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中央教会編
四章 第八話 八雲の欠落
しおりを挟む「ベオウルフ様、こちらの報告書の通り近頃中央教会の騎士たちが不自然に失踪しているということが立て続けに起こっております。未だに原因は分からず現在は調査中ですが、被害者が騎士のみということを考えると中央教会に何かしら恨みを持つ者の犯行と考えた方がよいかと」
「ったく、俺の国で勝手なことしやがって。舐められたもんだぜ。とにかく騎士には集団行動を徹底させろ。これ以上は好き勝手にさせるわけにはいかねえ」
「かしこまりました」
現在ギルメスド王国では、騎士を狙った通り魔事件が多発していた。既に数十人の騎士が行方不明となってはいるが調査も虚しく未だに有力な目撃情報なども出てこない状況となっていたのだ。
(この胸騒ぎはなんだ。鬱陶しい)
「それともう一つ、キャレル様は無事意識を取り戻されました。現在はお休みになっておられますが容態は安定しているとのことです」
「そうか、少し休ませておけ」
(とりあえず今は凶暴化の原因を突き止めることと、その通り魔野郎をどうにかすることか)
ベオウルフは大きくため息をつき頬杖をついた。
「浮かないご様子ですね、剣帝閣下」
そう話しかけたのは八雲朱傘の序列三位に位置するラダルスという男だった。
「その言い方はやめろって言ってんだろ、どうした?」
「つい先程のことなのですが、例の通り魔から重傷を負わされた騎士が無事一命を取り留めまして。当時の状況をはっきりとはしませんがですが覚えていたようですので、少しはお役に立てるかと」
「おう、でかした。それでどのくらい分かった?」
「どうやら相手は一人だけだったようです。襲われたものは騎士長クラスのものですが、相手はかなりの手練れで手も足も出なかったようです。かなりの騎士がやられておりますのである程度は分かっておりましたがどうやら我々の想像以上のようです」
「分かった。ご苦労。他のやつにも言ったがお前でも一人でうろつくのはやめておけ。今戦力は割かれたくない······
大丈夫か?」
「ええ、こう見えてもかなり頭にきていましてね。私の部下も四人ほどやられましたから」
その後ラダルスはひとり、ある場所へと向かっていった。
救護室で休んでいたキャレルは傷ついた体を無理矢理に動かし起き上がった。
(危なかった、ハイエントをかけてなかったら確実に死んでいた)
「イタッ」
(それにしてもあの後どうなったんだ、バルバダとミルファは)
キャレルがそう考えているとちょうどミルファが部屋の中に入ってきた。
「キャレル、まだ休んでおきなさい。そんな体で動いても傷口が広がるだけよ」
ミルファの様子を見て少し安心したキャレルは思い出したように口を開いた。
「あの後はどうなったんだ、ヘルワイヴァーンは? バルバダは無事か」
「落ち着きなさい。負傷者も多数出たけれどもバルバダは無事よ。途中で冒険者と思われる人の助けが来たのよ、それでヘルワイヴァーンを一撃で倒していったわ」
「一撃? 何の冗談だよ。Sランクだぞ? 一体誰だよ」
「私が聞きたいくらいよ。でも少なくとも私たちじゃ到底敵わないような相手だったのは確かよ」
「····まあいいや。無事ならそれでいい。そんなことは考えないようにするのが一番だ」
面倒臭いことが嫌いなキャレルは無理矢理に自分を納得させその体で自室へと戻っていった。
騎士が行方不明になるという話は瞬く間にギルメスド王国中に広がっていき国民の不安は日に日に大きくなっていった。しかしながら、数日間八雲朱傘をはじめ中央教会の騎士団よる調査は進展が見られずそれを嘲笑うかのように騎士の犠牲者は増えていったのだ。
「ベオウルフ様、恐れながら申し上げますが今は凶暴化する魔物よりも通り魔の方に集中するべきだと思います。正直に言ってこのままでは魔物討伐どころではありません。私の部下も既に何人かが行方不明に······」
「構わねぇぜミルファ、お前の言う通りだ。ラダルスの報告以降は何の情報もねえからな。あいつの言ってた通り敵は相当厄介だ」
そしてその時だった。
「ベオウルフ様ッ!!! 至急ご報告がッ!!」
大慌てでその場に衛兵が走り込んできた。
「おい、剣帝様に無礼であるぞ」
「構わん、どうした」
衛兵は息を落ち着かせる様子もなく跪き口を開いた。
「教会の外に······ラダルス様がっ、血まみれの状態で発見されました····」
「ッ——!?」
ベオウルフはそれを聞くとすぐに外へ走り出た。
その顔にはいつになく焦りが見え、呆気に取られたミルファはすぐにハッとなりそれに続く。
「ラダルス······」
外に出ると、口に吐血した後が見られ、ぐったりとしたラダルスの姿があった。仰向けのラダルスはピクリともする様子はなく、光が見えない無機質なその瞳はただ薄暗い雲を見ていた。
「ベオウルフ様······ただいま治癒魔法をかけておりますが····」
そう言うのはゼーラという序列四位に位置する女の騎士だった。ゼーラにより必死に魔力を込めかけられていた回復魔法はラダルスの体に全く干渉することなく外へと抜けていき、ラダルスの命は今にも尽きようとしていた。
「······クソが」
ベオウルフの雰囲気は一気に代わりその場に重たい圧がかかった。剣帝の圧は周囲を呑み込み、息の詰まるような緊張感が一瞬で心配そうに様子を伺っていた民と衛兵たちに広がる。
「ベオウルフ様、今は抑えてください。民も見ております」
「······すまん、冷静さを欠いた」
「ラダルスッ! しっかりしなさい、あなたほどの男がこんな所で死んでいいわけッ」
目に涙を浮かべ、ゼーラは必死に治癒魔法をかけ続けた。しかしラダルスのほんの微かにあった命の火は次第に薄くなっていく。
「起きなさいッ、この馬鹿!! まだ····まだ私はッ」
「····もう、休ませてやれ。コイツは今まで本当によくやった。この俺が保証する」
ベオウルフに優しく肩を叩かれ、ゼーラの魔力は底が尽きるようにゆっくりと小さくなっていった。
「ラダルスっ····」
薄く枯れた声でゼーラの涙は頬をつたり、ゆっくりとその手を離した。
「ラダルス、お前の重たい命は俺が背負う」
そっとラダルスの目を閉じ、ベオウルフは帝王である自分自身に誓ったのだ。
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