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【第46話】『屍の王、咆哮す──闇に差すは正義か』
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夜の風が、廃れたビルの屋上を吹き抜けた。
セイガン第七保護施設──現在は“再調整済”の戦闘員たちが療養する区画。その最上階に、サクラは佇んでいた。
白いカーディガンに、紺のワンピース。
戦闘服でも制服でもない、何の役割も持たない「ただの女の子」の服装。
けれど、それがどこか落ち着かなかった。風が吹くたび、薄い布地の下の傷跡が疼いた。
「……静かだね。ほんとに、あの戦争が終わったみたい」
ぼそりと呟いた言葉は、自分の耳にさえ届いたか分からないほどだった。
そのときだった。胸の奥、いや──脳の深部から何かが「響いた」。
――『……サクラ……』
少女の声。柔らかく、それでいて微かに歪んだ、懐かしい“音”。
「……ルク……シィア……?」
サクラは反射的に手すりを掴んだ。冷たい鉄が、現実をつなぎ止めてくれる。
――『ごめんね。こんな形でしか話せない。……でも、今だけは、伝えたいの』
「……ずっと、聞きたかったよ。どうして、消えちゃったのか」
サクラの指が、自分の心臓のあたりをそっと撫でた。
そこにはルクシィアの“核”が埋め込まれている。彼女の声が聞こえるのは、そのせいだ。
――『わたしは……あなたと融合して、ようやく“人間”になれたと思った。
でも、その瞬間に壊れていった。感情が、想いが、大きすぎて、耐えられなかったの』
「それでも……一緒にいたかった」
風が、頬を優しくなでる。まるで返事のように。
ルクシィアの声は、今にも涙をこぼしそうだった。
――『お願い……“九頭”を止めて。わたしの記憶を、形を、使って……また新しい“私たち”を作ろうとしてる』
「……また、アイドルを……?」
震える声。かすれた吐息。
かつて自分が“ルクシィア”にされたように、また誰かがモルモットにされる。
それを知った瞬間、サクラの中で熱が燃え上がった。
「もう……誰にも、そんなことさせない」
――『お願い……これは、命令じゃない。……願いなの。
わたしの“最初で最後の、祈り”……サクラ』
その言葉を最後に、声は消えた。
サクラは目を閉じ、深く息を吐いた。
そして、静かに微笑んだ。ほんの少し、涙を浮かべながら。
「……わかった。大丈夫。あたしが……ちゃんと、終わらせるから」
白いカーディガンが、夜風にふわりと揺れた。
かつて“戦闘用兵器”と呼ばれた少女のなかに、確かな決意の灯が宿っていた。
静まり返った夜の格納庫。
照明は落とされ、壁に埋め込まれたモニターだけが青白く光っていた。
その中央で、サクラは立ち尽くしていた。
カーディガンの下に手を添え、ルクシィアの“声”の残響を、繰り返し胸の奥でなぞるように。
――『お願い……九頭を止めて。もう、わたしのような“誰か”を作らせないで……』
「……ルクシィア」
小さく呟いた瞬間、背後から機械音と足音が重なった。
「おい、そんな顔するなよ」
低く、少し掠れた声。
振り返れば、そこに立っていたのは――セイガン・ブルー、レン=リヴェルだった。
「……レン」
「見れば分かる。なんか……決めた顔してるだろ?」
レンは無造作に首を回しながら、彼女の隣に立つ。
そして、自身の胸元を指で叩いた。
「俺もさっき、共鳴した。お前が感じたあいつの“声”……ルクシィア。あれ、こっちにも来てたみたいだ」
「……!」
「アイツ、すげぇな。こんな形で、俺たちをまだ支えてんだもんな」
サクラの瞳に、わずかに光が戻る。
「レン……でもこれは、わたしの罪で……」
