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英雄奪還編 前編

五章 第十三話 龍の逆鱗

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クリュスはボーンネルを出発した後自身に不可視化の魔法をかけ、更にトキワから教えてもらったロストを使用することにより完全に空気と一体化していた。そして現在、魔力を完全に消し去り高速で空を飛ぶクリュスは丁度バーガル王国の上空を飛んでいた。

(人の世に干渉するのは久しぶりだわ)

龍の瞳で遥か上空から大陸を見下ろしたクリュスは上機嫌だった。会議に出席すると決まってから心の中では静かに高揚感が芽生え、この日を楽しみにしていた。自分でも驚くほどに気分が乗っていたのだ。本来クリュスにとって誰かの下につくこと、増してやその者の下で働くというのは自身のプライドが許さなかった。事実、祖龍としてこの世に降誕してから一度として誰の下にもつくことはなく、常にこの世界の上位の存在として君臨し続けていたのだ。しかし数多の龍の上に立ち、妹のゼステナとともに暮らしていたクリュスはどこか自分の生に満足を持てなかった。それ故、対等の存在であるゼグトスの話に興味を持ったのだ。

(私が生まれて初めて興味を持った御方、生まれて初めて配下としてお仕えしたいと思った御方。不本意だけど、ゼグトスには感謝しないと。私をあの国へ連れてきてくれて、そして何よりジン様に巡り合わせてくれて本当に感謝するわ)

しばらく空中を飛んでいき、ハインツ国がクリュスの視界に入ってきた。高度を下げ、人目のつかない場所の近くまで来ると元の人型に戻り静かに着地した。そして目の前にはハインツ国の城が見えてくる。

「ここがハインツ国。我が君を敵対した愚かで存在する価値すら無い小国」

見張りのいた門を抜けてから城下町の中でクリュスは不可視化の魔法を解除した。

(あらあら、少し視線が強いわね)

クリュスの美貌は一瞬にして周りの視線を集め、いつしかその場にいたもの達はクリュスのため自然と道を開けていた。しかし誰もクリュスに話しかけることはなかった、ただ立ち止まり姿を見つめるだけで話しかけることができなかったのだ。

城下町では子どもが遊んでいる活気のある声が多く聞こえ、他国からの輸入品を中心とした市場が多く見られた。

(小さな子を見るとジン様を思い出すわね、国ごと潰すのも一つだと思っていたけれどもやめておきましょうか)

城下町には他国の要人と思われる者が乗っている馬車がいくつか城に向かっていた。そしてその馬車についていくようにして城の方へと歩いて行った。城の中には要人が入っていき、周りは少し緊張感に包まれていた。

「おい、あの女は誰だ。まだ会議までは時間があるだろう、ちとこちらに連れて来い」

「で、ですがあの者の身なりを見るに貴族である可能性が高いと思われます。ここで問題を起こすのは避けるべきかと」

「黙れ! 私ほどの男だぞ、そこいらの貴族など遊んでやるだけでも有り難く思うだろう」

「は、ハッ!」

(聞こえているぞ、家畜が。··········何でしょう今まで感じたことのないような種類のこの怒りは。ジン様と同じ人族ということが許せない····)

護衛の者はクリュスの前まで近づき申し訳なさそうな顔で目の前に立った。

「話は聞いておりましたわ、構いませんわよ」

口を開く前の突然のクリュスの言葉に男は驚き唖然とした。馬車の中から下品な顔をし髭を生やした男がクリュスを手招きし、クリュスは静かにその馬車へと近づいていった。

(ジン様と同じ種族? こんなゴミクズが?)

近づくにつれクリュスからは溢れ出るような怒りがはっきりと表情に現れてきた。

「うむうむ、近うに寄れ」

その表情にも気づかず男は卑しい目でクリュスの身体を舐め回すように見てきた。

「ん?」

クリュスは男の目の前に立つと顔の目の前で手を翳し軽く笑った。

永氷煩悶エターナル・バン

その声と同時に馬車の中だけが異様なまでの超低温の空気に包まれ、氷の塊の中に男は閉じ込められた。

「極寒の中で永遠に痛みを感じ続けろ」

「キッ、貴様何を!!」

「静かにしなさい」

今度は護衛の頭に触れると気を失ったようにその場に倒れた。

「いい暇つぶしになりましたわ。もうそろそろかしら」

クリュスは二人を見えない場所に放ってそのまま城の中へと入っていった。クリュスの格好は周りから見ても貴族のようで、特に問題なく城内へと入っていった。会議が行われる部屋の中では国王たちが少し距離をとって座っており、そのほとんどの席がすでに埋まっていた。
クリュスは不可視化の魔法で再び姿を消して会議にいるもの達を俯瞰できる位置に移動した。

(この場に来る者達はハインツ国を合わせて五国。どれも取るに足らない小国ばかりですわね)

しばらく経って部屋の中にある席が全て埋まりハインツ国の国王が椅子に座った。

「ん? カロルはどこへ行った?」

「それが、先程からお姿が見当たらず」

「ふぅ、まあ良い。皆の者、今日はよく来た。書簡で伝えた通り、今回の議題は最近急に勢力を伸ばし始めたボーンネルについてだ。今まではロクに王もおらず種族同士が国中に点在しておったが、今では龍人族までもが王の元についておるとのことだ。それゆえ今回はこれ以上の勢力拡大を防ぐため、我ら五国で早急に潰しにかかる」

「フォッフォッフォッ、ようやく生まれた国をいきなり潰しにかかるとは······興奮するぞい。して、具体的にはどうするつもりじゃ」

「まずはボーンネルに対して向かう商人に圧力をかけ、今後一切あの国とは取引をさせないようにするのだ。もし国側からの命令に反いた商人は見せしめとして処刑しろ。さすればあの国にはもう誰も近寄ろうとしまい」

