ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第二話 誰一人として

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転移魔法陣を使用したことによりバルハールへは一瞬の内に辿り着いた。一緒に来たのはパール、ガルに加えてクレースとゼグトス。建物の中は前に来た時何となく把握していたのでいけるはずだ。そう思いつつ前に来たことのある建物の前まで近づいていくと門番の人が首を傾げてこちらを見ていた。門番の人は二人、急な戦闘を予期しているのか槍を携えて防具もかなり分厚い物を着ていた。二人とも初めて見る人だけど一応メイルさんに連絡は入れているので入ってもいいはずだ。

「待つんだ、ここはネフティス様のおられる場所。昨日の襲撃により今は城への出入りが制限されている。ましてや部外者を入れることはできない」

しかしそうは行かず、さらっと入ろうとすると門番の人に止められた。

「あの、メイルさんと話があるんだけど····入れてくれない?」

友達の所に遊びに来たような軽い感じでそう聞いた。

「何? メイル様に会いたいだと? できるわけないだろ、メイル様は現在お休みになられているんだ。それに一般の者があの方にお会いするのは通常不可能だ、悪いが帰ってくれ」

隣でゼグトスとクレースが震えている。クレースに至っては武器に手をかけようとしていたので慌てて止めた。メイルさんには休んでおいてと言ったので魔力波で「来てくれない?」と聞くのは少し悪い気がする。どうしようかと悩んでいると城の方からこちらに向かう足音が聞こえてきた。

「何の用だ、人間」

「あっ、ネフティスさん。こんにちは」

「何をふざけたことを。ここへネフティス様が来られるわけ····ありますよねッ!」

門番の男の語尾は上がり、現れたネフティスに敬礼した。

「もう動いて大丈夫なの?」

「わしは帝王であるぞ、いつまでも寝ておれん」

すると続くようにして駆け足で誰かがこちらに近づいてきた。

「ジン様っ—」

「「ジン様?」」

門番の男は二人同時にその言葉を繰り返した。

「お待ちしておりました。遅れて申し訳ありません」

慌てた様子で現れたメイルさんは前に会った時よりも少し疲れているようだった。

「ごめんね、急に押しかけちゃって」

「いえいえ、昨日は本当にありがとうございました。あの援護がなければ今頃どうなっていたことか」

メイルの言葉に門番の二人はますます困惑し固まっていた。

「それほど強かったのか。ここに現れた大天使は」

「ええ、持っている能力が厄介でした。三発の銃弾が当たれば即死という攻撃を私とネフティス様の両方とも二発ずつ受けてしまいまして。本当に絶体絶命の大ピンチでしたよ。あははー」

話を聞くにもの凄いピンチだったと分かるけれどメイルさんは軽く笑い飛ばしていた。

「魔法の類みたいだね、消しておくよ」

「えっ?」

身体に触れ数秒すると、二人に刻まれていたその魔法はすっかりと消え去った。見た目ではネフティスさんはあまり分からなかったけど、メイルさんは顔色がよくなったようで先程感じられた疲れがなくなっているように見えた。

「何をした? 人間」

ネフティスは驚いた顔を隠さず素でそう聞いた。ネフティス自身もメイルと自身にかけられた魔法を解くため起き上がってから今までずっとその方法を探していたのだ。

「もう大丈夫になった、これで回数はリセットされたよ」

「本当····ですか?」

「よかったな、これであと二発いけるぞ」

クレースの冗談混じりの言葉にもメイルは口をぽかんと開けたまま確かめるように両の手のひらを見つめていた。

「助けていただいた上に何とお礼を言えばいいのか······」

身体中の力が抜けたようにメイルはジンに抱きつきながら膝をついた。

「不安で不安で······怖かったんですぅ···ありがとう····ございますぅ」

「いいよ、何も疲れてないから。よく頑張ったね」

「····ぅう····じん様ぁ」

初めて見るメイルの姿に門番の二人も驚いたまま口をぽかんと開けていた。メイル本人も、立場上誰かに甘えられるということがなかった。そのため今までの分が堰を切ったように溢れ出しパールと同じようにそのまま甘え始めたのだ。

