ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第三十八話 嵐帝の追憶

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 遠い昔、嵐帝の存在しないイースバルトはまだ名も知れぬ小国だった。
 嵐が吹き荒れるこの国に進んで住もうとする者はいない。ただこの環境に適応し独自の進化を遂げた凪夜族のみがこの国に住み、小国ながらも他国から干渉を受けない国であった。

「はぁ、お腹が空いたな」

 生まれながらにして少女はその身に強大な魔力を宿していた。親が居たという記憶はない。知っているのは自分の名がシリス・スタームということだけ。家族は一人としておらず、話をできる凪夜族の者もいなかった。
 理由は明白、内に秘めた力はあまりにも強大かつ多くの者にとってシリスは危険な存在だった。

 シリス自体、力を完全に制御できるほど成熟していなかったため、無意識に暴風を発生させ他人を傷つけるということも多々あった。
それ故、シリスは独りだった。

 腹が減れば木になる実や狩った魔物を食べ飢えを凌いでいた。
 どれだけ辛く苦しい状況であっても誰も助けてはくれない。心が満たされることはなく、その年にあった無邪気な笑みを浮かべることはない。いいや、生まれてから笑ったことなどはなかった。

(飯はどこだ····飯、飯。腹が減って死にそうだ。魔物が寄ってこない。木の実もなってない。それに、寒すぎる。このままでは死んじゃうぞ)

 力を持っているといっても限界はある。冬の時期、寒さで身体は悲鳴を上げ、空腹で意識は朦朧としていた。
 最近では吹雪が吹き荒れ不安定な天候が続いていた。
 一日中歩き回り、食料を探したが見つからない。運が悪く、その日は寝床すら見つからなかった。

「······雪が」

 吹き荒れる寒風、それに加え追い討ちをかけるように雪が降ってきた。
 吹雪となり身体を傷つけ体力はさらに消耗する。
 しばらく歩くと雪は積もり、足先の感覚は既にほとんどなかった。

「あれは······」

 しかしその時狭くなった視界に光が見えた。
 周りには何もない中、小さな家に明かりがついていたのだ。
 いつもならば通り過ぎるが、今は状況が違う。不幸に不幸が重なり経験したことがないほど身体は限界だった。
 足に感覚はなかったが雪を踏む音と明かりが近づいている感覚で進めていることは分かった。

(お願いだ。助けてくれ)

 願いながら扉に手を当てゆっくりと開けた。キィーッと音を立て扉は開き、家に入る。中の様子を確認すると数本の蝋燭の明かりが部屋全体を照らし暖かそうな暖炉が部屋の中央付近に配置されていた。

「誰も······いないのか?」

 聞こえないほどの声で小さく呟きゆっくりと家の中に入っていく。

「······ん?」

 視界に映ったのは暖炉の前で毛布にくるまり寝息を立てている少女だった。

「お母さんッ!?」

 近づくと少女は飛び上がるように立ち上がった。しかしシリスの方を向かなかった。目の前の暖炉に向かって手を前にし少女は母親を探すように前へと歩く。

「ごめん。お前の母親じゃない······助けてくれ」

「だ、大丈夫ですか。何処にいますか」

 少女はシリスの方を一向に向こうとはしない。しゃがんで手探りで探すようにし地面に落ちていた毛布を手に取った。

「何処って、お前の後ろだぞ」

「ご、ごめんね。私目が見えなくて」

「····そうか。こっちだ」

 シリスは少女に近づき毛布を受け取った。

「ひゃッ——大丈夫!? とっても冷たいよ」

「大丈夫······食べ物が欲しいぞ」

「たっ、食べ物だね。待ってて!!」

 少女は手探りで歩く場所を探しながら近くに置いてあった食べ物を取りぐったりとしたシリスにパンを渡した。

「寒いでしょ? これも飲んで!」

 視界には何も見えていないものの少女は手慣れた手つきでお湯を入れ嬉しそうな様子でシリスに手渡した。

「ありがとう······」

 久しぶりに手に触れた暖かい感覚。気づかないうちに頬には涙が伝わっていた。少女にそれが分かるはずもなく顔に笑みを浮かべたままシリスを暖めるように後ろからシリスに抱き付く。シリスの体温は徐々に上がっていき感じたことのないような暖かい感覚が心を満たしていった。

