ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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真実の記憶編

六章 第十話 最悪の状況

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ウィルモンドにある世界の一つニュートラルドには武器の意思でも道具の意思でもない無垢の意思が人の姿をして暮らしている。時空を隔てて外の世界との繋がりが一切ないその世界は平穏そのもの。

しかし今は全く状況が違った。

「ぎゃあアアアッ——!!」

いつもは聞こえない意思の悲鳴が飛び交っていたのだ。

「あぁあぁ、ここにはしょうもねえ意思しかいねぇなあ!」

ボスメルは退屈そうな顔を浮かべながらも辺りの様子を見渡し目ぼしい者を探していた。ウィルモンドに来た魔帝の部隊は第二、第四、第六部隊の三つであり残りの部隊は全員外界に出払っているという状況だった。
侵攻した目的はウィルモンド全域において強力な意思を確保することである。それと同時に比較的戦闘力が低い無垢の意思が集まるニュートラルドを完全に滅ぼし支配すること。これにより二つの世界に対する人質をつくり、他二つの世界への侵攻が容易になるのだ。

ボスメルの第二部隊が現在ニュートラルドに侵攻を開始してからまだ数時間も経っていなかった。無垢の意思であっても決して戦闘力が低いというわけではない。しかしその僅かな時間でボスメル率いる軍は見境なく数百を超える意思を消滅させていた。このままではニュートラルドが堕ちるのも時間の問題という状況まで来ていたのだ。

「殺し足りねえなあ······雑魚ばっかだしよぉ」

ボスメルの苛立ちは時間と共に増大していた。初めからボスメルにとってこの役割は受け入れ難かった。アルムガルドもしくはユーズファルドならば強力な意思が存在するもののここは違った。グレイナルの勅令により仕方なく従っていたのだ。

「ん?」

だがそんな時、近くから明らかに他の気配とは違う何かを感じた。森の方からその気配を感じ、慎重に近づく。

「······ガキじゃねえか」

木の隙間から見えた意思は小さな少女だった。落胆するようにため息をついたが確かに強力な気配はこの辺りから感じていたのだ。

「フンッ、紛らわしいな。殺すか」

少女の様子は誰が見ても焦っているようだった。おそらく逃げ遅れ、他の意思と会えなくなっていたのだ。

「ボスメル様、この辺りでは特に目ぼしい意思は見当たりません。移動なさりますか?」

「少し待て、一人殺したらすぐに行く」

ボスメルは殺戮に快楽を覚える異常者だった。目の前ですぐにでも殺せる存在がいれば見逃す訳が無い。不自然なほどに口角を上げて笑いながら、その目は小さな少女を捉えた。

(何回もブッ刺してやんよ、叫べぇ)

鋭く血がこべり付いたナイフを取り出し少女に手を伸ばす。

「ッ——」

しかしその手は急に現れた何者かによって力強く握りしめられた。
思わず、冷や汗と共にボスメルの身体は硬直し、ゆっくりとその人物の方を振り向いた。

「誰かは存じ上げませんが、鳴々メイメイさんに何か御用で?」

「ゼルタス!」

少女の不安そうな顔はゼルタスの顔を見た瞬間、パァッと明るくなりわかりやすく変化した。

「グッ—」

ゼルタスの握る力は一層強くなり、ボスメルは優しそうなその顔から静かな怒りを感じた。
無理矢理すぐに手を振り解き距離を取ると、興味深そうにゼルタスを見つめた。

「お前、ここの意思にしてはちと強すぎねえかあ? 感じてたのはお前の気配だったってわけか」

「そうですか。私にとってはどうでもいいですが、他の意思の皆さんをこれほど傷つけたのです。ここで止めさせてもらいますよ」

「ゼルタス、血が出てる」

ゼルタスの手は真っ赤に染まり、地面には血がポタリと落ちていた。

「大丈夫です、私のものではありませんので」

「ありがとう助けてくれて、怖かった」

「何をおっしゃいますか、危ない時はいつでも頼ってください」

(コイツ、本当にここの意思か?)

