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英雄奪還編 後編

七章 第一話 今日この日から

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 昨日大天使らしい人がここに攻めてきたけど結果的にこの国への被害は何もなかった。モンドの中に避難したおかげで誰一人として怪我することなくモンド内でみんな仲良く夜ご飯を食べていたくらいだ。結界を破って入って来られたけどモンドが避難用に役立つと分かっただけでよかったのだ。そしてあの後、全員の無事が確認できてからは特には何も起こらなかった。

ただ唯一大きな被害が出てしまったネフティスさんのところへ行くことにした。あの人のことだから行けばまた嫌がられるかもしれないけどここは強行突破だ。メイルさんも被害を受けたらしいので魔力波で何も連絡せず、びっくりさせるついでに突撃することにしたのだ。とは言ってもゼグトスの転移魔法陣で行くのは一瞬だ。
早朝から準備をしているとシリスから魔力波が飛んできた。

(ジンおはようだな! 昨日は助かったぞ)

(ああ、それ私じゃなくてゼステナとトキワがやってくれたんだ。大丈夫だった?)

(うむ、全く問題ない! それで今日家に行っていいか? ジンに会いたいんだ)

照れるくらい真っ直ぐな言葉だ。シリスのこういうところ本当に可愛い。

(いいんだけど、今からネフティスさんの所に行くからその後でもいい?)

(ええ~あんなおっさんよりも私と遊ぼっ······)

その時、シリスの魔力波が少し乱れた。

(ま—待てッ、まだ話してたい! もう少しで遊ぶ約束がッ——)

(いけません)

ノイズのような音とともにベージュが魔力波の中に入ってきた。

(ジン様もお忙しいのです、早く起きてください。自分が行きたいからという理由だけで行くのは迷惑ですよ。しっかりと帝王である自覚を持ってください)

ね、寝ながら会話してたのか。でもよく考えればシリスが言われていることは今から私がやろうとしていることとほぼ同じだ。自分も叱られている感じがする。

(ジン様、昨夜は本当にありがとうございました。申し訳ありません、欲望のまま動く人なので)

(いっ、いやあ全然いいよ。そうだよね。と、突然だからね)

ふぅ、何とか自然に誤魔化せた。

(でも空いてる時はいつでも来ていいからね、待ってる)

(うむ、そうするぞ!······今空いてるけど、どう?)

(シリス様?)

(······はい。またな、ジン)

(うん、また遊ぼうね)

子どものようにしょんぼりとしているのが魔力波からでも伝わってきた。どうやらベージュさんには頭が上がらないみたいだ。こう考えるとベージュさんはシリスのお姉ちゃんのような存在なのかもしれない······メイルさんに連絡を入れないと。

まだ朝早かったのでかなり時間がある。準備は終わったけどしばらくは何もしなくていい。パールとガル、それにブレンドと外に出るとどこかに向かっている様子のレイがいた。いつものように速度に特化した動きやすそうな装備を着ている。こちらに気づくと笑顔で近づき優しく抱きついてきてくれた。

「おはようジン、早いな」

「朝早く起きたんだけど、もう終わっちゃて。時間があるんだ。今日もモンドで特訓?」

「ああ、あそこは落ち着いて特訓ができる」

レイは本当に努力家だ。身体を見るとすぐに分かる。素振りのしすぎでできた手のマメ、身体中についた大小さまざまな傷、それに鬼幻郷で会った時にもまして筋肉が引き締まっているのが見て分かる。レイは絶対に特訓を怠らない。毎日自分自身と戦うように死に物狂いで特訓をしているような気がする。

「····レイ、今日は私も一緒に行ってもいい?」

「本当ッ—?」

まるで待っていたかのようにレイの顔がパアッと輝いた。モンドへは歩いていく、レイが言うには転移魔法陣を使うのは甘えらしい。とは言ってもこの時期の朝はとてつもなく寒い。ガル達をマフラーと服で包み込みながらモンドへと向かった。

「ジンは転移魔法陣を使っていいんだぞ、ゼグトスが喜ぶだろ」

「大丈夫、ラルカの特製の完全防寒具だから」

そう。ラルカに手袋やマフラーそれにコートに至るまでプレゼントしてもらったのだ。毎回頭が上がらないくらいに完成度の高いものをくれる。


モンドの中に入ると一気に暖かくなった。モンド内は完璧な温度調整がなされているため冬の時期でも関係がないのだ。中にある扉の一つに入るとそこにはまるで、本物の自然のような光景が広がっていた。

