ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第二十七話 湯船の来客

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(ミル····ミル····)

その名前を呼び、胸の中で不安が渦巻いていた。
味わった絶望は拭いきれず息が苦しくなる。
呼吸は激しくなり全身に熱を感じていた。

(ミル······お願いだ······)

身体はどこも痛みを感じていない。
だが恐怖で全身が小刻みに震えていた。

(········ふぅ)

『これから先、死ぬまでな』

ただ頭に残ったその言葉は身体を心地よく温めていた。
瀕死の状態で耳に入ったその言葉は単純に嬉しかった。
抱えられた時に感じた温かさは忘れられずそれが冷たい不安を癒している。

「············」

気がつくと小さな手に強く握りしめられていた。
薄目で見えた自分の手には水滴が付いている。
しかし、そんなことよりも。

「····ミルッ」

その顔を見た瞬間、狭かった視界が急に広がった。

声を聞いたミルは赤く腫れた瞼を擦りながら小さく寝ぼけた声を出す。
目を開きミルの視界はただ一人を捉えた。
捉えた瞬間、瞳孔は大きく開き声にもならない驚きはその身体を突き動かした。

「ぅうゥっ······お····おねぇちゃんッ——」

すぐに妹を抱きしめることはなく身体は固まっている。
咽び泣き顔を埋める妹をゆっくりと確認して身体は思い出したかのように妹を抱きしめ返した。

「ミル······ごめん····ごめんッ」

その言葉を聞いてミルは顔を離してガルミューラを見上げた。
目には涙が溢れ顔はくしゃくしゃになっている。

「どうして謝るのッ——私ッ—謝ってなんてほしくない。私は······私はッ」

服を掴み訴えかけるような瞳にまっすぐ見つめられていた。
安心させるように優しく頭を撫で、改めて妹の存在を実感する。

「ありがとう、生きててくれて」

安心したように笑みを溢し再びミルは顔を埋めた。

「ガルミューラ様ぁ、俺らも心配したんっすよぉ」

「えぇ、本当に······よかったです」

スタンクとドルトンもホッとした様子で同時に後ろへ倒れ込んだ。

「お前達も無事だったんだな·····よかった」

ゆっくりと呼吸をし周りを見渡す。

「よかったぁ······ガルミューラ、何処か痛い所はない?」

「ジ、ジン様ッ申し訳ありません。お見苦しい姿を······ここは」

「気にしないで。あとここはモンドの中だから安心してね」

ジンとクレースの姿が目に入り、さらに心は安心した。

「正直お前が一番危なかったぞ。骨だけじゃなく、内臓も酷く損傷していた。よく頑張ったな」

「そうだ······私はッ」

「······はぁ」

クレースは溜め息をつき扉に目を向ける。
そこには誰もいないが、扉の先から確かに気配を感じた。
ガルミューラには何故かその人物が誰なのか分かった。
いいや、ただその人であって欲しいという願望なのかもしれない。
扉はゆっくりと開き、その人物は覚悟を決めたように入ってきた。

「よっ、よぉ。起きたみてぇだな」

「············」

その顔を見た瞬間、ガルミューラの顔はカァっと熱くなった。
ゆっくりと近づいたトキワは寝ていたベッドの横にあった椅子に何食わぬ顔で座る。

「大事ねぇか?」

「ひゃッ—ひゃいッ····大事····ないです」

ピンッと背筋が伸び何故か敬語で返事をしていた。

(こ、コイツの顔が····見れない)

ガルミューラの感じる気まずい空間。
二人の間には沈黙が流れる。

「あんなに焦ってたくせによくカッコつけられるな、お前。全員見てたぞ」

「ッ······」

その言葉にトキワは身体をビクリと震わせ顔を赤くした。

「い、いやぁあそれよりも腹減ったからよ! 早く飯食いに行こうぜ! なッ! ガルミューラ、お前もう歩けるか!? 歩けるならすぐ飯行こうぜ! ヴァンが飯作って待ってる!」

