ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第四十二話 戦場のモンド <挿絵あり>

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 モンドを纏う赤黒い魔力は海の色を変え辺りは近づけないほどの魔力濃度で埋め尽くされていた。

 普段のボーンネルでは見られない魔力を反映したような紅い空の色。
 しかしその異常さがちっぽけに思えるほどレウスの存在感は圧倒的だった。

「来たか、強き者達よ。待っていたぞ」

 重く響き渡るような声はその場にいた者達を威圧する。
 レウスの周りには誰もいない。故に空気を埋め尽くしていた膨大な魔力は全てレウスによるものだった。

(支配権がコイツに移っテル。今のモンド内の様子はボクとゼグトスにも分からナイ)

 今敵の魔力をモンドから消したとしても何が起こるのか分からない。中にいる全員に影響を及ぼしかねないのだ。だからまず支配権を奪い返さなければ意味がない。

「あなたは誰、今中はどうなってるの」

「我が名はレウス。この中か····貴様の想像通りだろうな。我はただ強者を求めここへ来た」

 レウスはシリスを一瞥し上を見上げた。

「嵐帝の支配は失敗したか。我が経験してきたどの戦場においても勝敗を左右するイレギュラーが存在した。そして全ての戦場でその存在を消してきた。今回はお前達がイレギュラーだ」

「全ての戦場でその存在を消してきた? 馬鹿かお前は。お前達のメカは昔、誰に滅ぼされたか知ってるのか」

 クレースは顔に余裕そうな表情を浮かべ煽るような目でレウスを見る。
 トキワとボルはその事実にハッとし顔を見合わせた。

(そういえば、よく考えれば分かったことだっタネ)

(俺より年下ってぜってぇ嘘じゃねえかよ)

(女の年齢を聞くな、戦いの前に殺すぞ。知っていいのはジンだけだ)

「······お前だったか。かつて大陸を切り離し、機械の島をつくったのは。ならばこの戦いは僥倖だ」

 かつて大陸と繋がっていた現在では機械の島と呼ばれる部分はたった一人の手によって切り離された。
 その全貌は大陸の誰もが知り得ない。まるで御伽噺のようなその話は単純でありながらも事実である。
 魔力を纏っていないたった一太刀が大陸を切り裂き地図を変えたのだ。

「おいおいクレース、それは僕も初耳だよ」

「今はどうでもいい。ここを取り戻すのが先決だ」

 レウスはジンとクレースの持っていた武器を見つめ、小さく笑った。

「開闢の意思が二つ。目的の物がここにもあったとはな······」

 レウスの強さに対する探究心は無限とも言える。 
 それが最強種の王たり得る理由の一つなのだ。
 女神が持ち出した交渉材料の一つである『開闢の意思』は今目の前に二つある。
 故にこの戦いはレウスにとっても意義があるものなのだ。

「お前ほどの奴が女神についた理由が分からないよ。僕たち祖龍の方が確実に強いんだけどな」

「我にとって、女神の粛清などどうでもいい。この世界を巻き込むほどの戦争。ただそんな戦争に対する動悸が聞いたこともないほどに美しかったからだ」

 レウスはモンドに手を向ける。
 手に凝縮された魔力は紅く光りモンドは呼応するようにして機械のような音を立て始めた。

「モンドが······」

 まるで現実離れしたような光景だった。
 普段の球形は徐々にその形を失い城のような形を成して巨大化する。
 モンドの全ては既にレウスのものへと化していた。

「だが約束を交わした。目的の者はこの中。
 ここならば幾度となく殺し生き返らせ、服従するまでそれを繰り返せばいい。便利なものを創り出したな」

 そのあまりにも残酷な言葉は冷たく言い放たれた。

「···········」

 奥底から熱く煮えたぎるようなこの感覚は初めてだ。
 エルダンの仲間達が殺された時は自責の念に追われた。
 
王になってからいいや今までずっと、怒りはできるだけ制御しようと決めている。

でも今は敵に対する怒りと同じくらい馬鹿な自分に対する怒りが込み上げている。

全員の安全を約束しなければならない、その立場のはずが私のせいで今こうなっている。

 王の資格?
 責任すら果たせない分際で何言ってるんだ。

 この戦いで誰も死なせない?
 私のせいで死ぬ。

 今やるべきことはなんだ。

 簡単だ、容赦なんてもの必要ない。

 倒すべき敵は明確だ。

「·····私と戦う、それでいいんだな?」



「ッ—————」

 その眼は開眼され怒りでリミッターは外れていた。
 重圧はボーンネルから最も離れた龍帝の支配地域まで及びレウスの圧倒的な存在感をかき消す。
 レウスの細胞はその本能に応えるように震えていた。

「何年ぶりだ······この高鳴りはッ——!!」

 レウスは敵などいない、圧倒的な存在であると自分をそう自負していた。
しかし最強種である機人族、それとは対照的である最弱とも呼べる人族の少女が自身と同等、いいやそれ以上の波動を放っているのだ。常人が浴びれば即死するようなその波動は人が放てるものとは到底言えなかった。
レウス本人がこの場に赴いたのはジンとクレースの二人ならば自分を楽しませてくれると考えたからである。

しかし、その考えは甘かった。

(期待通り? 我の期待など、遥かに超えてきた)

 この瞬間レウスは確信した、この者たち相手に力の温存など無意味。
 持ち得る戦力を全て投入する必要がある。

 衝撃波が大気を震わせ死が迫り来るような感覚が戦闘狂であるレウスをさらに昂らせた。


 しかしこんな状況の中、クレースは誇らしげに笑みを浮かべていた。

(自分を責めようともお前が王であることに変わりはない。お前が、私達の王であることには変わりない。好きに使え、お前の命令なら私達は全て受け入れよう。さあ···)

「ジン、命令を」

(使いこなさせ、怪物達を)

「············」

(今から全員に命令する。失敗は許さない)

「······」

 全員目を閉じその命令を聞くために深く集中する。

「フゥ······」

 もう······この命令は最初で最後にしよう。

(躊躇うな。敵は全員殺せ、生き返っても死ぬまで殺せ。仲間の死は一人も許さない。全員生きてここを取り戻せ)

(———了解)

 怪物達の心に生み出されたのは怒りを越えた喜び。
 武者振るいと共にジンからの勅令を心に刻み込んだ。
 怒りでジンの理性は飛んでいた。だがそれでも目的は明確であった。

「戦いにここまで胸が高鳴るのは初めてだ。
 待っているぞ。我の元まで本気で来い」

 その時、海に浮かぶモンドへと道が繋がった。
 レウスの姿は消え去りその魔力はモンドの中に向かった。
 しかしこれから進む先はモンドではなく戦場である。
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