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英雄奪還編 後編
七章 第五十九話 最強の衝突
しおりを挟むモンドへと助っ人に来ていた帝王は自国へ帰ったネフティスを除き七名。デュランによる誘導でダイハードやゲルオードは敵が出現する位置へと回り込み被害は最小限に抑えられていた。そしてゼフの戦闘が終了してしばらく後、剣帝、巨帝、嵐帝、鬼帝の四人は同じ場所に集まっていた。
「私は女神と戦っていたのだがな。突然やめると言い出したので暇になったのだぞ」
「同じく。詳しい理由は分からぬが巨帝軍は現在機人族とメカのみとの戦闘を継続している」
「来ている帝王は俺たちだけか? あっ、ちなみに今だけコイツは味方だ」
ベオウルフは隣にいたラグナルクを指さした。加えて隣には一通り戦闘を終え合流したグラム達が立っていた。
「緋帝と龍帝も来ておる。どうやら女神側は戦争から手を引くようだが機人族は引き続き戦闘を続行するようだ」
帝王四人とその部下、そしてラグナルク達。全員が戦闘を終え回復し万全の状態で次に備えていた。加えて転移魔法を介し続々と援軍が来る中、女神と天使が後退していき徐々に形勢は傾いていた。
「··········ハルト、全員でここから離れろ」
「——? どうかされましたか?」
帝王四人だけが感じていた殺気。四人はすぐさま前に出て部下達を後退させた。
「鬼帝門」
「巨神の壁」
直線の広い道に展開されたダイハードとゲルオードの結界魔法。前方には鬼帝門。そして後方には隙間のない巨神の壁。完璧な布陣を前にしてもダイハードとゲルオードの不安は拭いきれなかった。ラグナルクのみ残り帝王の部下は全員すぐさま退却する。近づいてくる魔力は既に鬼帝門に干渉を加えていた。
(·····足りぬか)
敵は未だ姿を現していない。だが既に鬼帝門には小さな亀裂が入っていた。ゲルオードはすぐさま鬼帝門を追加し合計で四つの結界が張られる。
「来るぞ」
その時、五人の隣を何かが通り過ぎた。前方から感じていた殺気はいつの間にか後方に移り五人後ろを振り返る。すると見知らぬ人影が五人の方を向いていた。
(俺の壁は····いつ通り抜けた)
鬼帝門、巨神の壁の纏う魔力は鉄壁の防御力を誇るとともに常人では至近距離に近づくことすらままならない。しかし四つの結界は破壊されることなくその場に止まっていた。
「強き者の気配がしたので立ち止まった。帝王が四人も同じ場所にいるとはな」
(戦えば全滅だ。機人族の王、レウス。次元が違う)
ラグナルクの言葉通り、レウスはこの場でも異質な空気を放っていた。実物を見たことがあるのはゲルオードとダイハードのみ。だが戦う前から全員戦力差を理解していた。
「魔力波による報告ではクリュスとゼステナが対峙していたようだが······」
「二人の祖龍か。強かった。称賛に値する」
「··········お前ッ」
レウスは地面に二人を放り投げた。倒れたゼステナとクリュスはかろうじて息をしていたが自力では動けないほど身体中が傷だらけになっていた。しかしレウスは無傷。戦闘を終えて数分しか経っていなかったが体力も全回復していた。
「戦うか。逃げるという選択肢を取っても結果は変わらんがな」
(モンドの支配権が奴にある以上転移魔法での撤退は無意味。こいつにはクレースを当てなければ勝てない。俺の鬼帝門とダイハードの巨神の壁で奴を囲み時間を稼ぐ。残り三人の連携でゼステナとクリュスと共に一気に距離をとる。詰められれば至近距離で俺が時間を稼ぐ。チャンスは一度限りだ)
(了解)
「ダイハードッ」
レウスを取り囲むようにして瞬時に建てたれた五つの鬼帝門。五つ全てが中心にいるレウスに作用し動きを止める。さらに外側へ巨神の壁が展開されダイハードの作り出した大岩が蓋をするようにして覆い被さった。
シリスは倒れるクリュスとゼステナを風に取り込み空中に浮遊した。同時にベオウルフとラグナルクは互いの剣を衝突させ強力なエネルギーを発生させる。エネルギーは霧散することなく一点に集約し巨大な狼を形作った。
