夢追人と時の審判者!(四沙門果の修行者、八度の転生からの〜聖者の末路・浄土はどこ〜)

一竿満月

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忍術剣技

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 ご主人が関白自害による父上の処遇のため一時又兵衛と共に里帰りしていたが、忍術育成学校にようやく戻ってくることが出来た。すると、授業は既に日本刀の剣術で無く、忍刀による忍術剣技の授業が始まっていた。
 そして、殉死できなかった父の高定は京の街から離れ、西山にある小太郎の別宅にひとりでひっそりと住み着いた。
 北野での失態は広く知れ渡ってしまい「富田高定という侍は、殉死も遂げることができぬほどの臆病者だったそうだが、謀反人である関白の家臣らしいふるまいだわい」という悪評までもが広まってしまっていた。
 かえって関白公の名を辱めてしまうとは、俺はなんと愚かなのだ。今からでも自害をやり直したい。もはや、生きていたくないとまではなしたが、いまさら自害をすれば家族が秀吉に罰せられてしまうので、死ぬこともできない。
 高定はただ呆然として、無為に時間を過ごしていった。空に太陽が昇り、やがて沈むのを見るだけの日々が続いた。何をしようという意欲もわかず、毎日かかさなかった槍の稽古すらも怠るようになっていた。なによりも槍を手に取ると、関白の顔がすぐに浮かんで来てしまい、いたたまれなくなってしまう。
 十七年にも渡って、槍を通じて関わりを持っていただけに、すっかりと関白の記憶が槍にも、それを握る手にも染みついていた。関白よりもらい受けた名槍も、いっそ手放してしまおうかと思ったが、それはかろうじてこらえた。そんな出口のない日々の中で、ときおり、前田様だけは訪ねてきてくれる。
「酒だけ持ってくるわけにはいかぬからな、酒菜を何にしようかずいぶん迷わされたぞ」
などと軽口をたたきながら部屋に入ってきて、干魚や味噌、米などを台所に置いていってくれる。

「おお、すまぬな・・・・・・」と高定は真っ青な、生気のない顔で応じた。ひげも伸び放題になっていて、むさ苦しいことこの上ない。

「ひげくらいは剃っておけ。そんなことでは、仕官の話があったところで、かなうこともあるまい」
そう言われた高定は、自嘲するように笑う。

「仕官などできるものかよ。富田蔵人と言えば臆病者だと、すでに相場が決まってしまっておるわ」

「そうとばかりも限るまいよ。この俺でも、仕官がかなったのだからな」

「そうか。それは……よかったな」と高定は、なんとか気持ちを奮い起こして、友に祝福の言葉を贈った。

「関白公の旧臣たちも、太閤殿下におびえながらだけど、それぞれに新しい暮らしを始めている。」
「太閤殿下、か」

「早まるなよ。一族を滅ぼしたくなければな。太閤殿下は、それくらいはやりかねぬぞ。関白公に関わった者への憎しみは、尋常ではないからな」
「ああ、わかっているさ」

 外からは虫の音が聞こえてくる。草深い田舎だから、物音と言えば、他には鳥の鳴き声や、犬の遠吠えくらいのものだった。
「なあ、こんなことを言うと、お主は怒るかも知れぬが…」と慶次が口を開いた。
「もはや怒りを覚えるほどの力も、俺には残ってないさ」
「ならば言わせてもらうが、俺はお主が殉死をしないでいてくれて、ほっとしてもいるのだ」
「ほう」意味を図りかねて、高定はうなった。

「お主が生きている方がよい、とは言わぬ。だだ、もうじき俺達には死ぬべき場所が来る」
「死ぬべき場所?」

「そうであろう? 関白公が亡き後、豊臣の天下が続くと思うか?」
「なるほど。そこまでは考えていなかったな」と、高定は感心したように言った。

「お主はいつもそうよ。周囲を冷静に見渡すことができぬ」
「お前に言われるとは……こんなことでは、とても大名にはなれぬな」
「まったく…、」と言ってから慶次が笑い、高定もようやく笑みをこぼした。