「違う。俺たち全員の罪だ。九頭を止められなかった、あのときの俺も、お前も、みんな」
彼は一拍、間を置き――
「だからこそ、一緒に行く。お前一人に、こんなバカな正義、背負わせねぇよ」
……沈黙。だが、それは拒否でも否定でもなく、感情を飲み込む“間”だった。
「……ありがとう。レン」
「礼はいい。どうせまだ死なせてくれねぇんだろ、俺らの人生はさ」
そのまま、二人は格納庫の奥へと歩き出す。
ロックされた壁が、彼らの生体認証に反応し、無音で開かれた。
格納室の内部には、それぞれの専用スーツが鎮座していた。
レンは冷却装甲と多眼センサーを備えた戦闘スーツに手を伸ばす。
サクラは淡い桜色と白銀を基調にした、最新型の身体適応型スーツを手に取った。
「これを着るのも……久しぶりだね」
「……こっちは毎晩寝巻き代わりに着てたけどな。悪夢用に」
「ほんとに冗談言ってる場合?」
「言わねぇと死ぬぞ。俺」
冗談を交わしながらも、その指の動きは慎重だった。
背中のスーツが自動的に開き、彼らの肉体を包み込む。人工筋肉が彼らの鼓動に合わせて駆動音を鳴らす。
やがて、二人の姿は鋼鉄の戦士へと変わった。
レンの視界に、サクラの戦闘プロファイルが立ち上がる。
「出力安定……通信確認。行けるな?」
「うん。あとは、止めるだけ」
そして――
夜の帳が降りる中、彼らはセイガン本部の最深部、九頭の研究施設“第零拡張域”へと向かった。
そこは正義と狂気が最も近く交差する、“悪夢の中心”だった。
■
月のない夜空。
セイガン第零拡張域──通称“九頭ラボ”と呼ばれる極秘研究棟の周囲は、まるで深海のような沈黙に支配されていた。
地表からの出入りは不可能。地中を這うパイプの束の奥、冷却ガスが噴き出す密閉シャフトの底から、二つの影が這い上がる。
「──着いたな」
金属の床に沈んだ膝が、静かに振動を返す。
レン=リヴェルは両腕の戦術インターフェースを確認すると、背後のサクラに視線を送った。
「出力低めにして進め。音響センサーが張り巡らされてるはずだ」
「了解……」
サクラは唇をかすかに噛んだ。
彼女の装甲は薄桃色の光を瞬かせ、肺に満たした呼吸を一段深く整える。
「ここが、九頭の本拠……」
「最悪の、実験室だな」
視線の先、薄暗い廊下の先には、無数の強化ガラスに包まれた実験体カプセル。
中には変形途中で肉体が崩れた少女の姿や、性別を曖昧にされた人型の影が並ぶ。まるで“未完成の人間”たちの墓場だった。
「……これ、全部……」
サクラの声がかすれる。
だがその時、頭の奥に“声”が響いた。
――《サクラ……来てくれたんだね。》
「ルクシィア!」
サクラの目が見開かれる。
《あの男は……まだ私の体を使っている。思考の一部を埋め込まれ、彼の命令に抗えない。でも……でも、あなたが近くにいると、私、少しだけ自由になる……》
レンが肩を支える。
「共鳴か?」
「うん、ルクシィアが……私に“止めて”って……!」
《これ以上、誰かの体を壊してまで、“正義”を作らせないで……お願い、サクラ……!》
ルクシィアの思念が胸に突き刺さる。
「私が……私が終わらせる。必ず──」
「なら行こうぜ、相棒」
レンが前へ出た。その目には迷いがない。
「どんな地獄だろうが、お前が進むなら、俺も進む。たとえ道が、“正義”に見えなくてもな」
装甲の下、微かにサクラの手が震える。だがその震えは、恐怖ではなかった。
「ありがとう、レン……」
二人は無言で歩を進める。
先にあるのは、“創造神”の皮をかぶった狂人──九頭の牙城。
警戒音が低く鳴り始める。
侵入者を感知──警戒レベル上昇──
だが、二人の足取りは止まらなかった。
ルクシィアの祈りと共に、彼らは“人の心を壊す科学”に、真っ向から挑みに行く。
■
