ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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真実の記憶編

六章 第三話 がらんどうの魔帝

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 魔帝マテイの名は「マギス・グレイナル」といった。「魔物の王」という二つ名を持つグレイナルは八大帝王の中でも最も恐れられる存在である。魔帝は誰の下につくことも、誰と馴れ合うこともない。ただ魔物の頂点に一人存在した。そして同時に男の性格は冷酷で冷たい機械のように無慈悲だった。人を殺しても、誰かの悲痛な叫び声を聞いても何も感じない。鉱石のように硬く全く変化しない表情、常にその身体から放たれる凄まじい威圧感、それ故グレイナルは孤独だった。
 
 グレイナルの見た目は長身の若い男でありながら、実は数百万年もの長き時を生きてきた魔族という種族である。ただでさえ最上位の種族として君臨する魔族の中でも別格の存在と言われるグレイナルは力の代償に孤独を抱えその覇道を歩んできた。一度として敗北せず、常に最強の名を恣ほしいままにしていたのだ。

 誰も寄せ付けないような圧倒的な雰囲気。しかし多くの者がグレイナルを慕い集まってきた。誰も届き得ないその圧倒的な強さに惹かれたのだ。グレイナルの部下についた者たちが持つ忠誠心の根元にあるのは圧倒的な強さに対する憧れだった。そのため、グレイナルに勝負を挑み完膚なきまでに叩きのめされた後に忠誠を誓ったという者も少なくはない。一国で最強と呼ばれる者でさえもその強さの前に膝をつきグレイナルに一生の忠誠を誓ったのだ。

(次々と国が消えていく、私の一声で部下は動き命を刈り取っていく)

 グレイナルは直接動くことがない。光を吸収するほどの底知れない暗い瞳でそんなことを考えながら一点を見つめていた。グレイナルはもう数十万年心が動くことがなかった。心の底から笑うことも微塵の恐怖を感じることすらなかった。感情の起伏はなく、いつも平坦な感情がグレイナルの中を埋め尽くしていた。
しかしそんな自分に対してほとんど興味もなかったのだ。

(私は何故、こんなことをしている。何故命を刈り取る必要がある)

 正直に言って今やっていることはグレイナルにも分からなかった。だが気づけば無意識にそうしていたのだ。何も考えず口から感情のこもっていない言葉を次々と発していた。部下は従順に自分の命令を聞き、他国を攻め始めた。
 
「世界をとれば····少しは」

グレイナルが現在やっていることの動機はつまらないものだった。世界をとればこの感情が少しでも揺れるかもしれない、そう思ったのだ。

 しかしその小さく囁いた声が近くにいた者の耳に入った。そして全員がその言葉に息を呑み、緊張する。しかし同時に全員の感情が昂っていた。グレイナルの部下は戦いを好む者が多いのだ。ただひたすらに己が強さ追い続け、常に自身より力のある者との戦いを求めた。
それ故、自分たちに戦いの場を与えてくれるグレイナルの言葉に全員が従順に従った。

「グレイナル様、ご安心下さい。私たちが必ず」

グレイナルの顔を全員が見つめ、その一挙一動に気を配った。

(····求めているわけではない、期待しているわけでも)

「好きにしろ、私はお前達のすることに何も言わない」

グレイナルは立ち上がり、ひとりになるため自室に入っていった。このいつもの光景を、グレイナルの後ろ姿を配下の者たちはジッと見つめていた。そして重たい扉が閉まる音と同時にその空間に漂っていた緊張感は少し和らいだ。

「抵抗する者は殺して構いません、服従するものは捕虜として捕らえなさい。ただし帝王の国には干渉しないこと」

「「ハハッ!!」」

 グレイナルに変わって魔帝の部下を指揮していたのはアルミラという魔族の女だった。戦闘狂の部下達をまとめ上げることができるのはグレイナルの他にアルミラしかいない。その技量は容易に測れるものではなく、個性の強いもの達をその実力と権力で率いてきた。
 アルミラの実力は配下の中でも一二を争う。それ故誰も彼女に背くことなどできないのだ。そして同時に、アルミラのグレイナルに対する忠誠心は随一だった。グレイナルの圧倒的な強さと王者としての風格、そして自分を配下にしてくれたというその事実はアルミラが忠誠を誓うには十分な要素であった。
それ故、アルミナにとって主たるグレイナルの命令は絶対だった。そこに私的な感情が介入する余地もなく淡々と命令に従う。

「第一、第二部隊は近隣国を中心に順次制圧。第三、第四部隊は既に制圧した国で生き残りがいないか探し出しなさい。抵抗すれば殺して構わない。そして第五、第六部隊はここに残り国の警護を」

