完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』

カトラス

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【第46話】『屍の王、咆哮す──闇に差すは正義か』

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 夜の風が、廃れたビルの屋上を吹き抜けた。
 セイガン第七保護施設──現在は“再調整済”の戦闘員たちが療養する区画。その最上階に、サクラは佇んでいた。

 白いカーディガンに、紺のワンピース。
 戦闘服でも制服でもない、何の役割も持たない「ただの女の子」の服装。
 けれど、それがどこか落ち着かなかった。風が吹くたび、薄い布地の下の傷跡が疼いた。

「……静かだね。ほんとに、あの戦争が終わったみたい」

 ぼそりと呟いた言葉は、自分の耳にさえ届いたか分からないほどだった。

 そのときだった。胸の奥、いや──脳の深部から何かが「響いた」。

 ――『……サクラ……』

 少女の声。柔らかく、それでいて微かに歪んだ、懐かしい“音”。

「……ルク……シィア……?」

 サクラは反射的に手すりを掴んだ。冷たい鉄が、現実をつなぎ止めてくれる。

 ――『ごめんね。こんな形でしか話せない。……でも、今だけは、伝えたいの』

「……ずっと、聞きたかったよ。どうして、消えちゃったのか」

 サクラの指が、自分の心臓のあたりをそっと撫でた。
 そこにはルクシィアの“核”が埋め込まれている。彼女の声が聞こえるのは、そのせいだ。

 ――『わたしは……あなたと融合して、ようやく“人間”になれたと思った。
 でも、その瞬間に壊れていった。感情が、想いが、大きすぎて、耐えられなかったの』

「それでも……一緒にいたかった」

 風が、頬を優しくなでる。まるで返事のように。
 ルクシィアの声は、今にも涙をこぼしそうだった。

 ――『お願い……“九頭”を止めて。わたしの記憶を、形を、使って……また新しい“私たち”を作ろうとしてる』

「……また、アイドルを……?」

 震える声。かすれた吐息。
 かつて自分が“ルクシィア”にされたように、また誰かがモルモットにされる。
 それを知った瞬間、サクラの中で熱が燃え上がった。

「もう……誰にも、そんなことさせない」

 ――『お願い……これは、命令じゃない。……願いなの。
 わたしの“最初で最後の、祈り”……サクラ』

 その言葉を最後に、声は消えた。

 サクラは目を閉じ、深く息を吐いた。
 そして、静かに微笑んだ。ほんの少し、涙を浮かべながら。

「……わかった。大丈夫。あたしが……ちゃんと、終わらせるから」

 白いカーディガンが、夜風にふわりと揺れた。

 かつて“戦闘用兵器”と呼ばれた少女のなかに、確かな決意の灯が宿っていた。

 静まり返った夜の格納庫。
 照明は落とされ、壁に埋め込まれたモニターだけが青白く光っていた。

 その中央で、サクラは立ち尽くしていた。
 カーディガンの下に手を添え、ルクシィアの“声”の残響を、繰り返し胸の奥でなぞるように。

 ――『お願い……九頭を止めて。もう、わたしのような“誰か”を作らせないで……』

 「……ルクシィア」

 小さく呟いた瞬間、背後から機械音と足音が重なった。

「おい、そんな顔するなよ」

 低く、少し掠れた声。
 振り返れば、そこに立っていたのは――セイガン・ブルー、レン=リヴェルだった。

「……レン」

「見れば分かる。なんか……決めた顔してるだろ?」

 レンは無造作に首を回しながら、彼女の隣に立つ。
 そして、自身の胸元を指で叩いた。

「俺もさっき、共鳴した。お前が感じたあいつの“声”……ルクシィア。あれ、こっちにも来てたみたいだ」

 「……!」

「アイツ、すげぇな。こんな形で、俺たちをまだ支えてんだもんな」

 サクラの瞳に、わずかに光が戻る。

「レン……でもこれは、わたしの罪で……」

「違う。俺たち全員の罪だ。九頭を止められなかった、あのときの俺も、お前も、みんな」

 彼は一拍、間を置き――

「だからこそ、一緒に行く。お前一人に、こんなバカな正義、背負わせねぇよ」

 ……沈黙。だが、それは拒否でも否定でもなく、感情を飲み込む“間”だった。

「……ありがとう。レン」

「礼はいい。どうせまだ死なせてくれねぇんだろ、俺らの人生はさ」

 そのまま、二人は格納庫の奥へと歩き出す。
 ロックされた壁が、彼らの生体認証に反応し、無音で開かれた。

 格納室の内部には、それぞれの専用スーツが鎮座していた。

 レンは冷却装甲と多眼センサーを備えた戦闘スーツに手を伸ばす。