不自然に興奮した様子のトキワに何故かガルミューラはいつもの調子に戻った。

「······ああ。もう歩ける。行こうミル」

「うん!」

「えっ、本当に大丈夫? もう少し安静にしておいたほうが····」

「いいえ。すぐに行きましょう。私はもう大丈夫です」

「······ジン? お前その目ッ——」

「トキワッ—飯行くぞ」

トキワの言葉を遮るようにクレースはそう述べた。
その目に何かを察しトキワは何も言わず静かに立ち上がる。

「ありがとうな、ジン」

トキワはそれ以上何も聞かず全員は食事に向かった。


*************************************


食事の前にガルとリンギルの治療を行っていたパールと合流する。
ガルミューラの状態が一番危険だったが幸い死者は出ず勿論ダイハードさん達を含め全員の治癒が終わったのだ。

調達が難しくなるとはいえ食料はまだ十分にあった。
とはいえ必要な食事はあまりにも多い。
ヴァンやエルム達に全て頼るわけにもいかないので調理は全員でだ。
モンドには本物の月の光が差し込みその下でいつも通り賑わっていた。

「ジン、オムライスたべたい」

「おぉ、いいね。私もそうしよっと」

外と比べると違和感を感じると思ったけど実際モンドの中を歩いていても変わらず楽しい。
寒くなく適度な温度調整が行われ景観はボルやゼグトスのセンスが光っているのだ。
街灯が照らされている道はダイハードさん達に合わせてさらに広くされ混雑もしていなかった。

「あれ、ジン目の色どうしたの?」

「ガゥ?」

「目の色?」

不意なパールからの質問。
洋服が飾られていたガラス張りのショーケースに映る顔を見つめた。

「あれ、本当だ。紫になってる」

(しまった····)

「も、もしかしたらマティアの使い過ぎかもしれないな。その目も綺麗だぞ」

(ルラン····)

確かにクレースも先程は動揺し周りの者たちへの説明が盲点となっていた。
混乱を避けるため他の者へ瞳について尋ねさせないようにこの嘘の理由を広めろとルランに伝える。

「まあ気にならないからいいや」

(······ごめんねジン。僕にもよく分からないけど「王の瞳」の影響だと思う。でも何も問題はないよ)

(そうなんだ。こんなの初めてだねロード、えへへぇ)

(·········うん)

レストランへは大量の食材が運び込まれていた。
みんなを見ると何故か食べている人よりも料理を作っている人の方が多い。
それ以外だとリラックススペースで気を失ったように眠っていたり夕食前の温泉に向かっていたりとやることはバラバラだ。

「え、あれ······」

厨房に出入りする中でも目立つその二種族。
カシャカシャと音を立てて歩く骸骨と筋肉質でガタイが良い巨人達。
巨人族の一人はジンの姿を見つけるとその手を止め駆け寄ってきた。

「じ、ジンさんッ——」

「あっ、オーダリちゃん」

女の子らしいエプロンをつけていたオーダリが笑顔で駆け寄ってきた。

「親父のこと、改めてありがとうございました」

深々と頭を下げたオーダリはその顔に安心した表情を浮かべ目には自然と涙が溢れていた。

「ゆっくり休んでくれていいんだよ。私が変わるから」

「そうだぜ、お前ら働きすぎだ。こっちで休めよ」

近くにあったリラックススペースで寝転んでいたトキワは先ほどから何もせず料理を待ちながらそう言う。

「お前は働け、見てると腹立つ」

「い、いえッ助けていただいた上にそんなことまでは。親父ッ! ジンさんが来てるぞ」

その声に厨房を出入りしていた者は手を止め一斉に集まってくる。

「おぉ! ジン! 待っててくれ、もう少しで料理ができる」

「えっ····」

目の前に現れたダイハード。
その見た目に周りにいた者は思わず二度見をした。
一際目立つ肉体が着ていたエプロンの隙間に見える。

「はぁ····親父それ脱げよ」

オーダリは溜め息を吐き父親から目を逸らした。
ダイハードもオーダリと同じエプロンをつけていたのだ。
それだけなく一緒にきた巨人族に加えハバリやギルスといった骸族も同じエプロンをつけていた。