冷たい金属臭が鼻を突く。
セイガン本部地下深く、一般職員すら立ち入れぬ最深層――通称“実験階層”に、かつて存在していたはずの倫理はもうない。
足音が二つ、密やかに響く。
警戒態勢の中、壁際の警備用センサーはすでに破壊済みだった。侵入者は二人。
白銀と蒼の戦闘スーツが、闇の中に浮かび上がる。
「サクラ、慎重にな。ここには何がいてもおかしくない」
セイガン・ブルー――レン=リヴェルが低く囁く。
手には展開式のブレード《アブソリュート・レイザー》が握られていた。層状に重なる光刃が、静かに脈動する。
「……わかってる。でも、あたし……見たの。あの子の記憶の残滓。ルクシィアの叫びを」
サクラの声は震えていた。だがその手には、白銀の柄と光で形作られた槍、《セラフィック・ランス》がしっかりと握られている。
鋼鉄製の大扉が自動で開いた。
そこは、まるで手術室と処刑場が融合したかのような空間だった。
ライトの白光が、異様に清潔な空間を満たしている。
左右には並ぶ拘束台。無影灯の下で、複数の人体が固定され、開腹されていた。
その中心。
白衣を纏った男が、メスを手にして振り返る。
「やあ、ようこそ。見学者が来るのは久しぶりでね」
九頭ドクター。
その笑みは、実験成功を喜ぶ子供のように無邪気だった。
「……これが、セイガンのやっていることなの?」
サクラは動けなかった。視線の先で、かつて一緒に慰問に訪れたアイドルたちが拘束され、解剖中のまま意識を保っているのが見えた。
彼女たちは呻くことすらできず、人工呼吸器と点滴によって命を維持されていた。
「解剖じゃないよ。観察と進化のための“記録”さ。彼女たちは特異な免疫構造を持っていてね。生殖機能にも改造の余地がある。天城くんとの交配で、我々の未来が拓ける」
「ふざけないでっ!!」
サクラが叫び、ランスを構えた。
「見ろよ、正義の味方は感情任せだ」
笑うのは、手術台の隣で椅子に座る死刑囚・天城。
彼は、まるで劇を観るような気楽さでサクラを眺めていた。
「サクラ、落ち着け。まずは彼女たちを助ける方法を――」
レンが冷静に声をかけた、そのときだった。
九頭が手元のスイッチを押すと、サクラが走り込もうとした前方に透明な壁が降りる。実験体たちが閉じ込められ、アクセスが遮断された。
「くっ……っ……どうして……!」
サクラの瞳に、涙が滲む。
「サクラ……俺が援護する。君は突入の準備を」
レンがブレードを起動させ、青白い残光を残しながら、足元の床を切り裂くように構える。
「……これ以上、誰も“ルクシィア”にしてたまるか」
天井のモニターが明滅する。
そこには、融合した怪人として“失われた少女”となったルクシィアの記録映像が流れ出す。
サクラは握った槍を強く構えた。
「レン、あたし……やる。絶対、止めてみせる」
「……行こう、サクラ」
冷たい実験室で、正義の光が今、解き放たれようとしていた。
九頭の研究施設──無機質なコンクリートの壁と天井には、肉と鉄を縫い合わせたような異形の装置が並んでいた。その一角、封印されていた巨大な培養槽が開かれる。
「……起動準備完了。ネクロクラウン、覚醒せよ」
九頭の声音はどこまでも冷酷で、誇らしげだった。
白い蒸気が噴き出すと同時に、こちらに向かってきたのは……かつての死刑囚・天城──否、いまや“それ”は人の枠を逸脱した存在だった。
先程までは人の姿だったのに……どうやら起動され第二形態になったようだ。
漆黒のマントをなびかせ、赤紫の王冠を模した装甲が頭部を覆っている。
肉体はヒーロー然とした均整の取れたフォルム。しかし、その瞳は凍てついた死を映していた。
「──我は、死の王……“ネクロクラウン”。命ある者すべてに終焉を与える」
低く響く声が、部屋全体の温度を下げる。