ボスメルはゼルタスの様子をじっくり観察し、武者震いをした。筋肉密度の高さ、体格、身体の軸どれを見てもゼルタスは過剰と言えるほどに整っていたのだ。ボスメルはこの四年の間に自身の傲慢さを改善する努力をしてきた。四年前、絶対的な上の存在を目の当たりにしたことがボスメルを成長させたのだ。

「おい、いつまで喋ってんだ? お前は役に立ちそうだから使ってやんよ。殺されたくなきゃ俺に従え」

「残念ですが、それは無理な願いですね。それはそうと、あなた達は他の場所へも攻撃をしてらっしゃるのですか?」

「そうだが、壊滅させんのはここだけにしてやんよ」

「なるほど、道理でお二人が来られないというわけですか。······分かりました、それでは貴方との一騎討ちを承諾しましょう」

「随分舐めてんなあ? お前はここの意思にしては強えが、それでも俺には勝てねえよ」

「私は時間稼ぎだけですから、何も貴方に打ち勝とうとは思っていません」

「ゼルタス駄目、危ない」

ゼルタスは不安そうに服の裾を掴む鳴々の高さまでしゃがみ安心させるように微笑んだ。

「鳴々さん、一生分愛していますよ。ですから信じて待っていてください」

「···ªªªうん」

ゼルタスの表情は変わり目の前のボスメルを睨んだ。対するボスメルに一切の油断はない。顎を引きただ注意深くその一挙一動を観察していた。そうして無垢の意思と魔族という通常ならば関わりのない二つの存在が戦闘を始めたのだ。


*************************************


一方、ギルメスド王国の東。小国を二つ挟みさらに東に行った場所に魔帝の軍はいた。場所は滅亡したばかりのアザール国王都である。第一、第三、第五部隊の三部隊の侵攻は幹部を筆頭に着々と進められていた。既に数十万もの大軍勢で小国を踏み潰し、見境なく各地で殺戮を行なっていた。この軍団により大国であるアザール国は一晩にして長い歴史に幕を閉じたのだ。

建物が崩壊し何人もの死体が転がる、それに血が飛び散り腐ったような匂いがする。王でさえ、兵士と変わらずに地面に血を流して倒れていた。アザール国の王城はそのような状況だった。そんな中、王の間にはドグラス、そして第三第五部隊の幹部である「カミラ」と「アルゼド」の三人がいた。

「ギルメスド王国はどうする? 今ならば剣帝諸共攻め落とせるだろ」

「攻めん、自身の力を過信しすぎるなドグラス。我らはグレイナル様の御命令に従うのみ」

「ドグラス、貴方帝王を侮り過ぎているわよ。剣帝とまともに渡り合えるのはグレイナル様ぐらいだわ」

「チッ—だがな、これから向かう場所には帝王と渡り合える力を持つ者がいるぞ、少なくとも三人は」

ドグラスの言葉に平然としていた二人の顔が訝しげな表情に変わった。

「本当にそこまでなのか」

「最強と謳われるグレイナル様が何のために修行などなさると思っている。私とボスメルは目の前で見たのだ、初めてあの方の一振りが弾かれる瞬間を」

「······確かに見たのね?」

「ああ、特に三人の中でも獣人の女には気をつけろ」

カミラとアルゼドも舐め切った態度で今回の侵攻に参加しているわけではない。ただその言葉を聞き、二人の背中を緊張が満たした。

「その三人とやらがボーンネルにいるということか?」

「そうだ、この四年慎重に調査をしてきた。それにより弱みも知っている。グレイナル様が出陣なさるのはそのためだ」

「今のグレイナル様、もしくはアルミラでも難しいのかしら」

「グレイナル様とアルミラ、もしくはグレイナル様とグラトニーによる二体一の状況をつくり出せれば完封することは可能だろうな。だが私たち幹部の場合ならば四体一で完封できるかどうかといったところか」

「でもグラトニーは今ウィルモンドでしょ? グレイナル様はどこにいらっしゃるのかしら」

「いいや、グレイ····」

アルゼドは何か言いかけたが、咄嗟に気配を感じ取り、西の方向を向いた。同時に壊れかけの血のついた大扉が開く。

「報告致します。こちらに向かう敵を二名確認。いずれも討伐対象です」

そう報告してきたのはドグラス直属の魔族であった。

「こちらに二人か、情報がはやいな」

「数で牽制しておけ、すぐに向かうッ——」

しかしその時、何かが破壊される轟音と共に急に風が吹き込んできた。
瓦礫が三人の前に吹き飛び、咄嗟にドグラスが障壁を張る。

「あっ、イタ」

ボルとトキワは崩れた瓦礫の上を踏み越え、王の間に入ってきた。

「おい、どうなってる」

「そ、そんなはずは。先程こちらに向かい歩いていたのを確認しています」

「どうやって入ってきた、ここは最上階だぞ」

王の間は王城の最上階に位置する。その高さは数十メートルにまでのぼり外から直接の侵入は不可能なのだ。

「お前達がわざわざ踏み台を用意してるからだろ」

三人は一度疑念を抱いたがすぐに察した。地上から王城に向かい、二人の倒した魔族と魔物が踏み台を築いていたのだ。

「やはり下がっておけ、私達で終わらせる」

床に倒れ込む人物を二人はじっと見つめた。その人物達の顔は四年前から何も変わっていない。ただ一つ違っていたのはもう生きていないということだった。
トキワは四年前のようにファラドニール達を安全な場所に運び、ゆっくりと静かに横に寝かせる。
ファラドニール、ダイラド、ルカディアの三人は白目をむき死ぬ寸前までその闘志を剥き出しにしていたのが窺えた。

