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転。〈弍〉
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目を覚ますと、清司は布団に寝かされていた。耳には相変わらず雑音のような大勢の人の声。だが、先程の腐臭だけはなくなっている分、幾らか気分はよくなったように感じる。
ここは何処だろうか。部屋の天井からみて、まず病院ではない事は確かだ。倒れた公園からそう離れてはいないだろうが、こんな純和風建築な家が近くにあっただろうか?
「ーつね様、気ーました」
そんな事を考えつつぼーっと天井を見つめていると、中年の男が彼の顔を覗き込みそう言った。
重なってくる声が邪魔で聞き取りづらいが、自分が目を覚ましたことを伝えたのは間違いないだろう。
「おお、そうかぇ。それは重畳じゃ。次の段に移る故準備を頼むぞ」
「ーかーりーた」
ぼんやりとした意識で聞いていたが、視界に入らないもう一人はどうやら先の狐づらの男のようだ。何故か彼の声だけはハッキリと聞こえる。
「目覚めて早々申し訳ないが、これより祓いの儀を執り行う故、暫しそのままで居られよ」
「はら、う?」
未だはっきりとしない頭で聞き返すと、狐づらの男は淡々と答えてきた。
「そうじゃ。お前さんに憑いとるそれはの、古の呪法を用いて作られた人の呪いの断片よ。そう簡単には消し去れぬ。故に一度引き離そうと思う」
コレを祓うと言ったか、この男は。
簡単そうに言う男に多少の苛つきを覚え、清司は男に顔を向けた。
「……祓った、呪は……どうなる」
「ふむ。その状態でそんな事が気になるのかえ?」
「おし、えろ」
「呪は一度は散り散りになるであろうな。ワシにはそこまでしか出来ん」
「その、あと、は」
「そのあと?ふむ。細かい事を気にする。自分の命が助かればそれで良かろうに」
そう言うと、男はニンマリと笑顔をつくってみせた。
「そ、れじゃ……寝覚め、が、悪い」
更に増した苛立ちも顕に清司が言うと、男は軽くため息をついて
「……仕方の無い。これはワシの予測であるが、散った呪は時間をかけてまた一つ所に集まるであろうの。そしてまた人に憑き人を呪う。本来は相応の型に封して使われるモノなのであろうが、使う者も封する者も型のモノも、今の世にはおらんでな。せめて型のモノが見つかる迄散らしておくしか方法は無かろうよ」
そこまで言ってこちらを見る。
まるでこちらの反応を伺うようだ。
「それ、じゃぁ、駄目、だろ」
彼自身、正義感が特別強いわけではない。が、狐づらの男の言動は、諦めて大人しくしておけと言われているようで腹がたつ。
「ほぉ。その状態で起き上がるかえ」
半ば怒りに任せて上体を起こすと、男は驚いた声色でそう言った。が、顔は先の腹立たしい笑顔のままだ。
「俺、が……型になって、斬るってのは、どうだ?……型ってのは、何でもいいん、だろ」
「どういう事だぇ?」
「俺に、呪を集めろ。そして、あんたが封をして、それを、俺が斬る」
自分ならそれが出来る。そう確信しての清司の言葉に、ここに来て初めて男の眉根が寄った。口元は依然笑みの形に弧を描いたままなのが不自然に映る。
「ほうほう。……それは、お主にかなりの負担がかかるが覚悟の上かぇ?」
男は声色を低くしてそう問う。
「俺は大丈夫だ」
清司はそれまで乱れていた呼吸を整えると、一息に返した。
「……………」
「……………」
暫しの沈黙。
清司の覚悟を改めて問うように、男は細かった目を少し開き、獣の様に見えなくもない瞳でじっとこちらを見つめ
「……はぁ。変わらぬか。ならば致し方無し」
今度は何かを諦めたようにため息をつくと、その場にすっと立ち上がり、パンと手を二回鳴らす。
「右吉、左吉」
「はい!」
「はーーーい!!」
呼ばれて勢い良く襖を開け、元気に手を上げて返事をしたのは、鈍色の袴を履いた髪の白い子供が二人。
しかし子供は、清司の見間違いで無ければだが、狐のような耳と尻尾を生やしていた。
見た目そっくりうり二つの子供は、本物宜しくぴょこぴょこと耳を動かし、金色の瞳をキラキラとさせ、まるで犬のように尻尾をブンブンと振っている。この男に呼ばれた事がよほど嬉しいらしい。
あまりの光景に目を丸くしていると、男は二人に指示を出す。
「場の封を五段階に上げとくれ。特に生き物は入れぬようにな。あと神主に予定を変更する旨を伝えて、外で待っとるあの子らをここに呼んどくれ」
「かしこまりまして!」
「しょうちしまして!」
二人は言いながらペコリと頭を下げると、襖も閉めずに競うように廊下を駆けて行った。
「……聞いてもいいか?」
「何だぇ」
「あの、二人は?」
「説明が必要かぇ?」
男はまた元のニンマリ顔だ。
「準備の時間もある。暇つぶしに少しばかしアレ等について考えるのも良かろうなぁ。なぁに。答え合わせは後でしてやろう。ああ、そうじゃ。お主の目に見えておるかは分からぬが、この部屋には二重の結界が施してある。故、間違えても此処から出ようなどするでないぞぇ」
そう言うと男は部屋から出て襖をピシャリと閉めた。
ここは何処だろうか。部屋の天井からみて、まず病院ではない事は確かだ。倒れた公園からそう離れてはいないだろうが、こんな純和風建築な家が近くにあっただろうか?
