ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
191 / 240
英雄奪還編 後編

七章 第四十話 忘れないことを忘れない

しおりを挟む
 
 何もない空間で、その記憶は訴えかけるように全てを見せた。

 いつも子どものように無邪気な笑みを浮かべていたシリスからは想像もできないほどの辛い過去だった。多分シリスの中で一番印象に残っている記憶なんだ。その記憶は途中でプツンッと消えてどこを進んでいるのか分からないほどの真っ暗な空間が広がった。しばらく歩いたが何も見当たらず方向感覚がなくなってしまった。

「シリス!! どこにいるの!」

呼びかけても返答はない。
声も反響しないので空間はずっと広がっているようだった。

(ロード、何か感じる?)

(うん。このまま先に進めば大丈夫)

 今頼れるのはロードしかいない。前に進んでいる感覚がないのだ。

(·····何か聞こえない?)

(うん)

ロードに言われた方向に進んでいくと誰かが泣いているような声が聞こえてきた。
見ると真っ暗な空間に誰かが小さく丸まっていた。後ろ姿でも誰なのか分かる。

「おはよう、シリス」

「······ジン?」

振り返ったその目には大粒の涙が溢れていた。

「そうだよ。それで····勝手に見てごめん、シリスの記憶」

いつもの無邪気な様子とは違い潤んだ目のシリスの背中を撫でるとゆっくりと時間をかけて落ち着いていった。

「いいんだぞ。驚いたか? ジンと顔が瓜二つだっただろ」

「······うん」

 シリスは立ち上がりこっちを見た。
 いつもは妹みたいで人懐っこいシリスに話しかけるのを躊躇うことなどない。
 でも今は違った。この状況で何を言わなければならないのか分からない。

「シリス·····その、私と一緒に行こう?」

 手を握ると強く握り返された。だけれどシリスはその場から動こうとしない。

「シリス、私と行くのは····嫌?」

「嫌じゃないッ——絶対に」

 シリスは手を離し抱きついた。あたたかい体温が伝わり抱き締める力は何かを訴えかけるように強くなった。

「····お前は覚えていないと思うけど、言わせてくれ」

「———?」

 シリスは必死に歯を食いしばった。
 言いたい、言わなけれならない言葉はすぐそこまで来ていた。

 ジンの体温を確かめ目を瞑り親友の顔を頭に浮かべる。
 そしてゆっくりと口を開いた。


「お前と会うまで、私はずっと独りだった。
 私のことを怖がって、誰も話してくれない。
 生きるのが大変だった、こんな世界大嫌いだった。

 だからお前に初めて会えた時、私はとっても驚いたぞ。
 顔も見えない私にお前は一つしかないパンをくれてお湯を入れてくれた。
 初めて優しくされて、とっても嬉しかった。
 お前に出会ってから笑えるようになった。

 一緒に暮らしていたとき、お前としたことは全部覚えている。

 暖炉の前であたたまるお前の横顔が大好きだった。
 いつも浮かべるお前の笑顔も大好きだった。 

 服の裾を掴んでついてくるお前が可愛かった。
 雪の上で無邪気にはしゃぐお前も可愛かった。

 お風呂で頬擦りをしてくるお前が愛おしかった。
 一晩中抱きついてくるお前も愛おしかった。

 誰よりも生きているのが楽しそうだった。
 だから私も生きることが楽しくなった。

 お前が生き甲斐でお前以外何も要らなかった。
 だから、足の動かなくなったお前を見て胸が張り裂けそうだった。
 だから、日に日に弱っていくお前を見ることが耐えられなかった。
 ············もっと生きててほしかった。

 最後にお前と約束したぞ。
 だからずっとお前を忘れなかった。
 それで、生まれ変わったお前に逢いに行った。

  逢えた瞬間飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しかった。
 生まれ変わったお前の笑顔も声も仕草も、全部すぐ大好きになった。
 今も昔もお前のことが大好きだぞ·····ジン」

 シリスはしばらくジンを抱きしめ続けた。
 ずっとこの時間が続いてほしい、そう思いながら。

「よし····待たせたな! 行くか!!」

 そしていつものように子どものような無邪気な笑顔を浮かべた。

「うん!」

 その瞬間、真っ暗な空間はシリスを中心に消え去っていった。
 晴れやかな青い青い空、そして辺り一面には草原が広がっていた。

「待ちなさいッ——」

 二人が歩き出そうとした時、何者かが二人を呼び止めた。

 女神、エールローズ。シリスに憑命していたエールローズにとってこの状況は想定外かつ最悪だった。
 完全に支配を終える直前、シリスにかき消されたのだ。

「おい人間、どうやってここへ入ってきた」

「えっ、どうやってって言われても····」

 シリスの方に真っ直ぐ歩いていくといつの間にかここに入れていた。多分ゼグトスがここへ続く道を開けてくれたんだと思う。

「······ん? ここってシリスの精神世界だからあの人追い出せたりできるんじゃないの?」

「う~ん····確かに!!」

「無駄だ。今この私を無理矢理追い出せばお前の精神は崩壊する。それが嫌ならば私の支配を受け入れッ——ッ!!?」

 その時、エールローズの視界には無数の暴風が広がっていた。
 今いる精神世界、その主であるシリスはこの場において文字通り自由である。
 魔力の制限もなければダメージすら受け付けない。だがそれでも完全無欠な状態ではない。

「どうやら私の言葉の意味を理解していないようだな。今であってもお前の精神の半分近くは私が支配している。私を傷つければ崩壊するのはお前の自我であるぞ」

「ハハハハッ——!! 私の精神は今無敵なのだ!!」

 しかし今のシリスにそれは関係ない。シリスの自我は時間を追うごとに強まりエールローズを圧迫していた。
 この状況においてエールローズがシリスに干渉する手段は一つとして存在しないのだ。

(コイツッ——精神世界から無理矢理私をッ——)

 精神の半分近くを支配しているエールローズを傷つければ、自身の自我に影響が出る。ならばその半分近くの自我を無理矢理に奪い返せば良いのだ。単純かつ強引なやり方だが最適な手段だった。

「ハハハハッ——!! 消えてしまえ———!!」

「グゥっ——」

 空間全体にシリスの覇気は波及していきエールローズは存在を保つことに全ての力を注いだ。
 そして必然的にエールローズはこの空間で持ち得る支配権を全て奪われる。

「行くぞ! ジン!!」

「うん!」

(——今度は離さないぞ)

シリスはその手を強く握りしめる。
そして二人は眩い光に照らされ前へと進んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...