「全員振り落とされるなよ!」
「———ッ、全員警戒しろ! 突破されるぞ!!」
レウスは既に鬼帝門を全て破壊し巨神の壁を破壊しようとしていた。全員を取り込んだ巨大な狼は音も無く動き出し一瞬にしてその場から姿を消す。七人を運びながら移動速度は音速に匹敵する。ダイハードは進んだ経路をなぞるようにして多重に結界を作り出した。
「·······まずい、追い付かれる」
ほんの僅かな時間。レウスの放つ衝撃波は一瞬にして追いつき狼の纏うエネルギーを吸収した。七人は放り出され受け身を取る間も無くレウスから魔力弾の雨が降り注いだ。
「地に伏せろッ!!」
「ゼステナッ、クリュス」
その時、目を覚ました二人が逆向きの重力場を発生させた。魔力弾は本来の軌道に逆らうようにして天井に衝突し落下した大量の瓦礫はシリスの風により全て取り払われた。
「お前達、大丈夫なのか」
「私たちは問題ありませんわ。帝王達に礼を述べるのは気乗りしませんがおかげで目的は達成されました」
「はぁ····ルランも無茶言うよね。僕たちだから耐えられたけど」
「目的? お前達何の話をしているのだ?」
「あいつを倒すのは僕たちじゃないからさ。まあ本気出せば僕たちでも倒せるけど」
その時、遠くから足音が聞こえてきた。レウスは戦闘態勢の七人から一切の警戒を解き足音のする方向を向く。帝王四人を前に悠然とした態度を取っていたレウス。その表情には僅かな焦りが見えていた。無意識に全神経を向け戦闘の構えを取る。レウスの抱く恐怖に似た感覚。この感覚を味わうのは戦争開始後二度目だった。
「おぉ! ジン! どこ行ってたのだ!!」
「いっ、いやぁ、ずっと敵を探してたんだけど見つからなくて。ゼステナ、クリュス大丈夫?」
「ええ、問題ありませんわ。少し抑えましたので」
「あとは頼んだよ、ジン」
「おいおい、ジン一人に任せるのよくないだろ」
「そうだそうだ! 私も戦うぞ!」
「うむ。ゲルオード、溺愛しているお前が何故何も言わない」
「全員で挑んでもジンには勝てぬ。ここは任せるしかない。ボルの強さを知っているのなら分かるだろ。この国の者は本気を出せば一晩で国を滅ぼせるほどの力を持つ。その頂きに立つ者の強さはなど言うまでもないだろう」
既にレウスの眼中に帝王はない。レウスの方向へと進むジンの後ろ姿を見ながらゼステナは重たい身体を持ち上げシリスの肩を掴んだ。何処か違和感に気づいたのだ。
「シリス····僕今、あまり大きな声が出せないから、ジンのところまで連れて行ってくれ」
「——? 分かったのだ」
シリスの肩を持ちながらゼステナは近づきジンの耳元に顔を近づけた。シリスはその場から少し離れゼステナはジンの紫色の瞳を見つめた。
「ジン、よく聞いて。僕は君の身体に何が起こっているのか知っている」
「ッ———」
「だから無理はしなくてもいい。辛かったら魔力波で助けを呼んで。君のためなら僕たち全員全てを放り出して助けに来る。ジンの命が最優先だから」
「大丈夫だよ。パールとガルはヴァンに預けてるから頼むね。それと、今のゼステナとクリュスだと気絶しちゃうかもしれないから離れていて」
「あははぁ。そうかも」
両雄が睨み合い覇気が衝突する。「王の瞳」が発動され辺りには数十倍の重力がのしかかる。レウスの口角は上がり目の前の強者に身体は打ち震えていた。
「ここの支配権は返してもらう」
自身の放つ力が圧倒されるというレウスにとっては新鮮な感覚。だが恐怖心よりも強敵と戦えるという興奮がレウスの身体中を満たしていた。
「······認めざるを得んな。貴様が人類の最高到達点か」
単純な魔力と魔力のぶつかり合い。ただひたすらに突き上がる両者の魔力は空間を満たしていた。クリュスはすぐさま転移魔法で全員を移動させる。これから女神の粛清において最も熾烈な戦いが始まろうとしていた。
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