ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第六十九話 忘れていた存在

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 オイラの名はオリバ。魔族の中でも魔王に次いで偉いやつだ。魔族のみんなはオイラのことをすごいと思っている。オイラはとても長生きだ。人間には考えられないくらいの長い時間を生きている。でもオイラは魔族の中であんまり強くない。それでも魔王はオイラに優しいからみんなオイラに優しくしてくれる。何の不自由もない生活でたまにある戦いにオイラは参加しない。それだけオイラは大切な存在なんだ。

 ——でもそんなオイラの生活は突然終わりを迎えた。

 久しぶりに女神の粛清っていう大戦争が起こっていたまさにその最中、オイラの住む魔界の深部に知らない奴が入ってきた。オイラは戦いが嫌いだ。見るのもするのも大嫌いだ。だけどその日、そんなオイラの目の前で仲間が皆殺しにされた。

 忘れようとしてもオイラの頭からその声が消えない。

「———雷震流····」

 獣人の女は真っ黒な雷を放ちながらオイラのところまでやってきた。そいつの目は今まで見た誰の目よりも恐ろしかった。慈悲なんてものはない。オイラの仲間は瞬きしている間に殺されていた。オイラのいる深層に辿り着くまでたくさんの獰猛な魔族が存在する。だけどオイラは一瞬で理解した。この女はそんな魔族を皆殺しにしてここにいるんだと。

「······く、くる····な」

 近付いて来る女にオイラはまともな言葉を発せられなかった。オイラを見た女の顔は怒りに満ち溢れていた。だけどオイラは何故かみんなのように殺されなかった。深層での記憶はそこで途絶え、オイラは今魔界から離れた何処かにいる。

 そこから何日経ったのか分からない。かなりの時間が経っていると思う。そしてオイラは今朝起きてから夜の今まで休みなく拷問されている。

「どうして祖龍がいるんだ。こんな魔力濃度の薄いところに二体もいるなんておかしいだろ」

「あらあら、長く生きているだけの魔族だと思っていれば少しは教養があるみたいね」

「そんなの知ってるに決まっ······」

「無駄な話は不要だ。さっさと吐け」

「ッ····」

(本当に怖いのはこいつだ。勿論名前は知っている。ゼグトスだ。クリュスよりも慈悲がない。オイラのことを気絶しない程度に、そして死なない程度に痛めつけてくる。咄嗟の言い逃れなんかも一切通じない。二人からの殺意はひしひしと感じるけど、オイラは生かされている。聞かれているのは一つだけ、オイラが生み出した呪いの解呪方法だ)

「ゼグトス、シリスが来たわよ」

 クリュスの呼び掛けと同時に地下にある硬く厳重な扉は音を立てて開いた。拷問部屋に入って来たシリスに普段のような無邪気な表情はない。暗い瞳でオリバを視界に捉え拳を握り締めた。

「二人とも下がっていろ」

「······分かったわ。ただ、もしもの場合に備えて私だけは同じ部屋に居るから」

「それでは、私はこれで」

 ゼグトスが部屋を後にし、シリスはオリバに近寄った。抑えていた魔力が身体の震えと共に徐々に溢れ部屋には小さな風の渦が生まれていた。

「シリス、分かっているわね。殺してはいけないわよ」

「ああ」

 シリスは一度魔力を落ち着かせ大きく深呼吸をした。

「呪いを生み出した理由を言え」

(······こいつ、魔王の目と一緒だ。恐怖で身体をピクリとも動かせない)

「お、オイラは····」

「早く答えろ」

「オイラは、魔族繁栄のために、その····」

 オリバはシリスから目を逸らせないまま恐怖で固まっていた。シリスから感じる覇気にオリバは潜在的な脅威を感じ、ついには言葉も発せないまま震え始めた。身体中から汗が吹き出し後退りながら、迫るシリスと距離を取っていた。そして壁にぶつかりオリバに逃げ場は無くなった。

「昔私の親友は、お前の呪いのせいで亡くなった。目も見えない、ただ大人しく母親の帰り待っていた、何の罪もない、私の恩人だ」

「······」

「お前みたいな魔族でもない。私のように頑丈な身体でもない。人族の女の子が傷みを我慢して、最後は何も言わず笑顔で死んでいった。お前にその傷みが分かるか。あの子は死んだんだ····もう戻ってこないッ!!」

 シリスから感じる明確な殺意。背中を壁に合わせたオリバの恐怖は頂点に達していた。

「こ、殺さないでくれ! オイラを殺せば呪いはッ!」

「今更命乞いか」

(······ルミラはこんな奴のせいで死んだのか。ジンはこんな奴のせいで)

