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英雄奪還編 後編
七章 第五十二話 告白
しおりを挟むモンド内での戦闘が激しさを増すと同時に各空間では山のような数の怪我人が出ていた。癒す者の一部隊では到底手に負えない怪我人に追い討ちをかけるようにして敵は無尽蔵に湧く。だが戦況としては女神側が劣勢であった。
「随分と弱くなりましたね。旧型だったかしら」
「祖龍を見くびりすぎだね。昔の君達の方が強かったよ」
クリュスとゼステナの二人はギルメスド王国で剣帝達を圧倒していたオベーラとペルシャに勝利していた。戦闘時間は僅か五分。新型の二人であってもクリュスとゼステナの前では赤子同然であった。得意とする空間への干渉も魔力の質で上回られ、近接戦闘でも大きな差が存在したのだ。
「よしクリュス姉、まだ敵もいることだしこいつらを拘束して行こ」
「ええ」
「······フフフ」
しかしその時、オベーラとペルシャは何かを確信し笑みを浮かべた。
「おやおや、今になっておかしくなりましたか······ッ!?」
「油断しすぎだ祖龍」
「ッ—————」
突然聞こえた声にクリュスとゼステナの背筋は凍りついた。
クリュスは確かに視認する。
オベーラとペルシャは笑みを浮かべ誰かのことを見つめていた。
「ゼス····テナ?」
突然、隣にいたゼステナが地面に倒れ伏した。このようなことは今まで一度もない。クリュスの頭は一瞬真っ白になり倒れて動かなくなった妹をただ見ていた。
「ゼステナ!!」
血は流れていない。だがこの状況、敵の攻撃であることは明らかだった。オベーラとペルシャだけでなくもう一人現れていたからだ。そして同時にクリュスは確信する。クリュスから見ても圧倒的な存在感。
「祖龍もこの程度か」
「レウス様」
(今のは早いなどという次元ではない。見えなかった。いつの間にかゼステナが倒れていた)
「貴様っ······」
「オベーラ、ペルシャ、お前達は下がれ。ここはよい」
「ハハッ——」
二人は立ち上がりクリュスを背にその場を後にした。しかしクリュスは二人を止めることができない。目の前にいるレウスの存在感が異常であった。
「は····ははは。こんな一方的にやられたのは久しぶりだな」
「ほう、回復が早いな」
(ゼステナ、何が起こったか分かる?)
(····多分時間を停止している間にやられた。普通なら時間停止しても僕らは動けるはずだ。だけど次元が違う。全く動けなかった)
(なるほど。防御なしで一撃を喰らったわけね)
「お前はジンと戦うはずなんだけど、もしかしてあの子が怖くて逃げてきたのか?」
「お前達の主が殺されたとは考えないのか」
「····フフフ」
「あり得ないね。まずお前如きが倒せると思ってるのが面白いよ」
「笑止。人も龍もそして神も我は倒せぬ」
「·······はぁ。まあ時間稼ぎにでもなればいいか」
「フフフ、そうね」
************************************
ヒュード族はガルミューラの指示の元、住民の救出を行っていた。ほとんどのものが傷だらけとなり回復が追いついていない状況。ガルミューラは部下達を交代制で休ませつつ現れた敵を倒していた。
「ミル、スタンク、ドルトン。お前達は下がっていろ」
「どうしたの? お姉ちゃん。私達はまだ動けるよ」
「お姉ちゃんのお願いだ。スタンク、ドルトン頼んだぞ」
「は、はいっす。行こうぜミル」
「ええ行きましょう」
「う、うん」
ヒュード族の部下全員を後退させた後、ガルミューラは足音を立てながら今いる部屋の奥へと進んでいった。
ガルミューラだけは気付いていたのだ、敵の接近を。
「あらあら、あの状況でまだ生きていたんてね。しぶとい女」
何もない場所から静かに女は出現する。
現れたリューリアはまるでガルミューラの出現を意図しているかのようだった。
「残念ね、あれだけ言ってた色男は今日もいない。あの男にあなたの死体を見せるとどんな顔をするでしょうね」
「あいにく主には負けるなと言われている。それに····」
「それに?」
ゆっくりと近づくリューリアを前にガルミューラは水麗を収めた。
「———ガハッ」
リューリアは激しい衝撃とともに地面に叩きつけられた。
自然治癒力を上回る一撃。痛みだけで身体中が震え始めた。
「今度は間に合ったな」
「······クソがっ——」
リューリアは痛みを耐えて立ち上がり自身に回復魔法をかけた。トキワからのダメージは一瞬で消え去りリューリアの警戒は全てトキワに向けられる。
「別に····来なくても勝てた」
「お前がどう思ってようが俺はここに来たぜ」
「······私の前でいちゃつくのはやめてほしいわね。それと一つだけ教えておいてあげる。あなたたち二人は既に私の手中よ」
「トキワ、あの女は魔法で幻を見せてくる。だからお前の見ている私も幻かもしれない。何か打開策はあるか」
トキワは周りの様子をゆっくりと見渡しニヤリと笑った。
