ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
13 / 240
ボーンネルの開国譚

第十三話 しあわせな妖精

しおりを挟む
 ある時、一人の女神の光から天使が生まれた。

真っ白な髪に小さな身体。その天使はあたたかい光の中から出てきた。幼女はおぼつかない動きで女神に近づき満面の笑みで女神を見上げる。

「あぁぅ」

 天使の笑み。女神はその笑みを目に焼きつけた。
 そして何も言うことなくその場から立ち去った。

「あぅぅ····」

 少女は手を伸ばすが届かない。理由もなくその人物に触れたかった。
 だが生まれたばかりのその少女には目の前の女神を引き止める術など持ち合わせてはいなかったのだ。

「愛してる······パール」

 まだ意味すら分からないはずが、何故かその言葉を聞いた幼女の目には涙があふれていた。


 ************************************


「パール様、おはようございます」

「おはよ、ミーナ」

 天使パールの友達は、ミーナという身の回りのお世話をしてくれる彼女ただ一人であった。天使に生まれたからといって初めから何もかもができるというわけではない。言語の習得から魔法の使い方など、その他様々なことを全て彼女が教えてくれたのだ。

 だがパールには一つ心配していることがあった。ミーナ以外、自分が話しかけた誰もが全く相手をしてくれず、ただ冷たい目であしらわれるのだ。パールはそれが悲しかった。

「ねえミーナ。どうしてみんなしゃべってくれないの?」

「みんなパール様があまりにもかわいいらしいので嫉妬してらっしゃるんですよ」

 そう聞いても、いつもミーナは優しい笑顔で同じことを言う。だがパールにはミーナがいればそれで十分だった。悲しくてもミーナがつくる料理はいつも美味しくて食べていて幸せになる。悲しくてもミーナはいつも頭を撫でながら抱きしめて一緒に眠ってくれる。

 天使の住む地は地上から遥か上空に存在し天界と呼ばれる。

 ある日、パールはひとりで道を歩いていた。いつものように向けられるのは周りからの冷たい視線。だがもう気にならかった。その視線もミーナのことを考えれば耐えられた。

 だがその時一人の青年がパールの前でピタリと足を止める。
 青年の顔には苛立ちが見え、パールの前に立ってはるか上から蔑むようにその顔を見下ろした。

 パールにとってこんな状況は初めてだった。

「お前のせいでッ·····」

 誰かに話しかけることはあるがミーナ以外に話しかけられることなどない。そのため少し緊張した。
 そして感じたのは怒り。だがなぜその青年が自分に怒っているのか、それが全く分からずにそのまま通り過ぎようとする。

 しかし青年はそのまま過ぎ去ろうとするパールの右手を強く掴んだ。

「や、やめて」

 掴まれた右手に痛みを感じ言うが青年は何も言わず周りにいた者も無視する。

「やめなさい!!」

 パールの細い腕をさらに強く握りしめようとした瞬間、青年は鈍い音とともに吹っ飛ばされ勢いでパールから手が離れた。

「ミーナ!」

 安心した顔でミーナに抱きつくと強く抱きしめ返して頭を撫でてくれた。

「大丈夫ですか、パール様ッ」

 ミーナに蹴り飛ばされてこちらを睨んでくる青年を睨み返す。

「あんただってそうだろ····偽善者がッ」

 青年はそう言い残しその場を離れた。あたりには多くの天使がいたがこんな時は誰もそれ以上関わろうとはしない。そのため二人はそのまま家に帰ることにしたのだ。

「まあ、こんなに赤くしてかわいそうに」

 先ほどつかまれて赤くなった腕の部分にミーナは治癒魔法をかけてくれた。
 温かく心地が良い。酷いことをされた後でもミーナがかけてくれた魔法はすぐに心を癒した。

「わたしはもう大丈夫。ミーナは大丈夫?」

「ええ、私はあの男を蹴り飛ばしただけですから」

 ミーナはそう言って笑った。いつものようにミーナのあたたかくて美味しいご飯を食べた後、二人でベットの上に座る。ミーナはいつものように髪の毛を優しくとかしながら喋りかけてきてくれた。

「パール様は幸せな妖精のお話はご存知ですか?」

「しあわせな妖精? しらない」

「では、今日の夜はこのお話を······」

 夜寝る時にミーナはよく話をしてくれる。
 背中を優しく撫でながら心地のいい声で話してくれるその時間が大好きだった。
 そしてミーナはいつものようにお話を始めてくれた。


 ************************************


 昔々あるところに、綺麗な羽を持つ人間嫌いの妖精がいました。
 ひとりぼっちのその妖精は小さな森の中に住んでいました。

 そんなある日のことです。その森に一人の少年が入ってきました。
 妖精はびっくりしましたがすぐに話しかけたりはしません。
 いつもなら人間が嫌いな妖精はイタズラをします。でもその時は何もしませんでした。 

 その少年は来る日も来る日も一人で森に入ってきては、森のことを考えて適度な量の食材や木材、そして薬草をとって帰っていきます。人間嫌いな妖精でしたが、いつしかその少年が森に来てその姿を見ることが面白くなっていました。そして妖精は一度少年に話しかけてみることにしたのです。

「ねえねえそこの人間」

 その言葉を聞いて少年はあたりを見回すと妖精を見つけました。

「もしかして、妖精さんですか?」

「そうだよ。人間が嫌いな妖精さ。でも君は普通の人間と違うみたいだね。食材や木材はそんなに取らないのに、どうして薬草だけそんなに必死にいつも探しているんだい?」

「僕のお母さんが病気なんだ。それで薬草がないと死んじゃうから」

 少年の言葉に妖精は少し驚きました。こんなにも優しい人間がいるのだと。
 生まれて初めてそう感じたのです。

 それからというもの少年は毎日森に訪れて妖精とお話をしました。今までずっと一人だった妖精はそれがとても嬉しくて、いつしか妖精にとってその少年は大切な存在になっていました。

 しかしある日、いつものように森に来て笑顔を見せる少年の顔は少し暗かったのです。
 それを見た妖精は心がモヤモヤしました。人間が嫌いなはずの妖精は何故か少年の暗い顔を見るのが悲しかったのです。

「どうしたんだい」

 そう聞くと、少年は下を俯いてゆっくりと口を開きました。

「あのね、お母さんは薬草が効いているっていつも笑顔で言うんだけど、最近体調がさらに悪くなっているみたいで。きっと僕を心配させないようにそう言ってるだけなんだ。僕、お母さんに死んでほしくないよ。ずっと生きててほしい」

 少年の話を聞き妖精はさらに悲しい気持ちになりました。今までずっと一人だった妖精にとって少年はもうかけがえのない存在になっていたのです。だから妖精は、少年が悲しむのは耐えられませんでした。

 肩を落として帰る少年の姿を見て妖精はあることを決心したのです。

 翌日、少年は満面の笑みで森の妖精に会いにきました。
 少年の母親は今日の朝になって目が覚めるとすっかり元気になっていたのです。
 少年はそれが嬉しくて嬉しくて妖精の姿を必死に探します。

 けれどももう、そこに妖精はいませんでした
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...