夢追人と時の審判者!(四沙門果の修行者、八度の転生からの〜聖者の末路・浄土はどこ〜)

一竿満月

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水饅頭二

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 吾輩は飛彩である。ご主人の父上が八幡山城に移住してから初めての正月を迎え、その間にも色々なことが起こった。
 一月五日に羽柴秀長が従三位に昇進した。
 一月十一日に島津義久が細川藤孝へ島津家は織田信長の意による「豊薩和平」を遵守しているため「改易」に処される原因は無い旨を関白殿へ披露するよう依頼した。
 一月十二日に秀吉が妙顕寺城へ入京した。
 一月十四日に秀吉が参内して新年祝賀をなした。
 一月十五日に秀吉が全十一ヶ条の諸奉公人・侍・中間・小者・荒子、給人・百姓、年貢米、枡に関する掟書を下した。
 一月十六日に秀吉が京都御所に大坂城の黄金茶室を運び茶会を開催し茶湯を献上した。
 一月二十六日に大友義統が上洛に際し豊後国関宮神主へ海上及び在京中の無事を祈祷させた。
  
◆◆◆◆…………
 大坂城下のとある屋敷で、人目を憚るように集まった者たちが居る。
「忌々しい」
「全くだ。菓子如きで関白殿下の機嫌を取ろうなどというのが浅ましいのだ」
 呟くような声。憎々し気に吐き捨てるような囁きは、棘を孕む。
「聞けば、孫の方も関白殿下に呼ばれているそうだ」
「我らの子弟は苦杯をなめているというのに、重ね重ね忌々しい奴等だ」
 集まっている者は皆、誰か特定の人間に対して不満を持っているようだった。
「どうにか鼻を明かしてやりたいが……」
「ふむ、思うことは皆同じか」
「だが、あの家に手を出すのは容易なことでは無いぞ」
「そうだな。しかし、こういうのはどうだろうか……」
 他聞を憚る会合は、深夜まで続いた。

◇◇◇◇◇
 輿入れというのは、格式ばった形式が多い。
 例えば髪型。目出度い席で顔を隠すのは失礼との理由から、髪の毛が顔に掛からないように上げておかねばならないし、抜ける、無くす、減らすと言った意味合いを避けるために、またむやみに肌を露出しないように、薄毛の人は菖蒲鬘などを被らねばならない。これには男女は問わない。
(菖蒲鬘は、日本に入り、天皇や大臣などが髪に菖蒲を挿して髪飾りとしました。これはやがて民間にまでひろまり、髪挿し(かざし)、今の簪(かんざし)の起源となりました……たぶん)
 飾りの付け方、立ち居振る舞い。何かにつけて、決まりごとの多いのが貴人の輿入れというものだ。現代人の感覚ならば、下らないと思えるものは数多い。
「肩が凝りそうです」

「まあそう言うな。お前の年を考えれば、これから幾らでもこういう機会があるんだ。慣れるしかない」
 社交の歌会も大概服装に煩いが、輿入れとなればそれ以上。まして、国の重鎮の子弟の輿入れとなれば尚更である。
 無駄にも思える過剰装飾に、溜息をもらしたのは小太郎。内心では同感だと相槌を打ちつつも、親として苦言を呈するのは高定。誰がどう見ても親子と分かる人はいない二人だ。顔立ちは母親似で、雰囲気や纏っている空気も似ていない。いわゆる山賊と貴族の違い、背格好から全然違う親子になっていた。
 現在小太郎達が居るのは関白殿下の妙顕寺城。広い部屋に、大勢の人間が煌びやかに飾り立てて集まっている。集まった理由は今更だが、宇喜多秀家の結婚披露宴。
 主役は勿論宇喜多秀家。なのだが、実際のところは彼は脇役のようになっている。理由はというならば、彼のすぐ傍に居る女性が関白殿下の養女で極めて社交的で、かつ明るい雰囲気の美人だから。輿入れとあって入念に化粧をして、天使もかくやという美しさで挨拶を受けているものだから、宇喜多秀家に対して挨拶しに近づいたものが、皆目を奪われてしまうのだ。
 そう、数え二歳の時に父の利家が秀吉との仲を深めるため、子のなかった秀吉夫婦の養女として出された。秀吉や正室の寧々に秘蔵の子として寵愛されたといわれる豪姫に。
 今日、神前で婚姻の誓いを交わしているので、既に「備前御方」となり、いずれは「南御方」と呼ばれることになるであろう女性の姿は、集まった貴婦人たちをしても羨望をもって見るほどに輝いていた。

「小太郎、儂らも挨拶に行くぞ」

「そうしますか~ぁ」
 参加者した男性は、皆全員一回は主役二人に挨拶する。おかげで新郎も新婦も食事には一切手を付けられずにいる。
 小太郎も招待客ではあるが子供の為、爺様の身内扱いなので挨拶の順番も早くはないのだが、小太郎が見る限り、既に主役の二人には疲れが見えた。
 会場に用意された、ひと際高い段の上。小太郎などは内心でお雛様だと思ったが、無論この世界にはそんなものは無い。