「生き続けていれば、いつまでも悪いことが続くということはない。毎日飯を食い、体を動かし、よく眠っていれば、いつかはよい運気もめぐってくるものだ。まずはそういう、当たり前の暮らしをしてみたらどうだ?」と慶次が高定に告げた。
「そうだな。いつまでもこうして腐っていたところで、どうしようもないからな」

「うむ。また来るから、その時まで達者にしておれ」
 慶次が来てすぐに変わった、というわけではないものの、高定はそれから少しずつ生気を取り戻していった。
 生活費はこれまでの蓄えを切り崩すことで賄っている。もとより贅沢をする質ではないし勝手気ままなひとりぐらし、山菜を採ったりして節約もしているので、金はたいして減っていない。
 家族とは連絡を取っておらず、向こうからも一通の手紙すらも送ってこなかった。
 まあ無理もあるまい、と思って気にしないようにする。父や兄弟は高定を嫌っているわけでなく、高定を訪ねたことを秀吉に知られ、それで万が一にも、咎を受ける事態になることを警戒しているのだろう。
 今の秀吉にはそれくらい気をつけておかねば、いつ難癖をつけられて殺されるか、わかったものではない。関白公は「養父は正気ではない」とおっしゃっていたが、事実だったのだ。正気でないものが権力を握るとは、これほど恐ろしいことなのか、と高定は思う。
 だが、秀吉はもう老人で、秀頼は幼い。となれば、慶次が云うとおり豊臣の世は長く続かぬのではないか、と高定は思った。
 秀吉を憎む者は自分だけではない。秀吉が生きているうちは逆らえなくても、秀吉が死ねば、世は変わるのではないだろうか。
 もしも関白公が生きていれば、そのようなことにはならなかっただろうが。そこまで考えてから、(そうだ、俺は生き続けて、秀吉が死んだ後の世を見てやろう)と思いついた。
きっと世の中は変わる。いつまでも暴君の思いのままにはならないだろう。
そう考えることで、高定はようやく活力を取り戻し、やがて日々の槍の稽古にも、身が入るようになっていった。

◇◇◇◇………… 富田宗高(小太郎)
「では今日はここまで、としたいところだけど……今回はちょっとしたことをしようと思う」


 忍術剣技の授業中に山中信也教官がそう告げた。
 現在は高速忍術【敏捷上昇】と剣技【仕掛け技】の確認をしており、ちょうどそれが終了したところだった。ちなみに全員が学んでいるのは、一刀流という基本的な剣技の型だ。これはあらゆる剣技の基礎となるもので、武士ならば二年次以降は別の流派に行くか、それとも一刀流を極めるのかと選択肢が存在する。
 また一刀流は数多くの派生流派を生んだ剣術の源流であり、忍術との相性も良くさまざまな忍術学院で今も採用されている背景から主流として重視されており、この学院では一刀流の基礎を学ぶ事から始められている。
 そして一年の間はこれを会得することに専念するため、今はこうして一刀流を練習している……といったところだ。

「もう九月になって、そろそろ忍術剣士競技大会近畿予選が近くなってきた。十月からは校内予選が始まって、十月下旬には代表選手が決まる。君たち一年生は新人戦、つまりは一年生だけと戦うことになる。もちろん他校の選手とね。一応、同じ学院の生徒は序盤では組み合わせないようにしてある。それを踏まえて……模擬戦をしようと思うけど、誰かしたい人はいるかな? 自薦、他薦は問わないよ」
 忍術剣士競技大会近畿予選か。橘内にも話を聞いたが、一年生は新人戦。二年生以降は本戦に参加することになっている。俺は橘内との話でもしたが、出れそうにないので今回は静観しようと思っていたが……話は思わぬ方向に進むことになる。