「こんな所あったんだ、初めて見たよ」

「ああ、いつも特訓に行っている場所を再現してもらった。魔物は出ないがな」

まだ眠っているパールとブレンドをガルの背中に乗せてレイの隣に立った。するとレイは綺麗な二度見をして一度武器を納めた。

「ジンもするのか? 別に私は見てくれてるだけでも私は····嬉しい」

「運動したいから付き合うよ。今は何か練習してるの?」

「今は魔力操作だな、筋力には限界があるから身体中に魔力を纏う練習をしている。ただ持続時間はまだ全然なんだけどな。だからこの間、ゼステナと戦ってたトキワの魔力操作は相当勉強になった」

レイは武器を近くに置いて、再びジンの隣に立った。準備運動をするその動作はいかにも手慣れた様子で瞬く間に深い集中状態に入り込む。

「取り敢えずは走るか、一緒に行こうジン」

「うん。ガル、そこにいてて」

「がぅ!」

「道はもう把握済みだ。ついてきてくれ」

レイの隣でしばらく走る。速度はあまり出さなかったがレイの姿勢はお手本のように綺麗だった。地面は平坦でなく盛り上がっている部分もあったがレイは地形を完全に理解しているようで素早く移動していた。レイとは違って初めてなので魔力感知で地形を理解しつつその速度についていく感じだ。

「どうしたのレイ?」

途中の休憩地点でレイが頭を撫でてきた。

「いや、嬉しいんだ。クレースは嫉妬するかもしれないけど二人だけの時間ってそんなにないからさ。ジンといるだけで本当に幸せだよ」

「······クレースは特訓の時何か言ってた?」

少し様子が気になりそう聞くと、レイは一瞬言葉に詰まったが軽く息をついて口を開いた。

「初めの方に、私はまだ意思のある武器を十分に使いこなせていないとクレースに言われたんだ。今まで自分でも必死にもがいて、それなりのビジョンは見えてきたけど明確なのは何も掴めない····努力の方向が間違ってたのかな」

いつもは決して言うことのない弱音をレイは無意識に発していた。

(全く成長してないな、またこの子の前で弱音を吐いてる)

「······ジン?」

いつの間にか目の前に立っていたジンに目線を合わせるため少し体勢を低くした。そしていつの間にか武器をすぐ側に置きその目をじっと見つめていた。

「間違ってなんかないよ。たとえ結果が出なくても、私がレイの努力を全て肯定するから」

顔に手を添えられ至近距離から瞳を見つめられたレイの顔は一瞬にして熱を帯び赤くなる。そして褒められ照れる子どものように下を俯いた。

「····うん、頑張る」

しばらく走るといつの間にか元いた場所に戻ってきた。ガルは尻尾を振りながら待っていたがパールとブレンドは未だ眠ったままだ。休憩する間もなくレイは武器を手に取ると何もない場所を向き真っ直ぐ立った。後ろ姿からいつもどれほど自分と真剣に向き合っているのかが分かる。

「じゃあ、もうそろそろ行くね。怪我しないようにね」

「分かった。ありがとうな、付き合ってくれて」

レイとその場で別れガル達を抱えて扉の外に出ると、再びさっきベージュさんが言っていた言葉を思い出した。

「そうだ、予約を取らないと」

ということで急遽メイルさんに魔力波を飛ばした。

(メイルさん、今時間いいかな?)

(ッ—じ、ジン様。問題ありません、少々お待ちを)

慌てた様子のメイルは魔力波を一度止めた。そしてしばらくすると落ち着いた様子で魔力波から再び声が聞こえた。

(お待たせして申し訳ありません。どうされましたか)

(被害が出たみたいだから大丈夫かなと思って。今日行ってもいいかな)

(ええ、丁度何かしたいと思っていたところでした)

(あっ、そのまましててね。転移魔法陣ですぐに行けるから。この後お昼過ぎくらいに行くよ)

(はい、楽しみにお待ちしております)

よし、これで大丈夫だ。ベージュさんに叱られることはない。

「おはようジン······ここどこ?」

丁度その時パールが目を覚ました。そういえば着替えもまだでパジャマを着たままだ。大きくあくびをするともう一度胸に顔を埋めて目を瞑った。

「おはようパール。ここはモンドの中だよ。ごめんね勝手に」

「ううん。ジンがいてくれればどこでもいい····ブレンドまだねてる?」

「ハッ—!」

パールがそう言うと隣ですやすや寝ていたブレンドが急に目を覚ました。首を大きく振って周りの様子を確認したブレンドは完全に寝ぼけていた。

「引っ越しだぜ」

第一声から何も理解していないのが分かる。一度家に帰ってパールを着替えさせると、外からはいつも通りの朝の賑わいが聞こえてきた。外は賑わっているとは言っても気温はかなり低い。ブレンドをトキワの元へと連れていった後パールとガルを再び抱きかかえ、集会所に向かった。

朝ごはんを食べに行くとレストランの中も朝早くからかなり賑わっていた。人口はかなり多いので分散するために各所に食事ができる場所が複数設置されている。そのためほとんど待つ必要などないのだ。もちろんどこでも美味しさは変わらない。