「宇喜多備前宰相様並びに備前御方様。この度は真におめでとうございます。今日のこの善き日、新しく一歩を踏み出されたお二人を、心からお祝い申し上げます」

「宇喜多備前宰相様並びに備前御方様。御結婚おめでとうございます」
 主役二人の眼前に立ち、挨拶する富田高定家の主人と嫡男。共に笑顔だ。

 小太郎の伯父富田信高の妻歌は宇喜多家縁者で宇喜多忠家と爺様(富田一白)は旧知の間柄で、先頃秀家の叔父である忠家が出家して嫡男宇喜多和家に家督を譲ったことになっているが、今後とも長く親戚付きあいをするであろう相手なので、仲良くしておきたいところだ。
 そんな意図をさておいても、仲の良かった豪姫の結婚である。お祝いを述べた言葉は、心からの祝福の気持ちが込められていた。
「ありがとうございます。富田家のお二人に祝っていただき、嬉しく思います」と豪姫から小太郎に話しかけられた。

 そして新郎宇喜多秀家が、まず高定に話しかけた。
「私たちも晴れて夫婦となりましたが、教えて頂くことも多いと思います、今後ともよろしくお付き合いください」
「こちらこそ。弱輩の身に何が出来るかは疑問ではございますが、今後とも変わりはないお付き合いの程宜しくお願い致しますと思っております」
 男同士の挨拶は簡単に終わる。この手の挨拶が長々と続くと疲れることは重々承知なので、高定も相手を疲れさせるようなことはしない。

「こほん、小太郎様もお心遣いありがとうございます。縁あって宇喜多秀家と夫婦とになりましたが、幾久しくご厚誼を賜りますよう願います」

「こちらこそ、いつまでも親交を結んでいただければ幸いでございます。つきましてはこの度の慶事に際しまして、つまらないものではございますが祝いの品を持ってまいりました。ご笑納ください」
 堅苦しい形式ばった挨拶の中で、小太郎がにこやかに祝いの品について口にした。色々と情報収集に余念がない宇喜多家の後継者として、宇喜多秀家などは何を持ってきたのか興味津々だ。

 関白殿下に近々贈答するという菓子かも知れぬと、早速とばかりに身を乗り出した。

「もしかしたらご存知かもしれませんが、水饅頭という和菓子をお持ちしました」

 小太郎が贈り物として差し出したのは、和菓子。カラフルな色合いが美しく、紛うことなく世界に一品の最高級品である。

 勿論、宇喜多家の二人はそれが何かを知っていた。そして、意味するところも。

 水饅頭という和菓子自体は、婚礼や出産の祝い事に贈られる。少なくとも、小太郎が羽柴秀次家に贈った際の説明はそうなっている。この世界で初めて披露された菓子の曰くを、世に出した当人が語るのだ。

 例え他の意味があろうとも、言ってしまった者勝ち。誰が何と言おうとも、祝いの菓子である。
 関白殿下の次の後継者でも一二を争う、あえて言うならトップの羽柴秀次家。その“当主“が結婚するときに贈られた菓子を、今回贈るという。宇喜多秀家は若干十四歳の若輩であるにも関わらずだ。
 これは、富田家が宇喜多家を最上位に見ているという証になる。少なくとも、羽柴家と同等程度には見ているということ。富田家と宇喜多家の関係性が親密であることを示すには、丁度良い菓子である。

 また、宇喜多家は自派閥のことも当然知っている。例えば前田家などが、この菓子を再現しようとして失敗したこと等をだ。
 他にも幾つかの家がこの水饅頭を再現しようと試み、ことごとくが失敗している。これは宇喜多派には限らないが。

 宇喜多秀家には知る由も無いが、水饅頭の作成には今の世に流通している砂糖では粗悪すぎて使えない事情があるのだ。

 砂糖の質にとことんこだわる富田家でも無ければ、そして上白糖や粉砂糖の存在を“知っている”小太郎でもなければ、砂糖と言えばごつごつとした黒っぽい黒砂糖と茶色い和三盆しか知らない。不純物やミネラル分の多いそれを更に試行錯誤しながら、雑な手順で模倣しようというのだ。失敗して当たり前。

 おまけに、色とりどりの餡を、小太郎以外に作れるはずがない最高の贈り物。

そう感じた新郎新婦は、一切含むところの無い笑顔で礼を言った。

「疲れた時には甘いものが一番です。どうぞ召し上がってください」

「そうですか、……では一つ」

 小太郎に勧められ、またお腹がすいていることもあり、宇喜多秀家は早速とばかりに貰ったばかりの和菓子を食べる。毒見もせずに食べるのは、小太郎を信用しているというアピールだ。というよりも、ここまでの和菓子は富田家にしか用意できず、偽物にすり替えたりも出来ない以上、する必要性が薄い。

