ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 前編

五章 第十四話 最良の選択

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夕方ごろになりパールとガルを抱っこしながらネフティスさんを探していた。ガルは起きているがパールはいつも通りの幸せそうな顔をしながら胸の中でぐっすりだ。ちなみに今日はここに一晩泊めてもらえるので他のみんなは部屋で休んだりしている。胸の中のふわふわな空間に癒されながらも城の奥にあるネフティスさんの部屋まで移動して扉をノックした。すると扉はほんの少しだけ開きこちらの様子を見るためにネフティスさんがギロリと睨んできた。

「なんだ人間、ここはわしの部屋じゃぞ。お主の部屋はもっと向こうじゃ」

「入れてくれない?」

「嫌じゃ、あっちに行け」

「どうして?」

「人間が嫌いだから」

そう言ってバタンと扉を閉められた。だがここで諦めるわけにはいかないので、部屋の扉に向かって入れて欲しいオーラをずっと浴びせ続けた。

その状態がしばらく続き、ネフティスは椅子から立ち上がると扉の方へと歩いていった。

(あやつ、いつまで扉の前で立っておるつもりじゃ)

痺れを切らしたネフティスは再び扉の前に立ち外の様子を確認するために先程よりほんの少しだけ扉を広く開いた。外の様子を見るとジンと目が合い、同時にパァッと一瞬で笑顔になったのを確認した。

「仕方ないのお、さっさと入れ」

「やった!」

部屋の中は難しそうな分厚い本が壁一面に並べられていた。『呪術陣の立体構造』や『呪法と魔法の融合』、『呪縛解放の極級魔法』など題名を見るだけで十分なほどの本は何度も何度も読まれた跡が見られ机の上は書類が並べられていた。ギルバルトの研究室のようで部屋の至る所に何かを研究しているような跡が見られる。

「ほら、何も面白いものはないだろ」

「何を研究してるの」

「大したことはしとらん······それよりそこの子ども」

「パールのこと?」

「そやつ、以前までかなりの呪いにかかっておったようじゃな。それも、わしでも見たことのないような強大な呪いを」

「いっ、今は解けてるんだよね」

「安心せい、経緯は分からぬが完全に消え去っておる」

「よかったぁ」

パールが呪いにかかっているのは初耳だ。ともあれ今は無いのならよかった。

「その、一つ聞きたいことがあるんだけど、どうしてわざわざ自分に呪いをかけてるの。それも人を嫌う呪いなんて」

「メイルのやつか。いらんことを言いおって」

「その呪い、解いてはくれないの?」

ネフティスの顔は一瞬曇ったが、すぐに面倒くさそうな顔になりため息を吐いた。

「無いな。これからもわしは、人間嫌いの呪帝として居続ける」

面倒そうな顔をしているけれど、これは本心では無い気がする。

「もしかしてだけどさ、ネフティスさん誰かの呪いを解こうとしてる?」

「······なぜそう思う」

「何というか、苦しそうだから」

ネフティス少し目を見開き、ゆっくりと椅子に座った。

「苦しそう····か。お前からはそう見えているとはな、初めて言われたぞい」

「やっぱりそうなんだね」

「····呪いはこの世でわしが最も忌み嫌うものだ。それ故わしは呪帝という名を、ましてや呪いの王などというふざけた二つ名も好まん。だからやられた分呪いを利用してやるのだ」

「それは呪いがその人間を蝕んだから?」

「······待て、なぜ人間だと分かる」

「だって人間が好きだったネフティスさんがわざわざ自分に人間を嫌う呪いをかけるっていうことは、無理矢理にでも離れたかったんでしょ」

「フン、勘のいいやつだな」

ネフティスは立ち上がると部屋の中央にあった黒光りの巨大な宝石の前に立った。杖を持ち宝石にかざすと、共鳴するように二つは一瞬だけ光り空中に複雑な魔法式が出てきた。魔法式は止まることなく空中にズラリと並べられ、すぐさま部屋の中央が埋め尽くされた。

