ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
192 / 240
英雄奪還編 後編

七章 第四十一話 失われた平和

しおりを挟む
 
 ジンがシリスの精神世界に入った後、暫くすると天界は大混乱に陥っていた。
 襲撃に遭ったわけではなく天界に一切の危害は加えられていない。
 ただ、激しい殺気を纏った四つの攻撃的意思が天界にいた者達に向けられていたのだ。

 クレース、トキワ、ボル、そしてゼステナの四人はその膨大な魔力を隠すことなく開放していた。
 近くにいた下級の天使達は張り詰めた空気の息苦しさと禍々しいオーラを避けるようにその場から離れ、上級以上の天使がその場で布陣を敷いているという状況。

 そんな緊迫した中でゼグトスはクレースからの説教を食らっていた。

「わ、私はジン様の御命令に従いお連れした次第です。一緒に行くかと聞かれつい興奮し····」

「お前の言い訳は聞いてない。本当に帰ってくるんだろうな?」

「ええ、もちろんですとも。ジン様ですから」

「申し訳ございませんクレースさん。私が向かうつもりだったのですが力不足でして····ジン様がお一人で入られたのです」

 シリスは現在暴風に囲まれたままその場に立っていた。シリスの精神世界に入ろうにも強引な手を使えば中にいる者に影響を及ぼす可能性がある。故に何もできないという状況。ルドラとゾラの二人が共に姿を現し天使達を牽制していたため動きはなかった。

 しばらく膠着状態が続いていたその時だった。
 説教を受けていたゼグトスはニヤリと笑いシリスの方を見つめる。

「クレースさん。我らが王のご帰還ですよ」

 その声とともに、吹き荒れていた暴風は突如として止む。
 シリスの身体は真っ白な光に包まれ、その中から三人の姿が現れた。

「よかった、帰ってキタ。でももう一人ダレ?」

 ボルは安心しほっと息を吐く。しかし同時にジンとシリスと共に現れた者に目を向けた。

「シリス様ッ——」

 ベージュの目に映ったシリスは無邪気な笑みを浮かべジンと手を繋ぐいつものシリスだった。
 安心し二人を見つめる一行とは対照的にエールローズは怒気を孕んだ顔で二人を睨みつけ距離を取った。
 そしてすぐさまエールローズの周りを守るように特級の天使が位置につく。

「おッ——」

「ちょッ—待っクレース」

 天使達が構えた瞬間、クレースは二人を抱き寄せすぐさまその場から離れた。

「待ちなさいッ······下界の民。ここまでしておいて生きて帰れるとは思わないことね」

 シリスの精神を支配することだけに全力を注いでいたエールローズにとって事態は最悪だった。

 嵐帝の支配に失敗し、費やした時間は全て無駄となった。結果として何一つ果たせなかった今、エールローズにとっての最優先事項はこの場にいる全ての者を消し去るということである。

 クレースはエールローズの怒りを無視しベージュにシリスを預けた。

「シリス様ッ——ご無事で!?」

「大丈夫なのだ! もしかして心配かけたか?」

「もしかしてって····どれだけ心配したか」

「心配いらないぞ! そういえば、私一人に負けるとはお前達ぃ~まだまだだな!!」

「······シリス様、もしかして私達と戦っていた時意識があったんですか?」

 感づかれベージュの冷たい目がシリスを見つめた。

「そそそそそ、そんなわけないぞ。最初の方はなんとな~く、なんとな~く見えてたけど途中でほっとんど乗っ取られたのだ!」

「ジぃ———」

「そ、そんな目で見るな。悪かった、悪かったのだ! 戻ってきたからッ——」

 言い終わる前にベージュは強く抱きしめた、今までで一番強く。
 そして安心したような目には涙が浮かんでいた。

「く、苦しいぞ」

「私がそばにいながら、辛い思いをさせてしまいました。生きていらっしゃるだけで私は結構です。その代わり、後で私と一緒に皆へ謝りにいきましょうね」

「分かったのだ!!」

「ジン、どこも怪我してないか?」

「うん。勝手に行ってごめんなさい。私は何ともないよ」

「ほんと安心したぁ。君に何かあったら僕耐えられないよ」

 一日くらいとは思ってたけどしっかりと言うべきだったかもしれない。それでもシリスを取り戻せたから結果的にはよかった。周りにはいつの間にかすごいいっぱい人がいるけど四人が来てたなら納得だ。来ていた四人とも抑えることなくその膨大な力を全開している。

