ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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ボーンネルの開国譚

第二十三話 鬼対人

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「クレース、とめないの?」

 優しく頭を撫でられた後ガルの背中に乗せられたパールはジンの後ろ姿を心配そうに見つめていた。

「安心しろ、あの子が止めると言ったんだ」

 クレースは何も心配した様子を見せることなく、ただ目の前の遠のいていく小さな背中を誇らしげに見つめていた。

 ジンの小さな体は目の前の爆風に飛ばされることなく嵐の中心に向かって近づいていき、徐々にその足は速くなっていく。そして閻魁は自分のすぐ近くを通るその小さな存在に気づき目を見開いた。

「お、おい。危ないぞ人間」

 閻魁の言葉を気にすることなく、さらに速度をあげたジンは鬼帝門まで辿り着いた。
 ゲルオードの視界にもその姿が目に入り、驚愕する。
 常人ならば身体が容易に消し飛ぶような距離まで来ていた。
 妖力を持っていない者がこの渦に入れば普段触れないような過剰な量の妖力に体は耐えきれなくなってしまうからだ。

 爆風が吹き荒れる中空に飛び上がると、ロードを強く握りしめる。
 空中においても姿勢はブレずその視界は眼前に広がる衝突を捉えた。

「いくよ、ロード」

 静かに呟き身体は下を向いた。

「ッ———!?」

 目の前の魔力が生ぬるく感じるほどの異常な魔力がジンの周りへと解放される。
 しかし魔力は広がることなくロードに集約され、すぐさまその刀身は白く輝き光沢を帯びた。
 ロードを握りしめたまま、ジンは鬼帝門の遥か上から急降下を始める。

(ありえんッ)

 二人の考えていることは同じだった。
 鬼帝と災厄、その両者がたった一人から目を離せないでいたのだ。

理のロウ歪曲ディストーション!」

 理のロウ歪曲ディストーション——それは対象物の次元を歪ませる空間系の魔法である。
 触れたものの理さえも歪めるその魔法をゲルオードは知っていた。
 だが使えるものを実際に目の当たりにしたことはなかったのだ。

 妖々慟哭の回転が一瞬で止まり、互いに干渉しあっていた魔力と妖力は刹那に霧散する。それに従いあたりに吹き荒れる暴風がすぐさま治まった。

「ハァッ!?」

 ジンのことを目で追っていた閻魁は呆然とし口をポカンと開けていた。
 閻魁に向かっていたゲルオードの注意は全てジンへと向かう。
 理由は明白、鬼族最強の守護結界である鬼帝門は跡形もなく消え去っていたのだ。

「お前が······やったのか?」

 目の前で見ていたはずが思わずそう聞いていた。
 鬼帝の驚く顔を見てクレースがニヤリと笑う。

「うん。でもこれ以上暴れられると被害が酷くなるからもうやめてくれない?」

「ハッハッハッ、これは驚いた。鬼帝門が破られたのは今まで一度しかなかったのだがな」

 しかしゲルオードは非常に好戦的な鬼である。そのため、今回の閻魁復活を感じ取ると他の用事を全て放り出して一番にここまで来たのだ。そのゲルオードが目の前の底が知れないような強者に興味を抱かないはずもない。
 笑みは次第に興奮に、その興奮は目の前にいる強者と戦いたいという単純な欲望へと変化していた。

 次の瞬間、ロードと阿修羅がぶつかり合い刀身が火花を散らしていた。

「アイツッ——」

 落ち着いていたはずのゼグトスは怒りを剥き出しにするが手を出そうとはしない。
 クレース達も同様。今手を出すことはジンを信用していないも同然であったからだ。

(これも止めるか、一体何者だ······)

 ゲルオードが答えを得る間もなく、視界には剣先が迫っていた。
 大地を抉るような踏み込み。警戒して見ていたその姿は視界から消え去った。

「ッ!!」

 次の瞬間、ゲルオードは背後から鬼気迫る気配を感じる。
 反射的に身体は動きその気配から距離を取った。
 小さな人族の少女と戦っている、その感覚は既にゲルオードの中から消え去っていた。

 すぐさま間合いまで詰め寄られ、ゲルオードは上半身をのけぞらせる。
 剣は目先を通り過ぎ風が髪の毛を揺らした。
 周りから見ればその光景はジンのいた場所からゲルオードに向かって稲光が走ったよう。

 刀身に凄まじい妖力を纏った炎を付与し薙ぎ払った。

(重いッ!!······)

 だが阿修羅は受け止められピタリと止まる。

「ッ———」

 細く小さな手から振りかざされたその一撃にゲルオードの手は痺れる。

(いつぶりだ、この興奮は)

 興奮を含んだ笑みは浮かべ、ゲルオードは一瞬で距離をとる。
 ゲルオードほどの練度があれば魔力、妖力を使い分け枯渇することはない。
 一瞬で両腕に妖力を込めた魔力弾を撃ち放った。

 常人には視認不可の速度。
 だが軽く顔を傾け最も簡単に魔力弾を避ける。
 ジンの持つ常人離れした反射神経。
 空を切った魔力弾は地面に被弾し砂埃が舞った。

 砂埃により生まれた死角からジンの背後をとり、ゲルオードは本気でジンの背中を突き刺しにいく。
 完全なる死角をついた一撃。しかし剣先が届く直前、ゲルオードの全身に寒気が走った。

「············」

 抵抗する気さえも起こらない見透かされたような紅い瞳。
 自身の放っていたものなど矮小に感じるほどの凄まじい覇気にゲルオードは死を感じた。

(今行けば、間違いなく)

「もうやめない? 私に提案があるんだけど」

 優しい少女の声にゲルオードは何故か安心していた。

「······ああ、それがいい」

 そして一人取り残されていた閻魁はようやく開いていた口を閉じてジンの方を向いた。

「うん、やっぱりそうしよ」

 確信したような顔。対して閻魁はどんな顔をしていいのか分からず固まっていた。

「閻魁、私の仲間にしていい?」

 その言葉に外から見ていたトキワやクレースは嬉しそうに笑い、ゼグトスはいまだ戦いの余韻に浸っていた。

「そうだな······こちらとしては一向に構わん。おそらく其方では閻魁など脅威でも何でもないだろう」

「うん、なら後は任せて」

 二人は閻魁の目の前で口約束を交わす。
 しかしその状況で当事者の閻魁はひとり困惑していた。

「ま、待て。我抜きで勝手に話を進めるな」

 話が終わったと一息ついていたゲルオードは「はぁ」っとため息をついた。

「今のお前ではこの者には勝てんぞ、もう一度封印されたくなければ言う通りにしろ」

 ゲルオードは辺りを見渡し小さく笑みを浮かべた。

(······この者たちはそこが知れん。正直戦い続ければ地面に倒れているのは我であったな。我が国の総力で戦っても正直勝てるかどうか分からん)

 ゲルオードの

「では、忙しいので帰るな」

 急に崩れた口調でゲルオードがそう言った。

「ま、待てゲルオード。我との決着がまだッ——

 閻魁の言葉をゲルオードは無視しジンの方を向いた。

「ジンと言ったか、ではこいつは任せたぞ。いずれお主とは同じ立場で語り合う気がする」

 ゲルオードはそう言い残して元いた方角へと消えていった。
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