 サクラは淡い桜色と白銀を基調にした、最新型の身体適応型スーツを手に取った。

 「これを着るのも……久しぶりだね」

「……こっちは毎晩寝巻き代わりに着てたけどな。悪夢用に」

「ほんとに冗談言ってる場合?」

「言わねぇと死ぬぞ。俺」

 冗談を交わしながらも、その指の動きは慎重だった。
 背中のスーツが自動的に開き、彼らの肉体を包み込む。人工筋肉が彼らの鼓動に合わせて駆動音を鳴らす。

 やがて、二人の姿は鋼鉄の戦士へと変わった。

 レンの視界に、サクラの戦闘プロファイルが立ち上がる。

「出力安定……通信確認。行けるな?」

「うん。あとは、止めるだけ」

 そして――

 夜の帳が降りる中、彼らはセイガン本部の最深部、九頭の研究施設“第零拡張域”へと向かった。

 そこは正義と狂気が最も近く交差する、“悪夢の中心”だった。



 月のない夜空。
 セイガン第零拡張域──通称“九頭ラボ”と呼ばれる極秘研究棟の周囲は、まるで深海のような沈黙に支配されていた。

 地表からの出入りは不可能。地中を這うパイプの束の奥、冷却ガスが噴き出す密閉シャフトの底から、二つの影が這い上がる。

「──着いたな」

 金属の床に沈んだ膝が、静かに振動を返す。
 レン=リヴェルは両腕の戦術インターフェースを確認すると、背後のサクラに視線を送った。

「出力低めにして進め。音響センサーが張り巡らされてるはずだ」

「了解……」

 サクラは唇をかすかに噛んだ。
 彼女の装甲は薄桃色の光を瞬かせ、肺に満たした呼吸を一段深く整える。

「ここが、九頭の本拠……」

「最悪の、実験室だな」

 視線の先、薄暗い廊下の先には、無数の強化ガラスに包まれた実験体カプセル。
 中には変形途中で肉体が崩れた少女の姿や、性別を曖昧にされた人型の影が並ぶ。まるで“未完成の人間”たちの墓場だった。

「……これ、全部……」

 サクラの声がかすれる。

 だがその時、頭の奥に“声”が響いた。

 ――《サクラ……来てくれたんだね。》

 「ルクシィア!」

 サクラの目が見開かれる。

 《あの男は……まだ私の体を使っている。思考の一部を埋め込まれ、彼の命令に抗えない。でも……でも、あなたが近くにいると、私、少しだけ自由になる……》

 レンが肩を支える。

「共鳴か?」

「うん、ルクシィアが……私に“止めて”って……!」

 《これ以上、誰かの体を壊してまで、“正義”を作らせないで……お願い、サクラ……!》

 ルクシィアの思念が胸に突き刺さる。

 「私が……私が終わらせる。必ず──」

「なら行こうぜ、相棒」

 レンが前へ出た。その目には迷いがない。

「どんな地獄だろうが、お前が進むなら、俺も進む。たとえ道が、“正義”に見えなくてもな」

 装甲の下、微かにサクラの手が震える。だがその震えは、恐怖ではなかった。

「ありがとう、レン……」

 二人は無言で歩を進める。
 先にあるのは、“創造神”の皮をかぶった狂人──九頭の牙城。

 警戒音が低く鳴り始める。

 侵入者を感知──警戒レベル上昇──

 だが、二人の足取りは止まらなかった。
 ルクシィアの祈りと共に、彼らは“人の心を壊す科学”に、真っ向から挑みに行く。


 
 冷たい金属臭が鼻を突く。
 セイガン本部地下深く、一般職員すら立ち入れぬ最深層――通称“実験階層”に、かつて存在していたはずの倫理はもうない。

 足音が二つ、密やかに響く。
 警戒態勢の中、壁際の警備用センサーはすでに破壊済みだった。侵入者は二人。

 白銀と蒼の戦闘スーツが、闇の中に浮かび上がる。

「サクラ、慎重にな。ここには何がいてもおかしくない」

 セイガン・ブルー――レン=リヴェルが低く囁く。
 手には展開式のブレード《アブソリュート・レイザー》が握られていた。層状に重なる光刃が、静かに脈動する。

「……わかってる。でも、あたし……見たの。あの子の記憶の残滓。ルクシィアの叫びを」

 サクラの声は震えていた。だがその手には、白銀の柄と光で形作られた槍、《セラフィック・ランス》がしっかりと握られている。

 鋼鉄製の大扉が自動で開いた。
 そこは、まるで手術室と処刑場が融合したかのような空間だった。

 ライトの白光が、異様に清潔な空間を満たしている。
 左右には並ぶ拘束台。無影灯の下で、複数の人体が固定され、開腹されていた。

 その中心。
 白衣を纏った男が、メスを手にして振り返る。

「やあ、ようこそ。見学者が来るのは久しぶりでね」

 九頭ドクター。
 その笑みは、実験成功を喜ぶ子供のように無邪気だった。

「……これが、セイガンのやっていることなの?」
 サクラは動けなかった。視線の先で、かつて一緒に慰問に訪れたアイドルたちが拘束され、解剖中のまま意識を保っているのが見えた。

