完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』

カトラス

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【第29話】『紅と黒の残響──サクラ、再起す』

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 ゼクスは薄暗い作戦室で、一人モニターに映る映像を食い入るように見つめていた。無数の戦闘ログ、分析データ、戦術アルゴリズムが黒いホログラムの中で交錯し、その中心に、二つの怪物が映し出されている。

 ネファリウムとベルゼヴュート――異なる性質の“災厄”が交錯するコンビネーションは、戦術というよりも“破滅の演出”に近かった。

 機械的に繰り返されるスロー映像の中で、セイガンシルバーが下半身を溶かされ、こめかみを握られ、頭を潰される場面が映る。モザイクが即時に処理されているとはいえ、その残酷さは想像に難くない。

「――組ませて正解だったな」

 ゼクスの声は低く、どこか満足げで、しかし冷えきっていた。

 ネファリウムの高機動・高圧制圧力は、前衛を突破し心を折る。対してベルゼヴュートの溶解液と蟲群の掃討力は、敵陣の背後と側面を壊死させる。

 速さと広域制圧。冷徹と狂気。両極が見事に噛み合っていた。

「災厄のペア……いや、もはやこれは“兵器”だ」

 ゼクスはデータパネルを操作し、次の作戦を確認する。

「東部方面のセイガン補給基地。防衛力は中規模。通信網はすでに遮断済みだ……地獄を見せてやれ」

 作戦名:《双極災禍(デュアル・カラミティ)》。

 ネファリウムとベルゼヴュートは即座に移送され、翌日には拠点制圧任務に従事することとなった。

 そこから、惨劇の連鎖が始まる。

 ある補給基地では、突如として床が腐敗し、建物全体が崩落。
 逃げ惑う兵士たちの頭上に、蠢く蟲の嵐が降り注ぎ、逃げ場を失った者たちは互いを踏みつけあいながら死んでいった。

 別の前線では、ネファリウムの神経毒により兵士の半数が錯乱。錯覚により仲間を敵と誤認し、同士討ちが始まった。

 それらの惨状はすべてドローンで記録され、瞬時にモザイク処理を施されたうえで情報操作された映像が広報に利用された。

「我々は、正義のために戦っている」

 その欺瞞のスローガンと共に、狂気の記録は“英雄譚”として語られる。

 ゼクスは椅子にもたれ、疲れたように目を閉じた。

 イツキとラミアの粛清が失敗した今、策は変えざるを得ない。
 だがこの二体の怪人は――予測不能な成長を続けている。

「このペアは完成されている。……だからこそ、危うい」

 ゼクスは心の奥に、不穏な棘を抱えていた。

 兵器とは、制御できてこそ価値がある。

 もしこの“災厄のペア”が、敵に回ることがあれば――

(その時は……処分対象に切り替えるだけだ)

 静かに開かれたデータファイルの一番下には、すでに彼自身の指示で作成された緊急プロトコルの文字が滲んでいた。

 災厄は、使い捨てるための道具。

 ゼクスの中には、迷いはなかった。

 ただ一つ、“改革”の名のもとにすべてを利用する覚悟だけが、冷たい光を放っていた。

 ――その任務は完璧だった。

 また一つ、セイガンの拠点が無音の地獄と化した。腐食し崩壊した補給基地の鉄骨が、ぐにゃりと音を立てて沈む中。ネファリウムは静かにその中心に降り立った。マントの裾が焦土をなで、焼け焦げた血と金属のにおいが空に昇っていく。

