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英雄奪還編 後編
七章 第二十八話 主への思い
しおりを挟む温泉で話しかけてきた人に緋帝直属の部下だと言われ少し固まっていた。
「······緋帝って····緋帝?」
そして不意におかしな質問をしてしまった。
「はい。誠に勝手ながら貴方様にご相談したいことがありまして本日参上した次第です。どうか私の話を聞いて頂けないでしょうか」
「いいよ」
「そうですよね····事前にお伝えすることもなく領主様の前に現れるだなんて本当に無礼なことだと分かっております。ですがどうか、メイロード様を助けて頂けないでしょうか····お願いしますッ——」
「いいよ」
「······そう····ですよね」
「おい長いぞラミリア。ジンはいいって言ってるだろ」
痺れを切らしたようにゼステナがその会話に割って入った。
「ぜ、ゼステナさん。クリュスさんも。あなた達がどうしてここに······」
「僕とクリュス姉はジンの友達だからさ。君こそどうしてこの国を選んだんだい?」
「今大陸で一番注目を集めているこの国の噂を聞き、調べたところ多種族国家だということで参りました。正直、話し合いの場を設けてくださるとは····」
「あなたの選択は正しかったわ。それよりどうしたの。確かメイロードは今天使に操られているんでしょう?」
クリュスの言葉にラミリアは少し驚いたような顔を見せた。
「ここにも····既に伝わっておりましたか」
「できることなら何でも言ってね。どうしたの?」
「······有難うございます。結論から言いますと····我が主、メイロード様を天生から解放するお手伝いをして頂きたいのです」
「天生から解放····」
返事はもちろん大丈夫だ。
「じん、もう出たい~」
だが返答する前に湯船に流されていたパールとガルが戻ってきた。
「いいよ。でもこの子のぼせてるからご飯食べながら話してもいいかな?」
「は、はい。有難うございます」
と言うことでそのまま大浴場を後にして夜ご飯を食べに行った。
いつの間にか豪華な料理が並べられお腹を空かせたみんなが幸せそうにお腹を満たしている。
「おいしそぉ」
パールは目を輝かせながら口を開けている。かわいい。
その輪にそろ~っと入りパールの言っていたオムライスを探す。
「ジン様、こちらです」
その声が聞こえ振り返るとゼグトスが席を確保していた。
リラックススペースと同じく靴は脱いでオムライスが目の前に置いてあった席に座る。
ガルには好物のお肉を使った料理をあげると幸せそうに食べ始めた。
周りにはその場でゆっくりしていたボルやトキワ達がいたがラミリアさんには目の前に座ってもらい簡易的な話し合いの場をつくった。
ラミリアさんにも同じオムライスを用意してもらい席に着く。
どうやらここへは一人で来ているようだった。
「わざわざ用意して頂き有難うございます。その、早速なのですが······」
「うん、メイロードさんについてだよね」
「はい。現在メイロード様は完全に天生を終えてご自身の治められる国、ラピルスに居られます。ですが会話はなくただ何もせずに玉座に座るのみで私達の言葉には一切反応されません。天生体になられた今は食事も必要とされないので交流が持てないという状況です」
「····精神が掌握されてる感じだね。私も天生体のことはあまり分からないけど魔法で精神を乖離させたりできないかな」
「魔法の干渉はもしかすると可能かもしれません。ですが精神を掌握している天使がいる限りはどうすることも····」
確かにその通りだ。精神を乖離させるなんて難しい魔法は受ける本人が承諾しない限り成功は見込めない。
「少し荒っぽくなるけど、無理矢理に気絶させれば魔法はかけられルヨ」
「手段が無ければ·····その手も止むを得ないと考えています。ですがその手はあくまでも最終手段として使わせて頂きたいです。何の罪も無いメイロード様だけが傷つくのは····私には耐えられません」
ラミリアにとってボルの意見を素直に聞き入れることは出来ない。
メイロードに仕えるものとして至極当然の反応であった。
「確かにボク達からすればジンを気絶させるってコトカ。あっ、無理だゴメン」