「だ、だが流石に貿易を一切しないというのは。我が国はボーンネルからの輸入品で最近かなり助かっております」

「何を言うか、ボーンネルの王は今や鬼帝を始めとした帝王とも関係を持っているとのことだ。このままでは私の国のように帝王が後ろ盾におる国の評価が相対的に下がってしまう。お主の国もそうであろう」

「私は賛成ですわ、あの国はこの私が直々に送って差し上げた書簡をいつまで経っても無視しているのよ。折角この私の支配下に入れてあげようと言っているのに。自国の国力も分からぬ愚かな国だわ」

(あのメスか、調子に乗って理不尽な要求を突きつけてきたのは)

「そうであるぞ、余の国からもわざわざ慈悲深き内容が書かれた書簡を送ってやったというのに何様のつもりぞ。そんなものでは足りぬ。我ら五国が協力すれば一夜にして落とせるであろう」

(あれは確か、ファスト国とかいう国の王。覚えているわ。属国にしてやるだとか、貢ぎ物を送れだとかふざけた書簡を送ってきた愚かな豚だ)

その後もほとんどの国が思うように好き勝手な意見を述べ、ボーンネルに対しての制裁の案を出し尽くした。そして言うまでもなくクリュスの怒りは最大値を通り越して、もはやその愚かさに呆れていた。

「ふむ、では意見をまとめるぞ。
 一つ 今後ボーンネルとの一切の取引を行わない
 二つ ボーンネルに住む者には我ら五国への入国を一切禁ずる
 三つ ボーンネルは毎年、我ら五国に対して大金貨百枚以上の貢ぎ物を送ること
 四つ ボーンネルは我らの五国の属国になること
 五つ 我ら五国からのボーンネルに対する如何なる干渉をも黙認すること
 
この五つを守ることができない、もしくは破った場合は我ら五国からの軍事侵攻を開始する」

「フォッフォッフォッ、よいではないかよいではないか。その国に住む者達は我が国の奴隷にしてやろう」

「龍人族は私の国の奴隷ですわよ」

「ふむ。鬼帝や剣帝もうまく唆された、もしくは哀れな小国を使って遊んでいるのであろう」

「そうであるな。後ろ盾などないのだろう、実に哀れな国よ。せめて我らの国でこき使ってやろう」

「そうだわ、第一龍人族を人間如きが従えられるはずがない。きっと魔法を使って催眠にでもかけているのよ」

その後も各国の要人達を含めて不満を言い合い、その鬱憤を全てボーンネルにぶつけるようにして会議は進められた。
クリュスの呆れはさらに一周して再び徐々に怒りが溜まってきた。

(圧倒的強者というのは常に余裕を持っているもの。このようなゴミどもの言葉で感情が大きく起伏されることはない。ただいつものように、上の立場から見ておけばいい)

そう自分に言い聞かせ、クリュスは道端のゴミを見るような目で上から国王達を見下ろした。国王達は我が意を得たりと言わんばかりに次々と理不尽な意見を出し、クリュスの怒りは滴り落ちる水滴のようにゆっくりと溜まっていった。

(何でしょうね、この初めて感じる鬱陶しい感覚は)

楽しそうに話し合う国王達だったが、最悪のタイミングでファスト国の国王が祖龍の逆鱗に触れる言葉を発した。

「聞くところによれば、ボーンネルの国王はかなり美しい容姿を持っているようだな。余の奴隷にしてちと遊んでやろうかのう」

その瞬間、先程までの水滴が消え去り、急にクリュスの中で嵐が吹き荒れた。

(その、私はただ友達になってくれれば)

(この国の外交の権限はクリュスにあると思っていいからね)

(でもクリュスだけに嫌な思いはさせたくないし)

(じゃあね、気をつけて)

それと同時にジンの言葉を、声を思い出した。そして吹き荒れた嵐は龍の逆鱗を刺激し、この世で絶対に怒らせてはいけない存在を激怒させたのだ。


『ハァア?』


その美しい顔から巨大な牙を見せ、冷静を装っていた顔は何者をも呑み込まんばかりの真っ黒な暗闇に包まれ、ただ冷たく深い藍色の瞳が空気を押し潰した。

護衛の者は全員がほんの数秒、思考と肉体を無意識に静止してゆっくりと上を見上げた。しかし誰もが恐怖で動けなくなり、口を開き額に汗を流したまま石のように動かなくなった。しかし男が一人、目を血走らせて大声をあげる。

「国王を守れぇエエーッ!!」

その声に意識がはっきりしないようによろめきながらも護衛の者たちが王を取り囲むようにして武器を構えた。
しかし誰もがその存在に対して敵意を向けない。強大すぎる存在を前にして微塵も対抗心というものが生まれなかったのだ。ただ一人声をあげたのは先日モンドの中に現れたイミタルだった。

(クソッ—誤算だ。なぜ気づけなかった。コイツは五国全ての戦力を合わせてようやく倒せるかどうか)

「全員で囲めッ!! お前ら死ぬぞぉオ!!!」

国同士関係なくクリュスの方向に全員が注意を向けた。

(倒せなくとも、王を避難させることはできるはずだ)

「トキワさんの魔法でも抑えられませんね··········ロスト、解除」

しかしイミタルの身体は再び動きを止めた。自身の細胞が最大限の危険信号を発し、脳で判断する前に肉体自身が動くという行為を制止したのだ。

(······ダメだ、戦っては、歯向かってはいけない)

国王達の先程の威勢は消え去り、怯える小動物のように椅子に座ったまま動かない。

「さあ、始めましょうか······話し合いを」
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