「チッ、ジンに着させるつもりが。これでは地獄絵図だ」

「オムライスたべたい」

「オムライスだな。よし、任せておけ」

「もう動いていいの? かなり傷深かったよ」

「全く持って問題ない。それよりも本当に感謝する、ジン。其方は命の恩人だ」

「生きててくれてよかった。いま国は大変だと思うから暫くはここに居て」

「い、いやジンさん、それはあまりにも申し訳ないです。私達は国の復興のためすぐ戻るつもりです。何かあれば親父と私含めこいつらもこき使ってください」

「えへへっ、まだ無理はしないでね」

「皆さん、治療を終えたばかりなので休んでください」

後ろから続いて来たハバリやギルス達骸族はキッチンミトンをつけその手に料理が盛り付けられたお皿や湯気の出ている鍋を持っていた。

「変わるよ、みんな温泉行った?」

「ええ、骨身に沁みる良いお湯でございました。私達は食事を必要としませんので温泉へどうぞ。どうか料理の方は私達にお任せを。出来立ての料理をご提供致します」

「らしいぞジン。ここは甘えてお姉ちゃんとお風呂に入ろう」

「パール、お腹大丈夫?」

「まだへーき。いっしょに入ろ」

「それじゃあ····お言葉に甘えて」

お姉ちゃんというのはひとまず置いてここは任せよう。
パールは食べた後すぐに寝ちゃうからこれも一つの手だ。


大浴場、女湯の入り口には五人が誰かを待つようにして壁にもたれかかっていた。

「もしかすると料理を手伝っていらっしゃっているのでしょうか。私の作ったエプロンをつけていらしたらどうしましょう」

「ああ、ラルカが作ったのか。でもジンが料理をするのは周りが許さない気がするな」

「ジン様はご自宅の湯船をよく利用していらっしゃるようですが、本当に今日は来られるのですか? ゼグトス」

「ええ、間違いありません。毎週ご利用される日は決まっていますので。それに先程言質は取っております」

「········いや何普通にいるんだよ。さっさと逝け変態」

「········」

その言葉を無視し無言のまま立っていたゼグトスは足音に気付きすぐさま顔を向ける。

「あれ、みんな入らないの?」

「おぉ、本当に来た。ジン、僕と一緒に入ろ!」

「えぇ! 行きましょう」

「あなたは消えなさい変態」

「あははぁ····」

何故かやるせない顔のゼグトスを置いて大浴場の中へと入っていった。
モンドの中といえど大浴場の中では変わらずあたたかいお湯に浸かることができる。
なのでみんな毎日利用しているのだ。

「ジンも僕と毎日入ればいいのに」

「そうだぞ、大浴場でなくても私の家に来ればいい。一番近いからな」

「もちろんここも楽しいけどやっぱり家は落ち着くからさ。それに寝落ちしても迷惑かけないから」

「お、おい風呂で寝落ちは危ないぞ。今度私が見に行こう。家が近くだから仕方ないな、うん。近くだから」

「気が向いたらね。早く入ろ」

大浴場の中は前が見づらいほどの白い湯気で満たされていた。
既に数人が入っており心地のいい香りが漂っている。

「ふぅ····」 

気持ちよく自然と声が出た。
パールとガルはお湯に浮かび力が抜け切った顔で何処かへ流れていく。
理由はわからないけどいつも最終的には目の前まで戻ってくるから大丈夫なのだ。

「あ、あのッ——」

暫く浸かっていると隣から呼びかけてくる声が聞こえた。
クレースとレイが警戒するようにして前に移動し湯気の中その声の主を見つめる。

「大丈夫だよ二人とも。その人と話させて。あなたは?」

すると安心するようにしてその人は近づいてきた。
ガルミューラ達と同じくヒュード族の女性だ。

「有難うございます。ボーンネルの領主様。私の名前はラミリア。緋帝、アルファーム・メイロード様直属の部下でございます」
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