右腕には巨大な鎌のような武器《デスサイズ・ルーイン》。左手には倒した者の魂を吸収する“屍の印章”が浮かび上がる。
「美しい……」
九頭は満足げに笑う。「お前の能力は、“死者蘇生”ではない。敗者の魂を媒体に、奴らを汚れたアンデッドとして再利用する。最高の兵器だ」
「……貴様に創られたことなど、どうでもよい」
ネクロクラウン──天城はそう言い捨て、培養槽を踏み砕くように歩を進めた。
「私の使命は、全てを屍に変えること。生の傲慢を終わらせることだ」
「九頭! これ以上好き勝手はさせない!」
「ここがあんたの終焉だ……!」
サクラの手には“光の槍《ルクシィア・ランス》”が握られていた。
ルクシィアと共鳴したことで生成されたそれは、光の粒子を凝縮した聖なる武器。
対するレンは《アサルト・ギアブレイド》を展開し、戦闘態勢を整える。
「うふふ、ようやく主役が揃ったみたいね?」
九頭は狂気を滲ませて笑いながら、背後の装置を操作する。
次の瞬間、ネクロクラウンが瞬時にサクラとレンの間合いに入り込んだ。
その斬撃は風を裂き、死を纏って迫る──
「うっ……!」
レンが辛うじて剣で受け止めたが、圧倒的な衝撃に膝をつく。
サクラは《ルクシィア・ランス》を突き出し、ネクロクラウンの胸部へと放った。
「お願い、届いて──!」
槍が突き刺さる寸前、その身から放たれた瘴気が槍を弾き返す。
「無駄だ。生は……死の前に膝を折る」
光と闇が交差する戦いが、今、始まった──。
セイガン第七保護施設──現在は“再調整済”の戦闘員たちが療養する区画。その最上階に、サクラは佇んでいた。
白いカーディガンに、紺のワンピース。
戦闘服でも制服でもない、何の役割も持たない「ただの女の子」の服装。
けれど、それがどこか落ち着かなかった。風が吹くたび、薄い布地の下の傷跡が疼いた。
「……静かだね。ほんとに、あの戦争が終わったみたい」
ぼそりと呟いた言葉は、自分の耳にさえ届いたか分からないほどだった。
そのときだった。胸の奥、いや──脳の深部から何かが「響いた」。
――『……サクラ……』
少女の声。柔らかく、それでいて微かに歪んだ、懐かしい“音”。
「……ルク……シィア……?」
サクラは反射的に手すりを掴んだ。冷たい鉄が、現実をつなぎ止めてくれる。
――『ごめんね。こんな形でしか話せない。……でも、今だけは、伝えたいの』
「……ずっと、聞きたかったよ。どうして、消えちゃったのか」
サクラの指が、自分の心臓のあたりをそっと撫でた。
そこにはルクシィアの“核”が埋め込まれている。彼女の声が聞こえるのは、そのせいだ。
――『わたしは……あなたと融合して、ようやく“人間”になれたと思った。
でも、その瞬間に壊れていった。感情が、想いが、大きすぎて、耐えられなかったの』
「それでも……一緒にいたかった」
風が、頬を優しくなでる。まるで返事のように。
ルクシィアの声は、今にも涙をこぼしそうだった。
――『お願い……“九頭”を止めて。わたしの記憶を、形を、使って……また新しい“私たち”を作ろうとしてる』
「……また、アイドルを……?」
震える声。かすれた吐息。
かつて自分が“ルクシィア”にされたように、また誰かがモルモットにされる。
それを知った瞬間、サクラの中で熱が燃え上がった。
「もう……誰にも、そんなことさせない」
――『お願い……これは、命令じゃない。……願いなの。
わたしの“最初で最後の、祈り”……サクラ』
その言葉を最後に、声は消えた。
サクラは目を閉じ、深く息を吐いた。
そして、静かに微笑んだ。ほんの少し、涙を浮かべながら。
「……わかった。大丈夫。あたしが……ちゃんと、終わらせるから」
白いカーディガンが、夜風にふわりと揺れた。
かつて“戦闘用兵器”と呼ばれた少女のなかに、確かな決意の灯が宿っていた。