そして真っ直ぐガルミューラを見つめる。
恥ずかしげもない真っ直ぐな瞳にガルミューラの頬は赤くなりその瞳から目を逸らした。
「ど、どうした急に」
「いいや、幻····幻ね。そうだな。もしあいつの魔法で俺たちが幻覚を見た時じゃ遅えよな。その前に俺が俺の言葉で伝えられる時にお前に言いたいことがある」
「な、なんだ。戦闘のことなら魔力波で····」
「俺と結婚してくれ」
その言葉にガルミューラの中で時が止まった。
たった数文字の言葉を理解するまでに時間がかかり意味を理解した瞬間腰が抜けた。
「えっ」
ガルミューラが答える前にトキワとリューリアは動き出していた。
「いくらあなたが強くても『幻想』の加護の前では無意味よッ!」
リューリアは持ち得る全魔力を開放し二人へ攻撃を開始し同時にトキワも動き出した。
そしてガルミューラは走り出したトキワの姿を、横顔を見つめていた。
(······その横顔だ。お前の横顔を見ていると抱いていた不安が全て消えていく。
絶対に大丈夫だという安心感を与えてくれる。
今も顔に浮かべている戦いを楽しむような笑み)
「幻の波!!!」
幻の波———その大波に触れれば一瞬で深い幻覚作用に見舞われる。『幻想』の加護を持つリューリアが使用可能な最大の範囲魔法。三人のいた空間は大波に包まれる中、トキワは真っ直ぐ大波に向かっていた。
「全てを燃やす炎ッ———」
「はぁアア!?」
出現したはずの大波は二人に一切の干渉を与えることなく蒸発し消え去った。
だが戦闘中に驚いている余裕などない。トキワを相手にしていれば尚更だった。
「下界の民が······調子に乗るなぁあアアアア!!」
リューリアは加護の持つ魔力を開放しその魔力は塊となって三人の頭上に上昇する。
そして魔力の塊は巨大な雲を形つくり辺りを埋め尽くした。
「幻の雨」
幻の雨は一見すればただの雨に変わりはない。だが正体は幻覚作用を引き起こす雨である。生成された雨雲はすぐさま魔法の込められた雨を作り出し二人の頭上から降り注がれる。
(どうしてだろう。敵の攻撃が迫っているのに安心している自分がいる)
「バブル。炎楼」
互いにトキワ固有の魔法。常人には発動不可能なほど高度な魔法は同時に発動されていた。炎で生み出された楼閣によりガルミューラを守ると同時にバブルによる確率操作で幻の雨が当たる確率をゼロにする。そして幻の雨の中、平然とリューリアまでの距離を詰めた。
(ありえないでしょッ! 人間の分際で、どうして当たっていない!?)
「グハッ——!!」
すぐさま懐に入られた瞬間打撃を受けリューリアの身体中に痛みが駆け巡る。咄嗟に身体中を覆うようにして防御結界を張ると『炎』による連打が始まり結界は容易に消え去った。攻撃速度と防御速度の差は歴然だったのだ。
「ガルミューラがお前にされた痛みはまだ足りねえよ」
続け様に攻撃を仕掛けるトキワは空を飛んでいた。地面ではなく空中を蹴り上げ自由自在に移動する。攻撃をやめリューリアはひたすらに逃げていた。
(はぁはぁはぁ·····逃げている。この私が。大天使である私が、人間如きに恐怖を抱いている?)
頭の中では無数の攻撃手段が浮かんでいた。しかしその全てで反撃を喰らい致命傷を受ける未来が見えていた。故に攻撃の一切を諦め逃げ切ることだけに集中していたのだ。
(ふ····フフフ)
だがこの状況でただ一つ、リューリアの取れる最適の選択肢が存在した。炎楼の中にいるガルミューラを視界に入れリューリアは軌道を変更する。
「お前達のような存在には必ず欠陥が存在するッ!」
炎楼の根元へリューリアの魔力弾が被弾するが炎楼は欠損した部分を炎で覆うようにしてすぐさま修復した。
「小賢しいッ——!!」
それまで素手で戦っていたリューリアは『シーラ』を出現させその剣先をガルミューラに向ける。
トキワの警戒が僅かに逸れる瞬間までシーラを温存していたのだ。
空中で投げたシーラは不規則な軌道を描きガルミューラへと飛来する。
「······一体何者よッ! あなた!!」
だがシーラはトキワに片手で受け止められ勢いを殺された。
更に混乱するリューリアの頭の中にシーラの声が響き渡る。
(リューリアさんッ——助けて、この男!!)
「シーラッ······」
鋼鉄の剣はトキワの手により最も簡単に握りつぶされリューリアの目の前で砕け散った。断末魔のようなシーラの声と共に剣は粉々になったのだ。
「ふっ、フフフ。フハハハハ! 武器を壊して勝ったつもりなのかしら」
「······トキワ!!」
だがリューリアにとってシーラの犠牲は想定内だった。
「ブハッ——」
リューリアの手はトキワのみぞおちを貫き致命傷を与えていた。
状況が呑み込めずに固まるガルミューラを横目に腕を引き抜き力なく倒れ込んだトキワを踏みつけた。
「言ったでしょう、あなたたち二人は既に私の手中よ」
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