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英雄奪還編 後編
七章 第七十二話 繋いできた今
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「ハァハァハァァ!!」
(やっと逃げれたぞ。もうあんな地獄はごめんだ!!)
監禁されていたオリバは魔族の攻撃に紛れ地下から抜け出していた。脱出に使用できた魔法は最低限の魔力を使用したもの。オリバには魔法が付与された手錠がかけられそれにより魔力が制限されていたのだ。しかしオリバから焦りは消えない。国中は殺気立ち、オリバにとっては未だ生きた心地がしなかった。
「ッ——!!」
走るオリバの視界には白く小さな家が入った。何の変哲もない家。そんな家がオリバの注意を引いた理由はただ一つ。その家にのみ一切の殺気が向けられていなかったのだ。オリバは脇目も振らずその家に走り出し魔法で鍵を開けると静かに玄関先で座り込んだ。
(た、助かったのか? ここで暫くやり過ごすしかないな·····中には、人間が一人·····それに魔物?····いや、狼が一匹か。人間は大したことないな。暴力は嫌いだけど、最終手段は倒すしかないか。生きるためだ)
オリバは陰から様子を伺い冷静さを取り戻していた。しかし暫く様子を伺いオリバはある事実に気づいた。
(······あの人間、オイラのつくった呪いにかかってる)
「バゥ!!」
「ガル? どうしたの?」
(まずいッ——狼が気づいたか····大丈夫か? 暫くは身を潜めるしかないな)
「それでね、お父さんがこのペンダントくれたの。見て」
「バゥバゥ!!」
「綺麗でしょ。一生の宝物にするんだぁ」
(············)
「外が急に静かになったけど、何かあったのかな。見に行ってみる?」
「がぅう·····」
「ご、ごめんごめん。最近背中借りてばっかりだもんね。それにみんな忙しいか」
(·············あいつ、歩けないのか)
「また、みんなとお出かけしたいな。ばあばもお父さんも誘って行きたい。きっと何処に行っても楽しいだろうな」
「バゥ!!」
「その時は、背中に乗せてね」
「バゥバゥ!!」
(············違うぞ·····オイラは)
その時、オリバは静かに痛感させられていた。魔王に言われるがままつくり出した呪い。いつの間にか必要悪と捉えていたその呪いにオリバは初めて違和感を抱いた。
(オイラは仲間のために呪いをつくったんだ。こんな、無力なやつを痛めつけるためにつくったわけじゃない。オイラは····)
「ガゥッ–——!!!!」
「ヒィッ——」
真横まで迫っていたガルに気付かず、オリバは驚き尻餅をついた。
目の前にいるガルの威嚇に身動きが取れないまま、視線は鋭い牙と爪に移り、オリバは死の恐怖に呑まれた。
(まずい·····殺される)
「待ってガル」
しかし、声と共にガルは威嚇を止め後ろに向き直った。
「そこに誰がいるの?」
オリバがいたのは玄関先。寝室で座っているジンには姿が見えなかった。
オリバはジンの視線に入らないようにゆっくりと動きドアに手をかけた。
(どうする、オイラ。今なら逃げられるぞ·····)
「お客さんですか? こっちに来て一緒にアップルジュース飲みませんか?」
(·······)
逃げるという選択肢はいつの間にかオリバの中から消えていた。黙ったまま、警戒するガルに連れられ寝室へと向かっていった。
「ッ———」
部屋に入ったオリバは息が詰まった。
目の前にいる少女は魔族であるオリバを見ても笑顔のまま。
整った顔立ちと痩せた身体、それに綺麗で真っ白な髪の毛。
そして何よりオリバの心を揺れ動かしたのは光を閉ざした左目と動かない両足である。
「こんばんわ、初めまして。私はジンだよ、あなたの名前は?」
「······オリバ」
———ジンと目が合った瞬間、オリバの脳裏には拷問中の出来事がよぎった。
「今、自分が死ねば呪いはどうか言ったわよね。やはり、解呪の方法が何か知っているのね?」
「······」
「はやく答えろ」
「存在の抹消。それしか方法はない」
「何だと?」
「ネフティスが呪いの消去に挑んでいるようだが、無意味だ。オイラのつくった呪いは言わば不死身。たとえ全て解読され、特殊文字が消去されたとしても蘇る」
「······存在の抹消とは、どういうことかしら」