「魔法か? 今お主がやったのは」

対するネフティスは魔法が解けたことなどどうでもよく今為されたことに興味を持っていた。

「まあそんな感じ、ここに来たのは一人?」

「そうじゃ、大天使が一体のみ。厄介な加護を持っておる」

「加護って、さっきの三発撃たれれば即死の?」

「うむ、あくまでその者特有の加護だがな。それと大天使の者が以前よりも力を増しておる、大天使の力の源は女神の力に依存しておる故女神の力が大幅に増大されているということだ。相性にもよるが、帝王一人に対して大天使一人ではちと荷が重いくらいじゃ。今回直接大天使に攻撃を与えられたのはダイハードのみ。まあお主らでも可能だったとは思うがな」

「やるじゃないか、あいつ」

「お主がおかしいんじゃ、通常地上にいるものがあやつに力で勝るなど有り得ん」

「それでネフティス、女神共は次いつ攻めてくるんだ」

「····おそらくだが、一ヶ月程度。たとえ女神が全員この粛清に関わっていたとしても一ヶ月もあれば奴らの準備は完了する。····そしてこれはあくまでも予想に過ぎぬが今回の規模は過去最大、大陸全土が巻き込まれる大戦争になる」

それを聞いてクレースの顔は曇り、苦しそうな顔で隣にいたジンを見つめた。

「どうしたの? クレース」

「いいや何もない。今日も可愛いな。······ネフティス、女神族を力ずくで止めた場合女神の粛清は止まるのか」

「もし可能ならばな。じゃがここから無理矢理止めたのは祖龍が介入した時のみ。その時の規模は大きかったが全ての女神が地上に降臨していたわけではない······ただ今回の戦争で最も厄介なのは、こちらの戦力が向こうに取り込まれるということだ。実際、緋帝が取られたのはあまりにも大きい。仮に他の者も取られるとすれば、その時は全滅する可能性もないわけではない」

ネフティスの言葉は紛れもなく自身の率直な感想だった。戦力差が開き過ぎているとは言わないものの、地上にいる者が圧倒できるという状況ではない。だからこそこれ以上の戦力の低下は許されないのだ。

「······じゃあ、一ヶ月以内って考えて準備した方が良さそうだね」

「そうじゃな······それ故この一ヶ月の間で全帝王の協力を仰ぐ必要がある。妥協はできん。龍帝、そして魔帝の協力も必須となるだろうな」

ネフティスの口から「魔帝」という言葉が出てきた瞬間、クレースは舌打ちをした。

「龍帝だけで構わん。六人いれば何とかなるだろ」

八人の内六人の帝王。つまり鬼帝、巨帝、呪帝、嵐帝、剣帝、龍帝の六人だ。確かに六人いれば何とかなる気がする。

ネフティスは明らかに雰囲気が変わったクレースの様子を少し疑問に思ったが、何も聞くことなく承諾した。

「おいメイル、いつまでそうしておる。お前達も今日はもう帰れ、魔法を解除したことは礼を言う」

メイルは名残惜しそうに離れていくと何事もなかったようにキリッとした顔でネフティスの後ろに立った。

「分かった。何かあれば言ってね、私も何かあれば頼るから」

「ジン様、またお越しくださいね。楽しみに待っています」

ジンを見るメイルの目は少しとろけていた。ネフティスには甘えられるわけがないため数十万年ぶりにそのような相手を見つけられたメイルは気づかないうちに有頂天にいたのだ。



ボーンネルに戻ってきた後、ラルカの洋服店に向かった。でも洋服を見に来たわけではない。ただラルカにパール用の魔法が施されていた装飾品を特注していたのだ。具体的には可愛らしい見た目で魔法耐性が付与されたペンダントだ。パールが前に天使に名前を聞かれた時から頼んでいて今日完成したらしい。パールが狙われているということで嫌な予感は的中したが結果的にはうまくいった。

