ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 前編

五章 第十二話 戒めの呪い

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メイルさんとの魔力波から丁度一週間後の朝。先にクリュスがハインツ国に出発するので、まずはクリュスの見送りだ。ハインツ国はギルゼンノーズとイースバルトに挟まれように位置する。会議は午前の内に始まるそうだ。

「そういえば、行くことは伝えてるの?」

「いいえ。下手なマネをされては面倒なので、しれっと会議に出席しようと思います」

かなりハイリスクだがクリュスが言うとかなり安心感がある。

「クリュス姉、頑張ってね。ジンのことはぼくがしっかり見ておくからさ」

「気をつけてねクリュス」

「はい。では‥‥」

クリュスの顔が徐々に龍のようになった。ゼステナとは違い冷ややかな魔力を感じる。綺麗な青色の鱗は全身に広がり、冷たい空気が辺りを包み込んだ。

「途中まで飛んでいけば面倒なことにも巻き込まれませんわ」

面倒なこととはきっと他国からの干渉だ。ボルからボーンネルに敵対している存在がいるという報告を受けている。できる限りリスクを減らすのが大切なのだろう。そしてクリュスは巨大な龍の姿のまま空へと飛んでいった。

「ジン様ご心配なく。クリュスならばゼステナよりは落ち着きがありますので、御手を煩わせるようなことはしないでしょう」

「ゼグトス、ネフティスの領土までの転移魔法はもうつくったか」

「はい、抜かりなく」

ネフティスさんの治める国は「バルハール」という国で、歩いて行こうとすると何日かはかかる。というのもバルハールは大陸の東に位置し、ボーンネルとはかなりの国を隔てた場所にあるのだ。約束の時間まではまだあるので、今は総合室で待機しておこう。因みに一緒に行くのはこの前帝王の会談に一緒に行ったメンバーからクリュスを抜いて、パールにボルとレイ、それにトキワがついてきてくれる。

先程から隣に座っているクレースが誕生日に渡したペンダントを自慢するように見せてくる。こういうところは子どもみたいだ。かわいい。

「ジンおるか!」 

突然、閻魁がドアを破壊して入ってきた。 

「どうしたの?」

「我も共に行くぞ」

「暴れない?」

「うむ」

「静かに座ってられる?」

「もちろんよ」

「ならいいよ」
  
「よっし!!」

こっちはまるで本当の子どもみたいだ。ということで閻魁も行くことになった。まあ多い方が楽しいのでどの道誘っていた。そして、あれこれ準備をしているうちにあっという間に時間になった。今回訪れる理由はネフティスさんと仲良くなることに加えて貿易を始めとした国同士の関係を持ってもらえるように何とかお願いすることだ。

「ジン様、そろそろお時間ですが行かれますか? 呪帝など待たせて構いませんので準備が出来次第お知らせください」

「ありがとう、もう行くよ」
 
「では参りましょうか。転移先は呪帝の住む城のすぐ前です」

皆んなに一通り挨拶してから広場に転移魔法陣が敷かれた。

「みんなまたね」

「ジン様! お気をつけて!」
  
「ここはお任せを!」 

みんなの声を背に、気付けば一瞬で違う場所に転移していた。

「一気に雰囲気変わるね」

「そうだな、それにかなりデカい城だ」

目の前に現れた黒光りの城は大きく見上げてようやく全体が見えるほどだった。しかしひとつおかしなことはまだ午前中だというのに空は薄暗いということだ。バルハートに住む人達は夜士ヤシ族と呼ばれる種族で暗い環境に適応できるように身体が進化しているそうだ。そう思うとここの雰囲気はかなり合うのだと思う。

「ジン様、ようこそおいでくださいました」

「メイルさんこんにちは」

「来よったか人間、歓迎せんぞ」

「ネフティスさんもこんにちは」

どういう態度を取られてもここは強気に行かなければ。

「わしはこれから忙しい、来たところですまんが今日は帰ってくれ」

「ネフティス様、冗談はやめてください。ジン様に失礼ですよ」

「はぁあ、面倒じゃのー」

ネフティスは寝巻き姿のまま現れ、面倒臭そうに大きなあくびをした。

「だいたい、わしはお前さんともお前さんの国とも仲良くするつもりはない。国をあちこち見回るのは許してやるがッ—てッ、おーい! まだ話は終わっとらんぞ!」

「なんだここは! いきなり夜だぞ!!」

「ごめんなさい、その場に止まれない子で」

閻魁はそのままどこかに走り去っていった。大丈夫、予想通りだ。帰る頃に迎えに行こう。その後、メイルさんに連れて行かれて城の中にある応接間まで案内してもらった。因みにトキワとボルは閻魁の面倒を見るのにまわってもらった。

「それはそうとお主らはここに戦争でもしに来ておるのか。人間よ、護衛などほんの数人で構わんのだ。護衛が多ければ多いほど、周りから弱く見られるぞ」

「先程から聞いていれば、帝王如きが失礼なものですね。私たちはジン様のことが好きなのでついて来ているだけなのです。勘違いも甚だしいですよ」

「はぁ、一人の人間に祖龍が三体も懐くとはな。一体何をした、人間よ」

「い、いやぁ本当に何もしてないと思う」

思い返せばゼグトスとの出会いはかなり突然だった。出会った途端、エピネール国を譲渡してきたり、配下にならせてほしいと言ってきたりと本当にこちらからは何もしていない。ゼステナとクリュスもゼグトスがいなければ一生会うことがなかったのかもしれない。

