ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 前編

五章 第十五話 天使の転生

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「全く昔からあの災厄は、先程言ったばかりだというのに」

ネフティスが先程訪れた小屋から再び嫌な気配を感じるとそのタイミングで即座にメイルから報告がきた。メイルの報告では小屋から突然膨大な呪力の発生が確認されたということで、それを聞くとすぐにネフティスの脳裏には封印されている存在がよぎった。そして気が付けばローブを羽織り立ち上がっていた。

(問題ない、あいつの呪いはまだ解いてはおらん)

そう自分に言い聞かせつつも杖を持って小屋へと繋がる転移魔法陣を展開する。息を呑み魔法陣に一歩踏み込むと一瞬にして先程までいた小屋の前まで転移した。ネフティスにとっては何千、何万回も見た古びた小屋だ。しかしいざ小屋の前まで転移すると誰の姿も見当たらず、閻魁の気配も感じない。ただ強力な呪力のみが小屋から溢れ出るのを感じた。

「もしや······」

ネフティスの頭には本で読んだ一つの知識が浮かんだ。そして一つの可能性を探るようにして小屋を向き目を凝らした。

(やはり妖力が呪いに干渉しておる。無意識であろうともあの鬼のせいには変わりないな。強大な妖力や魔力に対して呪いは干渉を受けやすい。今の場合、閻魁の妖力に影響を受けた呪いが呪力を増幅させてしまったというところか)

そして後ろからメイルが慌ててやってきた。

「ネフティス様、これは一体」

「閻魁の奴が妖力を解き放った状態でここの近くを通ったのだろう。調子に乗りおって。メイル、お主人間にこの場所は教えてないだろうな」

「ご安心ください。ジン様たちには部屋で待機してもらうようにお伝えしました······その、小屋の奥にはまだ入られないのですか」

ネフティスは杖を小屋の方に向けると、発現していた呪力は静かに小屋の一点に向かって収束していった。

「ほれ、その必要はない」

「····申し訳ありません」

「戻るぞ、もうここに用はッ—」

(ーネフティス)

その時、ネフティスの脳の中に聞き慣れた声が伝わってきた。今まで一度も聞こえなかったそれは確かに懐かしい声で自身の名前を呼んだのだ。無意識のうちに振り返り小屋の方を見つめるが、呪いは収まったままで特にいつも通りと変わらなかった。

「ここには結界を張っておけ、馬鹿な鬼が入って来れないようにな」

「はい····ネフティス様、小屋の方から少し違和感を感じませんか」

(メイルも感じるということは)

「わしはしばらくここにいる。誰も近づかせるな」

そう言ってメイルと別れた後、小屋に再び近づいたネフティスはしばらく空を見上げた。そして痩せた土地に一人立ち、ゆっくりと目を瞑った。

「いるのは分かっておる。さっさと出てこい」

すると小屋のすぐ横にある枯れ木から何者かの気配とともに黒い空間が現れた。子どもほどの身長のその人物は怪しい笑みを浮かべて目の前にいたネフティスをジッと見つめた。その人物はギルメスド王国からラグナルク達とともに姿を消したまま、長らく目撃されていなかったギシャルだった。

「クシャシャシャシャ、てめえが呪帝か」

(おそらくあの黒い空間は転移系の魔法か)

「何の用だ、このわしが帝王と分かっておるのなら早々に立ち去れ」

「あんたと戦う気はねえ、戦っても勝てねえからなぁ。ただ俺のボスが欲しいもんを取りに来た」

「欲しいもの?」

(ネフティスさん、この国に敵が入ってきたらしい。以前にギルメスド王国に現れた敵で閻魁が少しだけ交戦したって。そっちは大丈夫?)

そのタイミングでジンから魔力波が飛んできた。

(なるほど、そういうことか。目の前におる、お前らは敵が居れば潰せ。泊めてやるかわりに国に被害は出させるなよ)

(敵は今のところ一人だけなんだって、空間魔法を使ってる人いない?)

