ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第三十五話 悪の正義

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 ベオウルフとオベーラが戦闘を開始し既に十分が経とうとしていた。両者ともに空中に浮かんだまま。数万に及ぶ打ち合いでも完全に決着がつくことはなかった。

 しかしベオウルフは腹部に致命傷を受けていた。

 ギルに膨大な魔力を流し込み実現される獣化状態。
 感覚は研ぎ澄まされ身体能力は大幅に向上する。
 それでも尚、オベーラの実力が一枚上手だった。

「はぁ、はぁ、はぁ······」

(ベオウルフ、お前の身体がこれ以上は持たん)

(ああ、分かってる)

 オベーラも無傷ではなかった。ただベオウルフの肉体は限界に近い状態であるのに対してオベーラはパーツを入れ替えれば完治するほどのものであった。

 ギルは爪の状態から太刀へと戻り、ベオウルフの獣化状態は解ける。
 爪を装備時は野生の勘に任せた超攻撃特化型の動き。
 それに対して太刀を持った状態では攻守ともにバランスがいい。

 しかし獣化状態を選んだのは太刀ではほとんどの攻撃が通らないと確信していたからである。それほどまでにオベーラの防御は硬かった。それに加えグラム達の体力を考えれば早期決着を決めることが最善であったのだ。

「ふぅー」

 長く息を吐き呼吸を整える。
 ベオウルフに残った魔力は全開時の十分の一ほど。
 だが勝敗はまだ確定していなかった。

(これ以上は我に魔力は注ぐな。我は折れん)

(ああ······)

 ギルメスド王国の上空を飛び交い異次元の戦いを繰り広げていた二人の視界にいつしかグラム達の姿は見えなくなっていた。

 ベオウルフは地上に降り立ちオベーラも続きその前に着地する。
 辺りには乾いた土が広がっている。ベオウルフは土の硬さを確かめるように地面を踏み締めた。

「これなら大丈夫か」

 ギルを鞘に納め、居合いの構えを取る。
 二人の距離は離れ、オベーラは構えるベオウルフを注意深く観察した。

(体内に残る魔力は僅か。魔力を練る様子はない)

 オベーラの視界にはベオウルフの体内を流れる魔力が映っていった。先程、足先から指先まで巡っていた魔力も今となっては足元とギルの剣柄に手を触れていた右手のみにほとんどが集中していた。

(·······賭けだな)

 ベオウルフは目を閉じその意識を全てオベーラに向ける。
 放っていた重圧は消え凪のように静まっていた。

「狼剣・抜刀」

 一瞬、鞘から僅かに姿を現したギルの刀身は輝き、いつの間にかベオウルフはオベーラの間合いまで接近していた。常人には視認不可と言えるほどの速度。しかしオベーラはその動きを確実に目で追っていた。

「——何を」

 だが、ベオウルフは抜刀せず方向を転換する。
 そしてすぐさま別の方向から接近し、オベーラの隣を通り過ぎる。
 速度は更に上がり乾いた地面に無数の跡がついた。
 それほどまでに踏み込む力は強い。だがギルを鞘から抜くことはなくオベーラを攪乱していた。

(何が目的だ)

 速度の上がったベオウルフは残像を生み出しオベーラには風圧がかかった。
 オベーラにとっても残像を完全に見切ることは容易ではない。
 オベーラはその目で超高速移動するベオウルフの動きを追尾し槍を構えた。

(私の身体を両断するほどの切れ味は確かにある。だが剣筋は理解している······時間稼ぎか?)

 残像の全ての位置を理解しながらオベーラは剣柄に触れていた手にのみ集中していた。

(動いた······)

 その全てが抜刀する瞬間を視界に捉え、オベーラの意識は全てギルへ向かう。

「ッ————」

 だが取り出されたギルの剣先は予想と反し地面に向かい突き刺さった。
 目の前に突き刺さった一本の太刀。だが既にベオウルフは視界にいなかった。

「何をッ———」

 最大の攻撃手段を捨て、オベーラは一瞬混乱した。
 ギルが纏っていた魔力からその動きを予測していたため、その姿を見つけるため僅かな時間を要する。
 ギルは膨大な魔力を放ちオベーラの感知能力を阻害した。

「チッ——」

 振り返ったその視線の下、ベオウルフの姿を見つける。
 その手にギルは握られておらず攻撃手段はない。

 ——だが

(全ての魔力が一点にッ)

 ベオウルフの胸の中心に残存する殆どの魔力が集約していた。

雷怒咆ライドホウッ————!!!」

 超至近距離からの雷怒咆。
 魔力が凝縮し赤い雷を纏った雷怒咆はオベーラの顔に向かう。

「グッ——」

 オベーラは紙一重で顔を逸らすが雷怒咆は目の横を僅かに掠め痺れが身体中を巡った。

「これも避けるか、流石だな」

 ベオウルフは回転しながら移動し地面に突き刺さったギルを取る。
 痺れはオベーラの動き出しに僅かな遅延を生み出した。
 槍は痺れで手から離れ、死角からの斬り上げが迫る。