「私はルミラ。あなたのお名前は?」

「シリスだぞ。助かった」

 空腹は満たされ身体も温まった。もうこれ以上、この場所にいる必要はなかった。いいや、居ては駄目だった。

「ありがとう。もう行く」

「えっ、どうして。好きなだけ居ていいんだよシリス」

「ッ———ルミラは私のことを知らないのだ。私はとっても強い。私はとっても危ないのだぞ。ルミラに怪我させたくない」

「そんなはずないよ。心が暖かい人は手が冷たいってお母さんが言ってたもん」

「······それは間違ってる。ルミラの手はあったかい」

「ううん。シリスはぜーったい優しい。一緒にいて、お願い」

「本当にいいのか?」

「いいよ。私はいてほしい」

 ルミラは目を閉じたまま、だがシリスの顔を見つめていた。

(こんなやつ初めてだぞ。目が見えてないからか。もし見えていたら他のやつみたいに私を怖がるのか)

「ルミラが出ていってほしいならすぐに出ていく。いつでも言ってくれ」

「絶対に言わないよ。ずっと私とここにいて」

「······さっき、お母さんって。母親と父親は何処にいるのだ」

 それを聞いてルミラの顔は少し曇った。

「お父さんは······居ないんだ。お母さんは少し前に食べ物を取りに外に出てまだ帰ってきてないの」

「そうか。分かった」

 シリスは食べていたパンの半分をちぎり、ルミラの手を取るとそのパンを持たせた。

「えっ、わ、私はいらないよ。シリスが食べて」

 ルミラの身体は少し痩せ気味だった。それもそのはず、目が見えなければ食料を取りにも行けない。ルミラも同様お腹を空かせていることは明らかだった。

「吹雪が止んだら私が明日食べ物を取ってくる。待っているのだぞ」

「えっ、でも外は危ないよ」

「慣れているから大丈夫なのだ。ルミラは私の命の恩人だからな······だから····」

 喋っている最中、強烈な睡魔がシリスを襲い徐々に目が閉じてきた。
 疲労は限界まで溜まりいつの間にか泥のように眠っていたのだ。


 ***********************************


 ———そして翌日。

 久しぶりに暖かい毛布の中で目を覚まし暖炉からパチパチと音が聞こえていた。
 起き上がり辺りを見渡すとルミラの姿を見当たらない。

「ッ———」

 すぐ近くでルミラは眠っていたのだ。

「シリス······えへへぇ」

 安心したような寝顔のルミラを起こさないように毛布からゆっくりと出た。
 昨晩約束したように、食料を調達しにいくのだ。外を見ると幸い、吹雪は止んでいた。

(疲れが消えているぞ。これなら······)

 ここ最近溜まっていた疲労は驚くほどに消えていた。疲れと空腹で魔力をうまく扱えなかったが今では違う。外に出て魔法で作り出した風で移動しながら食べられる魔物や実を取りにいった。
 小一時間ほどで大量の食事を手に入れ再びルミラのいる家に戻った。

「ルミラ? 食べも······」

「しりす····うぅ······しりす····」

 扉を開けると床に座り目を瞑ったまま涙を流すルミラの姿が視界に入った。

「ルミラ····どうしたんだ?」

 驚き駆け寄るとルミラの顔には安心したように笑みが浮かんだ。

「シリスッ······何処に行ってたの。心配したよ。怪我してない?」

「大丈夫だぞ。たくさんうまい食べ物を取ってきた。昨日のお返しだ」

「えっ、大丈夫だったの?」

「うん」

 ルミラは笑顔でお礼を言いシリスに抱きついた。

(何だこの感覚は····)

 感じたことのない感覚だったが自然と笑みが溢れていた。お腹の減っていた二人はすぐさま料理を作り始める。時間はかかったものの同じくらいの背丈であるためルミラはシリスの肩を持ち協力しながら料理を作り終わった。
 そしてシリスは目の見えないルミラの口に食事を運んだ。

「おいしいッ!」

「本当?」

「うん! シリスも食べて」

「······うまい。今までで一番うまいぞ」

「うん。ありがとう」

 食べさせるたびにルミラの顔には笑みが浮かぶ。それが嬉しく今までで一番楽しい食事の時間だったのだ。
 ルミラの無邪気な笑顔がすぐに大好きになった。だが····

(多分ルミラの母親は······)

 ただ一つ、その現実だけがシリスを不安にさせていた。
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