「随分と余裕そうだな。このまま帰れると思ってッ——」

「みんな帰ろ。シリスを助けられたらすぐ帰るってロードと約束してるんだあ」

「よっしゃ、なら帰るか。まだ飯の途中だったからな」

「よしッ! なら私もジンのところに行くぞ!!」

「ベージュ様、先程私と約束しましたよね? まずは我が国のッ——」

「だぁあああ! 分かったぞ!! 色々終わったら絶対に行く!」

「貴様ら······」

 エールローズの怒りは限界を越え、周囲の天使達も臨戦態勢を取った。

「ゼグトス転移魔法できる?」

「ええ······ん?」

 その時、ゼグトスとボルの顔が見るからに曇った。
 二人で同時に顔を合わせ眉をひそめる。

「二人ともどうしたの?」

「まズイ······モンドに敵が侵入シタ」

「えっ——」

「······モンド内への転移魔法が····」

 初めて見るゼグトスの焦った顔。ただごとではない、その場にいた者達の背筋は凍りついた。

「駄目だ、モンドにいる誰とも魔力波が繋がらねえ」

「クフフ·····ハハハハ!! 始まった。お前達の国が標的だったというわけね」

「始まったって····何が」

「何が? 決まっている。機人族による集中砲火。私達女神から見ても正真正銘の化け物達による国潰しよ。果たして生き残れるかしら」

「ッ——」

(みんな聞イテ。ボクが持ってたモンドの支配権が誰かに強奪サレタ)

(強奪!? それって····)

(ウン。ウィルモンドと同じように普通ならモンドの中で死んでも慢性的な死因でなければボクの権限で生き返レル。でも今はチガウ。今モンド内で死ぬと即死スル)

「待てジンッ——」

 ——最悪だ。
 完全にしてやられた。
 今の時間モンドの中には全員いる。
 中に入って暴れられたらモンド内が火の海に。
 私の勝手な行動のせいでみんなが。

 しかし急降下するジンの前にエールローズが立ちはだかった。

「フンッ———行かせるか」

「——退いて」

「調子に乗るなよッ——」

禁断ロード・オブ・ヴァンッ——」

「———!?」

(魔法が····消えた!?)

 エールローズ自身、何をされたのかが分からなかった。
 ただ手に込めていた魔力は消失し微塵も残っていない。脱力感とともに魔力が使用できなくなっている。
 隣をジンの身体が通過し次の瞬間、強風と音が遅れてやってきた。

「待ちなさいッ——下界の民!!!」

 まるで赤子のように扱われたエールローズは柳眉を逆立てジンを追尾する。
 だが女神の持つ翼であっても何故か追いつくことができない。間違いなく全力で飛翔していた。しかし視界に映るジンは小さくなっていき更に加速していった。

(どうなっている。人族の分際でッ······これ以上加速するだと!?)

「ッ———なんだ」

 そして今度は視界に黒雷が入った。
 同時に現れた存在の圧に思わず気圧される。
 金縛りにあったように身体が痺れ女神でありながら畏怖すら抱いた。

「——雷震流、黒雷の轍コクライノワダチ

「グハッ——!!」

 数万年ぶりに味わった痛み。
 身体中に激痛が走った後、硬直し焼けるような感覚に襲われる。
 一分の隙も与えずゼグトスはその場に止まったエールローズの足元に転移魔法陣を発動し天界へと転移させた。

(全員誰にもバレないよう私についてきて)

(了解ッ——)

 トキワは一瞬のうちに深い霧を発生させる、それも天界全体を埋め尽くすほどの広範囲で。
 天使達の視界は霧に包まれる中、ジンの声に先導された者達は霧を抜け高速で急降下する。

「ベージュ、今はジンを助けるぞ」

「分かりました。僅かながらの恩返しです」

 天使の撹乱に成功し全員すぐさまモンドへと辿り着く。

「ッ———」

 だが全員の視界に映ったモンドは普段とは明らかに違った。
 海に半分沈み背景色と同化していたモンドは今、赤黒い魔力を纏い完全にその姿が露わになっていた。

「これは····本気で落としに来てやがる」

「ここまで近づいても支配権が戻らナイ······完全に乗っ取られテル」

「まあ····割と強いガラクタがいるな」

 クレースの視線の先にはただひとり”その者”がいた。
 "その者"は単体で静かに近づいてくる。
 内に秘めた力を制御していたがモンドを纏う魔力の主は明らかにこの者である。

 最強種と呼ばれる機人族。その頂点に君臨する王の名はレウスと言う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...