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英雄奪還編 後編
七章 第六話 結界マニアの一日
しおりを挟むボーンネル北西。この冬の時期、痩せた土に短い草が生えるばかりの土地が一様に広がっているこの地域には活気というものが一切ない。人の気配もなければ建物もないのはこの場所があまりにも目立たない場所に位置しているためである。それ故この場所は移動するためのただの道なのだ。ただ通り過ぎる、日に当たらない場所。
ただ一つだけ、誰の目にもつかないような場所にボロボロになった小屋があった。
しかし、側から見ればただの空き家に見えるこの小屋にたった一人で住んでいる女性がいた。
名をマニアと言う。
(アハハ、もう死のっかな。どうして死ねないんだろ、もう一年も何も食べてないのに)
小屋の中、ベッドに顔を埋め逆立ちをするこのポーズがマニアの最も落ち着く体勢であった。今となっては手を使わず頭だけで逆立ちをするこの光景は周りから見ればただの恐怖でしかない。この状態で眠ることも可能なのだ。だがマニアにとってそんなことはどうでもいいことなのだ。誰とも関わり合うことのないマニアにとってはこの姿を見られる場面もない。
(そろそろ頭に血が上ってどうにかなりそうだよ。やった! これで死ねるね!)
(お腹空いたよ)
マニアはもう何年も人と話すことがなかった。それ故人との話し方も忘れ去り日々自分の中でつくったもう一人の自分と話していた。しかしそんなマニアにもただ一つだけ熱中できる趣味があった。結界の研究である。何故ならば結界は殻に閉じこもることのできる一つの手段だからだ。それ故、毎日狂ったように研究をしていた。誰も入ることのできない、この世界から分かたれた完全なる個別の空間を求めて。
だがそんなマニアの頭に毎日のように浮かぶ一人の姿があった。初めて普通に接してくれたその人物の顔を、かけてくれたその言葉を、毎日のように思い返していた。
『よく分からん奴だが、一つのことに夢中になれるのはお前の才能だろうな』
生まれて初めて言われた褒め言葉。記憶が全て飛びそうなくらい喜びの感情に満ち溢れていたことを覚えている。そのかっこいい声もいい匂いも、夢だったのではないかと思うほど人生で一番自分が輝いていた瞬間。
(もう一度逢いたいな、逢って罵倒されたい、ビンタされたい、言葉責めしてほしい、顔舐めて欲しい、身体匂わせてほしい······へへえ)
若干不純な動機を持ちつつもその存在はマニアの生きる理由の一つであった。
(あぁ、このまま誰とも喋らずに死んじゃうのかな。違う、死ねないんだった)
(お腹空いたよ)
(最近南西の方角からたくさんの魔力を感じるなあ。きっとたくさん人がいるんだろうなあ。まあ仕方ない、私の一日のルーティンでも君に教えようかな)
(お腹空いたよ)
(それじゃあ始めよっかな。まず起きないと)
(寝てたの?)
(そう、これはまだ私の夢の中だよ······それじゃあまず)
「グハァああアアッ!!」
まずは頚椎の骨折による激痛と共に起床。寝ている姿勢が逆立ち状態なので仕方ないよね。この時胸椎まで骨折すれば今日の運勢はラッキー! 腰椎まで骨折すれば今日の運勢は超ラッキー! 今日は胸椎まで逝ってるから運勢はラッキー!だね。あっ、良い子のみんなは真似しないでね!
「よいしょっと」
起き上がって背骨を治した後、まずは外に出て日光を浴びるよ。でもただ日光を浴びるだけだと健康的で体に良いからそれは避けたい。大切な身体にはできる限り不健康なことをしてあげたいからね。
「······イヤぁああアアッ——!!」
なので目がおかしくなるまで日光を直視し続ける。途中で激痛が走ってくるけどそこは我慢、そうじゃないと真なる痛みは得られないからね。両目が完全に失明して勝手に悲鳴が出たらそこで終わり。それ以降は数十秒目を閉じてリラックスさせてあげる。やっぱり自分の身体にも飴と鞭が必要だからね。数十秒後再び目を開けると、何ということでしょう。焦げてしまった両目が元通り、視力も回復しているではありませんか。あっ、これも良い子のみんなは真似しちゃダメだよ!