「呪いにかかっているものの存在自体を消すこと。ただ死ぬだけでは駄目だ。呪いを宿す者を知る全ての者達の記憶からそいつの記憶を完全に消し去る。存在する全ての世界線から、そいつの存在を消す必要がある。生まれてこなかったことになるんだ。だけどそんな芸当、誰も出来ない。ただ、魔王は完璧主義者だ。万が一に備えて呪いよりも先にそいつを殺しに来るだろう」
「·······」
「··········」
————オイラはなんてことをしてしまったんだ。
オイラはこんなに無力な人間に、こんなに優しい人間に最低最悪な選択肢を与えてしまった。
「オイラはお前に言わないといけないことがある」
「——? どうしたの?」
「オイラはッ———······!?」
言いかけた瞬間、オリバは首元を掴まれ地面に叩きつけられた。この家の中で感じた初めての殺気。今まで感じた中で最も恐ろしい、悍ましい殺気である。オリバは顔を確認した瞬間全身が凍り付いた。魔界に単騎で乗り込み自身を攫っていった獣人。潜在的な恐怖からオリバの身体は震えていた。
「どうしてお前がここにいる」
(駄目だ·····こいつに慈悲なんてない。オイラの仲間を殺した時と同じ眼をしている)
首を絞める力は徐々に強くなりオリバの意識は朦朧とし始めた。
「待ってクレース、離してあげて」
意識が途切れかけた直前、オリバは拘束から解放された。
「ジン、こいつは呪いをつくった張本人だ。解呪の情報を聞き取るためだけに誘拐してきた。もう用済みだ。殺す。私が殺す」
「·······呪いを。そうなんだ」
(オイラを憎め、優しい人間。そして現実も見ないでぬるま湯に浸っていたオイラ、今ここで······)
「獣人。今ここでオイラを殺せ」
「頼む必要はない」
「クレースッ——」
クレースは鞘に手を当てたままピタリと動きを止めた。今この状況でクレースの動きを止められるのはジンのみ。細く小さなジンの手に掴まれクレースの放つ殺気は一瞬にして消え去っていた。
「私は、諦めてない」
殺気による緊張から解放されたオリバは再び息が詰まった。曇りの無い真っ直ぐで純粋な瞳。全てを悟ったような表情の前でオリバに無駄な思考が巡ることはなかった。
「だけど死ぬ。これは誰にも、オイラもどうすることもできない」
「———お前ッ····」
クレースに鋭く睨まれるが不思議とオリバに恐怖心はなかった。
「知っているんだろう獣人。存在しない希望を与えても絶望感が増すだけだ」
「······」
「クレース、そんな眼で見ないで。いなくならないよ。それよりも、少しこの人と話したいことがあるんだ。外はきっと大変なんでしょう?」
「ジンの方が大切だ。ここにいる奴等が負ける敵はもう存在しない。このクズが攻撃してきたらどうするんだ」
「オリバさんはきっと悪い人じゃない。大事な話だから、ガルとロードも外に連れて行って」
「····分かった」
クレースはオリバを睨み手錠を確認した。オリバにかけられた手錠を入念に確認し更に上から魔法を付与し拘束を強める。
「このゴミが少しでもおかしな行動をすれば身体に致死量の電流が流れる。時間は三分だけだ。これでもいいか、ジン」
「分かった。気をつけてね、みんなにも伝えて」
クレース達が家を出た後、オリバは大人しく床に腰を下ろした。
「デュランさんっていう人には会った?」
「お前のお父さんだな。ここではじめに会った。全部聞いたぞ」
「そっか。今私の中にあるこの呪いは魔族以外の全ての生物を滅ぼしてしまうほどの域に達している。これはお父さんが元いた世界でも同じ。だけど、私が死んだ後呪いは蔓延することがなかった。どうしてだと思う?」
「ッ——よく考えればそうだな。どうしてだ」
「頑張って、繋いできたんだ。今の私に」
「······どういうことだ」
「ここで全部終わらせる。誰も傷つかないように、誰も辛い思いをしないように。人はみんないつか必ず死んでしまう。だけど生きているうちに、その人は多くの人の記憶に刻まれて、歩いてきた軌跡が生きた証として残っていく。だけど私にそれはいらない」
言葉を聞いたオイラは何も言うことができなかった。ただの人間がオイラの呪いをどうにかしようだなんて無理な話だ。でもこの人間はよく分からない。この人間は誰よりも生きることを望んでいるのに、誰よりも死ぬ覚悟を持っている。もう何が正解か分からない。オイラは、魔王に初めて反抗するかもしれない。
(やっと逃げれたぞ。もうあんな地獄はごめんだ!!)
