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英雄奪還編 後編
七章 第六十一話 二度目の意思
しおりを挟むジンとレウスの戦闘が始まり暫く後。そこは天界における絶対不可侵の領域。女神及び天使数名しかいないその場所は数年ぶりの驚きと歓喜に満ち溢れていた。呪いを宿していた女神エメスティアは久方ぶりに魔力を行使する。それは身体から呪いが完全に消え去ったことを意味していた。
「エメスティア様····ご無事で何よりです。もうお身体は大丈夫なのでしょうか」
「ええ、迷惑をかけましたねアクア·····ですが何故突然呪いが消えたのでしょう。前兆もなければ魔法を受けた覚えもありません。あれほど強力な呪いが消えるとすれば····第三者に呪いが移ったとしか考えられないのです。アクア、あなたは何か知っていますか?」
「申し訳ありません。私にも何が起こったのか全く理解できず驚いております。ですが、本当に安心いたしました。これでエメスティア様が苦しまれることはもう·····」
「いいえ、まだ喜ぶものではありません。元はと言えばこの呪いは女神が請け負うもの。もし地上の住むどなたかに呪いが渡っているのであれば私にはその方を助ける義務があります」
「で、ですが·····」
「それにもしパールに呪いが宿っているのならば助けに行くのは親として当たり前の行為。あの呪いで苦しむものは私だけで十分です」
「お待ちください。現在進行中の粛清はエメスティア様を助けるためのもの。ひとまずは私が伝えてまいります。少しの間この場でお休みになってください」
「······そうでしたね。冷静さを欠いていました」
エメスティアが自室に戻るのを確認しアクアが地上へ向かおうとしたその時。一人の天使がアクアの前にひざまづいた。
「アクア様、ご報告が」
「どうした。急ぎの連絡か」
「はい。アウロラ様により全軍の退却命令が出されました。加えてエメスティア様の状態を報告するようにと」
「·····そうか。エメスティア様はご無事だ。魔力の行使も可能な状態になっておられる。それで、退却命令が下りた理由はなんだ」
「人族に呪いを受け継ぐ者が現れたとのことです」
「人族に······分かった。戻って報告しなさい」
「ハッ——」
(呪いを人族が受け継いだ。エメスティア様の御様子から察するに呪いは既に移行しきっているが完全な侵食まではまだかかると考えられる。しかし現時点での呪力を考えれば人族の命など持って数時間。退却命令ということはそれを承知の上なのか。それにいつエメスティア様から呪いが移行したのか。直近では私や天使以外誰も接触していないはず)
アクアは湧き上がる数々の問題に疑問を持ちながらもエメスティアに退却命令が下りたことのみを伝え呪いの行方については一切言及しなかった。
*********************************
接近戦が始まりロードとの会話が取れなくなった。ロードの準備が終わるまでは剣と魔法を使用しながら時間を稼がなければならない。私の魔法と剣では隙のない相手に決定打を叩き込むことは危険だ。魔法を禁止させているのに敵の剣速は上がり先程から防御を無視した攻めの構えを見せている。意思の力かは分からないけど敵はダメージを受けても瞬時に回復してしまう。
「魔力が無かろうと我には関係がない。戦いを長引かせるほどに貴様は呪いに抵抗できなくなってゆく。強者のまま死ぬがいい」
魔力が使用できないレウスにとって今のエネルギー源はグレイから供給される意思の力。規格外のグレイが供給する意思の力はレウスに魔力と同等以上の力を与えていた。
「煉滅咆哮」
煉滅咆哮———高エネルギーのガンマ線から構成される光線であり人体など容易く溶かす程の灼熱を纏う。超高速かつジンの目はガンマ線を視認できない。感じられるのは細長く伸びる強烈な熱気。
「ッ———!?」
しかし狙いを定めたジンは黒雷と共に姿を消していた。ガンマ線が飛来する速度をはるかに上回る移動速度。レウスの口角は自然と上がり眼前で起こる光景にただ目を奪われていた。