家に戻ると朝からストレッチ。とっても健康的でしょう? ストレッチに際してまずはしっかりとした紐を準備します。ここで一つ、注意するべきことは自分の全体重がかかっても絶対に切れないような丈夫な紐を使用すること。そうじゃないとストレッチはできないからね。紐を準備した後は小屋の天井にその紐をしっかりとくくりつけて、適当な台を用意します。その台の上に立って紐を自分の首にしっかりとくくりつければ。何ということでしょう、あっという間に処刑場の完成です。身体がしっかりと伸びるように台の上では姿勢を正しく。あとは載っている台を足でひょいっとのかすと······
「ブふッ—」
口と背骨の方から変な音が出ます。このストレッチをすることで身体が伸ばせて疲労感が軽減されるんだよね。ここで注意点としては事前に何も食べないこと。これはあくまでも個人的な経験則だけど、やる前に何か食べていると気持ち悪くなって口から色々とリバースしちゃうからね。あっ、これも良い子のみんなは真似しちゃダメだよ!
良い感じに身体がほぐされたなあって感じれば首にくくりつけた紐を解いて床に着地します。でもこのストレッチは着地した後頭がくらくらしちゃうかもしれないからやらない日もあるんだ。だからこのストレッチをしない日は代わりに外に出て頭を地面に打ち付けます。こうすることで頭がスッキリして考え事がなくなります。まあ考え事なんてないんだけどね。あっ、これも良い子のみんなは真似しちゃダメだよ!
その後は歯磨きと洗顔だよ! 女の子だからこういうところはきちんとしておかないと。いつかあの人と一緒に楽しいことをする日が来るかもしれないからね。
歯磨き、これはガチでやります。いつの日かあの方とキッスできるようにこれは本当にきちんとやらなければ。甘い匂いになるように清潔になるようにこれにだけはお金をかけます。ああ、あの人の息いい匂いだったなあ。
入念に歯を磨いた後は洗顔だよ。いつだったか知らないけど良い肌のためには水分が必要らしい。なので洗顔を始めるにあたってまずは顔がすっぽりと入るくらいの桶いっぱいに水を入れたものを用意します。そして目の前に置くと、大きく息を吐いて······
顔面をつっこみます。だけどこれだけだと顔に水分が回らない気がするから······
「ぐぼぼぼぉッ—!」
口と鼻から一気に水を吸い込みます。あっ、エラ呼吸じゃないお友達は真似しちゃダメだよ! しばらくして気がつくと桶に入った水がかなり減少していることがわかります。これが終了の合図だね! この時鏡を見てみると顔が青ざめて視界が白くなってるよ。お肌が真っ白になった証拠だね!
これが私の朝の日課だよ。
そうしたら机に座って結界の研究。もう一日の大半は研究してたら勝手に終わっちゃうかな。結界の研究は本当に楽しい、夢中になっていつまでも研究できる。私の目的は結界を使って完全なる個別の空間、この世界から完全に分かれた空間を形成することだ。でもこれは夢ではない、私の夢はあの人に認めてもらえるくらいの結界をつくることなのだ。
多種類の結界を作っては実際に使ってみる。こうやっていくのが最も効率のいいやり方なのだ。
その後は······研究、研究、研究。それにこの研究がいつの日にか役に立つのかもしれない。気づくと外が暗くなっているのでキリのいいところで終了するのだ。女の子なので身体は清潔に、お風呂にも入らないといけない。将来、あの人と一緒にあんなことやこんなことをするのかもしれない。清潔感が重要なのだ。
まずは魔法で空中に半径五メートルほどの熱湯でできた球体をつくる。通常、球体の温度は500度ほどにするけどこの時期は寒いので少しだけ温度を上げて1000度にする。そしたら後は真っ裸になってその球体に突っ込むだけだ。
「ぐぼぼぼぉッ—!」
初めの方は皮膚が焦げることもあったけれども今となっては何ともなくなった。ただ呼吸をしないといけないので溺れてしまうこともあるのだ。全てが終わればふっかふかのベッドの上に顔面をダイブ! 逆立ちの体勢になってしばらくすると視界が暗くなってそのまま眠りにつくよ。
あは! これが私の一日だよ。何かの参考になったかな? あっ、でも良い子のみんなは真似しちゃダメだからね!
(なになに?······)
えっ、誰かと会わないのかって?······てめえら言いたいことはよく考えてから喋れよ?
あは! それじゃあね!······誰に喋ってんだろう、私。
「はあ······やっぱりもう一度だけ、死ぬまでに逢いたいなあ······クレース」
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