ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
140 / 240
真実の記憶編

六章 第三話 がらんどうの魔帝

しおりを挟む

 魔帝マテイの名は「マギス・グレイナル」といった。「魔物の王」という二つ名を持つグレイナルは八大帝王の中でも最も恐れられる存在である。魔帝は誰の下につくことも、誰と馴れ合うこともない。ただ魔物の頂点に一人存在した。そして同時に男の性格は冷酷で冷たい機械のように無慈悲だった。人を殺しても、誰かの悲痛な叫び声を聞いても何も感じない。鉱石のように硬く全く変化しない表情、常にその身体から放たれる凄まじい威圧感、それ故グレイナルは孤独だった。
 
 グレイナルの見た目は長身の若い男でありながら、実は数百万年もの長き時を生きてきた魔族という種族である。ただでさえ最上位の種族として君臨する魔族の中でも別格の存在と言われるグレイナルは力の代償に孤独を抱えその覇道を歩んできた。一度として敗北せず、常に最強の名を恣ほしいままにしていたのだ。

 誰も寄せ付けないような圧倒的な雰囲気。しかし多くの者がグレイナルを慕い集まってきた。誰も届き得ないその圧倒的な強さに惹かれたのだ。グレイナルの部下についた者たちが持つ忠誠心の根元にあるのは圧倒的な強さに対する憧れだった。そのため、グレイナルに勝負を挑み完膚なきまでに叩きのめされた後に忠誠を誓ったという者も少なくはない。一国で最強と呼ばれる者でさえもその強さの前に膝をつきグレイナルに一生の忠誠を誓ったのだ。

(次々と国が消えていく、私の一声で部下は動き命を刈り取っていく)

 グレイナルは直接動くことがない。光を吸収するほどの底知れない暗い瞳でそんなことを考えながら一点を見つめていた。グレイナルはもう数十万年心が動くことがなかった。心の底から笑うことも微塵の恐怖を感じることすらなかった。感情の起伏はなく、いつも平坦な感情がグレイナルの中を埋め尽くしていた。
しかしそんな自分に対してほとんど興味もなかったのだ。

(私は何故、こんなことをしている。何故命を刈り取る必要がある)

 正直に言って今やっていることはグレイナルにも分からなかった。だが気づけば無意識にそうしていたのだ。何も考えず口から感情のこもっていない言葉を次々と発していた。部下は従順に自分の命令を聞き、他国を攻め始めた。
 
「世界をとれば····少しは」

グレイナルが現在やっていることの動機はつまらないものだった。世界をとればこの感情が少しでも揺れるかもしれない、そう思ったのだ。

 しかしその小さく囁いた声が近くにいた者の耳に入った。そして全員がその言葉に息を呑み、緊張する。しかし同時に全員の感情が昂っていた。グレイナルの部下は戦いを好む者が多いのだ。ただひたすらに己が強さ追い続け、常に自身より力のある者との戦いを求めた。
それ故、自分たちに戦いの場を与えてくれるグレイナルの言葉に全員が従順に従った。

「グレイナル様、ご安心下さい。私たちが必ず」

グレイナルの顔を全員が見つめ、その一挙一動に気を配った。

(····求めているわけではない、期待しているわけでも)

「好きにしろ、私はお前達のすることに何も言わない」

グレイナルは立ち上がり、ひとりになるため自室に入っていった。このいつもの光景を、グレイナルの後ろ姿を配下の者たちはジッと見つめていた。そして重たい扉が閉まる音と同時にその空間に漂っていた緊張感は少し和らいだ。

「抵抗する者は殺して構いません、服従するものは捕虜として捕らえなさい。ただし帝王の国には干渉しないこと」

「「ハハッ!!」」

 グレイナルに変わって魔帝の部下を指揮していたのはアルミラという魔族の女だった。戦闘狂の部下達をまとめ上げることができるのはグレイナルの他にアルミラしかいない。その技量は容易に測れるものではなく、個性の強いもの達をその実力と権力で率いてきた。
 アルミラの実力は配下の中でも一二を争う。それ故誰も彼女に背くことなどできないのだ。そして同時に、アルミラのグレイナルに対する忠誠心は随一だった。グレイナルの圧倒的な強さと王者としての風格、そして自分を配下にしてくれたというその事実はアルミラが忠誠を誓うには十分な要素であった。
それ故、アルミナにとって主たるグレイナルの命令は絶対だった。そこに私的な感情が介入する余地もなく淡々と命令に従う。

「第一、第二部隊は近隣国を中心に順次制圧。第三、第四部隊は既に制圧した国で生き残りがいないか探し出しなさい。抵抗すれば殺して構わない。そして第五、第六部隊はここに残り国の警護を」