静まり返った夜の格納庫。
照明は落とされ、壁に埋め込まれたモニターだけが青白く光っていた。
その中央で、サクラは立ち尽くしていた。
カーディガンの下に手を添え、ルクシィアの“声”の残響を、繰り返し胸の奥でなぞるように。
――『お願い……九頭を止めて。もう、わたしのような“誰か”を作らせないで……』
「……ルクシィア」
小さく呟いた瞬間、背後から機械音と足音が重なった。
「おい、そんな顔するなよ」
低く、少し掠れた声。
振り返れば、そこに立っていたのは――セイガン・ブルー、レン=リヴェルだった。
「……レン」
「見れば分かる。なんか……決めた顔してるだろ?」
レンは無造作に首を回しながら、彼女の隣に立つ。
そして、自身の胸元を指で叩いた。
「俺もさっき、共鳴した。お前が感じたあいつの“声”……ルクシィア。あれ、こっちにも来てたみたいだ」
「……!」
「アイツ、すげぇな。こんな形で、俺たちをまだ支えてんだもんな」
サクラの瞳に、わずかに光が戻る。
「レン……でもこれは、わたしの罪で……」
「違う。俺たち全員の罪だ。九頭を止められなかった、あのときの俺も、お前も、みんな」
彼は一拍、間を置き――
「だからこそ、一緒に行く。お前一人に、こんなバカな正義、背負わせねぇよ」
……沈黙。だが、それは拒否でも否定でもなく、感情を飲み込む“間”だった。
「……ありがとう。レン」
「礼はいい。どうせまだ死なせてくれねぇんだろ、俺らの人生はさ」
そのまま、二人は格納庫の奥へと歩き出す。
ロックされた壁が、彼らの生体認証に反応し、無音で開かれた。
格納室の内部には、それぞれの専用スーツが鎮座していた。
レンは冷却装甲と多眼センサーを備えた戦闘スーツに手を伸ばす。
サクラは淡い桜色と白銀を基調にした、最新型の身体適応型スーツを手に取った。
「これを着るのも……久しぶりだね」
「……こっちは毎晩寝巻き代わりに着てたけどな。悪夢用に」
「ほんとに冗談言ってる場合?」
「言わねぇと死ぬぞ。俺」
冗談を交わしながらも、その指の動きは慎重だった。
背中のスーツが自動的に開き、彼らの肉体を包み込む。人工筋肉が彼らの鼓動に合わせて駆動音を鳴らす。
やがて、二人の姿は鋼鉄の戦士へと変わった。
レンの視界に、サクラの戦闘プロファイルが立ち上がる。
「出力安定……通信確認。行けるな?」
「うん。あとは、止めるだけ」
そして――
夜の帳が降りる中、彼らはセイガン本部の最深部、九頭の研究施設“第零拡張域”へと向かった。
そこは正義と狂気が最も近く交差する、“悪夢の中心”だった。
■
月のない夜空。
セイガン第零拡張域──通称“九頭ラボ”と呼ばれる極秘研究棟の周囲は、まるで深海のような沈黙に支配されていた。
地表からの出入りは不可能。地中を這うパイプの束の奥、冷却ガスが噴き出す密閉シャフトの底から、二つの影が這い上がる。
「──着いたな」
金属の床に沈んだ膝が、静かに振動を返す。
レン=リヴェルは両腕の戦術インターフェースを確認すると、背後のサクラに視線を送った。
「出力低めにして進め。音響センサーが張り巡らされてるはずだ」
「了解……」
サクラは唇をかすかに噛んだ。
彼女の装甲は薄桃色の光を瞬かせ、肺に満たした呼吸を一段深く整える。
「ここが、九頭の本拠……」
「最悪の、実験室だな」
視線の先、薄暗い廊下の先には、無数の強化ガラスに包まれた実験体カプセル。
中には変形途中で肉体が崩れた少女の姿や、性別を曖昧にされた人型の影が並ぶ。まるで“未完成の人間”たちの墓場だった。
「……これ、全部……」
サクラの声がかすれる。
だがその時、頭の奥に“声”が響いた。
――《サクラ……来てくれたんだね。》
「ルクシィア!」
