包んでいく。
見下ろす先には、セイガン南部哨戒基地。
厳重な警戒網に囲まれたその拠点も、彼女にとってはただの遊技場に過ぎなかった。
「さあ、入れてちょうだい? 今夜は退屈しなさそうね」
彼女は音もなく谷を下り、塀の外縁にある補給口へと向かう。
そこには、夜間搬入のチェックをしていた若き整備兵の姿。
「……誰か、いるか?」
かすかに揺れる紅い影に彼は目を細めた。
「おい、ふざけんなよ……こんな時間に」
その瞬間、背後から声が耳元に這い寄った。
「こんばんは、坊や……疲れてるの?」
凍りつくような甘い囁き。振り返る暇もなく、男の身体はくたりと崩れ落ちた。
瞳は虚ろに開いたまま、喉元には紅い痕──皮膚を突き破るほどでもない、小さな口づけの跡。
「ふふ、まだ青いわね。でも……可愛い血の味」
ルクシィアは男の頭をそっと撫で、まるで愛しい子を寝かしつけるかのように整えてやる。
そして、ひとつ息をつきながら内部へと足を進めた。
「警報? 出ないわよ。誰も私の香りには抗えないもの」
彼女の一歩ごとに、空気が甘く湿り気を帯びていく。深夜、仮眠室でうなされる若者が、夢とも現実ともつかぬ幻に喉を鳴らす。
「はぁっ……あれ? なんで、こんなに……息が、苦しい……」
警備室では警備兵がモニター越しに異常を感じ取るも、その手は震えて操作に届かない。
「香りだけで酔えるなんて……罪ね」
ルクシィアは壁沿いに進みながら、手で触れた通気口からさらに濃厚なフェロモンを放出させる。全域を包み込む香気の魔術。
「もっとちょうだい、もっと……愛して、壊れて」
彼女の足元に、巡回兵がひとり、目を見開いて倒れ込む。
ルクシィアはその顔にそっと口を近づけた。
「苦しい? でも大丈夫。すぐに楽になるわ。全部、あたしがもらってあげる……」
唇が触れた瞬間、男の肌は青黒く変色し、心臓が脈を止める音が聞こえるほどに沈黙が満ちた。
甘い香り、音もなく広がる死。
ルクシィアはその場に屍を残し、くるりと踵を返す。
「ゼクス。あなたの命令、忘れたわけじゃない。でもね……この“遊び”は、わたし自身のもの。あなたのものじゃない」
そして、闇に溶けるように──
ルクシィアは、欲望と死を纏って夜を滑っていった。
簡易食堂では若い隊員たちが演習後の食事を楽しんでいた。
「ったく、シルバー先輩がやられたってのに、俺たちゃノンキに飯食ってていいのかよ……」
「でも、あれだろ? サクラ先輩、戻ってきたって……」
「マジで!? やっべぇ、今度の休暇が出たらちょっと見に行こうぜ……!」
そのときだった。
甘く生暖かい風が吹き抜け、空気に違和感が広がった。
ふと、湯気の立つ味噌汁が、表面から“泡立ち”始める。
「……なんだ、この匂い」
立ち上がろうとした隊員が、その場に崩れ落ちた。
口から涎を垂らし、目を虚ろにさせながら、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
ルクシィアは、もう構内にいた。
その足取りは静かで、まるで香水の香りのように侵入していた。
「男の子って、ほんと単純。ちょっと香らせてあげるだけで……ほら、こう」
彼女の指がひとりの隊員の頬に触れた。
瞬間、その肌が青黒く変色し、血管が浮き出し、苦悶の声が喉奥から漏れた。
「さあ、壊して、壊して、全部壊して……」
哨戒基地の構内に、ルクシィアの笑い声が木霊した。
快楽と死が入り混じるその音は、まるで催淫剤のように周囲の理性を破壊していった。
監視室。
ゼクスは椅子に腰かけ、冷えた紅茶に目を落としていた。
大型モニターには、崩壊する基地の様子が克明に映し出されていた。
「――十分な性能。だが、予想以上に“自我”の発現が早いな。いずれ制御は難しくなるか」
「彼女もまた、駒ではないということかしら?」
声の主はラミアだった。
黒衣の少女は、ゼクスの背後に気配もなく現れていた。
「止める気は?」
ゼクスはわずかに首を振った。
「今はまだ。その時が来れば、駒を切るだけだ」
「……でも、駒は時に、王さえ喰う」
ラミアの言葉に、ゼクスは答えなかった。
モニターの向こう、ルクシィアの瞳が不意にこちらを見た。
カメラ越しでも視線が絡みつくようで、ゼクスは紅茶に口をつけながら呟いた。
「欲望という名の兵器……さて、どこまで踊ってくれるか」
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