ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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中央教会編

四章 第七話 花言葉

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ボーンネルは初夏を迎えていた。この国は四季の変化が明瞭で夏には辺りに緑が生い茂る。
強い日差しの中、ジンは白いレースが施された綺麗な空色の帽子を被って歩いていた。この帽子はラルカが作ったジン専用の帽子だ。そして左手には白と紫の美しい花を持っていた。

「フゥ、まだ朝なのにあついや」

みんなにおはようと挨拶をしてまわった後、今日は一人である場所へと向かった。その場所へは私の家から海のある方へと向かって少し歩く。こちらには建物も立っていないため、みんなの声もあまり聞こえてこない。

ジンが止まった先にあったのは、ジンの家の前にあるものより少し大きな、白く綺麗に掃除されていた墓石だった。あたりは鳥のさえずりがはっきり聞こえるくらいに静かで心地のいい空間が広がっている。
綺麗な緑の上にゆっくりと腰を下ろし、持っていた花を丁寧に墓石に添えた。
そして何かを思い出すようににっこりと笑った。そしてそのまましばらく墓石を見つめる。

(お母さん。私、この国の王様になったんだよ。クレースに勧められて初めは戸惑ったけど、今では本当によかったと思ってる。それでね、優しい仲間もたくさん増えたんだ。ここでは種族の壁なんてなくて、みんな仲良くて、それがとても嬉しい。毎日初めてのことばかりで大変なこともあるけど、本当に毎日が幸せ)

胸にギュッと手を当てて、満面の笑みを浮かべゆっくりと口を開いた。

「お母さん、産んでくれてありがとう」

(······大好き)

ジンはここに来るとその言葉をいつも口にする。母へのこの気持ちを一度も忘れないように。

(今はまだダメでも、私はきっとお母さんが胸を張って誇れる子になってみせるから)

そんなジンの様子を木の陰からクレース、ゼグトス、レイの三人がじっと見つめていた。
レイは駆け寄ってジンを抱きしめたかったが、その思いをグッと堪えてジンと母親の空間を見守った。
その空間は第三者が入るような余地はなかったのだ。そして静かに祈るジンの綺麗な横顔をそのまま見つめていた。

「クレースさん、やはりジン様は······」

「······ああ、そうだ。ジンには、父親の記憶が無い」

「····そう、だったのか」

立ち上がったジンは後ろを振り返るとクレースたちを見つけ、三人のもとへ笑顔で歩いてきた。

「どうしたの? 三人一緒で」

「いいや、何もないよ。その帽子よく似合ってるな、かわいい」

「えへへ、ラルカにつくってもらったんだ」

そしてそこへジンとお揃いの帽子を被ったパールが飛びながら近づきジンの胸にバッと抱きついた。

「パールもよく似合ってるね、かわいい」

「えへへぇ、ジンとおそろい」

そして五人はその場から離れていく。
また新しい一日を迎えるために一歩一歩、歩みを進めた。
帰り際、クレースはその墓をじっと見つめ、優しく微笑んだ。




最近の食べもので一番気に入っているのはエルムが作ってくれるアップルパイだ。ヴァンの元で修行し、今ではもう副料理長という役職についている。どうやらエルムは料理をすることが楽しくて仕方がないらしい。

「ジンお姉ちゃん、どうですか?」

「うん、とっても美味しいよ。さすが副料理長」

こういうとエルムはいつも下を向いて照れてしまう。

「そういえばゼグトスっ」

「はいっ!」

ゼグトスは名前を呼んだ瞬間元気のいい声と同時に嬉しそうな顔で近づいてきた。

「海の上の特殊空間、誰か使ってるの?」

「ええ。今は運動がしたいとのことで閻魁さんとエルバトロスさんがともに巨大化した姿で戦っておられます」

「えっ、なんだか見てみたいな。ちょっと見に行ってくるね」

「はい、では安全な場所にお送り致します」

そしてゼグトスの転移魔法でその様子を観戦しに行った。

目の前で繰り広げられていたのは閻魁とエルバトロス、両者ともに正真正銘の怪物同士の戦いであった。
互いに妖力と魔力を惜しげもなく最大限に使用し、その空間の至る所で爆発が引き起こる。

エルバトロスの強烈な魔力弾を閻魁は素手で受け止め、一瞬のうちに妖力を纏わせて投げ返す。
その攻撃をエルバトロスは十枚以上に重なった多重防御結界によって威力を殺し収縮させる。
両者ニヤリと笑い両手で掴み合うと周りには衝撃波が走った。
そしてそのまま両者とも人型に戻ると素手による激しい組み合いが始まった。
互いの技術と力、素早さが拮抗しその場にいた者たちは思わずその戦いに見入った。