サクラの目が見開かれる。
《あの男は……まだ私の体を使っている。思考の一部を埋め込まれ、彼の命令に抗えない。でも……でも、あなたが近くにいると、私、少しだけ自由になる……》
レンが肩を支える。
「共鳴か?」
「うん、ルクシィアが……私に“止めて”って……!」
《これ以上、誰かの体を壊してまで、“正義”を作らせないで……お願い、サクラ……!》
ルクシィアの思念が胸に突き刺さる。
「私が……私が終わらせる。必ず──」
「なら行こうぜ、相棒」
レンが前へ出た。その目には迷いがない。
「どんな地獄だろうが、お前が進むなら、俺も進む。たとえ道が、“正義”に見えなくてもな」
装甲の下、微かにサクラの手が震える。だがその震えは、恐怖ではなかった。
「ありがとう、レン……」
二人は無言で歩を進める。
先にあるのは、“創造神”の皮をかぶった狂人──九頭の牙城。
警戒音が低く鳴り始める。
侵入者を感知──警戒レベル上昇──
だが、二人の足取りは止まらなかった。
ルクシィアの祈りと共に、彼らは“人の心を壊す科学”に、真っ向から挑みに行く。
■
冷たい金属臭が鼻を突く。
セイガン本部地下深く、一般職員すら立ち入れぬ最深層――通称“実験階層”に、かつて存在していたはずの倫理はもうない。
足音が二つ、密やかに響く。
警戒態勢の中、壁際の警備用センサーはすでに破壊済みだった。侵入者は二人。
白銀と蒼の戦闘スーツが、闇の中に浮かび上がる。
「サクラ、慎重にな。ここには何がいてもおかしくない」
セイガン・ブルー――レン=リヴェルが低く囁く。
手には展開式のブレード《アブソリュート・レイザー》が握られていた。層状に重なる光刃が、静かに脈動する。
「……わかってる。でも、あたし……見たの。あの子の記憶の残滓。ルクシィアの叫びを」
サクラの声は震えていた。だがその手には、白銀の柄と光で形作られた槍、《セラフィック・ランス》がしっかりと握られている。
鋼鉄製の大扉が自動で開いた。
そこは、まるで手術室と処刑場が融合したかのような空間だった。
ライトの白光が、異様に清潔な空間を満たしている。
左右には並ぶ拘束台。無影灯の下で、複数の人体が固定され、開腹されていた。
その中心。
白衣を纏った男が、メスを手にして振り返る。
「やあ、ようこそ。見学者が来るのは久しぶりでね」
九頭ドクター。
その笑みは、実験成功を喜ぶ子供のように無邪気だった。
「……これが、セイガンのやっていることなの?」
サクラは動けなかった。視線の先で、かつて一緒に慰問に訪れたアイドルたちが拘束され、解剖中のまま意識を保っているのが見えた。
彼女たちは呻くことすらできず、人工呼吸器と点滴によって命を維持されていた。
「解剖じゃないよ。観察と進化のための“記録”さ。彼女たちは特異な免疫構造を持っていてね。生殖機能にも改造の余地がある。天城くんとの交配で、我々の未来が拓ける」
「ふざけないでっ!!」
サクラが叫び、ランスを構えた。
「見ろよ、正義の味方は感情任せだ」
笑うのは、手術台の隣で椅子に座る死刑囚・天城。
彼は、まるで劇を観るような気楽さでサクラを眺めていた。
「サクラ、落ち着け。まずは彼女たちを助ける方法を――」
レンが冷静に声をかけた、そのときだった。
九頭が手元のスイッチを押すと、サクラが走り込もうとした前方に透明な壁が降りる。実験体たちが閉じ込められ、アクセスが遮断された。
「くっ……っ……どうして……!」
サクラの瞳に、涙が滲む。
「サクラ……俺が援護する。君は突入の準備を」
レンがブレードを起動させ、青白い残光を残しながら、足元の床を切り裂くように構える。
「……これ以上、誰も“ルクシィア”にしてたまるか」
天井のモニターが明滅する。