「パールちゃん、後ろを向いてください」

ラルカがつけたペンダントは中央に真っ赤な宝石が埋め込まれたものでパールの肌のことを考えてチェーンの代わりに特製の丈夫な糸を使っている。

「ありがとうラルカ! ジン、にあってる?」

「うん、可愛いよ」

「えへへぇ」

「このペンダントがあれば魔法はほとんど無効化できます。パールちゃん、できるだけ外さないようにしてね」

「わかった······ジンもつける?」

「大丈夫、私頑張れば魔法効かないから」

「ジンも、もう少しすれば誰かからペンダントをもらえるかもしれないぞ」

おっと、これはクレースからのプレゼント予告だ。楽しみに待っておこう。

(ジン様、お時間よろしいでしょうか。少し話しておきたいことが)

その時クリュスから魔力波が飛んできた。

(分かった、丁度今から集会所で話し合おうと思ってたんだ)

先程まで全員忙しく慌てていたがしばらくして総合室の円卓に続々とみんなが集まった。そして取り敢えずは話があるというクリュスから話し始めた。

「どうやら、はやくも大天使が現れ帝王と戦ったという話が各国に伝わったようでして、現在各国とも対応に追われています。一部の国では女神族を信仰する者達による反乱が起こっておりゲルオードやダイハードも他国からの支援要請で手一杯という状況です。それとここにも支援要請が来ておりまして、ジン様に相談しようとしておりました」

「チッ—都合のいい時だけ頼りやがって」

「ええ、如何にも愚かな者達ですね。存在だけではなく行動でまでジン様の御手を煩わせるとは」

「そうだよジン。ぼくは君さえ守れればいいからね。邪魔なら囮に使えば役に立つよ」

「ジン、どうスル?」

「ううん、助けられる国には最大限の支援をする」
 
「ど、どうしてだよ。他国は放っておいていいでしょ?」

「····ネフティスさんが言ってた、これはおそらく大陸全土を巻き込む大戦争になるって。全員が協力し合わないといけないから、どの国も、誰も見捨てるつもりはない。たとえ一人で全員守れなくても全員が隣の人を守ればきっと大丈夫、要は助け合いだよ」

「で、でもッ—」

「黙れゼステナ、ジン様の考えこそ至高。私達如きが介入してはならないのです」

「ゼグトスおまッ——ああー! もういいよ。でもぼくはジンのことが最優先だからね」

これからしなければならないことは山のようにある。女神の粛清が始まるまでできることは全てやっておかなければならない。この国の王として、みんながやるべきことをはっきりと言って、協力してもらわなければ。なので立ち上がって全員を見た。信頼する全員の顔を、信頼してくれる全員の顔を。

「確定ではないけど、ネフティスさんによれば女神の粛清が始まるまで準備できる期間はこれから一ヶ月程。だから一ヶ月以内にできることを全てやっておきたい。ギルバルト、機械兵は一ヶ月あれば何体製造できる?」

「血を吐いてでも、ジン様がお望みの数を」

「分かった。他国への戦力支援と自国の防衛の一部は基本的にその機械兵を中心にしよう。ギルバルトだけだと無理があるから数千人単位で協力して」

「ハッ!」

「それと住民のみんなはもちろん、建物への被害も避けたい。ボル、どうにかできる?」

「任せてジン」

「じゃあそこにもできる限り人員を配置して。トキワ、一つ魔法の創造を頼みたいんだけど。離れた場所でも簡単に状況を把握できるような魔法をつくれない? できれば視覚的に」

「······分かった、楽しみに待っといてくれ」

どれも無茶振りな内容だけど状況が状況だ。何とか頑張ってもらうしかない。

「私はもう少ししたら龍帝の人に協力してもらえるようにお願いしてくる」

それを聞いてゼグトスの顔が分かりやすく明るくなった。

「でしたらジン様、龍帝は私の古い知り合いでして。私と二人きりで行きましょう」

「何言ってるゼグトス、あいつならぼくの言うことの方が聞くだろ」

「チッ—」

「分かった、それじゃあ頼むよ。それぞれ詳しい役割分担は任せる。目標は全員生きて必ず女神の粛清を終えること」

「「了解ッ—」」

そんなジンの様子を見て一番嬉しそうなのはルラン、いいやデュランだった。

(どうだゼフ? 立派なもんだろ、俺の娘)

(知っておる、ルシアが見れば同じことを言うじゃろうな)

(ああ、どの世界線であっても、ジンは変わらずジンだった······同じだったよ)
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