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真実の記憶編
六章 第八話 昔からただ貴方に
しおりを挟むー魔帝の軍が再び動き出した。
インフォルはデュランにそのことを伝えていた。侵攻を始めてからはまだ一日も経っていなかった。この情報を知っているのは実際に侵攻を受けている国にしか出回っていない。この数年ずっと情報網を巡らせていたインフォルだからこそ分かったのだ。
前回の進行において、魔帝の軍は小国も含め十国以上もの国々をその支配下に入れていた。そのため今回の侵攻はより広範囲に及んで侵攻が繰り広げられるとインフォルは考えていた。
「それでやデュランはん、もし起こったら一番厄介なんがウィルモンドへの侵攻や」
「ウィルモンド? でもあの二人がいるから大丈夫だろ····いや、人質を取られれば流石に厳しいか」
「そやな。意思が人質に取られた場合を考えると一番厄介と言っても過言はない。それに魔帝の奴はウィルモンドへの道を無理矢理開けられるからな」
「どこで軍が動いたっていう情報を?」
「敵の一人に優しく聞いた。ワイの道具の前では嘘は吐けへんからな、この情報は間違いないで」
「ともかく今はジンが最優先だ。だが引き続き情報収集は頼んだ」
「分かった。ほな戻っとき、すぐ行く」
その後インフォルは一度地中に潜り少しの間別の場所へ、デュランはクレースの家の前にいるトキワ達の元へと向かった。
「何もなかったか?」
「ウン」
「····お前らそんなに無理しなくていいんだぜ。今日も疲れただろ」
トキワとボルの二人は荷台に積んできた清水などを集めるため数時間のうちにかなりの広範囲を高速で移動した。荷物が増えるにつれ疲労が溜まり速度も落ちるが二人はその無尽蔵な体力で全てこなしていた。デュランもできる限りのことはしたが二人の運動量はそれを遥かに凌いでいたのだ。
「大丈夫だ。それよりも話しようぜ、時間はたっぷりあるんだ。聞きたいこともあるからよ」
「聞きたいこと?」
「ウン。ルシアにはクレースから伝えたんだけどジンのコトデ」
「ルシアに言ったなら別にいいだろ。俺じゃあいつの意見に勝てねえし」
「ま、まあ聞けよ。簡単に言えば将来俺達はジンを主にするつもりだ、そしていずれはこの国の王にしたい」
トキワの言葉を聞いてデュランは一瞬驚いたが、すぐに安心するようにして顔に笑みがこぼれた。
「全く問題ない、寧ろ親としては嬉しいくらいだ」
「······以外ダネ。どうして嬉しイノ?」
「····もし、俺とルシアがいなくなったとして他の奴もどこかに行っちまったらジンは独りだ。正直内心ではドキドキしてたんだぜ? お前たちが昔みたいに三人でどこかに行ってしまうんじゃねえのかってな」
「ねえよ、絶対に」
「ありがとうな。····ジンは、あんな小さいのに人の感情にかなり敏感なんだ。俺でもたまに不意を突かれたような言葉を言われることだってある。ルシアもそれを知っているからあの子に毎日あんなに深い愛情表現をしているんだ。ただその分、自分の本当の感情を表に出すことをしない、逆に言えば感情を隠すのが上手いんだ。だからジンはよく笑うし正直いつでも本心がわかるのなんてルシアぐらいだろうな」
腕を組みながら少しだけ悔しそうにデュランは話していた。
そしてその後も三人で話をしていると、慌てた様子でゼフがウィルモンドから戻ってきた。
「ジンは大丈夫か」
「大丈夫だ、そんなに慌てなくてもいい」
「どの口が言ってんだよ」
「そうじゃったか、今はクレースの家か?」
「そうだ、今日はゆっくり休んでくれ。中にはコッツがいるから夜の間も大丈夫だ」
「わしもおる、どっちにしろ寝れん」
そうして四人は寒空の中そのまま外で一晩を過ごした。
「····お母さん?」
目が覚めると身体全体を包み込むようにして抱きつかれていた。昨日から熱に悩まされている最中だったが何故かその体温は心地よくルシアの肌に直接触れるようにして抱きしめ返した。クレースとルシアの顔はすぐ近くにあり二人とも気持ちよさそうに小さな寝息を立てている。そしてガルは嬉しそうにしてほっぺたをすりすりさせてきた。
「おはようございます、ジンさん。まだ少しお顔が赤いようですね、無理はしないでください」
「コッツありがとう。大丈夫になった」
「····ジン?」
「おはようお母さん」
「おはよう、私の天使~」
ルシアはおでこに手を当て自分の体温とジンの体温とを比べて少し困ったような顔をする。
「まだ熱があるわね。待ってて、朝ご飯作るから」
そう言ってクレースの家にある台所で昨日の食料からいくつか取り出し調理を始めた。
「ジン、大丈夫か?」
クレースはいつの間にか起き上がり、ジンを起こして膝の上に座らせた。
寝息だけの静かだった部屋には料理をする音が聞こえてきてしばらくするとデュラン達が部屋に入ってきた。
「ジン、おはよう」
いつも通りの声で話すデュランだけでなく、トキワ達の目の下にも寝不足と見られるクマが見られた。