「地に伏せろッ———」

 だが寸前に詠唱が間に合い、ベオウルフに重圧がのしかかる。

「あぁあ”あ”アアア”ア”ッ——」

 だが無理矢理に抗い低い姿勢のまま重圧に耐える。

「流石は剣帝か」

 だがオベーラはその僅かな時間に痺れを振り払い槍を手に戻した。

 ギィンッ———

 重圧に逆らい振り上げたギルは槍で受け止められ重たい音が響き渡る。

「グハッ———」

 動きの鈍ったベオウルフは腹部に回し蹴りをくらい吐血しながら身体は宙を舞った。受け身を取ることすらできず地面に引き摺られ身体は動きを止める。

「ブハッ———」

(しっかりしろベオウルフッ——)

「はぁ、はぁ、はあ······やべえな」

 吐血しながらも立ち上がり再びギルを構えた。

「よくやった。これ以上の争いは無益だ。すぐにこちらへ来い」

「後ろにいんだよ。馬鹿野郎ッ——」

「フンッ——」

 パチンッ——

 その時、オベーラは指を鳴らし二人の視界に映る光景は一瞬で切り替わった。

「ほう、まだやり合っているか」

 二人は転移し、先程の場所に戻ってきていた。
 オベーラの視線の先、ペルシャはほとんど無傷であったがまだ戦いは続いていた。

「ベオウルフ様ッ——」

 ハルトは二人の出現に気づき呼びかける。

(大丈夫ですか)

(ああ、だが正直ギリギリだ。水晶は何か分かったか?)

(ええ、ですがシャドがいなければ今頃どうなっていたことか)

(ハハッ——やっぱ素質あったか)

 シャドの目つきは先程までとはまるで別人のように変わっていた。

(ハハハッ——!! こんなに強いだなんて知らなかったよ!!)

(あいつ様子が変じゃねえか?)

 シャドは狂人のように攻撃を続け、魔力波には反応していなかった。
 普段のような剣の型はなくまるで怒りに身を任せて動く様子。
 ペルシャは澄ました顔で攻撃をいなしオベーラはその戦いを見ていた。

(何があった?)

(シャドが意識を取り戻した後、戦いながらグラムがあの大天使にゼーラ達の居場所を聞きました。特に変わった会話はしていないのですがシャドはあの状態に)

(ん? そうか)

(互角に見えるけどシャド君の身体が追いついてないね!!)

 シャドは傷だらけになりながらもあたかも痛みを感じていないように戦いを続けていた。

「シャドッ——!!」

 だがその攻撃的意志とは裏腹に身体は追いついていなかった。
 突然シャドは膝から崩れ落ち動きを止める。

「ハァハァハァ」

「限界のようだな、人間」

 過度な筋肉の使用によりシャドの肉体はいつの間にか悲鳴を上げていた。
 既にペルシャと渡り合えるほどの体力は残っていない。

「僕たちが変わらないとね!!」

「シャド、大丈夫か」

「ハァハァハァ······はい」

 ハルトはシャドを後ろに運びグラムとともにペルシャの前に立った。

「ペルシャ、終わらせなさい」

「ああ」

 だがオベーラとペルシャの二人はこれ以上戦うつもりはなかった。
 ペルシャは手に持つ水晶に力を込める。
 その場の空気は張り詰め、透明な塊が構築されていた。

「チッ、まだ足りねえ」

 ベオウルフは僅かな時間で魔力を練っていたが到底全開時の魔力量には及ばない。
 その塊を打ち消すことは不可能に近かった。

「一つ教えておいてやろう。この空気の塊が放たれればお前達の後ろにいる大勢は数分も経たずに消滅する」

(まずいねベオ君、ハルト君)

(今出せる俺ら三人の総攻撃で相殺するしかねえ)

(了解しました······ですがその後は···········)

(俺が食い止める。無理だとしても俺は向こうにつかねえ。最悪の場合は腹を切る)

(············)

(············)

「絶対に止めるッ」

 二人の声は重なり覚悟を決めた顔をしていた。

空間ディメンション滅波パルド

 ペルシャの魔法が発動されたのと同時に三人は空気の塊に向かって剣先を突き出した。

 ——だが

「あれは······」

 先程まで黙っていたトギは目を見開きその光景を食い入るように見つめる。
 空気の塊は突如として現れた巨大な黒い空間に呑み込まれた。

「クシャシャシャシャッ!! 面白くなってきたぜぇ」

 ギシャルは完全に空気の塊を消し去り着地した。

「お前ッ——」

 そしてベオウルフも同様、隣に現れた存在に驚き目を見開いた。しかしすぐさま冷静になりギルに手を当てる。

「どういう風の吹き回しだ?」

 そこに立っていたのはラグナルクだった。だけでなくギシャルに加えベイガルが並び立ちトギ達を敵対するように睨みつけていた。

「それはトギ様も聞きたいぜ·····今更昔に持ってた騎士の正義とやらに目覚めたのか? でももう遅いぜ、昔守ってた人間からすればあんたはもう悪者だ」

「確かにそうだな。今更善人として振る舞うつもりはない」

「トギ様を裏切る、それでいいんだな?」

「裏切る····か。ならば悪として私は正義を執行しよう。
 悪の正義、時として人はそれを裏切りと呼ぶのだからな」

「はぁ······お姉さん達、ここは一旦退こうぜ。今の状態だと、流石にこっちが不利だ」

「······仕方ないな。実力は把握できた」

 トギの判断は早かった。天生したはずの天使はラグナルク達の自我を奪いきれず逆に支配されていた。この状況ではラグナルク達の自由意志はどうすることもできないのだ。

 そうしてトギ達三人はその場から姿を消したのであった。
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