「その、祖龍っていうのは何?」

「前に思ったが、お主祖龍を知らずに配下にしておったのか。祖龍というのは遥か古よりこの世に存在する龍系統の種族、魔物、その全ての始まりとなる六体の存在のことだ。そんな者が三体も人間の配下につくなどパワーバランスの崩壊もいいところだ」

「パワーバランスなどジンと私がいる時点で崩壊している。悔しいならお前も祖龍の一人や二人仲間にすればいいだろう」

「そうか、お前がいたんだったな獣人。この際構わん、お主の国と戦争などするつもりはないからな。まあよい、いずれにしろわしの考えは変わらんぞ、お主の国と関係を持つつもりはない。さっさと帰るがよい」

「どうして人間を毛嫌いするの。私はネフティスさんと仲良くしたいもん」

「お主、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるのお。わしはこれ以上話すつもりはない、少し休んだらさっさと国に帰るんだな」

ネフティスはムスッとした顔で立ち上がり、メイルの制止を振り切って部屋から出て行った。

「ジン様、申し訳ありません」

「大丈夫、距離の詰め方は人それぞれだからね」

「ジンを前にあの態度なら、本当に人間嫌いのようだな」

「失礼なやつだね、あいつ。まあジンはぼくのだから別にいいけどー」

「······皆様、どうかあの方を嫌いにならないでください。実はネフティス様は元々人族を嫌いな方ではなく、寧ろ好まれていた方なのです」

「どういうことだ」

「詳しく話を言えばネフティス様に叱られてしまいますので結論だけ言いますと、ネフティス様は自らの手でご自身の身体に人を嫌う呪いをかけられたのです」

「人を嫌う····呪い」

呪いは聞いたことあるけど、実際に受けたことはない。今まで見た中で呪いにかかった人は数えられるほどだ。増して自分の身にかける人を見るのは初めてだ。

「ネフティスさんはわざとそうしたの?」

「はい、ご自身の意思でそうされました」

ということは、その呪いが解ければ人間を好んでいた頃のネフティスさんに戻れるかもしれない。でも無理矢理はいけない、自分に呪いをかけるほどだ。理由は分からないが本人が自分の意思で呪いを解かなければ何一つ解決しない気がする。

「宜しければ国の中をご覧になっては如何ですか。私はネフティス様をどうにかして説得してきますので、どうぞごゆっくりなさってください」

「うん、ありがとう」


一度ジンたちが城の中から出ていった頃、閻魁は城下町を一通り走り回った後、人気の少ない場所まで来ていた。

「ん? 先程まで近くにいると思っていたがボルとトキワのやつ迷子か? 全く、目を離せばすぐにどこかに行きおって。あやつら道に迷ってないとよいのだがな······とはいえここはどこだ」

閻魁は一人城下町から抜けて城の裏側の部分まで来ていた。辺りには誰の姿も見つからず、先程いた場所よりも薄暗いその場所はまるで真夜中にいると錯覚するほどだった。

「ここにおると、封印されておった時を思い出すな。誰もおらず、何の音も聞こえない······ん? なんだあれは」

閻魁の目の前にはどこかへ続いている黒色の葉を少しつけた枯れ木に囲まれた一本の道が見えた。そしてそれは言うまでもなく子どもの興味を引きつけ、いつしか吸い込まれるように閻魁の足はそちらに向かっていた。

(うむ、生きているものの気配は感じないとは思ったが奥に何かおるな)

枯れ枝をかき分けて気配を感じる方に閻魁は無心で進んでいった。進めば進むほど鬱蒼とした雰囲気が増していき方向感覚が麻痺してきたが、閻魁は変わらず気配だけを頼りにして進んでいった。そしてようやく木々の間を抜け開けた場所に出てくる。

「あそこか?」

開けた場所には枯れ草が広がり視界の奥には灰色の蔓で覆われた小屋が一つだけあった。

「うむ、中に入るか」

好奇心が閻魁の足を進め、その小屋の中に入っていった。小屋の中に一歩目を踏み込むとギシギシと音が鳴り、腐った木の床は今にも底が抜けそうで所々かなり年季の入った家具が見られた。

「誰も使っておらんわけではないようだな」

部屋の中には読み漁られたように散らかった本が至る所に落ちており、何かを研究しているような跡が部屋の所々に見られる。

「呪いの書というやつか······読んでも呪われんよな」

手を伸ばし、本に触ろうとしたその時後ろから急に気配を感じる。

「止まれ! 閻魁!」

後ろからはネフティスが現れ、いつものような面倒臭そうな顔ではなく真剣な顔で閻魁に杖を向けていた。

「久しいな、ネフティス」

「封印されておったと思えば、いつしか人間の下についておるとはな。ここは立ち入り禁止だ、他の場所へ行け」

「まあそう言うでない。お主はここで何をしている、この小屋から感じる気配は何だ」

「····すまぬが、何も言うつもりはない。さっさと出るぞ」

「もしやお主、誰かの呪いを解こうとしておるのか」

(ケッ、昔から妙なところで勘が働くやつだな)

「そこに立っておれ」

「ちょッ—」

ネフティスは閻魁の足元に転移魔法陣を展開し一瞬にして二人はその場から消え去った。
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