196 / 240
英雄奪還編 後編
七章 第四十五話 剛人の仇敵
しおりを挟む現れたクレースはモルガンとバルクを一瞥しすぐにレイの方を向く。二人に対する警戒心など微塵もない。クレースにとっては二人でさえ取るに足らない存在だった。
そして同時にモルガンの脳内に埋め込まれているチップはボルと初めて向かい合った時と同様、異常なほどの警告音を鳴らしていた。
「クレース、ジンと一緒じゃないのか」
「ジンのことは心配しなくていい」
レイにとってクレースの様子はいつもとは少し違っていた。
戦争の真っ只中でクレースがジンから離れることは想像できなかったのだ。
「だ、だがさっきの命令は本当にジンの言ったことか。本当に大丈夫なんだろうな」
「あの子の命令だ。これ以上言うことはあるか」
「····そうか。失言だった、取り消す」
「お、おいクレース。お主神様なのか!!?」
「カミサマ!!」
閻魁とブレンドは目を輝かせクレースを見つめる。
だがクレースはジトっとした目で二人を睨み呆れたような顔で溜め息を吐いた。
「知るか。インフォルお前だな? 適当なこと言うな。二頭身にするぞチビ」
「二頭ッ——じょ、冗談はあかんでクレースはん······な? せやろ?」
インフォルは後退りしながら地中に潜り込み頭を少し出した。
一頭身になったインフォルを見下げモルガンは余裕そうな笑みを浮かべる。
「そこの魔物、同族は半分も残っていないと言ったな。残念だが今の我らが死ぬことはない。この世界で我らは幾度となく蘇る。どうやら勘違いを····」
そう言いかけた時、モルガンとバルクの視界に黒い玉が現れた。
クレースの隣に現れたその玉は黒雷を纏い直径はおよそ1メートル程。
クレーはその玉を手に取るように扱い何かを解除する。
「あぁああア”ア”ア”ア”ッ!!」
その瞬間、突如として黒い玉からは悲鳴が鳴り響いた。
こもるような声から察するに玉の中には何者かがいるのが明らかであった。
「モンドの中で死ねばお前達は勝手に蘇るんだな。私にとっては好都合だ」
端正な顔に浮かぶ畏怖を感じさせるような笑み。
クレースの発言の意図を理解する前に響いていた悲鳴は突然プツっと消えた。
そして僅かな間を空けて消えた悲鳴は再び鳴り響いた。
「貴様······」
悲鳴が鳴り響き、止まり、再び鳴り響く。それが繰り返されていた。
「お前達の仲間は中にいる。雷に焼き焦がされ死ぬ度に蘇る。私はただ普通に殺すつもりだったのだが、支配権を奪った奴が想像以上に馬鹿だったな」
残虐な殺し方は嬉々とした笑みを浮かべるクレースの隣で行われている。
それを見て味方であるレイ達でさえ引いていた。
モンドに現れた敵の半数近くはクレースの黒い玉に封じ込められていた。各所から生死を繰り返す者の悲鳴が聞こえないのはその全てをロストの範囲内に内包し音を遮断しているためである。
「調子に乗るなよ獣人。我らが主を侮辱することは万死に値する······ここで我らがお前を消す」
「お前達、丁度いい特訓になるだろ。四体二だ。こいつらは任せたぞ」
モルガンの言葉を無視しクレースはレイ達の方を振り返りそう言った。
ブレンドは両手にグーサインを作り笑みを浮かべる。
「任せられたぜ」
「クハハハ!! まあ我一人でも余裕だが特訓なら仕方あるまい」
「図に乗るなよ雑魚どもッ——」
モルガンとバルク共に深い集中の中、臨戦態勢へと戻っていた。
バルクは地面を静かに踏み込み、音もなくクレースへと急接近する。
「—————」
だが突然バルク動きを止める。
(斬られた····)
振り返ったクレースの瞳を見た瞬間、バルクは青褪めすぐさま首に手を当てた。
止まる直前、頭の中へと訴えかけるように聞こえたのは斬撃の余韻。
まるで未来を予期したかのように見えたのは地面に転がる自身の生首だった。
「お前達の主は、この世で唯一私の上に立つ存在を激怒させた。だが感謝しておこう。あの子の怒った顔を見せてくれてありがとな」
「··········」
「クレース。我達はここにおるがお主は何処へ行く」