「……これで六つ目だ」

 その横で、液状の肉体を蠢かせるベルゼヴュートが喉を鳴らすように笑った。

「フフ……ネファリウム。私たち、強くなってる。そう思わない?」

「当たり前だ。俺たちは、最も効率的な兵器として設計された」

 ネファリウムは冷静に言うが、その瞳の奥には奇妙な熱が宿りはじめていた。

 彼らの“作戦成功率”は常に100パーセント。だが、最近になって変化があった。

 “任務後の命令確認”が遅れるようになり、“帰還命令の無視”が散発的に起きている。

 ゼクスはそれを“戦闘疲労”と片付けていたが、それは誤りだった。

 ──二人の中に、“感情”が芽吹いていたのだ。

「ネファリウム、さ。思うの。……私たちのほうが、ずっとネメシスのために働いてる」

「……ああ。幹部たちは机の前で指を動かすだけ。俺たちが血を流しているというのに」

「ゼクスも、所詮は人間。総帥? 知らないけど、顔も見せない癖に偉そう」

 腐肉の翼を震わせながらベルゼヴュートは囁く。

「ねえ、ネファリウム。わたしたちが……ネメシスそのものになればいいんじゃない?」

「……その考えには、同意する」

 ネファリウムは無表情のままそう告げた。だが、握った拳は細かく震えていた。それが怒りなのか、歓喜なのか、自分でもわからなかった。

 “ゼクスを超える存在になる”。その思考は、もはや野望ですらない。

 ただの――“正当な帰結”だった。

 帰還した二人は、ドクトル・メディアスの研究施設で“再調整”を受けた。その際に施された問いかけが、二人の脳裏をいまだに焦がしている。

「君たちは、兵器じゃない。“選ばれし進化種”だ。真にネメシスを導けるのは誰か……考えておくといい」

 ドクトルの言葉は、まるで種を蒔くようだった。そう、“裏切りの種”を。

 その日以降、ベルゼヴュートはドローンの報告映像から、ゼクスの表情を逐一観察するようになった。

 ネファリウムは、ゼクスの命令に“ほんの僅かな遅延”を混ぜはじめた。

「命令が絶対? そんなもの、我々の力の前では……ただのノイズだ」

 いつか、ゼクスは不要になる。
 そしてその先に、ネメシスの“新しい主”が生まれる。

 それは怪人の暴走ではない。
 それは、怪人たちの“理想国家建設”なのだ。

 ――二つの災厄は、忠誠心という名の殻を破り、次の段階へ進み始めていた。



■ 

 セイガン本部の会議室には、重たい沈黙が満ちていた。

 スクリーンには、戦闘映像の最後の一瞬──銀の戦士が溶解液を浴び、片膝をついた直後、頭部を握り潰される衝撃的なカットが、何度もリピートされている。

「……ユウトが……やられた?」

 レンは、呆然と立ち尽くしていた。指先が震え、拳を握っても止まらない。

 セイガンシルバー──朝倉ユウト。

 かつて共に訓練を積み、笑い合い、同じ飯を食った仲間。

 その死を、レンは受け止めきれなかった。

 背後のスクリーンが、事件現場の空撮映像に切り替わる。市街地の破壊、溶解された地面、無残に横たわるヒーロー部隊の遺体。

「……俺たち、何やってんだよ……」

 レンの呟きは誰にも届かない。誰も、答えを持っていなかった。

 そのとき、扉が静かに開いた。

 サクラだった。

 白い医療服をまとったその姿は、以前よりも少し痩せ細り、瞳には暗い光が宿っていた。だがその歩みは、確かだった。

「……みんな、顔が暗いね」

 柔らかな声の中に、鉄のような硬さが混じる。

 レンが振り返り、驚きに目を見開く。

「サクラ……? もう歩けるのか……」

「まだちょっとふらつくけど、立ってはいられるよ。立って……いなきゃ、いけないでしょ?」

 サクラはスクリーンに映るユウトの最期を、まっすぐ見つめた。

 その目が濡れているのは、悲しみからか、それとも怒りか。

「彼は……きっと、私たちを信じてた。自分のやり方で、怪人に立ち向かって……でも、足りなかった」

「そんな……俺たちが、俺がもっと早く気づいてれば……」

「後悔は、あとでして。今は……次を考えよう」

 サクラは自らの胸元に手を当てる。

 脈動する、熱。

 体内で蠢く“ゲロスの血”が、じわじわと覚醒の兆しを見せていた。皮膚の奥が焼けるような熱、心拍に合わせて異常に増幅する力。既に彼女は人間ではなくなっていた。