「この解呪の式を導き出す為、わしは死に物狂いに呪いといものを学んだ」

「完成したの?」

「······した。まあこの呪いは元々わしがかけた呪いだったからな。呪いというのはかけることができても解くことは容易にできない」

解く解かないは本人のタイミングがあるのだと思う。ネフティスさんの顔を見る限り呪いを解くことに躊躇いがあるように見える。

「呪いは魔力を使うの? 」

「いいや、呪力という魔力でも妖力でもないものを使う」

(チッ、なぜわしは普通に話しておるのじゃ)

「見せてくれてありがとう、そろそろ行くよ」

「ふむ、引き際がよく分かっておるな」

ネフティスさんの部屋から出て用意された女子部屋に行くと機嫌が良さそうなゼステナがこちらに気付き顔が明るくなった。

「ジン、クリュス姉の会議うまくいったってさ。よかったね!」

「さすがクリュス。もう魔力波で話せる?」

「いいや、直接会って報告したいらしいよ」

「わかった」

少しだけ心配もあったが杞憂に終わってよかった。クリュスはしっかりと自分の仕事を全うしてくれた。今度はこちらがしっかりとやらなければならない。とはいうものの目標の貿易をしてもらえるようになるのにはまだまだ遠く感じる上、ネフティスさんと仲良くなれた気もしない。みんながそれぞれに距離の詰め方がありゼステナやシリスのようにすぐに友達になってくれる人もいればネフティスさんのように嫌われた状態から始まるような人もいる。

「ジン、どうかしたか」

「そのネフティスさんとこのまま仲良くなれないのかなって。お母さんならなんて言うと思う?」

ジンから出た母親という言葉に部屋にいた全員の注目がジンに向いた。

「そうだな······私にはアイツの言うことなんて想像も出来ない。どちらかと言えばジンに思考が似ていたからな」

「そういえば、ジンのお母さんってどんな人なの?」

「ジンに似て美しい人だったぞ。優しくて強くて、私が生まれて初めて尊敬した人物であり、唯一歯向かえなかった女性だ」

懐かしそうな顔で何かを思い出すクレースはどこか悔しそうな顔だった。

「ジンを産んでくれて私にとっては感謝しかないな」

「······ただ今の私があるのは、ジンのおかげであるのはもちろん······ルシアのおかげでもある」

「クレースがお母さんの名前を出すのは何だか久しぶりだね」

「確かにルシアは素晴らしい人物だった。ジンを産んでくれた人物で、私の恩人だ。ルシアの言った通りジンは誰よりも優しい人間になった。ジンが何を選択しようときっとルシアは笑って頭を撫でてくれると思うぞ」

「えへへぇ」

「相変わらずルシアのことを思い出すと顔がゆるむな」

小さい頃、お母さんはどんなことでも解決してしまうので魔法を使っているのではないのかと思うことが多々あった。でもきっと見えないところで何かしら悩んでいたのだと思う。取り敢えずは相手の距離に合わせてゆっくりと。今できなくてもいずれ出来ればいいのだ。最良の選択肢は失敗を経験した後にしか出てきてくれないものだから。

「クリュスには申し訳ないけど、ネフティスさんとはゆっくり仲良くなるよ」

「全然いいよークリュス姉もジンが決めたことなら何も言わないからさ」

その後もしばらく話していると何やら部屋の外から慌ただしい音が聞こえてきた。

「何事だ?」

(おい人間、閻魁は近くにおるか)

(閻魁? ちょっと待って)

(トキワ、そっちに閻魁いる?)

(閻魁?······そういや外に行ってくるって言ってから見てねえな)

(分かった、ありがとう)

(外に出てるって。何かあったの)

(おそらくあの鬼、立ち入り禁止にしておった小屋の奥に入りおったのじゃ)

(えっ、何の小屋?)

(先程言っておった呪いにかかった人間が封印されている場所だ)
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