「最後まで、よく頑張ったな」

三人の目を優しく閉じトキワは再び敵の方を振り返った。

「今日は武器忘れてねえだろうな、ボル」

「ウン」

明らかに雰囲気の変わった雰囲気のトキワとボルにドグラス達は持ち得る最大限の警戒を向けた。

「幹部四人に一人、それでも足りないくらいね。あなたが大袈裟に言っていないことは分かったわ。あと五人足りないわよ、まあ全員でも六人しかいないけど」

余裕そうに喋るカミラだったが顔はかなり強張っていた。

「この四年、私達も主を見習い成長しただろう。今だけは自分の実力を過信しろ」

トキワは辺り一体に炎を発生させその炎は大きさを増し王の間を埋め尽くした。触れれば一瞬にして焼け焦げるであろうその炎は超高音の領域を作り出し、五人を取り囲む。

炎籠エンロウ

次の瞬間、その領域の地面から天に向かい炎の柱が爆発するように伸びていった。

「フゥ······」

ドグラスは目の前で起こるあり得ない炎の動きをジッと見つめため息を吐いた。

「これで俺ら五人だけだ」

天に向かった炎の柱は遥か上空で交差し、五人を囲い込む巨大な炎の籠を作り出しのだ。その領域は常人ならば徐々に体力を失い意識を失うような高温度に満たされていた。

「これは······」

そしてその神業にアルゼドは驚きの表情を隠すことなく上を向く。
だがすぐに三人は前を向き二人を見て挑戦的な笑みを見せた。目の前でこのような神業を見せられても三人の中に負けるという選択肢は無い。世界最強と言われる魔帝の軍に敗北は許されないのだ。

「アルゼド、カミラ。今は無駄なプライドなど要らぬ。無駄な思考を捨て己の力を過信しろ。挑戦者として我らはこの二人を迎え撃つ。出し惜しみなど格好の悪いことはするな、俺は持ち得る全てでお前達とコイツらを倒したい」

「フッ、あなたらしくないわね。でもそういう所は好きよ」

「分かっている、今は何も言わぬ。ただこの時だけは共通の敵を倒す友としてッ——」

 魔族である三人は身体の中を自身の魔力で満たした。三人の背中からはおぞましいほどに暗く巨大な翼が生え、その身体は瞬く間に巨大化する。身体の中は凄まじい魔力濃度で満たされ抑えきれないその力は黒い蒸気として三人から発生した。魔力量は通常状態に比べ数十倍、魔族という上位種族の真の姿だった。
三人は武器を持たない、ただその爪と牙は月並みの武器を強化しようとも到底辿り着けない硬度を持つのだ。

超凶化ゾーン

カミラの強化魔法により三人の魔力は限界を越える。
二人でさえ、強化中の三人に近づくのは危険と感じるほど三人の魔力は禍々しい渦を巻き炎の中を満たした。

「道理でアイツらが負けたわけか」

トキワが作り出した炎の領域は外部へ流れ出る魔力や衝撃を吸い込む。そんな炎が激しい音を立てながら三人の魔力を押さえ込んでいた。

「行くぞ、ボル」

「隔てろ····」

トキワの声と同時にボルは地面を叩く。

「ガルドのカベ」

横一列に並ぶ三人、その中央にいたドグラスの視界は急に狭まった。
ドグラスだけを囲い込むように巨大なガルドの壁が隔たれ瞬く間に囲い込んだのだ。

「ドグラス、上だ!!」

ドグラスはほんの一瞬動揺したが壁を抜けようと上空に飛翔した。巨大な翼による凄まじいほどの初速度、だが

「なッ——」

動きを予期したようにボルがさらに上空を飛んでいた。

「シネ」

時空ディメンション歪曲ペルザム

しかしその刹那、カミラが手を伸ばし、魔力を一点に集約させた。
それによりボルの一撃はドグラスにぶつかる直前不自然な歪みと共に空を切った。

だがその一瞬の間、今度はドグラスの直下から槍が迫ってきた。

「ー炎龍エンリュウ

ボルはその脚力で空気を蹴り上空で横に移動した。
ドグラスの真下には龍の顔に形を変えた炎が激熱と共に舞い上がって来る。

反射レフィクス

しかしまたもや直前でアルゼドの魔法により反射され、トキワの方向へと向かった。

超反射レイファレクト

「なッ——」

しかしトキワの魔法により弾き返された炎龍はさらに方向を変えた。反射は通常、物理以外の攻撃方向を逆に変える。一方、超反射は反射の効果に加えて威力を二倍にして返すのだ。そして二倍の威力になっ炎龍が再びドグラスに向かう。