「待ちなさいシリス」

 その時、後ろで控えていたクリュスが止めに入った。

「今、自分が死ねば呪いはどうか言ったわよね。やはり、解呪の方法が何か知っているのね?」

「······」

 オリバは黙り睨みつけたままのシリスを見てゴクリと唾を呑んだ。

「呪いを解く方法は····」


 ***********************************


「これがあればいつでも簡単に写真が撮れルヨ」

「うん、でも本当に貰ってもいいの?」

「当たり前ダヨ。壊れたらいつでもイッテ。何個でもあるカラ」

 昼食を食べ終わった頃、ゼフじいの火事場でボルにある魔道具を貰った。これまで写真を撮るには魔力と複雑な魔法陣が必要だったけど、今回ボルが作った手のひらサイズの魔道具はボタンを押すだけでいい。それだけで実際に見る光景と全く変わりない画質の写真が撮れる。これは物凄い発明だ。名前はカメラというらしい。

「ジンは何が撮りたいんだ」

「まずはみんなが雪遊びしてるところ撮りたいな」

「私も一緒に行こう。ガル、頼めるか?」

「バゥ!!」

「気を付けて行くんじゃぞ」

「うん、行ってきます!」

 以前目覚めてから数日間、普段のように朝起きて夜眠ることができている。

 ただ足に力が入らなくなった。公表して気を使ってもらうのも申し訳ないので全員には伝えずに移動はガルの背中を借りて誤魔化すことにした。細かい移動はクレースに背負ってもらうことが多い。

 外に出ると少しだけ雪が降っていた。街の至る所では子ども達が雪遊びをしている。平和な光景だ。まずはこの写真を撮るしかない。

「うまく撮れたか?」

「うん······クレースあれって」

 子ども達の可愛らしい雪合戦とは裏腹に少し奥では叫び声と共に雪玉が高速で飛び交っていた。見ると閻魁と龍人族、それに巨大メカが雪玉片手に暴れ回っていた。その周りは結界が張られているにも関わらず、衝撃はこちらにまで伝わってきている。

「ぬうおぉおオオオッ!!」

「ガァアアアア!!!」

 龍人族は全員龍化している。雪玉を持っていなければまるで本物の戦いみたいだ。

「おぉ!! ジン!!!」

 向かってきた閻魁は結界にぶつかり派手にひっくり返った。

「ジン、馬鹿は放っておいて行こう」

「駄目だよ。起こしてあげないと」

 ジンはおでこを抑える閻魁に手を伸ばした。

「クレース」

「———?」

「これからはみんなに手を伸ばして。助けを求めてなくても、みんなに手を伸ばしてあげて。私はもう大丈夫だから」

「ッ····」

 クレースは何も言わず閻魁を支え立ち上がらせた。

「フハハハハ!! クレース、我のことがそんなに心配なのか」

「それはない。行こうジン、ルランが待ってる」

 解呪のための作業はネフティスさんから代わり、ルランさんにしてもらっている。そのため一日に五時間ほどはルランさんの家にいるのが今の生活だ。それ以外は以前と変わらずに過ごせている。

「あっ、ジン! ここにいたのか」

 その声に振り向くとレイが笑顔で立っていた。今まで走っていたようで身体中から白い湯気が出ている。

「これからルランさんの家行くけど来る?」

「うん。先に温泉で汗を流してくる」

 そう言うとレイは疲れた顔も見せずに急いで温泉へと向かっていった。

 ルランさんの家に入ると私は置かれたベッドの上で横になるだけだ。それ以上は何もしない。そこからはずっとルランさんが呪いの解析等をやってくれる。

「調子はどうですか。長丁場になりますので何かあれば言ってください」

「ありがとう、大丈夫だよ。お願い」

 お昼から五時間の間、寝た状態で安静にしておかなければいけない。それでもこの部屋にはみんなが喋りに来てくれるからいつもあっという間に時間が経っていく。

 レイや他のみんなが来た後、話は尽きることなく四時間ほどずっと話していた。ただ今日はこのまま話して終わる訳ではない。今日はとても大事な話をしなければならない。

「みんなごめん····その、この後ルランさんと大事な話があるから少しだけ席を外してくれないかな」

「そろそろだったな。外に出ておく、行くぞ」

 クレースにだけ一時間前に席を外して欲しいと伝えていた。丁度夜ご飯の時間だったのでみんな特に理由を聞くこともなく席を外してくれた。ルランさんの顔を見ると不思議そうにこちらを見ている。

「どうしましたか? まさか足の他に悪いところでも····」

 全員が出ていき、しばらく沈黙が続いた後、ルランさんがそう切り出した。

「ううん。一つだけ、いいや、たくさん聞きたいことがあるんだ」

 初めに言いたいことはもう決まっているけど、話したいことは溢れてくる。
 戦いの後、初めて目が覚めてから、心の何処かに違和感があった。
 そして最近、頭の中にあったモヤのようなものが消えた気がした。

 私には忘れていた家族が一人いた。
 その人はお母さんと同じくらい好きな人だ。

 私はただ、この言葉を、この人に言いたくて仕方がない。

 間違ってなんかいない。

 思い出は確かにここにある。

「———お父さん」
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