「チッ、また俺らは待機かよ」

「グレイナル様の警護は最重要任務よ、無駄口を叩かないで」

「····わかったよ」

部下はアルミナの威圧感に息を呑み、思わず後ろに一歩下がった。

(まったく、統一感がないわね)

アルミラは周りにいたグレイナルの部下を見て大きくため息をついた。個性のぶつかり合いが激しかったのだ。

「ヒャヒャヒャヒャ!!!」

そんな中、突然甲高い声が辺りに響き渡った。しかし周りにいたもの達はいつものことのようにチラッと声の主を一瞥し、面倒くさそうな顔をした。

「もう二万は殺したぜぇ。最高だなぁ、殺戮はぁあ!!」

「口を閉じろ、気狂キチガい」

 声の主であるボスメルという名の魔族は第二部隊の幹部をしている。そのあまりのサイコパス気質から部隊の者でさえ近寄らず、アルミラからは気狂い呼ばわりされている。しかしながらグレイナルの部下から構成された部隊は世界で随一と呼ばれている。そのため魔帝の部隊で幹部をしているボスメルの実力は確かなのだ。しかしボスメルでさえもその空間においては突出した強者のオーラを放っているわけではない。そんな化け物のような存在が周りにはさらにいたのだ。

 その場には部隊の幹部を含め、各部隊で主力なものがほぼ全員いた。そしてアルミラの命令を聞くとそれぞれの場所へと向かっていく。強者との戦いを求めて、そして主であるグレイナルにその力を誇示するために、魔帝の軍団は再び動き出した。




 一方、ボーンネル。秋はあっという間に過ぎ去り、すっかり冬の気温になった。

 ジンはガルと一緒に横並びで海の見える場所に座っていた。ジンは一人で歩けるようになってから少し歩いた場所にあるこの場所によく一人で来ていた。目の前には落ちればひとたまりもないような崖が広がるがまだ一度も落ちたことはない。きちんとルシアの言いつけ通り少し離れた場所に座り、危ない場所にはゼフが立ち入り禁止の柵を敷いていたのだ。

「なあ、ジンとガルいつまでああしてんだ。そろそろ家に入らせないと風邪引いちまうぜ?」

「いいのよ、あの子はあそこがお気に入りだもの」

 当然のように後ろではルシアたちがもしもに備えてジンとガルを見守っていた。その空間を誰も邪魔することはない。今となってはガルがいるが、一人で落ち着く時間を大切にさせているのだ。二人でルシアの編んだお揃いのマフラーをつけ手を握りながらもう数時間も同じ場所で海を眺めていた。

「——くしゅん」

 今日初めての小さなくしゃみをするとガルを抱きかかえて立ち上がった。ガルをギュッと抱きしめながら家に帰ると、先ほどまで心配そうに後ろから見つめていたデュランが玄関に立ち両手に何かを持っていた。

「ジン、ガル、ホットアップルジュースだよ。少し熱いから気をつけてな」

「あいがとう」

「バゥ!!」

「おとうさん?」

「ん? 俺か? 俺はいいよ。あんまり甘いものは好きじゃないからな。きっとジンはお母さんに似たんだよ」

「こえからガルとおふろ」

「じゃあ私も行く」

「お母さんも一緒にいきたいなあ」

「うん」

 それを見計ったようにクレースとルシアが出てきた。家のお風呂場は広く二人が一緒に入ったとしても大丈夫なのだ。三人とガルがお風呂に行った後、立ち替わるようにして家の中にボルが入ってきた。

「おう、ボル。お疲れさんだな。どうだった?」

「また動き出したミタイ。今は近隣国から順々に侵攻してイル」

「そうか、今日は一人で行ってたみたいだな。無理せず俺かトキワを誘えよ」

「ワカッタ····」

「どうしたんだ?」

「いいや、武器に意思が宿ったりしないかなとオモッテ。ボク魔力量が少ないカラ」

 ボルの強さは魔力に依存しない。ボルが使用しているハンマーはゼフが作成したものであり、ガルド鉱石以外にも複数の鉱石が練り込まれた代物である。常人には持ち上げることもできない重量のそのハンマーは見た目通り一振りで凄まじいほどの威力を出せる。それに加えボルの意味不明な筋力がその威力を何倍にも増幅させているのだ。

「まあ俺のにも宿ってないからなあ。そんなに急がなくても大丈夫だろ、今のお前でも十分強いから安心しろ」

「ありがとう、じゃあお風呂入る前にトキワと殴り合いしてクル」

「おっ、おうやり過ぎんなよ。特訓な、特訓」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...