 ちなみに、今の技術水準では、あまり大きく口を開けると輿入れ用の化粧が崩れる。その為、豪姫は自分が食べられない菓子を美味しそうに食べる夫を恨めしそうに見ていた。

 自分にも寄越せと言わないだけ、慎みがある方だろう。

「はい、あ~~ん」
 その妻の目線に耐え切れなかったのだろうが、宇喜多秀家が一口大に割ってんで豪姫の口元まで運ぶ。どこかで見たような光景であるが、夫婦仲が良好であり、決して政略のみで行われた婚姻でないことを周りに簡潔にアピールすることになった。

 見ている人間は皆、笑顔になる。

「それでは他の方の御挨拶も有るでしょうから、この辺で席に着かせて頂きます」

「丁寧な御挨拶ありがとうございました」

 一通りの挨拶が終わり、自分の席に戻って来た小太郎と高定。もっとも、富田家は最近人気があるので、相手の方からやって来るのだが。

「富田蔵人殿、ご嫡男を連れていらしていたのですね」
「これは、石田治部少輔殿。それに大谷刑部少輔殿も。ご無沙汰を致しております」

「本当にご無沙汰ですね。もっと頻繁に遊びに来てくださっても構わないですよ。お互い宮使いの身ですし、共通する話も多いでしょうから」

「お気遣い頂き嬉しく思いますが、なにぶん京より離れた地に勤めておりますので、中々まとまった時間がとれません。ご容赦ください」

「うちの娘たちも貴公の子息に会いたがっているのに」
「治部少輔殿の御息女は皆、まだ喋れないのでは?」

 石田治部少輔殿の子供はまだ生まれて間が無い。二歳にもならずに自分の意思を流暢に伝えられるなら、それは異常な天才か、或いは菓子狂いかのどちらかだ。

「親には子供の気持ちが分かるものだよ」

「そうでしたか。まだまだ息子の気持ちが分らぬもので気付きませんでした」

「おぉ、そうであったか。つい、我が家は子沢山ゆえすまぬことを申した」

 実力者でもある石田治部にじっと見られた高定は、露骨に子作りを匂わせる会話に、さりげなく小太郎を庇っているのが状況を如実に物語る。

「でも、気を付けた方が良いですぞ」

「……何に、でしょうか」

 分かっていてやっているのだろうが、高定の顔の横まで口元を近づけて、内緒話を始めた。遠目にみれば、なにやら悪巧みを疑ってしまいそうな距離感。

「このところ、南蛮からの船の数が増えておる。貿易の量や額にさほど変化はないのだけれど。貴公なら、この意味が分かるな」

 船の数が増えているのに、表向きの貿易に変化が無い。ならば、何かしら表に出てこないものが運ばれている可能性が高い。高定は咄嗟にそう判断した。

「間諜、でしょうかね」

「多分ね。豊臣の領地での好き勝手は絶対にさせないから、そこは安心してほしいのだけれど、問題はうち以外に用があった場合」

「なるほど、もしも良からぬことを考えている者が居るとするなら。目的はここか……でなければ、たぶん」

 あくまで仮定に仮定を重ねた推測でしかないが、仮に間諜が居て、国内で何かしようと企むのなら、宇喜多家の結婚披露宴は、絶好の機会に映るはず。

「可能性の問題ね。国内に変化があったからと、ただ単に情報を集めたがっているのなら良いのだけれど、そうでないなら、貴公の言っている可能性もあると思うの」

「確かに……で、治部殿は儂にそれを伝えることで、何を企んでおられるのですか?」
「いや~、人聞きの悪い。私はそんな性悪では無いですよ。でも、そういう聡いところは親爺殿と同じですな」

「利用できるから、ですか?」

「ハハハ、どうだろうな」

 一旦姿勢を戻した治部殿を、高定は怪訝な目で見た。大方、富田家経由でどの程度情報が広がるかを測っているのだろうと察する。

 敵国の間諜が暗躍していると聞いたなら、どんな家でもまず警戒するだろう。
 つまり、情報が伝わったことが外部から察しやすいということだ。大した手間を掛けずとも、例えば浮浪者を雇って家に近づけるだけでも、情報が伝わったことは確認できる。石田家なら楽勝だろう。

 この情報を聞いて、警戒の度合いが強まれば富田家と親しい家。そうでなければ疎遠な家だ。富田家との親疎を測っておけば、いざという時に敵味方をより分けるのに役立つ。

 石田治部少輔殿が企んでいることがその辺りにありそうだと、高定は考えた。

「それこそ、我が国の柱石たる石田治部昌少輔ともあろう御人が、何の企みも無く情報を無料で流すとも思えませんでしたので」

「貴公に恩を売っておくのも、将来への投資とも考えておいてくれれば。時々恩にきて頂ければ」

「心に留めておきます」

 石田治部少輔殿の忠告。或いは思惑。それらは、結局無駄に終わった。披露宴も終わったその晩。宇喜多家に賊が侵入したとの報せが、小太郎と高定の下に届いたからだ。 
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