監禁されていたオリバは魔族の攻撃に紛れ地下から抜け出していた。脱出に使用できた魔法は最低限の魔力を使用したもの。オリバには魔法が付与された手錠がかけられそれにより魔力が制限されていたのだ。しかしオリバから焦りは消えない。国中は殺気立ち、オリバにとっては未だ生きた心地がしなかった。
「ッ——!!」
走るオリバの視界には白く小さな家が入った。何の変哲もない家。そんな家がオリバの注意を引いた理由はただ一つ。その家にのみ一切の殺気が向けられていなかったのだ。オリバは脇目も振らずその家に走り出し魔法で鍵を開けると静かに玄関先で座り込んだ。
(た、助かったのか? ここで暫くやり過ごすしかないな·····中には、人間が一人·····それに魔物?····いや、狼が一匹か。人間は大したことないな。暴力は嫌いだけど、最終手段は倒すしかないか。生きるためだ)
オリバは陰から様子を伺い冷静さを取り戻していた。しかし暫く様子を伺いオリバはある事実に気づいた。
(······あの人間、オイラのつくった呪いにかかってる)
「バゥ!!」
「ガル? どうしたの?」
(まずいッ——狼が気づいたか····大丈夫か? 暫くは身を潜めるしかないな)
「それでね、お父さんがこのペンダントくれたの。見て」
「バゥバゥ!!」
「綺麗でしょ。一生の宝物にするんだぁ」
(············)
「外が急に静かになったけど、何かあったのかな。見に行ってみる?」
「がぅう·····」
「ご、ごめんごめん。最近背中借りてばっかりだもんね。それにみんな忙しいか」
(·············あいつ、歩けないのか)
「また、みんなとお出かけしたいな。ばあばもお父さんも誘って行きたい。きっと何処に行っても楽しいだろうな」
「バゥ!!」
「その時は、背中に乗せてね」
「バゥバゥ!!」
(············違うぞ·····オイラは)
その時、オリバは静かに痛感させられていた。魔王に言われるがままつくり出した呪い。いつの間にか必要悪と捉えていたその呪いにオリバは初めて違和感を抱いた。
(オイラは仲間のために呪いをつくったんだ。こんな、無力なやつを痛めつけるためにつくったわけじゃない。オイラは····)
「ガゥッ–——!!!!」
「ヒィッ——」
真横まで迫っていたガルに気付かず、オリバは驚き尻餅をついた。
目の前にいるガルの威嚇に身動きが取れないまま、視線は鋭い牙と爪に移り、オリバは死の恐怖に呑まれた。
(まずい·····殺される)
「待ってガル」
しかし、声と共にガルは威嚇を止め後ろに向き直った。
「そこに誰がいるの?」
オリバがいたのは玄関先。寝室で座っているジンには姿が見えなかった。
オリバはジンの視線に入らないようにゆっくりと動きドアに手をかけた。
(どうする、オイラ。今なら逃げられるぞ·····)
「お客さんですか? こっちに来て一緒にアップルジュース飲みませんか?」
(·······)
逃げるという選択肢はいつの間にかオリバの中から消えていた。黙ったまま、警戒するガルに連れられ寝室へと向かっていった。
「ッ———」
部屋に入ったオリバは息が詰まった。
目の前にいる少女は魔族であるオリバを見ても笑顔のまま。
整った顔立ちと痩せた身体、それに綺麗で真っ白な髪の毛。
そして何よりオリバの心を揺れ動かしたのは光を閉ざした左目と動かない両足である。
「こんばんわ、初めまして。私はジンだよ、あなたの名前は?」
「······オリバ」
———ジンと目が合った瞬間、オリバの脳裏には拷問中の出来事がよぎった。
「今、自分が死ねば呪いはどうか言ったわよね。やはり、解呪の方法が何か知っているのね?」