「ねえ、レン。次、出動の指令があったら、私も一緒に行く」

「サクラ、無理をするな。お前の体は……」

「無理をしなきゃ、守れないものもある」

 その声には、かつてのサクラの優しさが、ほとんど残っていなかった。

 代わりに──戦う者の覚悟が宿っていた。

 
 一方、ネメシス本部・情報監視区画──

 ラミアは膝を組んで端末に目を通しながら、眉間に皺を寄せた。

「……この信号、間違いない。L-Disaster第三体……“ルクシィア”が、都市部で活動を開始してるわ」

 背後から歩いてきたイツキが立ち止まり、背筋を伸ばす。

「見つけたか、ドクトルの新作を」

「ええ。ただし、今回は厄介よ。魅了型。外見は美少女、でも中身は人喰いサキュバス。しかも私と同じ“L系統”……記録によれば、私の失敗作をベースに再設計されてる」

「……ラミア、お前が顔を出したら、あいつにとって“原型”と出会うようなものだな」

「そう。だから行くわ、私が」

 イツキは一拍の沈黙の後、頷いた。

「了解。作戦コードは──“渦封じ”だ」

 目を閉じたラミアの脳裏に、遠い昔、実験室の天井が見えた。

 ルクシィアを倒すこと、それは過去の自分を否定することになる。

 だが、今の彼女には、その覚悟があった。

「今度は……終わらせる。私の手で」



 夜のセイガン基地。消灯時間を過ぎ、廊下は深い闇に包まれていた。外には雲に隠れた満月。にもかかわらず、警備員たちの間では“妙な噂”が囁かれ始めていた。

 ──最近、深夜になると、誰かの呻き声が聞こえる。
 ──備品庫の奥で、何かを啜るような音がする。
 ──誰かが、記憶をなくしたまま倒れている。

 サクラは、深紅の瞳を伏せ、ロッカーに背を預けていた。血まみれの制服。噛み破った手首。口元にはまだ、赤い液体のぬめりが残っている。

「……また……やってしまった……」

 悲鳴を上げる誰かの顔が、頭の中に浮かぶ。
 無抵抗のまま首筋を差し出された部下。
 目に涙をためていた年若い隊員。
 自分が庇い、救ったはずの“人間たち”を──自分の手で、傷つけていた。

 それでも、渇きは止まらなかった。

 “血が、欲しい”。

 ゲロスのDNAは、もはや彼女の肉体の一部ではなく、彼女そのものとなっていた。
 誰かの命を吸わなければ生きていけない。
 生きたいと思えば思うほど、それは“殺さなければならない”という意味に直結した。

「レン……私……どうすれば、いいの……?」

 部屋に戻ると、レンは机にうつ伏していた。報告書に顔をつっぷしたまま、眠っている。

 サクラはそっと近づいた。
 脈動する血の匂いが、彼の首筋からほのかに漂ってくる。

 ――だめ。だめだめだめだめ。

 数歩離れ、壁に爪を立てた。
 苦悶の声が喉から洩れた。
 自分を責めるレンに、甘えてはいけない。
 でも、身体が勝手に震えて、喉が焼けつくように熱い。

 そのときだった。

 「進化、だな……」

 かすかな声が、どこからともなく響いた。

 視界がぐにゃりと歪む。天井が膨れ、壁が脈打ち、レンの姿が遠くに霞んだ。

 ――ちがう、これは幻覚じゃない。

 “内側”から、何かが生えてくる。
 肋骨の隙間から黒い神経のような何かが這い出し、脳に言葉を流し込んでくる。

「お前はもう“ヒト”じゃない。もっと上へいける。もっと強くなれる。渇きを……誇れ」

「私は……っ!」

 咆哮が、口から漏れた。
 骨の軋む音。筋肉の蠢く音。衣服の下で、背中に“羽根”のような肉の鞘が芽生える。

 肩口から覗いたそれは、まるで悪魔の翼の未成熟体だった。

「やめて……やめてぇぇぇえええ!!」

 サクラの叫びに、眠っていたレンが飛び起きた。

「サクラッ!? おい、サクラ……!」

 振り向いたサクラの瞳は──すでに“人のもの”ではなかった。
 暗闇で燐光を放つ双眸。
 唇の端から、血のしずくがポタリと落ちる。

「レン……逃げて……わたし、もう止められない……」

 その声は悲しみに満ちていた。
 でも、同時に、どこか“悦び”にも似た陶酔が滲んでいた。

 彼女の進化は、もう始まってしまった。

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