「はい。やらせてください」

「お。毛利秀秋くんだね。君は筋がいいから期待しているよ。それで、彼の相手は……」

「富田小太郎。来いよ」

「む? 俺か?」

「あぁ」

 その見据える両眼は怒りが宿っているのか、それとも純粋に熱くなっているのか、妙に逆巻っている気がした。しかし妙だ……いくら俺が有名人だからと言って、ここまで挑発的になるものだろうか。

 いや、士族の体質だと言われればそれまでだが……俺は何か別の意志が絡んでいる気がしてならなかった。

「小太郎くん。君も優秀な剣士ではあるけど……受けるかい?」

「ご指名をもらったのならば、そうですね……やらせていただきます」

 瞬間、周囲がざわつく。

「士族と枯れた武芸者……」

「でも彼って、いい動きしてるわよね」

「うんうん。忍術はあまり上手くはないけど……剣技はちょっと違うわよね」

「有名人も意外にやるしな……」

 と、意外にも好意的な意見も聞こえてきたりした。そんな中、俺の近くには琥珀と又兵衛がやってくる。

「小太郎、頑張ってね」

「俺も期待してるぜ!」

「あぁ。全力は尽くそう」

 そうして信也教官の立会いのもと、俺は毛利秀秋と向き合う。

「この前のあれ、偶然だってことを教えてやるよ」

「この前のアレ……? あぁ。伊賀の森でのことだろうか」

「俺でもやれたんだッ! そして、俺はお前よりも強い。士族が有名なだけの人に負けるわけがないッ!!」

「ふむ……なるほど。まぁ勝負は蓋を開けてみるまで分からない。正々堂々と勝負をしよう」

 そういうとさらにキッと厳しい目つきになる。
 彼は血統というものを重視している。でもそれは彼というよりも、彼の環境がそうさせているように思えてならなかった。士族の体質とはやはり環境的な要因が大きいと俺は思っている。幼い頃から、家系血統を重視して、才能を重んじる。それが全て悪いとは言えないが、それだけではやはり……足りない。
[御目通り自由]の称号に至った今だからこそ、俺はわかるが……それはきっと、辿り着いた者にしか分からないのだろう。口で言っても、もはや無駄だと悟る。ならば、この剣で白黒つけるべきなのだろう。まぁ……今回は木刀だが……。

「ルールは木刀の使用と忍術は【身体強化】のみで。今回は高速忍術【敏捷上昇】は無しだ。まだ君達は扱い慣れていないからね。勝敗はどちらかが敗北を認めるか、僕が判断する。危ないときは止めに入るからね」

「分かりました」

「は。了解しました」
 その言葉を聞いて距離を取る。
 この演習場には、他の生徒が俺たちを取り囲むようにしている。そして俺と彼が真っ直ぐ向き合う。
「では……始めッ!!」

 その言葉を認知したと同時に、俺たちは互いに地面を駆け抜ける。
 もちろん、走りながらの忍術の行使は忘れはしない。

【忍術三重化】【忍術無詠唱化】【忍術持続時間延長】【身体強化】
 全身の体中に【身体強化】を適用する。そうして身体強化が互いに終了すると、彼は上段から思い切り木刀を振り下ろしてくる。

「オラああああああああッ!!」

「む……ッ!!」

 俺はそれを受け止める。重い。重い剣だ。
 彼は自分の実力に自信があるようだが、それはあながち間違いでもない。この一年生の中で言えば上位には入るほどの腕前だろう。忍術者としては将来有望だろうが……俺もここで簡単に負けるわけにはいかない。

 何と言っても俺もまた、負けず嫌いな一面があったりするからだ。
 互いに競い合うならば、勝ったほうが気分がいいのは誰だって同じだ。

「ぐ……どうなってやがるッ!! [御目通り自由]の有名なだけのくせにッ! 」

「……」

 繰り返される怒涛の連続攻撃。よほど自信があるのか、彼は縦横無尽に木刀を振るう。でもそれは……ただ感情任せに、【身体強化】によって力任せに木刀を振るっているに過ぎない。