「······」
「はやく答えろ」
「存在の抹消。それしか方法はない」
「何だと?」
「ネフティスが呪いの消去に挑んでいるようだが、無意味だ。オイラのつくった呪いは言わば不死身。たとえ全て解読され、特殊文字が消去されたとしても蘇る」
「······存在の抹消とは、どういうことかしら」
「呪いにかかっているものの存在自体を消すこと。ただ死ぬだけでは駄目だ。呪いを宿す者を知る全ての者達の記憶からそいつの記憶を完全に消し去る。存在する全ての世界線から、そいつの存在を消す必要がある。生まれてこなかったことになるんだ。だけどそんな芸当、誰も出来ない。ただ、魔王は完璧主義者だ。万が一に備えて呪いよりも先にそいつを殺しに来るだろう」
「·······」
「··········」
————オイラはなんてことをしてしまったんだ。
オイラはこんなに無力な人間に、こんなに優しい人間に最低最悪な選択肢を与えてしまった。
「オイラはお前に言わないといけないことがある」
「——? どうしたの?」
「オイラはッ———······!?」
言いかけた瞬間、オリバは首元を掴まれ地面に叩きつけられた。この家の中で感じた初めての殺気。今まで感じた中で最も恐ろしい、悍ましい殺気である。オリバは顔を確認した瞬間全身が凍り付いた。魔界に単騎で乗り込み自身を攫っていった獣人。潜在的な恐怖からオリバの身体は震えていた。
「どうしてお前がここにいる」
(駄目だ·····こいつに慈悲なんてない。オイラの仲間を殺した時と同じ眼をしている)
首を絞める力は徐々に強くなりオリバの意識は朦朧とし始めた。
「待ってクレース、離してあげて」
意識が途切れかけた直前、オリバは拘束から解放された。
「ジン、こいつは呪いをつくった張本人だ。解呪の情報を聞き取るためだけに誘拐してきた。もう用済みだ。殺す。私が殺す」
「·······呪いを。そうなんだ」
(オイラを憎め、優しい人間。そして現実も見ないでぬるま湯に浸っていたオイラ、今ここで······)
「獣人。今ここでオイラを殺せ」
「頼む必要はない」
「クレースッ——」
クレースは鞘に手を当てたままピタリと動きを止めた。今この状況でクレースの動きを止められるのはジンのみ。細く小さなジンの手に掴まれクレースの放つ殺気は一瞬にして消え去っていた。
「私は、諦めてない」
殺気による緊張から解放されたオリバは再び息が詰まった。曇りの無い真っ直ぐで純粋な瞳。全てを悟ったような表情の前でオリバに無駄な思考が巡ることはなかった。
「だけど死ぬ。これは誰にも、オイラもどうすることもできない」
「———お前ッ····」
クレースに鋭く睨まれるが不思議とオリバに恐怖心はなかった。
「知っているんだろう獣人。存在しない希望を与えても絶望感が増すだけだ」
「······」
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「ッ——よく考えればそうだな。どうしてだ」
「頑張って、繋いできたんだ。今の私に」
「······どういうことだ」
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言葉を聞いたオイラは何も言うことができなかった。ただの人間がオイラの呪いをどうにかしようだなんて無理な話だ。でもこの人間はよく分からない。この人間は誰よりも生きることを望んでいるのに、誰よりも死ぬ覚悟を持っている。もう何が正解か分からない。オイラは、魔王に初めて反抗するかもしれない。
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