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真実の記憶編
六章 第四話 未来の英雄
しおりを挟む多大なる功績を残し、そして多くの者から愛され、同時に愛すものを人は英雄と呼ぶ。そしてボーンネルには英雄が眠っている。だがその英雄は、功績どころか名前すらも知られていない。ただその国に”英雄”が存在したということは確かに知られていた。そして唯一その存在を示していたのは、ジンの家の前にある小さな墓石だった。
英雄が眠るには少し小さいと感じるその墓石には、美しい花々が誰かを見守るように綺麗に添えられている。
早朝、ルシアは家の前にあるその墓の花をいつものように入れ替えていた。
「あら、どうしたのクレース?」
「いや、特にこれといった用事はない。ジンはまだ眠っているから暇潰しだ」
クレースは少し照れ隠ししたような顔でルシアの隣に立った。
「ねえクレース、この墓に眠っている人はどんな人だったと思う?」
「····そうだな、どんなヤツだったかは想像もつかんが、何故か知っている気がする」
「本当? 私も実はそう思っていたのよ。それと知ってる? 実はここに数字が書いてあるのよ」
「数字?」
クレースが墓石に近づきよく見ると裏側の隅に小さく"201"と書かれていた。
「201? 201歳ということか?」
「そうなのかしらね、よく分からないわ」
ルシアは優しく微笑むと墓石に向かってそっと祈りを捧げた。
「あの子が大きくなってもきっとこの墓は残り続けている気がするの。だから、あの子に何があってもここに眠る英雄様に守ってもらえるようにしっかりとお願いしておかないと」
「大丈夫だ、あの子のそばにはずっと私がいる」
「そうね、そう言ってもらえると安心するわ。····私も、おばあさんになってもあの子と一緒にいたいなあ」
「まあ私は死なないからな、その後も任せろ」
「ええ、任せたわよ」
「そういえば、ボルとトキワはどこに行ったんだ?」
「ああ、二人なら依頼を受けて昨日の夜中からアザール国に向かったわ。どうやら国から直接の依頼みたい。魔帝の部隊が攻めこんできたとのことよ。一緒に行かないの?」
「いや、私はジンの寝起きが見たいし」
「まだ起こさないであげてね、昨日はあまり眠れなかったみたいなの」
「どうかしたのか?」
「その、私が強く抱きしめすぎていたみたいで」
一度その場には沈黙が流れ、クレースは何かを決心したかのように大きく息を吐いた。
「なあルシア、一つ聞いてもいいか?」
「うん、どうしたの?」
「ジンが生まれる少し前からボルとトキワで決めていたんだ。ジンが生まれて大きくなったらジンを私たちの主にしよう、そしていずれはこの国の王にしようとな」
「····そうなんだ」
クレースはルシアの顔がはっきりと曇ったのが見て分かった。
「それで、お前はあの子の母親としてどう思う」
ルシア押し黙り困ったような表情を浮かべたが、少ししてゆっくりと口を開いた。
「母親として正直に言うと、私は賛成できない。確かに国王になるというのは立派なことだけど、その分大きな危険と責任が伴うからね」
「····そうか」
「でもね、あの子は大きくなって色んな人と関わればきっとたくさん友達ができると思うの、優しくて人懐っこい子だから。そして私はその繋がりを切りたくない。だから、もし王様になってあの子にたくさんの大切な関わりができるのなら私にそれを止める権利も義務も無いわ」
ルシアは立ち上がりクレースの方を向いた。クレースはかなり高身長なためルシアとの身長差はかなりある。そのため下からクレースの顔を見上げそっと肩に手を置いた。
「なっ、なんだ」
そのままスッと肩に力を入れクレースの耳を自分の口元に近づけた。
「だから、きちんと任せたわよ。お姉ちゃん」
耳に息がかかるとともにクレースは一瞬で顔が真っ赤になった。
「ま、まあ任せておけ。あとこれは私の勘だが、あの子は強くなるぞ。もしかすると私くらいにな」
「あなたがそう言ってくれると安心するわ····どうかしたの?」
「そういえば、アザール国ってかなり遠いよな」
緊張を紛らわすためにわざと話題を変え、ルシアから顔を離した。
「ええ、二人だけで大丈夫かしら」
二人がそんなことを考えている頃、トキワとボルはアザール国の近くまで来ていた。二人とも顔には真剣な表情を浮かべ、できる限り気配を消してアザール国へと向かっていた。
二人はたとえ敵がどのような相手であろうと油断せず、どのような戦場であろうとも自身の実力を過信しない。そして二人は初めての場所へ行く前に必ずインフォルに情報を集めてもらう。どのような土地か、周りにはどのような魔物が生息しているかなど他にも様々な情報を集めてから行く。その注意深さが二人の作戦の成功率を確固たるものにするのだ。
『今はおそらく最前線で戦闘が行われているはずだ。報告では敵の数は二万ほど、今までにない規模だがおそらくそれでも一部隊くらいか』
『多分今までは雑兵と戦ってきた感じダネ。でも傾向は同じなハズ。魔物に先行させて後ろから援護射撃の形だとオモウ。作戦通りでイイネ?』
