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英雄奪還編 後編
七章 第七十六話 ボルの複製体
しおりを挟むボルの複製体が現れたのはボーンネルの北西付近。圧倒的な暴力で敵を蹴散らしながらゆっくりと南下していた。オリジナルのボルと異なるのは「ゼルタス」という武器を所持していないこと。しかし素手であろうと敵う者はいなかった。
剛人族の一帯が敗れた今、ガルミューラ率いる空軍部隊に可能なのはオリジナルのボルが来るまでの進路の妨害のみ。しかし状況はまさに最悪だった。
「エルダン達の治療を最優先だ!」
「お姉ちゃん!! このままだとボルさんの複製体がジン様の家に!!」
ドルトンとスタンクを前線に進路の妨害をするものの防戦一方の状況。それに最前線でボルの攻撃を喰い止めていた二人の体力は限界に近づいていた。
「お前達、全員下がれ。私が時間を稼ぐ」
「私達はまだいけます!!!」
「そうですよ! あんな化け物一人じゃ自殺行為だ!!」
「命令が聞けないのか。下がれといっているんだ」
「っ·········」
自身と同等の強さを誇るエルダンが手も足も出ないまま倒されてなお、ガルミューラは落ち着いていた。
(複製体に感情は見られない。それに意思のある武器は所持していない。ただ、勝てるビジョンは見えないな)
ガルミューラが複製体の前に立ちはだかる。複製体のボルは指をポキポキと鳴らし改めて構えた。
(あくまで足止め····足止めだが······)
「ドケ」
(これほどまでに差があるとはな)
「———水麗」
紫色の魔力が水麗の鋒を纏いガルミューラは投擲の構えを取る。
(一か八か·····)
水麗を構える右手に魔力を集約させ、腕の筋肉は収縮する。熱を纏った腕は赤みを帯びガルミューラは全神経を集中させた。複製体のボルは動く様子もなくその攻撃を待つかのように立ち尽くしていた。
「水天狼!!」
狼を形づくる水流は槍の初速に押し出され急加速する。
複製体へ向かい一直線に進み辿り着く頃には音速に到達していた。
———しかし
「チィッ——!!」
平然と避ける複製体。なおも水天狼は方向を変え複製体へと迫る。
(魔力の消費が大きい。すぐに見切られ·····)
————ガンっ
その時、突如として金属の鈍い音が響き渡った。
複製体は地面に叩きつけられピクリとも動かない。
「·····ふぅ。助かった、ボル」
「オケ。あとは任セテ」
「·····なんだ、今のコウゲキ」
複製体はのそっと起き上がりオリジナルのボルを睨んだ。
応えるようにしてボルは睨み返す。
「たとえ複製体でもボクならジンに敵対シナイ。だからお前の存在は····要らない」
ボルの口調が変わり戦場には緊張が走る。
(たった一人でもこの安心感か。それにしてもトキワのやつ、私達がピンチだというのに、応答もしてくれないとはな····)
「おーい、聞こえてるか? なあ」
「と、トキワ、いつの間に」
「いつの間にって急いで来たんだぜ? 嫁さんのピンチに駆け付けたんだよ」
「よよよ、嫁さんって」
「間違ってねえだろ。ここはボルだけに任せて行こう。怪我人も多いみたいだからな」
「でも大丈夫か? 複製体とはいえ、ボルだぞ。他にも来れば危険だ」
トキワは微笑みボルを見た。視線の先にいるボルには敵の姿しか見えていない。長年付き添う旧友だからこそトキワは全ての信頼をおいていた。
「一番危険なのはクレースの複製体が出現した場合だ。たとえ5、6割の力でも勝てるヤツはまずいない。俺も含めてな。ボル! 周りは気にするな! 好きにやれ!」
ボルは背中越しにグーサインをしゼルタスを握り締めた。同時にトキワは周りに倒れていた味方を全員高速で回収する。そして撤収が完了しその場にボルと複製体のみが残った。
「ッ——」
動き出し、複製体はボルの隣を通り過ぎる。圧倒的な強者を前にして複製体は最良の選択肢をとったのだ。人外とも言える脚力はオリジナルと同等。すぐさまボルは後を追うがゼルタスを持っている分速度は負けていた。
(ボルさん、これは敵の罠かもしれません)
(確かに、どうして北上しているンダ)
距離は縮まらないまま複製体は南下してきた道をなぞるようにして北上する。二人は移動した際の衝撃波だけで南下していた魔物達を吹き飛ばしていた。その後、しばらくして複製体は動きを止める。
「何が目的だ。さっさと殺されろ」
「お前はツヨイ。だから、全員で叩きツブス」
(ボルさん、周りを見てください)
ボルの立っていた場所は大きな窪みになっており、いつの間にか全方位から敵が囲い込んでいた。
(エルダン、ガルミューラの複製体もイル)
(まずいですよボルさん。彼らは先程の戦場にいた方々。ということは·····)
ゼルタスの予想は見事に的中する。ボル同等、別格の存在。トキワの複製体が出現し複製体と魔族を含めた敵の数は三十体を超えていた。
(助けを呼びましょうボルさん。危険です)
(いや、むしろ好都合ダ。戦力が集中しているから一気に叩ケル)
(で、ですがここでボルさんが負ければッ······)
(負けなイヨ。だから壊れなイデ)
(もちろんです)
ボルは動き出すことなく続々と現れる敵を待っていた。時間を追うごとに増加する闘志は前衛に構える魔族を萎縮させるほど。暫くしボルを囲む敵の数は三百を超えた時、ようやく両者が動き出す。
数多の敵を前にしてボルはその日、久方ぶりにリミッターを解除する。
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