 彼女たちは呻くことすらできず、人工呼吸器と点滴によって命を維持されていた。

 「解剖じゃないよ。観察と進化のための“記録”さ。彼女たちは特異な免疫構造を持っていてね。生殖機能にも改造の余地がある。天城くんとの交配で、我々の未来が拓ける」

 「ふざけないでっ!!」
 サクラが叫び、ランスを構えた。

 「見ろよ、正義の味方は感情任せだ」

 笑うのは、手術台の隣で椅子に座る死刑囚・天城。
 彼は、まるで劇を観るような気楽さでサクラを眺めていた。

「サクラ、落ち着け。まずは彼女たちを助ける方法を――」
 レンが冷静に声をかけた、そのときだった。

 九頭が手元のスイッチを押すと、サクラが走り込もうとした前方に透明な壁が降りる。実験体たちが閉じ込められ、アクセスが遮断された。

 「くっ……っ……どうして……!」

 サクラの瞳に、涙が滲む。

 「サクラ……俺が援護する。君は突入の準備を」
 レンがブレードを起動させ、青白い残光を残しながら、足元の床を切り裂くように構える。

 「……これ以上、誰も“ルクシィア”にしてたまるか」

 天井のモニターが明滅する。
 そこには、融合した怪人として“失われた少女”となったルクシィアの記録映像が流れ出す。

 サクラは握った槍を強く構えた。

 「レン、あたし……やる。絶対、止めてみせる」

 「……行こう、サクラ」

 冷たい実験室で、正義の光が今、解き放たれようとしていた。

 九頭の研究施設──無機質なコンクリートの壁と天井には、肉と鉄を縫い合わせたような異形の装置が並んでいた。その一角、封印されていた巨大な培養槽が開かれる。

「……起動準備完了。ネクロクラウン、覚醒せよ」
 九頭の声音はどこまでも冷酷で、誇らしげだった。

 白い蒸気が噴き出すと同時に、こちらに向かってきたのは……かつての死刑囚・天城──否、いまや“それ”は人の枠を逸脱した存在だった。
 先程までは人の姿だったのに……どうやら起動され第二形態になったようだ。

 漆黒のマントをなびかせ、赤紫の王冠を模した装甲が頭部を覆っている。
 肉体はヒーロー然とした均整の取れたフォルム。しかし、その瞳は凍てついた死を映していた。

「──我は、死の王……“ネクロクラウン”。命ある者すべてに終焉を与える」
 低く響く声が、部屋全体の温度を下げる。

 右腕には巨大な鎌のような武器《デスサイズ・ルーイン》。左手には倒した者の魂を吸収する“屍の印章”が浮かび上がる。

「美しい……」
 九頭は満足げに笑う。「お前の能力は、“死者蘇生”ではない。敗者の魂を媒体に、奴らを汚れたアンデッドとして再利用する。最高の兵器だ」

「……貴様に創られたことなど、どうでもよい」
 ネクロクラウン──天城はそう言い捨て、培養槽を踏み砕くように歩を進めた。

「私の使命は、全てを屍に変えること。生の傲慢を終わらせることだ」

「九頭! これ以上好き勝手はさせない!」
「ここがあんたの終焉だ……!」

 サクラの手には“光の槍《ルクシィア・ランス》”が握られていた。
 ルクシィアと共鳴したことで生成されたそれは、光の粒子を凝縮した聖なる武器。

 対するレンは《アサルト・ギアブレイド》を展開し、戦闘態勢を整える。

「うふふ、ようやく主役が揃ったみたいね?」
 九頭は狂気を滲ませて笑いながら、背後の装置を操作する。

 次の瞬間、ネクロクラウンが瞬時にサクラとレンの間合いに入り込んだ。

 その斬撃は風を裂き、死を纏って迫る──

「うっ……!」
 レンが辛うじて剣で受け止めたが、圧倒的な衝撃に膝をつく。

 サクラは《ルクシィア・ランス》を突き出し、ネクロクラウンの胸部へと放った。

「お願い、届いて──!」

 槍が突き刺さる寸前、その身から放たれた瘴気が槍を弾き返す。

「無駄だ。生は……死の前に膝を折る」

 光と闇が交差する戦いが、今、始まった──。
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