「おはようございますジン様。さあさあ、どうぞこちらへ」

ゼグトスに案内された長机の周りには既にクレース達が座っていた。

「ジン、今日朝から何処かに行ってたのか?」

「うん、レイと一緒にモンドに行ってた」

もう一方の隣の席にはルランさんが座ってくれた。目を見ると今日も寝不足のように見えたがその顔はとてつもなく幸せそうで満面の笑みをしてこっちを見ていた。どうやらここでの生活を楽しんでくれているみたいだ。

「あー! ジンもう来てたんだ。道理で寝室にいないわけか」

「ゼステナ、あなたいつの間に。あれほど言ったでしょ」

「我も呼びに行ったのに誰もいなかったぞ」

「······はぁ」

ゼステナと閻魁はサラッと言ったが内容的に家の中に侵入されている。鍵はかけてないからしょうがないよね。

「今日お昼からバルハールに行ってくるよ。ネフティスさん達が心配だから」

「なら私も行く」

「それにしても、どうして今のタイミングなんだろうね」

そうゼステナが切り出した。昨日の出来事があったので誰も聞かなくても何かは分かった。女神の粛清だ。

「そうね、狙いがパールちゃんというのが引っ掛かるけど」

確かに昨日、大天使はパールを奪いにきたと言っていた。でも本人は幸せそうにパンを食べてるから気にしてはいなさそうだ。

「女神の粛清って具体的にはどういう感じなの?」

「今までに数回行われた女神族を筆頭とした地上への侵攻です。動機が分からないものありますが、女神族や天使族の怒りを買った場合に起こされる場合や悪魔との抗争に挟まれる形でここへ被害が及ぼされるということがほとんどですね。規模は異なりますが、今まで殆どが世界規模の大戦争になりました。毎回帝王が抵抗するので地上が滅亡することは無いのですが」

「結構····理不尽なんだね」

「安心してよジン。何回かはぼく達祖龍だけで抑えてきたから」

「うむ、我の前ではあのような者無力だ」

だがそんな中、クリュスとゼグトスの顔は少しだけ曇っていた。

「····ですが今回は少し雰囲気が違うような気がしますね。最上位の天使である大天使が同時に現れ開戦を宣言するほどですから、規模はかなりのものと考えるべきかと」

「分かった。取り敢えずは誰も死者を出さないように情報収集と避難経路の確保を重点的にしよう。情報収集はインフォルだけだと限界があるから····」

「あっ、じゃあぼく達の部下を使えば大丈夫だよ」

「「ッ—」」

するとゼステナとクリュスの後ろに控えていたルドラとゾラに緊張が走った。何年支えようとも二人にとって命令される時は緊張するのだ。

「そうですね、ゾラは感知魔法を使えますので十分お役に立てるかと」

「はい! おまかせを!」

「ルドラは····取り敢えずこき使ってくれたらいいよ」

「えぇ······」

「避難経路の確保は昨日の感じでいいな。モンドなら収容数に限りはない」

「······ジン様」

その時、ルランが口を開いた。

「ジン様がお強いのは重々承知しておりますが、無理に危険なことを犯すことはありません。どうか、ご自分の命を最優先に考えてください」

「うん、ありがとうルランさん」

「へえ、いいこと言うじゃないかルラン」

「取り敢えずは敵の規模を把握することが肝心ですね。一番重要なのが、何体の女神がこの戦争に関わるのか。もし相手が過信せずに全ての女神が攻めてきた場合は、大陸全土で迎え撃つ必要があります」

「かなり弱気じゃん、クリュス姉らしくないよ」

「あなたも昔、女神に負けかけたでしょ」

「はあ!? 負けてないしッ、相打ちだしー! 何ならあのまま行けば私が勝ってたしー!」

「そうね、分かったわ。ゾラ、行きなさい」

「はい!」

「ルドラ、お前も行け」

(まずい、ゼステナ様がお怒りに)

ルドラは数百万年もの間ゼステナに仕えてきた。不機嫌なゼステナに今何か言えば問答無用で殴り殺されることは実際に経験し理解しているのだ。

「ハハッ—」

「ゼグトス、お昼にバルハールに行きたいんだけどお願いできる?」

「ええ、もちろんですとも」

「それと、また敵が現れたとしてもこちらから攻撃することは控えてすぐに逃げて。絶対に一人で戦わないように、他のみんなにも言っておいて。分かった? 閻魁」

「分かった!!」

その後しばらく団欒しているとあっという間にお昼過ぎになった。ジンがバルハールに向かった後、先程為された命令が若干誇張され気味に伝わっていき敵の侵攻に備えて全員が動き出していく。
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