「い、いえこちらこそすみません。頼んでいる側なのに否定ばかりで····ですが相応の対価はお支払いさせて頂きます」
「ああ、要らないよ」
「で、ですが····」
「じゃあ····最後まで死なないで。それが対価だよ」
「は····はい」
申し訳なさそうな顔のラミリアは先程から目の前のオムライスに手をつけていない。
そんなこともお構い無しに横で数十杯目のおかわりを平らげていた閻魁が箸を置いた。
「お主が緋帝の精神に直接語りかければ良いであろう。それならば小難しい魔法も気絶させる必要もない」
「えっ····」
その言葉に周りにいたものは食事の手を止め驚いたような顔で閻魁を見る。
「えっ····我何かまずいこと言った?」
「いや、意外と的確なこと言うカラ」
「何を言う。我は常に的確であろう」
「私に····できるのでしょうか。メイロード様に私の声は····」
ラピルスを出てからラミリアは緊張していた。
以前ラピルスで行われた話し合いで覚悟を決めたはずが時間が経つにつれ不安は増していたのだ。
メイロードにとっての自分の存在、ラミリアの中ではそれが今最も不明瞭なものであった。
「少なくとも我はそうであったぞ。前に乗っ取られた時はジンの声が無ければ自我を失っていたかもしれぬな」
「そう····なんだ」
以前、閻魁が破壊衝動に乗っ取られた時かけた言葉は一言だけだ。
でも考えると信頼してくれていたからかも知れない。
「ひとまずはその作戦で考えた方が良さそうだね」
「ええ、分かりました」
「僕気になってたんだけど、どうしてメイロードはわざわざ向こう側についたんだい? 少なくとも僕やクリュス姉の知ってるあいつは地上を裏切るようなことはしない」
ゼステナから気になっていたその質問が投げかけられた。
ラミリアは少しだけ押し黙り、苦しげな表情で口を開く。
「メイロード様は私達を守るため····自ら天生体に。ゼステナさんの仰る通りメイロード様は本当に優しい御方です。しかしメイロード様に頼るしかほかに道がないほど私達は弱く····愚かでした。私がこうして助けを求めてるのも····ただ少しでも自分で何かをしなければならないという焦燥感に駆られただけで····メイロード様にとって私なんてッ——」
「待て、そこまでだ」
その時、ラミリアの言葉を遮るようにしてクレースが割って入った。
怒りの感じる声色と圧に周りにいた者達は思わず固まる。
「お前にとって緋帝はその程度の存在か。仕える者として、世界でたった一人の主であるメイロードのことをどう思っている。仕えることに誇りを持たないのは主に対する侮辱になるぞ」
「············」
その言葉にラミリアの中で何かがプツンと切れた。
「そんなわけ····そんなわけないですッ——メイロード様は私にとって無くてはならない····世界で一番大切な存在です。優しくて面倒見が良くて誰よりも尊敬する御方で······私たちのためなら自分を犠牲にしてまで助けてくださる····子どもの頃から私にとってあの方は英雄ですッ」
クレースの圧に押されることなくラミリアはそう言い切った。
その顔に先程までの迷いはない。
「そうか、ちゃんと言えたな。別に一方的でもいいだろ。向こうがお前をどう思っていてもお前自身が信じていればそれだけで十分だ。だから私はジンが言うことなら何でも受け入れる。この子が世界を壊すと言えば私は全力で力を貸す」
「えっ、壊さないからね。あと私はクレースのこと好きだから」
「ヒャッ——」
「ちょっとそこ、いちゃつくなよ」
「······フフフっ」
その時、緊張していたラミリアから初めて笑みが溢れた。
クレースの大袈裟なまでの例えもラミリアにとっては自信をつけるのには十分なものだったのだ。
「あ、笑ってくれたぁ。ラミリアさん、よかったらオムライス食べてね。とっても美味しいから。
オムライス美味しい人~?」
「は~い!」
パールは笑顔で手をあげ、周りにその笑顔が広がった。
ラミリアもスプーンを手に取り一口目を口に運ぶ。
甘い卵にケチャップがよく絡み合ったお米。
「おいしい····ですッ」
涙の入ったそのオムライスは少ししょっぱく、今まで食べた中で一番美味しく感じたのだ。
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