「ーつね様、気ーました」
そんな事を考えつつぼーっと天井を見つめていると、中年の男が彼の顔を覗き込みそう言った。
重なってくる声が邪魔で聞き取りづらいが、自分が目を覚ましたことを伝えたのは間違いないだろう。
「おお、そうかぇ。それは重畳じゃ。次の段に移る故準備を頼むぞ」
「ーかーりーた」
ぼんやりとした意識で聞いていたが、視界に入らないもう一人はどうやら先の狐づらの男のようだ。何故か彼の声だけはハッキリと聞こえる。
「目覚めて早々申し訳ないが、これより祓いの儀を執り行う故、暫しそのままで居られよ」
「はら、う?」
未だはっきりとしない頭で聞き返すと、狐づらの男は淡々と答えてきた。
「そうじゃ。お前さんに憑いとるそれはの、古の呪法を用いて作られた人の呪いの断片よ。そう簡単には消し去れぬ。故に一度引き離そうと思う」
コレを祓うと言ったか、この男は。
簡単そうに言う男に多少の苛つきを覚え、清司は男に顔を向けた。
「……祓った、呪は……どうなる」
「ふむ。その状態でそんな事が気になるのかえ?」
「おし、えろ」
「呪は一度は散り散りになるであろうな。ワシにはそこまでしか出来ん」
「その、あと、は」
「そのあと?ふむ。細かい事を気にする。自分の命が助かればそれで良かろうに」
そう言うと、男はニンマリと笑顔をつくってみせた。
「そ、れじゃ……寝覚め、が、悪い」
更に増した苛立ちも顕に清司が言うと、男は軽くため息をついて
「……仕方の無い。これはワシの予測であるが、散った呪は時間をかけてまた一つ所に集まるであろうの。そしてまた人に憑き人を呪う。本来は相応の型に封して使われるモノなのであろうが、使う者も封する者も型のモノも、今の世にはおらんでな。せめて型のモノが見つかる迄散らしておくしか方法は無かろうよ」
そこまで言ってこちらを見る。
まるでこちらの反応を伺うようだ。
「それ、じゃぁ、駄目、だろ」
彼自身、正義感が特別強いわけではない。が、狐づらの男の言動は、諦めて大人しくしておけと言われているようで腹がたつ。
「ほぉ。その状態で起き上がるかえ」
半ば怒りに任せて上体を起こすと、男は驚いた声色でそう言った。が、顔は先の腹立たしい笑顔のままだ。
「俺、が……型になって、斬るってのは、どうだ?……型ってのは、何でもいいん、だろ」
「どういう事だぇ?」
「俺に、呪を集めろ。そして、あんたが封をして、それを、俺が斬る」
自分ならそれが出来る。そう確信しての清司の言葉に、ここに来て初めて男の眉根が寄った。口元は依然笑みの形に弧を描いたままなのが不自然に映る。
「ほうほう。……それは、お主にかなりの負担がかかるが覚悟の上かぇ?」
男は声色を低くしてそう問う。
「俺は大丈夫だ」
清司はそれまで乱れていた呼吸を整えると、一息に返した。
「……………」
「……………」
暫しの沈黙。
清司の覚悟を改めて問うように、男は細かった目を少し開き、獣の様に見えなくもない瞳でじっとこちらを見つめ
「……はぁ。変わらぬか。ならば致し方無し」
今度は何かを諦めたようにため息をつくと、その場にすっと立ち上がり、パンと手を二回鳴らす。
「右吉、左吉」
「はい!」
「はーーーい!!」
呼ばれて勢い良く襖を開け、元気に手を上げて返事をしたのは、鈍色の袴を履いた髪の白い子供が二人。
しかし子供は、清司の見間違いで無ければだが、狐のような耳と尻尾を生やしていた。
見た目そっくりうり二つの子供は、本物宜しくぴょこぴょこと耳を動かし、金色の瞳をキラキラとさせ、まるで犬のように尻尾をブンブンと振っている。この男に呼ばれた事がよほど嬉しいらしい。
あまりの光景に目を丸くしていると、男は二人に指示を出す。
「場の封を五段階に上げとくれ。特に生き物は入れぬようにな。あと神主に予定を変更する旨を伝えて、外で待っとるあの子らをここに呼んどくれ」
「かしこまりまして!」
「しょうちしまして!」
二人は言いながらペコリと頭を下げると、襖も閉めずに競うように廊下を駆けて行った。
「……聞いてもいいか?」
「何だぇ」
「あの、二人は?」
「説明が必要かぇ?」
男はまた元のニンマリ顔だ。
「準備の時間もある。暇つぶしに少しばかしアレ等について考えるのも良かろうなぁ。なぁに。答え合わせは後でしてやろう。ああ、そうじゃ。お主の目に見えておるかは分からぬが、この部屋には二重の結界が施してある。故、間違えても此処から出ようなどするでないぞぇ」
そう言うと男は部屋から出て襖をピシャリと閉めた。
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