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真実の記憶編

六章 第九話 決められた運命

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ジンが魔症熱を発症してから三日が経った日の早朝。疲れを感じ欠伸をしていたトキワとボルの元にインフォルからの情報が届いた。

「····アザール国が全滅した」

脈絡のない突然のその言葉に二人は息が詰まった。一瞬思考が停止しファラドニール達の顔が二人の頭を過る。ファラドニールとダイラドは前回の戦争時すぐに治癒を受けたことにより死なずに済んだのだ。

「生存者ハ?」

インフォルは黙って首を横に振った。

「おらん。気の毒やが、トキワはんが言ってた人らもな」

「······そうか。あの戦争で何人ものやつが死んでからも復興するって張り切ってたんだけどな」

「動き出してからまだそんなに経ってナイ?」

「ああ、数日しか経っとらん。一応デュランはんにも伝えとる。でも今回は前回の何倍もの数で侵攻しとるからな。西に向かって侵攻しとるようやが目的はよう分からん。ただあそこまで酷くやられたのはアザール国だけや。他の国も被害は出たが、壊滅状態と言うほどではないからな」

「····ったく、何がしてえんだよ」

「腹が立ってキタ。ジンのところ行ってクル」

丁度ボルが家に向かったタイミングでクレースの家の庭からジンが出てきた。

「お、おいジンちゃん。どうしたんや、もう魔症熱治ったんかいな」

インフォルの呼び掛けにも首を傾げ、どこかおぼつかない様子だった。

「えぇ? どうして私外にいるの? あっ、りんご!」

そのままどこかへ歩いていくジンの顔はぼぉっとしておりいつもより緩んだ顔で心地良さそうだったが、足元はふらついており歩いているのでやっとの様子だった。明らかに様子がおかしかったのだ。

「見て見て、お空で誰かがお手て振ってるの。私も行ってくる」

「待て待て待て。それ駄目なやつだ」

「連れていかれるー、助けておかーさん」

「ち、ちげえよ」

「ボク、コッツ呼んでクル」

「ジンどこ行くの~お布団はこっちよ~」

ルシアは包丁を持ちながら慌てた様子で出てきてすぐにジンを抱きかかえた。 

「ちょ、ルシアちゃん危ない危ない」

「あら、ごめんなさい。さっきまで朝ご飯作ってたんだけど。食べてから様子がおかしくなっちゃって」

ルシアが包丁を地面に落とすと今度はクレースが料理の盛り付けられていたお皿を持ってやってきた。

「これ酒が入ってるぞ。それで酔ったんじゃないのか?」

「えっ、嘘。お酒なんて使ってないわよ.。もしかして果物の中に入ってたのかしら」

「コッツ呼んでキタヨ。デュランとゼフもついデニ」

「なあデュラン、俺らが持ってきた果物に酒なんて入ってねえよな?」

「酒?······ああ果汁に含まれるのもあるぞ。駄目だったのか?」

それを聞きコッツは「えっ」という顔でデュランを見た。

「どうかしたのか? コッツ」

「その、身体に酷い悪影響が出るというわけではないのですが、魔症熱を発症している際にお酒を摂取するとアルコールを分解することが難しくなるんです」

「つまり······どういうことだ?」

「将来、お酒にとんでもなく弱くなります」

「ま、まあ酒ばっかり飲むのも身体に良くないからな。丁度いいだろ、なっ! ルシア!」

食い気味に聞くデュランに対してルシアは首を傾け困った顔をした。

「うーん、でも私この子が大人になったら一緒にお酒飲みたかったなあ」

「お空飛んでるの」

「ジンごめんね、今はお母さんが抱っこしてるだけなの。この子酔った状態だとほっぺたがいつもよりぷにぷにしてる」

「えへへぇ」

デュランはそんな光景を見て一度大きく息を吸った。そして全員の顔を確認するようにして見渡す。

「なあ今全員いるから、言っておきたいことがあるんだ」

その言葉でデュランに注意が向き全員静かに耳を傾けた。そしてデュランは話し始める。

「俺もルシアも聞いたように、将来ジンがこの種族も住む地域もバラバラな国をまとめて王様になったとするだろ。ずっとそうなった時を想像してたんだよ。そしたらめちゃくちゃ楽しそうじゃねえかって思ってよ。もっとここに住むやつが増えて他国と交流して、いつものように俺の家に集まって飯を食うんだ。種族も文化も関係なく、ジンならそんな垣根を超えて全てをつなげてくれる気がする。それで俺達が全員でこの子を支えてやるんだ。全員が一本の線の上に立つっていうか上下の堅苦しい関係もなく暮らすんだよ。この辺境をもっと活気のある場所にして世界中に知られるくらいの大国にして、いずれは戦争も何も無い平和な国ができれば俺は本望だ。そうは思わねえか」