 そこに術理はない。剣技もまた、忍術と同じ。理論は存在しないものの、冷静かつ論理的に剣技を行使すべきである。

「……毛利秀秋」

「あぁ!!?」

「終わりだ」

「あ……!」

 彼が再び大振りの上段を繰り出そうとした瞬間、俺は彼の手首を跳ねるようにして木刀を振るう。そうしてクルクルと木刀が宙を舞い、そのままカランカランと地面に落ちる。
 勝敗は決した。

「決まりだね。勝者は、富田小太郎くんだ」

 どよめきが広がる。

「マジかよ……」

「意外とあっさりだったな」

「でも……本当に有名人が勝つとは……」

 皆、驚いているようだが、そんな中で琥珀が俺をじっと見つめているのを感じる。それは勝利を祝福するというよりも、なんだか何かを求めているような……そんな視線。そうして琥珀はこちらに近づいてくると、俺の方ではなく信也教官の方に向かった。

「先生」

「ん? 琥珀さんか。どうしたんだい?」

「次は私が小太郎とやってもいいですか?」

「彼が承諾するなら構わないけれど……」

「自分は構いません」

 俺はすぐに承諾した。
 なるほど。琥珀は俺と戦ってみたかったのか。
 そうして呆然としながら毛利秀秋がトボトボと皆のいる方に向かうと……今度は俺と琥珀が対峙することになった。

「小太郎。あなたは不思議な人ね。忍術はうまく使えない。でも剣の技術は非凡で、それに伊賀の森でも実戦には強かった。その時から、あなたとは戦ってみたかったの」

「なるほど……それは嬉しい言葉だ。ともに切磋琢磨しようではないか」

「ふふ……そうね」

 互いに構える。
 そうして再び、信也教官の声が上がる。

「では……始めッ!!」
 先ほどと同じように、再び走らせて身体強化をするも……。

【忍術三重化】【忍術無詠唱化】【忍術持続時間延長】【身体強化】

「む……ッ!!?」

「はああああああああああッ!!」
 疾はやい。
 琥珀の速度は毛利秀秋のそれを優に上回っていた。それは純粋に忍術の構成もあるだろうが、これは忍術の処理速度もまた一流なのだろう。容量も大きい、それに処理速度も速い。

 こればかりは才能的な面が大きいので、琥珀は大きな才能を持っていると断定するしかない。
 俺はそんな琥珀の剣戟を真正面から受け止める。重くはない……だが、速いッ!
 俺が受け止めた瞬間にはすぐに次の攻撃に移っている。俺もまたその間を縫うようにして、攻撃を重ねるも……完全にジリ貧。琥珀のそれは俺の剣戟をわずかにだが、上回っていた。

 今のままでは無理か。しかし、ここで……。

 と、少しだけ思案して俺は自分の能力の枷が少しだけ外れてしまうことに気がついた。熱くなってしまった。琥珀のそのあまりにも美しい剣戟に、俺もまた本気で向き合いたいとそう思ってしまった。

「……え?」

 ぽかんとした琥珀の声は、もう意識の中にはなかった。
 そして俺の剣は吸い込まれるようにして、琥珀の喉元に向かっていくが……。

「ぐ……ッ!」

 痛みが脳内に走る。そして、その攻撃は途中で勢いを失って、そのまま琥珀に木刀を跳ね飛ばされてしまう。

「勝者は、山中琥珀さんだね。でも小太郎くん……君は……」

「いえ。自分は純粋に負けただけです」

 俺はすぐに痛みをこらえると、琥珀に握手を求める。

「琥珀。君はすごいな」

「……最後の」

「ん?」

「最後のアレ、何? 私……見えなかった……」

「いや、あれは……」

「あなたは一体、何者なの……?」

 琥珀のその問いに、俺が答えることはなかった

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