(そうか、ならばよい)

「とは言っても、もう目的の物は手に入ったがな」

「目的の物······貴様まさか」

ネフティスは小屋から感じていた違和感に気がついた。誰もいなくなっていたのだ。封印していた人物の気配が完全に消え去り、目の前にいるギシャルからの魔力を感じるのみだった。

「お察しの通りだ、目的の物は既にボスの元へと渡った。だが安心しな、ちょっと借りるだけだ、綺麗な状態で返すぜ。じゃあな······」

ネフティスを一瞥しギシャルは隣の空間に入ろうとした時、体が動かなくなる感覚に襲われた。すぐ目の前にある空間はかなり遠く感じ、身体で動かせるのは頭だけだった。

(クソッ、魔法が上手く使えねえ)

「チッ、俺の体に何をしやがった」

「どのような理由があろうが、あやつを渡すことはできない。貴様を人質にして取り返させてもらう」

「クシャシャシャシャ、悪いがそう簡単にはいかないと思うぜ」

ギシャルは平然を装いニヒリな笑みを浮かべてネフティスのことを睨んだ。しかし気持ちとは反面、手足の自由は聞かず操り人形のような状態でその場に固定された。何とか動く首から上で隣にあった黒い空間を移動させようと思っていたが、すぐにネフティスによって完全に消し去られた。

「貴様······我が友をどこにやった」

「それは言えない」

「そうか······ならば消えろ」

ギシャルの身体は黒紫色のオーラに包まれ空中に持ち上げられた。

(やべえ、勝手に動いて手足の感覚がねえ)

呪い人形カースドール

ギシャルのすぐ上には巨大で首のない真っ黒な人形が現れ、手足の向きがギシャルと対応するようにして変形した。人形には呪力が込められておりギシャルは体験したことのないような感覚に襲われる。

(まずいッ、このままじゃ)

「グゥぁあアアアッ!!」

ギシャルの手足は向いてはいけない方向に嫌な音を立てながらゆっくりと動いていった。額から汗が滴り落ち、ただ苦痛の表情を浮かべ、思わず悲鳴を上げた。

「なっ—」

しかし身体が完全に壊れる前に上にあった人形の胴体が真っ二つに引き裂かれ、同時に空中に止まっていたギシャルが少し音を立てて地面に着地した。

「届いていたぞ、よくやったギシャル」

二人の前に現れたのはラグナルクだった。しかしその姿はギルメスド王国に現れた時とは違い、髪は真っ白で魔力はネフティスも首を傾げるほどに静かだった。そして特殊な模様が刻まれた瞳でネフティスをほんの一瞬見たラグナルクはゆっくりとギシャルに手を伸ばした。

「そうはさせん。呪いの往来カルヴァン

ネフティスの杖から放たれた一撃は完全なる呪力による物だった。高密度の呪力を含んだその一撃は呪いを運び触れたものをすぐに蝕む。その速度は人間では反応することすら出来ず、杖に意思は宿っていないもののその威力は帝王という名に相応しいものだった。

——しかし

ギシャル目掛けて一直線に伸びていった呪いの光線は目の前にいたラグナルクの剣に当たり軌道を変え、そのまま後方にある木にぶつかりすぐに大穴が空いた。

「ほう、お主天生しておるな」

「なぜそう思う」

「天生した者を見たことがあるからな。その様子では天生前も割と強かったようじゃな」

(天生して間もないというところか。だが上手く使いこなしておるな。もしかするとベオウルフにも届き得るかもしれんな。ただ一番引っ掛かるのが······)

「お前、帝王でもない人間の分際でなぜまだ生きている。なぜ心臓が動いている」

「すまないが、それを話すつもりはない。だがお前にはいずれ呪いの知識を借りるやもしれんな」

「わしがお前に手を貸すだと? 有り得んな」

両者睨み合い、緊迫した無言の状態が少し続いたその時、枯れ木の隙間から素早い足音が聞こえて来た。

「ここには来るなと言われなかったか。これだから人間は」

「だって私の友達が迷惑かけたからね。しかも知っている人たちだもん」

ベオウルフから聞いたがあのラグナルクという人は昔同じ騎士団に所属していた友人だったらしい。でもこの前少し見た時とはまるで雰囲気が違う。魔力が洗練されたというか、更に強くなっているのを感じる。そしてこちらの顔をじっと見てなぜか穏やかな顔をしてみせた。

「······ジンか」

「うっ、うん」

まだ一度もしっかりと自己紹介はしていないし話してもいない。でも名前を呼ばれた。ベオウルフから紹介されたのかもしれない。でも今は敵同士だからそんな余裕は無いはず。それに向こうは魔力波すら知らない。

「お前、のこのこと現れやがって。また殴られたいのか」

「いいや、お前と戦うつもりはない······ではな」

「奪ったものを返せ、人間。呪いの往来カルヴァン!」

しかし今度は剣で軌道を変えることなくそのまま黒い空間に消えていった。

「チッ、逃げられたか」

「ネフティス様、住民に被害はありません。どうやら今の二人だけだったようです」

「ああ、それはいいがお前には後で話がある」

「は、はい····」

メイルの報告を受けた後、その場にいたものは揃って城の方角へと戻っていった。
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