「チッ、また俺らは待機かよ」

「グレイナル様の警護は最重要任務よ、無駄口を叩かないで」

「····わかったよ」

部下はアルミナの威圧感に息を呑み、思わず後ろに一歩下がった。

(まったく、統一感がないわね)

アルミラは周りにいたグレイナルの部下を見て大きくため息をついた。個性のぶつかり合いが激しかったのだ。

「ヒャヒャヒャヒャ!!!」

そんな中、突然甲高い声が辺りに響き渡った。しかし周りにいたもの達はいつものことのようにチラッと声の主を一瞥し、面倒くさそうな顔をした。

「もう二万は殺したぜぇ。最高だなぁ、殺戮はぁあ!!」

「口を閉じろ、気狂キチガい」

 声の主であるボスメルという名の魔族は第二部隊の幹部をしている。そのあまりのサイコパス気質から部隊の者でさえ近寄らず、アルミラからは気狂い呼ばわりされている。しかしながらグレイナルの部下から構成された部隊は世界で随一と呼ばれている。そのため魔帝の部隊で幹部をしているボスメルの実力は確かなのだ。しかしボスメルでさえもその空間においては突出した強者のオーラを放っているわけではない。そんな化け物のような存在が周りにはさらにいたのだ。

 その場には部隊の幹部を含め、各部隊で主力なものがほぼ全員いた。そしてアルミラの命令を聞くとそれぞれの場所へと向かっていく。強者との戦いを求めて、そして主であるグレイナルにその力を誇示するために、魔帝の軍団は再び動き出した。




 一方、ボーンネル。秋はあっという間に過ぎ去り、すっかり冬の気温になった。

 ジンはガルと一緒に横並びで海の見える場所に座っていた。ジンは一人で歩けるようになってから少し歩いた場所にあるこの場所によく一人で来ていた。目の前には落ちればひとたまりもないような崖が広がるがまだ一度も落ちたことはない。きちんとルシアの言いつけ通り少し離れた場所に座り、危ない場所にはゼフが立ち入り禁止の柵を敷いていたのだ。

「なあ、ジンとガルいつまでああしてんだ。そろそろ家に入らせないと風邪引いちまうぜ?」

「いいのよ、あの子はあそこがお気に入りだもの」

 当然のように後ろではルシアたちがもしもに備えてジンとガルを見守っていた。その空間を誰も邪魔することはない。今となってはガルがいるが、一人で落ち着く時間を大切にさせているのだ。二人でルシアの編んだお揃いのマフラーをつけ手を握りながらもう数時間も同じ場所で海を眺めていた。

「——くしゅん」

 今日初めての小さなくしゃみをするとガルを抱きかかえて立ち上がった。ガルをギュッと抱きしめながら家に帰ると、先ほどまで心配そうに後ろから見つめていたデュランが玄関に立ち両手に何かを持っていた。

「ジン、ガル、ホットアップルジュースだよ。少し熱いから気をつけてな」

「あいがとう」

「バゥ!!」

「おとうさん?」

「ん? 俺か? 俺はいいよ。あんまり甘いものは好きじゃないからな。きっとジンはお母さんに似たんだよ」

「こえからガルとおふろ」

「じゃあ私も行く」

「お母さんも一緒にいきたいなあ」

「うん」

 それを見計ったようにクレースとルシアが出てきた。家のお風呂場は広く二人が一緒に入ったとしても大丈夫なのだ。三人とガルがお風呂に行った後、立ち替わるようにして家の中にボルが入ってきた。

「おう、ボル。お疲れさんだな。どうだった?」

「また動き出したミタイ。今は近隣国から順々に侵攻してイル」

「そうか、今日は一人で行ってたみたいだな。無理せず俺かトキワを誘えよ」

「ワカッタ····」

「どうしたんだ?」

「いいや、武器に意思が宿ったりしないかなとオモッテ。ボク魔力量が少ないカラ」

 ボルの強さは魔力に依存しない。ボルが使用しているハンマーはゼフが作成したものであり、ガルド鉱石以外にも複数の鉱石が練り込まれた代物である。常人には持ち上げることもできない重量のそのハンマーは見た目通り一振りで凄まじいほどの威力を出せる。それに加えボルの意味不明な筋力がその威力を何倍にも増幅させているのだ。

「まあ俺のにも宿ってないからなあ。そんなに急がなくても大丈夫だろ、今のお前でも十分強いから安心しろ」

「ありがとう、じゃあお風呂入る前にトキワと殴り合いしてクル」

「おっ、おうやり過ぎんなよ。特訓な、特訓」
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