「じゃあ、私はずっとジンのお母さんとして頑張らなくっちゃ」

「みんな何の話してるの?」

「きっとこれから起こる未来の話だ、ジン」

「············」

だがその状況で一人だけ表情が曇っていた人物がいた。

「どうしたんだゼフ。顔色が悪いぞ」

しかしデュランの言葉にゼフは何も答えない。というよりは何かに集中して聞こえていない様子だった。

「ルシア、家でジンを寝かせておいてくれ。わしはこれからすぐにウィルモンドに向かう」

「待てよ、急にどうしたんだ。今日はここにいるんだろ?」

「魔帝がウィルモンドに侵攻してきた」

「なっ—」

 ゼフの言葉で瞬く間に緊張が走った。ゼフはウィルモンドの道具の世界—ユーズファルドにいる意思とだけ念話ができるのだ。そしてたった今、ゼフの元にユーズファルドの意思から緊急の連絡が入っていた。
ゼフは珍しく悔しそうな顔になりジンの方を見ないように顔を背けた。初めて見るゼフの様子にジンも首を傾ける。その雰囲気を感じ取りゼフは振り返り安心させるように笑顔で話しかけた。

「ジン、おじいちゃんは少しの間遠くに行ってくる。その間に頑張って病気と戦うんじゃぞ。できるだけすぐに帰ってくるからなあ」

だがジンはルシアに持ち上げられた状態でゼフに細く小さな手を伸ばし掴んだ。

「ゼフじいどこにいくの? 行かないで、今日もいっしょがいい」

「っ——」

その言葉に思わず息が詰まると同時に、感じたことのないような胸を強く締め付けられる感覚が襲ってきた。
ゼフは定期的にウィルモンドに向かう、しかし今は状況が違うのだ。もちろんジンはゼフが今から危険な場所へと行くことを知らない。いつもなら自分のして欲しいことを押し黙り笑顔で手を振って見送ってくれるジンが初めて「行かないで」と言ってきた。

(今、ジンは酔っておるんじゃ。きっと大丈夫だ)

自分にそう言い聞かせ、その指を優しく解いた。今すぐに抱きしめて安心させてあげたかったが、状況は一刻を争うものだった。

「大丈夫じゃ。頑張って病気と戦えるか」

不安を一切感じさせないように感情を殺し、柔らかい口調でそう聞いた。

「はーい!」

何かを察するかのようにして元気のいい返事。初めてジンを騙すようなことをしてゼフの感情はあまりにも複雑だった。

「待てゼフ、私も行く」

そんな時、クレースは落ち着いた様子でそう申し出た。しかし当然の如くクレースの申し出に周りにいたもの達は困惑する。

「ど、どうしたんだクレース。お前はジン達とここにいてもいいんだぞ」

「私が一番避けたいのはジンに危害が及ぶことだ。そのために未然に防ぐのが最適だろ」

若干意外なクレースの考えを誰も否定することはない。今はそれが最適解なのだ。
そしてゼフは振り返り、右手には普段ならば鍛治で使用するハンマーを持ち再び反対方向を向く。

「「ッ———」」

 普段は全く垣間見えることのない、ありえないほどの覇気と魔力。しかしその姿は鍛冶場で鉱石を打つ時と何も変わらない。ゼフの向いた方向にいたボルとトキワはゼフの圧力に一瞬身体が硬直し、冷や汗とともにゴクリと唾を呑んだ。二人にとっては初めて見たゼフの戦いに向かう顔。そして同時に二人は久しぶりに自分たちよりも強い存在をゼフから感じたのだ。

ゼフとクレースは開けた場所に立ち、ジンを少し見て優しく笑う。
同時に空中に亀裂が生まれ、そこから次元が歪みウィルモンドへの道が開いた。

「じゃあなジン。帰ったらほっぺにキスしてくれよ」

「····? うん、待ってる」

そうして二人はウィルモンドへと向かっていったのだ。

二人が去った後、ルシアとコッツはジンと共に空いたクレースの家で再び休んだ。

「インフォル、俺たちも出た方がいいか」

「帝王が動くんじゃナイ?」

「······せやな。おそらく今こっちの世界におる魔帝の軍はギルメスド王国から少し東におる、剣帝が動き出してもおかしくはない。でもな、前回の侵攻でも帝王の国は避けるように動いとるから帝王が動く可能性は低い。国が攻められん限り帝王は戦わんからな。それと一番ワイが恐れてんのが魔帝の侵攻ルートや。このまま大陸を西に横断した場合北には鬼帝がおるからな」

「南西のこの国が最終到達点····か」

それを聞いてボルはハンマーを持った。

「イクカ。ボク達もクレースと一緒のことをすればイイ」

「そうだな、行くか」

「待てよ、俺も行く」

「何言ってんだよ。父親のお前がいてやらなくてどうすんだよ」

「そう····だけどよ······無理すんじゃねえぞ。危なくなったらすぐ助けを求めろ」

「ほな、ワイはここに誰も入らんように警戒しとくで」

「いつも通り、夕飯までには帰って来い」

二人はいつものように軽く手をあげて応えその場から立ち去った。
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