「おや、インフォルさんはどこへ?」
「ああ、さっきまでいたんだけどまた何処かにイッタ」
「もうね、私大丈夫。たくさんありがとう。今度みんなに何かあったら私が笑顔にしてあげるの」
「もう十分だぞ」
「······それとお願いがあるの」
ジンからの「お願い」という言葉に全員聞き耳を立てるようにして静かになった。
「今すぐ休んできて」
「い、いやワシらはきちんと眠ったぞい、ジン。おじいちゃん達のことは心配せんでもいい」
ゼフの言葉に赤くなっていた顔でほっぺたを膨らませた。
「私知ってるもん。眠たい時に目の下が黒くなるんだよ。お母さん言ってたもん」
「そうよ、コッツも今は私とクレースに任せて休んできて····ジン、ご飯出来たよ~。ごめんね、温かい食べ物は食べちゃ駄目だから」
「そうだ。さっさと休まないとしばき倒すぞ」
それを聞き五人は慌てて外へ出て行った。
「······」
食べ終わり、顔を洗ってクレースに歯を磨いてもらった。その後しばらく布団の上に座りしばらくするとまた意識がぼうっとしてきた。
「ジン? また熱が出てきたみたいだぞ。横になろうな」
「二度寝?」
「そう、二度寝だ。もうお腹はいっぱいか?」
「うん。二度寝初めてする····昨日ね、夢見たの」
「どんな夢だ?」
「多分、私が大人になった時の夢。周りにいっぱい知らない人が居てみんな笑顔だったの。大きい鬼さんもドラゴンさんもいてみんな楽しそうにここで暮らしてたの。もちろんクレースもいたよ」
「······そうか、きっと将来その通りになると思うぞ」
話し終わるとジンは再び小さな寝息を立てて幸せそうに眠った。
*****************************************
魔帝グレイナル率いる世界最強と呼ばれる軍団は四年の中でその圧倒的に思えた力を限界にまで引き伸ばしていた。それは四年前に初めて敗北を経験したからだ。当然のことながら力を磨いたのはグレイナルもまた同様である。数十万年もやっていなかった特訓というものを久しぶりにするため、単身ある場所へと向かい、極限状態の中において洗練された力を得ていた。そして現在、グレイナルの求めるものは圧倒的な力と世界そのもの。そのためならば持てる全てを犠牲にする覚悟もあった。
四年前の侵攻により多くの国を支配下に入れた国は現在国境等が曖昧な状況になっている。ただ周りからは魔帝の治める国とだけ呼ばれていた。変わらず軍の数は六つ、幹部達は変わらないがそれぞれの軍に数万もの魔物と魔族が追加されていた。誰もがこの戦力増強に興奮し、各国への侵攻を今か今かと待ち望んでいたのだ。
しかしただ一人、アルミラだけは違った。
いつもとは異なるグレイナルの様子に対する違和感がどうにも心の中で引っかかっていたのである。
「今回の侵攻は私も参加する」
巨大な空間でアルミラと幹部の者が並ぶ中、グレイナルから放たれたその言葉で場の空気は更なる緊張感に包まれた。
そんな中アルミラは周りの者に聞こえないほど小さく息を吸い口を開いた。
「お言葉ですがグレイナル様、敵ならば私たちだけでも十分事足りるかと」
この状況でグレイナルに進言することができるのはアルミラの他にはいない。グレイナルに最も従順なアルミラの言葉に周りにいたものは少し驚いたがゆっくりと息を呑みグレイナルの言葉を待った。
「····私が、そうしたいのだ。すまない、今回はお前の言葉を聞くつもりはない」
「いっ······いいえ、もったいなきお言葉です」
(違う······)
「この国の防衛は一切考えない。我らが全軍により侵攻を開始する」
(私の知っているグレイナル様とはほんの少しだけ、違っている)
アルミラは自身の感情をグッと飲み込んで目の前のグレイナルを見つめた。
数百万年もの間誰よりも近くで仕え、見てきたその姿。アルミラにとってはその長い人生で唯一憧れた存在だった。グレイナルの言葉は全て信頼し、命令はその意図をすぐに汲み取り従順に従った。
だが、今は違った。初めてグレイナルの言うことに反き、戦場に出ることをやめて欲しかったのだ。だが自分のそんな我儘を聞いて「すまない」と言われた。アルミラにとっては重すぎる言葉、そんなことを言わせてしまった自分自身のことが恥ずかしくなってきた。
「閣下、今回の目的は」
「侵攻する場所は三つ。アザール国、ウィルモンドそしてボーンネルだ」
グレイナルの言葉に幹部達は少し困惑した。事前に聞いていたアルミラのみその言葉を受け止めたのだ。以前に侵攻しきれなかったアザール国は誰もが予想していたが、ウィルモンドとボーンネルの二つは想定外だった。
「閣下、なぜボーンネルなどという小国へ侵攻を」
幹部の一人の言葉にボスメルとドグラスの顔は曇った。
「私の求める強さがそこにある。ただの小国だと侮るな」
そして幹部とアルミラは揃ってグレイナルの前に跪いた。
「始めるぞ、戦争を」
(私の目的は、ただ一つ)
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