「———雷震流、迅雷」
「あの獣人と同じ剣技か」
「私の師匠だから」
現在、雷震流の剣技が使用できるのはクレース、レイそしてジンの三人のみ。そして雷震流は全ての剣技においても唯一無二の強さを誇る。ただしレイが使用できる回数は一日で二回が限界でありクレースでさえ一日での回数制限がある。それほど強力かつ身体への負荷が大きい剣技なのだ。しかしジンは体力に関係なく無制限に使用することができた。世界最強の剣技が無制限に使用可能、レウスもその意味を理解していた。
「······追い付けんな」
ただしジンはあくまでも移動手段として使用していた。煉滅咆哮を連発をするが直線的な攻撃であるため全てが不発に終わる。そしてレウスへと当たる斬撃はすぐさま修復された。両者共に傷を負うことはなく激しい戦いは続いていった。
しかし、そんな膠着状態は突如として終わりを迎える。
「ッ······」
(ジンッ———)
ロードの声がジンの頭に響き渡った。グレイの長い刀身はジンの右脇腹を捉え、その日初めてジンへのダメージを与えたのだ。『王の瞳』により物理攻撃が無効となっていたためグレイの持つ力のみが加わる。しかし、その一撃は確かにジンの体力を削っていた。
「動きが鈍くなってきたようだな。時間が過ぎるほど、貴様の勝ち筋は消えていく」
「····はぁ····はぁ」
呪いの進行はゆっくりとしかし着実に進んでいた。レウスとの戦闘による消耗を遥かに上回る程、呪いは体力と気力を削っていく。
(ジン、もう大丈夫だ。僕の力を使って)
(ロード。気のせいなのかな。視界がちょっと暗いかもしれない)
確かに感じる違和感。視界の半分程が暗闇に閉ざされていた。ロードはすぐさまジンの視覚と同期した。そして同時に驚愕する。しかし驚きは抑えあくまでも冷静にロードは現在の状況を理解した。
(ジン、君の右目は失明している。呪いによる影響だから、回復することはない。だけど落ち着いて。僕がいるから君が負けることはない。死ぬこともだ。君は本当に強い女の子だ。だけどそれも限界がある。だから今から僕の力を全部あげる)
(ロードの期待に答えられるかな)
(答えられなくてもいいよ。今までもこれからも、僕が一方的に手を伸ばしてるだけだからね。今から君は誰よりも強くなる)
(·······うん! ありがとう!)
ロードの刀身は淡く光った。激戦の中に灯る、弱々しい光。レウスは怪訝そうにその光を見つめた。刀身を光源とする光は徐々に明るさを増していき応えるようにしてグレイは音を立て震え始めた。
(レウス、警戒しろ。場合によっては力を使え)
(何か起こるようだな)
呪いで身体は時間を追うごとに重くなっている。お母さんの回復魔法でも呪いは取り除けない。悔しいけどそう確信してしまう。これが最後でも構わない。せめて、自分のできる限りのことをしよう。お母さんが私を助けてくれてた時の気持ちを今なら分かる。
「開闢の王」
意思の持つ二つの力。各意思に与えられる能力に加え、意思の具現化である。ロードという意思は武器から姿を表しゆっくりとジンの身体に纏い馴染んでいった。一瞬も気の抜けない戦場。しかし二人はひどく落ち着いていた。
(今なら、何でもできる気がするよ)
(そうだね。君の思う通りに戦えばいい)
ロードは落ち着きながらも、ある決意を固めていた。
(戦いの前に大事な話があるんだジン。僕は、君の知っている僕であって、君の知らない僕でもある。実は、君と出逢うのはこれで二度目なんだ)
(それって······どういう)
(僕は一度、君と出逢って呪いによって君と死別した。それで僕は君がいないとまともに生きられないって身を持って実感した。だけど僕は意思だからもう一度君に逢えたんだ。どれだけ嬉しかったか、言葉では伝えられない。)
(······そうだったんだ。なら今度は、私の方が長生きしちゃおっかな)
(へへへ、約束だよ)
一体となり二人の感覚は完全に同期し洗練される。戦場の中、二人の心は満ち足りていた。
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