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英雄奪還編 後編
七章 第六十話 残された者
しおりを挟むレウスとジンが無意識に放つ魔力は二人を中心にしていつしか巨大な空間を形成していた。二人の魔力は無尽蔵の如く溢れ出しその量は計り知れない。ただ一つ確かなのはたった今この世界で二人のいる空間の魔力密度が最も高いということ。半径約三キロの球体からなる空間の表面は斥力を発し何者も寄せ付けない。戦場において異様な光景であった。
「我はこの支配権を使い敵の相性を考慮し部下を最適な位置に配置した。しかしお前達はまるで未来を見ているかのように場所を移動しほとんどの戦いに勝利している。この場にいる全員の未来を見ることなど我にも出来ぬ芸当だ。お前がそう命令したのか?」
「······ん?」
未来を見ている。私が見れる未来は頑張っても数秒先だ。それも自分の周りのことしか分からない。
「知らないよ。ただ友達は私にはもったいないくらい強くて賢いよ」
「しらを切るつもりだな。構わん」
レウスは背中背負った大太刀を鞘から引き抜く。レウスの身長はおよそ三メートル。その身長と同程度の大太刀は引き抜かれた瞬間凄まじい殺気を放った。その殺気はジンに魔帝以来の寒気を覚えさせるほど。刀身は紅く発せられる熱により陽炎の如く空気は歪んでいた。
(ジン、注意して。奴の武器に宿っている意思は僕やクレースの威雷と同じ開闢の意思だ。攻撃がかすりでもすれば致命傷は避けられない)
(ロードより強いの?)
(······いいや、僕の方が強いさ)
レウスの大太刀に宿る意思の名はグレイ。最強種の王であるレウスに並び立つその意思は間違いなくロードに匹敵する力を持っていた。
「行くぞ。人類最強」
「ッ———虚無の王」
始まりと共にジンは虚無空間を発生させた。しかしこれは攻撃ではない。考えるよりも先に身体が反応していた。
「———ほう」
読みは正しく虚無空間には斬撃が吸い込まれ背後からは尋常ではない魔力の塊を感じた。
(ジン、違和感には気づいてるね)
(····うん)
この目を使っても敵の動きが予知できなかった。それに今の攻撃ではっきりしたのは物理攻撃無効と魔力不干渉が関係ない。今の状態でもあの斬撃を喰らえば致命傷は避けられないと思う。こんな攻撃ができるのはクレース以外見たことない。
「やはりこうでないとな」
レウスは口角を上げ空間に漂う魔力をグレイの刀身に集約させた。
「最果ての星々!!!」
紛うことなき神級魔法。軽く振られたグレイからは眩い光が放たれた。光速で飛来する数多の斬撃に逃げ場などない。地面は破壊され足場は無くなった。金属を容易に溶かすほどの灼熱までもがジンを襲い熱波でその場の温度は急激に上昇する。
「幸運の王」
しかし斬撃の全てはジンを避けるようにして消え去り熱波はすぐさま霧散した。幸運の王。その効果はトキワの使用するバブルと同じく確率操作である。しかしそこに魔力の制限はない。それに加えもう一つ、技の名の通り使用者い対する幸運をもたらすのだ。
(どうなっている······奴の周りに全ての魔力が集約しているのか)
レウスの攻撃により生まれた暴風は空間を満たしていた魔力を運びその全てがジンの元へと集約していた。故意ではなくあくまで幸運による効果。魔力はロードの鋒に凝縮されレウスの周りに存在した魔力はほとんどが姿を消した。レウスは咄嗟に防御結界を展開する。
「禁断の王」
(ッ———? 魔力が消えた····いいや、使えない)
対象者に対する魔法の使用禁止。レウスの防御結界は消え去り生身の身体へとなった。ジンはロードの剣先を天に掲げ辺りは眩い光に照らされる。
「面白い····来い人間」
目の前には強力な一撃を放とうとするジン、そして自身は魔力も使用できない生身の状態。その極限状態でレウスは恐怖を抱くのではなく興奮していた。
「······うっ」
しかし突然、集約していた魔力は霧散しロードを掲げていた手は力を失ったかのように下ろされた。
(ジンッ····大丈夫かい!?)