「すごい戦いだね、間に入ったら潰されちゃいそう」

「まあ互いにかなり長く生きているからな。実践経験も桁違いなんだろ」

「よく言うぜクレース。この前閻魁のヤツをボコボコにしてたじゃねえか」

そう、閻魁はこの間同じようにクレースに戦いを挑みコテンパンに負かされたのだ。

怪物二人の戦いはその後もしばらく続き、最後には疲れ切った様子で二人とも仰向けに寝転んだ。

「なかなかやるな。我も久しぶりに楽しめたぞ」

「ハッハッハッ、こちらこそ恐れ入ったぞい。流石、災厄閻魁と呼ばれただけあるのう」

二人は大きく笑いしばらくその場に寝転んでいた。


その後暫くしてレイはクレースの家に特訓をしに来ていた。
二人とも閻魁とエルバトロスの激戦を見た後気分が高まり、そのままの流れで今に至ったのだ。

「レイ、お前はまだ『意思のある武器』本来の力を半分も引き出せていない」

「本来の力? どういうことだ?」

「まず大前提として、意思のある武器にはそれが持つ固有の能力というものがある」

「大前提か、初耳だぞ」

「まあそれもおかしくはないな。意思の能力というのは誰もが使えるものではない。具体的に言うなら、ボルの「ゼルタス」は魔力をその中に吸い込むことができ、その魔力を自分のものとして使用できる。それにトキワの「炎」は無限の炎を生み出し、それを自身の手足のように自由自在に操ることができる。だが能力が発揮されることなく契約の終わりを迎えるということも多い」

「なるほどな、それであんなにも強いということか」

「いいや、そうではない。正直言ってお前は素手の二人に手も足も出ないだろう。能力の開花は実力が伴ってようやく為されるものだ」

「実力か······ジンも使えるのか?」

「ああ、ジンの能力は凄いぞ。まだ教えてはやらんがな」

「フンッ、私が今度直接聞くから構わん。だが能力が前提なら、能力以上のことがあるのか?」

「まあな、だがまだお前にははやすぎる。まずは自分の武器の能力を知ることから始めろ」

そしてレイはじっとレグルスのことを見つめた。

(おいおい、そんな見つめられても何も出ねえぞ)

(分かってる、お前も自分の能力は分からないんだろ?)

(まあな、さっぱりだ)

「クレース、それは道具の場合でも同じか?」

「ああ、例えばインフォルの「バンパー」は嘘を見破ることができる」

「そういえばそんな話もしてたな。······その、具体的にはどうすれば能力が開花するんだ?」

「まあ端的に言えば、能力は使用者本人の何かを達成させようとする強い意志が必要だ。それがなければ何も始まらない。技術的な面はその後だ。だからレイ、お前にとって強くなる理由はなんだ?」

そう聞かれた瞬間、レイの脳裏には一人の存在が浮かんだ。

「ジンのため」

そして気づけば、勝手に口が動いていた。

「だろうな。だがそれだけでは足りない。具体的に言葉にしてみろ。明確なイメージが必ず必要となる」

(ジンに対しての明確なイメージ? まずは優しい。自分がしんどくてもいつも周りを気にかけてるし、どこかにいく時は必ずと言っていいほど、「気をつけて」という言葉をかけてくれる。それにかわいい。意外と天然で、寝ぼけてスボンを頭に通していたり、たまに間違えてゼフの家に帰っていったりする。お酒で酔っている姿は失神してしまいそうなほどかわいい。それなのにカッコよくて頼りになる。ずっと見てても飽きない綺麗な顔に吸い込まれそうな瞳。それに、どんな些細なことでも真剣な顔で聞いてくれて本気で一緒に悩んでくれる。そう、いつの間にか守られているけど、同時に守ってあげたい私にとっては自分よりも、何よりも大切な存在)

考えれば考えるほど、キリがないほどに頭にイメージが浮かんできた。

「何にやけてる、しっかり考えろ」

「まあ確かに難しいな。このイメージを一つに纏めるのか」

「まずはもっと武器と一体化しろ、お前の動きにはまだムラがある。イメージを作り出すのはそれからだ。
“目指す”と”達成する”の差は小さくないぞ。もしジンへの思いが本当ならば、お前の出せる全てをだせ」

そしてその後も二人の特訓は続いていったのだった。
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