『ああ、ただめんどくせえのが出てこればそいつから優先だ。可能なら敵を壊滅させる』
大陸の東に位置するアザール国はボーンネルと比べてもかなり寒冷な気候である。だが寒さなど関係なく魔帝の軍はアザール国の王都に向かい侵攻を開始していた。アザール国は大国であり、国力もかなりある。
しかしながら魔帝の部隊は想像以上の速さで侵攻し、すでにアザール国から数多くの死者が出ていた。アザール国の人口はおおよそ一千万、そのうち兵士としては半分の五百万であり、総出で迎え撃っていた。しかし状況は最悪であり、圧倒的な数の暴力もたった二万ほどの魔帝の一団に薙ぎ払われていたのである。
アザール国で指揮を行い、軍の最高責任者を任されていたのはファラドニールという人物だった。人族が中心として暮らすアザール国にとって魔族に対抗する術としては適材適所に兵を配置し、極力一対一という状況を避けることである。それでも質の高い魔帝の部隊を前に力の差を見せつけられていたのだ。
そのため、トキワとボルの二人に依頼したのは最終手段だった。伝説と言われる二人の冒険者はアザール国にも伝わっていた。ただ実際にアザール国で二人を見たことのあるものはおらず正直賭けだったのだ。一国では帝王を動かせるはずがないため、頼める中の最強に依頼したのだ。
(北東に出現した敵の数はおよそ一万、こちらの犠牲者は現時点でおよそ四十万。おそらくこの場所が一番の難所か)
ファラドニールの心情としては最悪だった。ただ軍の最高責任者として焦りを見せるわけにはいかない。上にいる者の焦りはすぐに伝播していき必然的に軍全体の士気を下げることになると知っているからだ。他国が魔帝の軍団とアザール国の国力を比べれば誰もが迷わず魔帝の軍が圧勝すると考える。正直ファラドニールも同じ考えだった。それでも負け戦に挑むしかなかったのだ。
(話し合いができる者たちではない。第一今回の侵攻も、我らには何の非もないだろ)
心の中で少し弱音を吐きつつ、ファラドニールは魔法を使用し戦況を俯瞰していた。ファラドニールは人間として十分に強い。それに加え、自身の目の前に戦場における実時間の敵、味方の位置に加え、おおよその強さを光の強弱で見ることのできる地図を作り出せる。その二つを使い数々の勝利を掴んできたのである。
圧倒的な力の差がありながらもファラドニールは諦めていたわけではない。アザール国で”二強”と呼ばれているある二人の者の実力を知っているからだ。
(ボーンネルに居られるお二人がここに着くのにはまだ時間がかかるはずだ。北東の関所にダイラドとルカディアのどちらかを向かわせるべきか)
戦場においてその二人がいた場所のみ、戦況が有利に働いていた。だがそれは同時に二人のいない場所はいつ陥落させられてもおかしく無いということを意味する。二強と呼ばれる二人と言えどもカバーできる範囲には限りがあるため何処かは必然的に捨てなければならない。戦況は一刻をも争うため、その決断はすぐにすべきものだった。
「ファラドニールよ、それほど戦場に兵を投下するでない。余の命が最優先であるぞ」
そんな中、後ろにいた国王が全く事情も知らない様子でふざけたようなことを言ってきた。
「お言葉ですが国王、戦況は非常に不利です。ここに兵士を配置していてはッ—」
「黙れ! この余を守ることが兵士たちの天命であるぞ!」
「貴方様を守るために、戦場では兵士が戦っているのです」
「この余に口答えするか!?」
「少し黙ってください」
「ヒッ——」
今の状況において国王の言葉ほどファラドニールをイラつかせるものは無かった。ファラドニールは優しい男である。それ故、何処かを犠牲にする、つまりその場所にいる者を犠牲にするという決断は非常に酷なものだった。
その時、扉が開き部屋に男が一人入ってきた。
「お、おうダイラドではないか! 近うよれ、余を助けに来たのであろう。感心であるぞ」
「静かにしていてください。用があるのはファラドニールだけです」
「よ、余は国王····」
薄くかすれた国王の声をよそにダイラドは話を続けた。
「僕の向かった場所はなんとか追い払えた。お前もこれから出撃するのか」
「ああ、指示を出し終えればお前とすぐに行く。南東はルカディアに任せて俺たちは北東の関所に向かう。あそこが突破されるわけにはいかない」
「ま、待つのじゃ。お主まで行けば誰が余を守るのじゃ」
「ご安心を、ここは最も安全です」
「じゃ、じゃが······」
「失礼しますね、国王」
「よ、余は国王····」
そして二人が部屋から出ていき扉が閉まると国王は一人になった。熱くなり、いつの間にか立ち上がっていたが扉の閉まる音とともに国王は脱力するようにして王座に座り込んだ。
そのまま放心したように前を見ているとファラドニールが先程まで広げていた地図から敵の色でも味方の色でもない光が発せられていた。
「な、なんじゃ!?」
そして近くまで急ぎ地図を覗き込むと二つの眩しいほどの光と共に周りの敵のシンボルが次々と消えていくのがはっきりと見てとれたのだった。
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