(····うん。ごめん、ちょっと目眩が)
レウスはジンの身体を蝕むものの正体をすぐさま理解した。呪いである。
「······人間である貴様が呪いを背負ったのか。完全には染まっていないようだが時間の問題だな」
「言い訳はしないよ。手を抜かなくていい」
「もちろんだ。最強である今のお前と全力で戦おう」
禁断の王により魔法の使用が禁止されたレウスだが意思であるグレイそして個体としての力だけでも化け物というレベルだった。そしてジンはもちろんロードもレウスの強さを理解していた。
(ジン、落ち着いていいからね。僕がいれば大丈夫だ。敵は魔法が使えないから近距離での攻撃に切り替えると思う。打ち合い中、同時並行で僕は全ての力を解放させる)
(力を解放? 今でも十分強いと思うよ)
(安心して。ジンの邪魔にはならない。君には僕の全部をあげる)
ロードの予想通りレウスは接近戦に切り替えた。ロードの刀身とグレイの刀身では人一人分以上大きさに差がある。それでも洗練されたジンの剣筋にリーチの差など関係なかった。強烈な打ち合いでも両者の武器に僅かな刃こぼれすらない。
「理の歪曲」
「チィッ——」
かつてゲルオードに放った一閃。グレイの刀身は空間とともに歪みレウスは体勢を崩した。本来のレウスならば無意識に体に魔力を纏いダメージを喰らうことはない。しかし魔力の禁止されたレウスは脇腹に初めて打撃を受けた。
(······ダメージが予想よりも少ない。だが痛みとは別に感じる違和感。何か別の······)
「魔力なしでもこれだけ強いんだね」
「魔法を禁止させるとはな。多くの強者と戦ったつもりだが貴様は最強と言っていいだろう」
「そっか、ありがとう」
「······」
(ボル、聞こえる?)
(ウン。聞こえルヨ)
(モンドの支配権を取り返したから受け取って欲しい。魔力に込めて安全に持ち運べるようにするけど戦闘中なんだ。今死傷者の情報は分かる?)
(確認できる限りでは誰も死んでナイ。ただ負傷者はかなりイル。でも治癒魔法で足りそうダヨ)
(分かった。ボルをここに転移させたいんだけどかなり危ないから直接来てもらっていいかな?)
(大丈····)
(ボル?)
突然ボルの魔力波は途切れ沈黙が流れた。そして数秒後再び繋がる。
(ゴメン。ボクじゃないけどジンのところに一人ムカウ。安心シテ。ボクより強いカラ)
(う、うん。分かった)
ボルとの魔力波を一度切りレウスと凄まじい接近戦を繰り広げる。更に並行してジンは魔力波の接続数を増やしていった。接続先はモンドにいる者達。ひとまずは全員の場所を把握することが先決だった。
(ゼフじい、敵に意思が奪われないように全員を元の世界に返して。支配権は取り戻したけど意思の座標は私も変えられない)
(任せてくれ)
(ゼグトス)
(ハハッ)
(簡易なものでもいいんだけど負傷者全員を避難させられるくらい大きな結界作れる? 支配権を使って私がそこに転移させる)
(如何様にも。ジン様のお望みならば問題ありません)
そして最後にモンド内にいる味方全員に対し魔力波を飛ばした。
(みんなよく聞いて。負傷者はこれからゼグトスの作る結界内に転移させる。それと女神、天使は共に戦争から離脱していくから戦わなくていい。だけど機人族はそのままだから何とか食い止めて。今は私がモンドの支配権を持ってるから敵が生き返ることはない。最後に協力してできるだけ負傷者を一箇所に集めて欲しい。もう大丈夫、みんな死なないからね)
ジンの命令を受けモンドにいたもの達は即座に動き出した。戦場という場所で全員が抱いたのは安心感。対照的にレウスは気掛かりとなっていた違和感の正体に気づいた。
「貴様······いつ我から支配権を奪った」
「元々は私達のものだから、取り返しただけだよ」
「フン、化け物め。全力で行くぞ」
「······あれは」
グレイの刀身から魔力以外の何かがレウスに流れ込んでいた。グレイの持つ意思の力。その力が完全にレウスの身体へと流れ込む直前、ジンの猛撃がレウスに突き刺さった。一秒あたり数千回を超える突き。レウスの身体はボロボロに砕け散る····はずだった。
「ッ———!?」
まるで時間が巻き戻ったかのようにレウスの身体は元通りになった。
「驚くことはない。意思の力だ」
この敵を倒すには虚無空間に封印するしかない。でも意思の力がこれだけとは思えない。チャンスがあるとすればロードのくれる力だ。それにこの戦いは早く終わらせないといけない。呪いの進行は思っているよりも早い。
「はぁ····はぁ····はぁ」
「そろそろ限界のようだな。貴様の身体には既に呪いの大半が進行している」
「····どうして分かるの?」
「我の兄が貴様と同じ呪いで死んだからだ」
「ッ——ご、ごめんなさい」
「····フン、敵に謝るか。貴様は兄と似ている。人の痛みが分かる我には勿体ないほどの良い兄だった」
「お兄ちゃんか····私にはお姉ちゃんみたいな人がいるよ」
「ならば貴様は何故呪いを受け入れた。貴様は必ず死ぬ。残された者の気持ちが分かるのか」
「······」
「後悔、己の無力さ。到底耐えられるものではない。我には貴様と兄の考えが分からない。我は勝利し貴様もそして兄も否定する」
そして両者は再び動き出した。
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