「はぁあああアアッ!!」

素手で受け止めた炎龍はドグラスの腕を焼き焦がし、力がぶつかり合うとともに衝撃波で爆風が舞い起こる。
爆煙が全員の視界を狭める中、ボルは目を塞ぎ空中を蹴って移動した。

「グハッ—!!」

研ぎ澄まされた感覚は視界が無くとも魔力で全員の位置を把握する。脇腹をハンマーで殴られたアルゼドは硬い皮膚を殴られ衝撃は骨まで辿り着いた。

「アルゼド!」

「······問題ないッ——!」

アルゼドの身体は一瞬にして再生し爆煙を翼で消し去った。
だがアルゼドとカミラは目の前の光景に絶句する。

「「ッ······ドグラス!!」」

ドグラスの胸には大穴が空き、槍が突き刺さっていた。トキワは槍を引き抜き、上空にいたドグラスは力無く堕ちていく。その大穴は激しく燃え盛りドグラスの再生能力を著しく阻害していた。
アルゼドとカミラは堕ちていくドグラスを見つめたが、すぐに我に帰り二人の方向を向いた。

「···········?」

 だが同じ場所に立つボルとトキワを見て二人は疑念を抱いた。明らかに様子がおかしかったのだ。二人とも尋常で無いほど顔色が青ざめ、未だかつて見たことのないような焦りが出ていた。

「アレは······モグラ····か?」

 と同時に、二人の足元から顔を覗き出す何かが見えた。アルゼドとカミラはその魔物が二人に何かを必死に訴えかけている様子が見えたが、周りを埋め尽くす炎の音で正確には聞き取れない。



『しっかりせんかぁあああああッ!!!!』



小さな体からその言葉だけがアルゼド達に聞こえてきた。ボルとトキワは急にハッとなることはなく、ゆっくりとアルゼドとカミラの方を振り返った。



———殺される



 アルゼドとカミラの頭には同じことが浮かんだ。光など一切無い暗闇に包まれた眼、それに見つめられた二人は全身の細胞が感じたことのないような恐怖に染められた。魔族としての二人の本能が頭の先から足の爪先に至るまでに危険信号を鳴らしていた。

その僅か三秒後、ボルとインフォルを抱えたトキワが王の間から飛び出した。その凄まじい初速度から二人はさらに加速する。二人は今までの最高速を遥かに凌駕し、その速度は音速を裕に超えた。だが二人の顔からは血の気が引き、吹き出した汗は一瞬にして蒸発していた。



*************************************



時は少し遡り、トキワとボル、そしてクレースとゼフが出発した後。魔症熱による熱はかなり落ち着いてきたものの、大事をとってジンはガル抱き枕にしながらルシアの膝の上で眠っていた。

「ジン、私のかわいい子」

ルシアに頭を優しく撫でられ気持ちよさそうに眠っていた。クレースの家の中にはデュランとコッツの二人もゆっくりと休んでいた。

「おそらく魔症熱自体はもう直ぐ治ります。少なくとも峠は越えられましたね。いやあ本当によかった」

「そういや、病み上がりはどうなんだ?」

「そうですね······このまま少し安静にしていれば問題はないかと」

「そうなんだ、よかったあ。また元気になったらこの子と二人でお出かけしたいな。たっくさん可愛いお洋服買ってあげるからね、ジン」

「ああ、そういうことなら俺の有り金全部持ってけ。全員でバーガル辺りに旅行するのもアリだな」

「そうね。ジンならきっと喜ぶわ」

「うん、そうする」

目を瞑ったまま、寝ぼけてジンは応えた。

「ウフフ、可愛い寝言」

ゆっくりとしていると縁側の近くの地中からインフォルが出てきた。

「ここの周りは特に何もなかったで。ジンちゃんはもう大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。お前も上がって休めよ。アイツらなら怪我なく帰って来るだろ」

安心しきった様子でインフォルが地中から出てきた、丁度その時だった。

眠っていたジンとガル以外の者は急に背中から寒気を感じる。
咄嗟にデュランは立ち上がり、外に出る。デュランはこの感覚を知っていた。何度も味わったこの強者の感覚。

外に出ると、目の前は眩いばかりの光が地面から現れ、魔法陣を描き出していた。


「······ここか」


その重低音の声を聞き、姿を見て受け入れ難い現実がデュランを襲った。

目の前に現れたのは、魔帝『マギス・グレイナル』だった。

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