そこには、融合した怪人として“失われた少女”となったルクシィアの記録映像が流れ出す。
サクラは握った槍を強く構えた。
「レン、あたし……やる。絶対、止めてみせる」
「……行こう、サクラ」
冷たい実験室で、正義の光が今、解き放たれようとしていた。
九頭の研究施設──無機質なコンクリートの壁と天井には、肉と鉄を縫い合わせたような異形の装置が並んでいた。その一角、封印されていた巨大な培養槽が開かれる。
「……起動準備完了。ネクロクラウン、覚醒せよ」
九頭の声音はどこまでも冷酷で、誇らしげだった。
白い蒸気が噴き出すと同時に、こちらに向かってきたのは……かつての死刑囚・天城──否、いまや“それ”は人の枠を逸脱した存在だった。
先程までは人の姿だったのに……どうやら起動され第二形態になったようだ。
漆黒のマントをなびかせ、赤紫の王冠を模した装甲が頭部を覆っている。
肉体はヒーロー然とした均整の取れたフォルム。しかし、その瞳は凍てついた死を映していた。
「──我は、死の王……“ネクロクラウン”。命ある者すべてに終焉を与える」
低く響く声が、部屋全体の温度を下げる。
右腕には巨大な鎌のような武器《デスサイズ・ルーイン》。左手には倒した者の魂を吸収する“屍の印章”が浮かび上がる。
「美しい……」
九頭は満足げに笑う。「お前の能力は、“死者蘇生”ではない。敗者の魂を媒体に、奴らを汚れたアンデッドとして再利用する。最高の兵器だ」
「……貴様に創られたことなど、どうでもよい」
ネクロクラウン──天城はそう言い捨て、培養槽を踏み砕くように歩を進めた。
「私の使命は、全てを屍に変えること。生の傲慢を終わらせることだ」
「九頭! これ以上好き勝手はさせない!」
「ここがあんたの終焉だ……!」
サクラの手には“光の槍《ルクシィア・ランス》”が握られていた。
ルクシィアと共鳴したことで生成されたそれは、光の粒子を凝縮した聖なる武器。
対するレンは《アサルト・ギアブレイド》を展開し、戦闘態勢を整える。
「うふふ、ようやく主役が揃ったみたいね?」
九頭は狂気を滲ませて笑いながら、背後の装置を操作する。
次の瞬間、ネクロクラウンが瞬時にサクラとレンの間合いに入り込んだ。
その斬撃は風を裂き、死を纏って迫る──
「うっ……!」
レンが辛うじて剣で受け止めたが、圧倒的な衝撃に膝をつく。
サクラは《ルクシィア・ランス》を突き出し、ネクロクラウンの胸部へと放った。
「お願い、届いて──!」
槍が突き刺さる寸前、その身から放たれた瘴気が槍を弾き返す。
「無駄だ。生は……死の前に膝を折る」
光と闇が交差する戦いが、今、始まった──。
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仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
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【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
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そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
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※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
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