閻魁の言葉にクレースは妖艶な笑みを浮かべ威雷に手を当てた。
「今まで殺しは自制していたがもうその必要はない。私は一人で行く。支配権がこちらに戻らないと、そこのガラクタの言う通り敵は殺しても蘇る。命令通り生き返ればその分殺せ」
「クレース殿、その殺し方は流石に····」
「何言ってる。一度死んだくらいで済ませるわけない。生き返ることに恐怖を覚える程、徹底的に殺し尽くせ。この場所を攻め込んだことを後悔させろ。そして戦いが終わった時、屍の上に立っておけ」
クレースはそう言い残すと音もなく消え去った。
************************************
レイ達のいる場所とは少し離れた場所。その場にいたのはエルダンを筆頭とした剛人族である。
クレースの手により敵の多くが完封されたと言えど敵は多い。しかし淘汰され強者が残ったこの戦場で剛人族は誰一人かけることなく耐えられていた。それはエルダン達もまた進化しているからである。
「お前達! ジン様の御命令通りだ。一切躊躇う必要はない。その力で敵を破壊し尽くせ!!」
エルダンの声が響き渡り統制の取れた剛人族の集団が広がっていく。
天使だけでなくメカもその場にいたもののエルダン達の前では烏合の衆と化す。
「剛轟ッ——」
剛人族特有である身体の特質変化。
灰色の肌は光沢を帯びて黒く変化し制圧されていたその場の空気感は一瞬にして変わった。
今となってはエルダンだけでなく全員が剛轟を使用することができるのだ。
(空間が歪んで敵には迂闊に近づけんな。あの機械のせいか····)
しかしエルダンの予想通りメカはその場の空間に干渉しテリトリーを広げていた。加えて辺りには逃げ遅れ身動きを取れなくなっている者も多くいる。故に個々の力が強いとしても迂闊に手を出すことはできない。
敵もそれを理解し陣形を修正し始めていた———だが。
「············」
「エルダンさん?」
エルダンは突然足を止めその場に突っ立った。
戦場の真っ只中、目の前に数多くの敵が存在するこの状況で剛人族の視線はエルダンに向かった。
「あぁ·····」
エルダンの頭の中ではジンの命令が繰り返されていた。
(殺傷は好まないが、今は殺しても構わない。この時をずっと待っていた、待ち焦がれていた)
エルダンの視線の先、瞳に映るのはただ一人。
それが誰なのか知っていた。脳裏に焼きついたその顔を思い出す度にドス黒い怒りが込み上げてくる。
忘れた瞬間など今までで一度もない。目の前で同胞を殺され、復讐を誓ったその仇敵。
歯はギリギリと音を立て岩のような拳は溢れ出るほどの怒りを内包する。
忘れることもない見下すような憎らしい顔。
「ダロットォオオオオッ———!!!!」
周りの状況など考えるに足らない。
剛轟により超強化された脚力は地面を抉り瞬く間に標的へと距離を詰めた。
握り締められた拳をダロットはいなし飛翔する。
「久しぶりだなぁ。そう怒るなよぉ。俺がお前の仲間を殺したのは随分と前のことじゃねえかぁ」
嘲笑うような顔で言い放たれた言葉にエルダンだけでなく周りにいた者達も激昂する。
「俺はなぁ、天生体になってんだよ。もう下民のテメェらとは格が違う。復讐したくてもお前はもう俺に勝てやしねぇ、哀れだなぁ」
天生体となったダロットの戦闘力は以前とは比にならないレベルだった。
天使から自我を奪い取り得た力を合わせればエルダン単体の力を遥かに凌ぐのだ。
(全員、他の敵は任せたぞ。仇は俺が取る)
(了解ッ——)
戦闘力の差など関係ない。エルダンの煮えたぎるような怒りはダロットへの復讐心を燃やしていた。
「フゥ」
(死ぬつもりなど全く無い。我が王への恩義は生涯をかけて尽くそう。だが今は、今だけは身体がどうなろうとも構わない。死んでいった仲間の仇が今目の前にいる。ならば今ここで····)
「俺の全てをかけよう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる