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暗転。
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ーーその日はとても良く晴れた日だった。
それまでいつも通りのつつがない生活をおくっていた所に、突然悲鳴が響いて、全ては変わってしまう。
何が起こったのかと怯え、動けないでいる妹の手を取り、急いで村の外に向かった。
野伏が出たかもしれない。
そうなれば、大人の男たちが戦に駆り出されて、女子供と老人しかいないこの村はひとたまりもない。
しかしそうではなかった。
「おーい!こっちにも居たぞ‼」
見つかった。
知らない大人の男の声に体が強張る。
斬り捨てられるのを覚悟し、妹を抱き寄せぎゅっと目を瞑るが、ぐいっと腕を掴まれ、乱暴に連れ出される。
「なにすんだ!放せ!」
言いながら妹の方を見ると、可哀想に余程怖いのかガクガクと震え引きずられている。
抵抗も虚しく村の中央まで連れて来られると、そこには既に、殆どの村人が集められていた。
その周りをぐるりと、立派な鎧を付けた侍達が取り囲んでいる。
これから何をされるのか。恐ろしくて妹と身を寄せ合い震えていると、今度は誰一人逃げられないように、村人全員ひとつなぎで縄をかけられる。そして馬に乗った侍を先頭に、周りを侍に囲まれたまま村から連れ出された。
それから何日歩いただろうか。
生きるぎりぎりの水と食料を与えられ、そろそろ倒れる者も出ようかという頃。
急に侍達が十分な量の水と食料を、村人全員に振る舞った。
どういう事かと訝しむ者もいたが、空腹には逆らえず、皆はつかの間の満腹感をあじわった。
それからまた一日歩いて、遂に目的地であろう場所に到着する。
そこは木々が鬱蒼と生い茂る山の中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟だった。
中に入れとせっつかれ、先頭の村人が渋々中に入る。入り口は狭く、大人の女が屈んでようやく入れる大きさだ。
半分程の村人が入ったところで、洞窟の中から悲鳴が聞こえたかと思うと、急に綱が引っ張られ始める。
すると、侍達が刀を抜き、入れ入れと更にせっつき始めた。
何が起こったのか理解する間もなく、自分たちも洞窟に入るしかなかった。
洞窟の中は当然真っ暗で、入り口の広さがそのまま続いていた。
先も見えず狭い為立ち止まりたいが、次々入ってくる大人たちに押されているのと、前方から綱が引っ張られている事でそれも叶わず、どんどん奥へと進んでいった。
程なくして、空間が開けたかと思うと「きゃっ」と言う短い悲鳴と共に、前に居た大人の気配がふっと無くなった。同時にそれまでよりも強い力で綱が引かれ、その場に転んでしまう。
後ろの大人が気が付き、助け起こそうとしてくれるがそれよりも綱の力のほうが強い。
そのまま引きずられた状態で、洞窟の穴に落ちていった。
結局、全員が洞窟に空いていた穴に落ちる形になってしまった。
そこは開けた空間で、高い天井には小さな穴が一つあり、そこから外の光が入っていて、中はほんのりと明るい。
穴自体はそこまで深くはないが、石を利用して綱を切った後に大人が登ろうとしても、壺のように上がせり出していて、登るのは不可能だった。
穴の壁や地面に触れると道具で削られたような跡があり、そこが人によって作られたもので、自分たちはそこに閉じ込められたという事を理解した。
そこからは、ひたすら寒さと飢えに耐える日々が続く。
幸い水は、岩と岩の間に水が湧き出しており、それを飲むことができた。
しかし、外からの光で日が経つのがわかったことが、村人の気持ちを追い込んでいた。
一度、天井の穴に人の気配を感じ、皆で注目していたところ、その穴から小刀が落ちてきた事があった。
持ち主が落としたのか。なぜそんな物が落ちてきたのか分からなかったが、それは村で一番の年寄りが持つ事になった。
それから。
入ってきた入り口の方や、天井の穴に向けて、助けを求めて叫んだが、人の気配が全く無い事に気づいてからは身を寄せ合い座り込む時間が続いた。
また時間が流れて、最初に犠牲になったのは一歳にもならない赤児だった。
母親の女は泣き崩れたが、赤児の遺体をいつまでもそのままにはして置けず、隅の方に安置し、石を積み上げることで埋葬した。
ことが起こったのはその日の夜だった。
目を覚ますと、月明かりで薄ぼんやりとした中に人が数人、一か所に集まっているのが見えた。
それと同時に聞こえてきたぺちゃぺちゃ、くちゃくちゃという音。
何の音かは分からないが、それがやけに恐ろしい光景に思えて、見ないふり、寝たふりをしてその晩は過ごした。
次の日。
兄妹に一欠片ずつ、赤黒くてやわらかい肉のようなモノが配られた。
他にも配られた者がいたが、誰も何も言わず、それを口に入れ、咀嚼し、飲み込んでいる。
自分達も恐る恐るそれを口に運ぶ。
口に入ったそれはとても血生臭く、すぐにでも吐き出したい衝動に駆られたが、「ここで何かを食べなければ死んでしまう」という意思がそれを思い止まらせた。
我慢してどうにかこうにか飲み下す。
隣の妹もそれは同じようで、必死に口を抑え、吐き出さないようにしながらようやく飲み込んでいた。
それから、定期的に同じ事が繰り返される事になる。
誰も何も言わないが、弱って虫の息になった人間が次の日には居なくなり、代わりに手元には肉片が配られる。そして洞窟の隅の方には、白っぽい何かが積み上げられていった。
ある時、老人がぴたりと隣に座った。
どうしたのだろうと疑問に思っていると、「獣の肉を捌いたことはあるか」と尋ねられた。
冬に父親がとってきた鹿を捌くのを手伝った事があると告げると、老人は微笑みながら、「あの時の肉はお前さんも手伝ったのか」と言って頭をなでてくる。
弓が上手かった父は、冬になるとよく山に入り、鹿などの獣を狩って来ては村の人々に配っていた。
不作の年などは、それで命が助かったと感謝する人もいたものだった。
それから、少しの間他愛もない話をして、最後に老人はこっそりと小刀を手渡してきた。
「最後はこれで自分の身を守りなさい」
聞き取れるか否かという小さな声でそう言って、老人は元いた場所に戻り腰を下ろす。
改めて周囲を見渡すと、村人は自分達も含めて四人。先の老人と、目をぎらつかせてこちらを見る壮年の女だけになっていた。
それからまた時間が過ぎて。
ある夜、言い争う声で目を覚ました。
月明かりのない夜。真っ暗な中大人が二人言い争っている声が聞こえる。
「あんたが最初にあんな事をしなけりゃ、今頃こんな思いしないでみんな仲良くあの世に行けてたのに!」
「………………」
「あたしゃ嫌だよ!今まで黙ってたけど、そんな事はまっぴらだ!」
なんの事だろう。
寝ぼけ眼で聞いていると、ごすっという鈍い音と、どさっという何か重いものが落ちるような音が響いて、しんと静まり返った。
何が起こったのか理解できずにいると、突然手を掴まれる。
驚いて声を上げようとした瞬間口を塞がれ「しーっ」と言う声が聞こえた。
何日か前に話しかけてきた老人だった。
老人はこちらの手を引き歩き出すが、すぐに立ち止まる。目を凝らすとそこには目をぎらつかせていた女が横たわっていた。
「……これを食べなさい」
これとは、この女の事をさしているのだろう。
これまで分け与えられていたものの正体を見て、もっと何かしらの感情が込み上げて来るかと思っていたが、心も頭も冷静だった。
言われたとおり。
獣を捌くのと同じ要領ではらわたを出し、皮を剥ぎ、肉と骨に切り分けていく。
もう、何もかもが狂っていたに違いない。
なんの感情もなく、淡々と作業をこなしていった。
日が昇る頃には、肉の部分は全てきれいに切り出す事ができた。
なんて簡単なんだろう。
心のどこかでそう思う自分がいた事に、特に驚きも何もなかった。
切り出した肉を、老人と協力して皮でくるみ、なるべく傷まないように光の当たらないところに移してから、残った部分をまとめ、白い山へと積み上げる。
と、下の方で蛆と蝿が蠢いているのが見えたが、それすらも何も感じなかった。
それから数日、老人と自分たちとで肉を分け合い食べた。
最後の方は腐らないよう、きれいで大きめな石の上に薄く切り出した肉を並べ、干し肉にして食べきった。
数日後、老人は静かに息を引き取っていた。
それを見て、また生き延びられると胸をなでおろす。
先ずは早く捌いて肉を処理しよう。
遂に最後の肉が無くなった。
次は自分の番だろう。
妹に、腹が減ったら肉を切り取って食べるように言うと、妹は光の無い瞳で頷いた。
それを見て満足し、彼は自分の首筋に思いきり突き刺し、すぐさま引き抜く。
痛みは少しだけ。
あとは、どくんどくんと脈打つたびに血が抜けていく感覚。
それも少しずつ薄れて、最後は暗闇に飲まれていった。
それまでいつも通りのつつがない生活をおくっていた所に、突然悲鳴が響いて、全ては変わってしまう。
何が起こったのかと怯え、動けないでいる妹の手を取り、急いで村の外に向かった。
野伏が出たかもしれない。
そうなれば、大人の男たちが戦に駆り出されて、女子供と老人しかいないこの村はひとたまりもない。
しかしそうではなかった。
「おーい!こっちにも居たぞ‼」
見つかった。
知らない大人の男の声に体が強張る。
斬り捨てられるのを覚悟し、妹を抱き寄せぎゅっと目を瞑るが、ぐいっと腕を掴まれ、乱暴に連れ出される。
「なにすんだ!放せ!」
言いながら妹の方を見ると、可哀想に余程怖いのかガクガクと震え引きずられている。
抵抗も虚しく村の中央まで連れて来られると、そこには既に、殆どの村人が集められていた。
その周りをぐるりと、立派な鎧を付けた侍達が取り囲んでいる。
これから何をされるのか。恐ろしくて妹と身を寄せ合い震えていると、今度は誰一人逃げられないように、村人全員ひとつなぎで縄をかけられる。そして馬に乗った侍を先頭に、周りを侍に囲まれたまま村から連れ出された。
それから何日歩いただろうか。
生きるぎりぎりの水と食料を与えられ、そろそろ倒れる者も出ようかという頃。
急に侍達が十分な量の水と食料を、村人全員に振る舞った。
どういう事かと訝しむ者もいたが、空腹には逆らえず、皆はつかの間の満腹感をあじわった。
それからまた一日歩いて、遂に目的地であろう場所に到着する。
そこは木々が鬱蒼と生い茂る山の中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟だった。
中に入れとせっつかれ、先頭の村人が渋々中に入る。入り口は狭く、大人の女が屈んでようやく入れる大きさだ。
半分程の村人が入ったところで、洞窟の中から悲鳴が聞こえたかと思うと、急に綱が引っ張られ始める。
すると、侍達が刀を抜き、入れ入れと更にせっつき始めた。
何が起こったのか理解する間もなく、自分たちも洞窟に入るしかなかった。
洞窟の中は当然真っ暗で、入り口の広さがそのまま続いていた。
先も見えず狭い為立ち止まりたいが、次々入ってくる大人たちに押されているのと、前方から綱が引っ張られている事でそれも叶わず、どんどん奥へと進んでいった。
程なくして、空間が開けたかと思うと「きゃっ」と言う短い悲鳴と共に、前に居た大人の気配がふっと無くなった。同時にそれまでよりも強い力で綱が引かれ、その場に転んでしまう。
後ろの大人が気が付き、助け起こそうとしてくれるがそれよりも綱の力のほうが強い。
そのまま引きずられた状態で、洞窟の穴に落ちていった。
結局、全員が洞窟に空いていた穴に落ちる形になってしまった。
そこは開けた空間で、高い天井には小さな穴が一つあり、そこから外の光が入っていて、中はほんのりと明るい。
穴自体はそこまで深くはないが、石を利用して綱を切った後に大人が登ろうとしても、壺のように上がせり出していて、登るのは不可能だった。
穴の壁や地面に触れると道具で削られたような跡があり、そこが人によって作られたもので、自分たちはそこに閉じ込められたという事を理解した。
そこからは、ひたすら寒さと飢えに耐える日々が続く。
幸い水は、岩と岩の間に水が湧き出しており、それを飲むことができた。
しかし、外からの光で日が経つのがわかったことが、村人の気持ちを追い込んでいた。
一度、天井の穴に人の気配を感じ、皆で注目していたところ、その穴から小刀が落ちてきた事があった。
持ち主が落としたのか。なぜそんな物が落ちてきたのか分からなかったが、それは村で一番の年寄りが持つ事になった。
それから。
入ってきた入り口の方や、天井の穴に向けて、助けを求めて叫んだが、人の気配が全く無い事に気づいてからは身を寄せ合い座り込む時間が続いた。
また時間が流れて、最初に犠牲になったのは一歳にもならない赤児だった。
母親の女は泣き崩れたが、赤児の遺体をいつまでもそのままにはして置けず、隅の方に安置し、石を積み上げることで埋葬した。
ことが起こったのはその日の夜だった。
目を覚ますと、月明かりで薄ぼんやりとした中に人が数人、一か所に集まっているのが見えた。
それと同時に聞こえてきたぺちゃぺちゃ、くちゃくちゃという音。
何の音かは分からないが、それがやけに恐ろしい光景に思えて、見ないふり、寝たふりをしてその晩は過ごした。
次の日。
兄妹に一欠片ずつ、赤黒くてやわらかい肉のようなモノが配られた。
他にも配られた者がいたが、誰も何も言わず、それを口に入れ、咀嚼し、飲み込んでいる。
自分達も恐る恐るそれを口に運ぶ。
口に入ったそれはとても血生臭く、すぐにでも吐き出したい衝動に駆られたが、「ここで何かを食べなければ死んでしまう」という意思がそれを思い止まらせた。
我慢してどうにかこうにか飲み下す。
隣の妹もそれは同じようで、必死に口を抑え、吐き出さないようにしながらようやく飲み込んでいた。
それから、定期的に同じ事が繰り返される事になる。
誰も何も言わないが、弱って虫の息になった人間が次の日には居なくなり、代わりに手元には肉片が配られる。そして洞窟の隅の方には、白っぽい何かが積み上げられていった。
ある時、老人がぴたりと隣に座った。
どうしたのだろうと疑問に思っていると、「獣の肉を捌いたことはあるか」と尋ねられた。
冬に父親がとってきた鹿を捌くのを手伝った事があると告げると、老人は微笑みながら、「あの時の肉はお前さんも手伝ったのか」と言って頭をなでてくる。
弓が上手かった父は、冬になるとよく山に入り、鹿などの獣を狩って来ては村の人々に配っていた。
不作の年などは、それで命が助かったと感謝する人もいたものだった。
それから、少しの間他愛もない話をして、最後に老人はこっそりと小刀を手渡してきた。
「最後はこれで自分の身を守りなさい」
聞き取れるか否かという小さな声でそう言って、老人は元いた場所に戻り腰を下ろす。
改めて周囲を見渡すと、村人は自分達も含めて四人。先の老人と、目をぎらつかせてこちらを見る壮年の女だけになっていた。
それからまた時間が過ぎて。
ある夜、言い争う声で目を覚ました。
月明かりのない夜。真っ暗な中大人が二人言い争っている声が聞こえる。
「あんたが最初にあんな事をしなけりゃ、今頃こんな思いしないでみんな仲良くあの世に行けてたのに!」
「………………」
「あたしゃ嫌だよ!今まで黙ってたけど、そんな事はまっぴらだ!」
なんの事だろう。
寝ぼけ眼で聞いていると、ごすっという鈍い音と、どさっという何か重いものが落ちるような音が響いて、しんと静まり返った。
何が起こったのか理解できずにいると、突然手を掴まれる。
驚いて声を上げようとした瞬間口を塞がれ「しーっ」と言う声が聞こえた。
何日か前に話しかけてきた老人だった。
老人はこちらの手を引き歩き出すが、すぐに立ち止まる。目を凝らすとそこには目をぎらつかせていた女が横たわっていた。
「……これを食べなさい」
これとは、この女の事をさしているのだろう。
これまで分け与えられていたものの正体を見て、もっと何かしらの感情が込み上げて来るかと思っていたが、心も頭も冷静だった。
言われたとおり。
獣を捌くのと同じ要領ではらわたを出し、皮を剥ぎ、肉と骨に切り分けていく。
もう、何もかもが狂っていたに違いない。
なんの感情もなく、淡々と作業をこなしていった。
日が昇る頃には、肉の部分は全てきれいに切り出す事ができた。
なんて簡単なんだろう。
心のどこかでそう思う自分がいた事に、特に驚きも何もなかった。
切り出した肉を、老人と協力して皮でくるみ、なるべく傷まないように光の当たらないところに移してから、残った部分をまとめ、白い山へと積み上げる。
と、下の方で蛆と蝿が蠢いているのが見えたが、それすらも何も感じなかった。
それから数日、老人と自分たちとで肉を分け合い食べた。
最後の方は腐らないよう、きれいで大きめな石の上に薄く切り出した肉を並べ、干し肉にして食べきった。
数日後、老人は静かに息を引き取っていた。
それを見て、また生き延びられると胸をなでおろす。
先ずは早く捌いて肉を処理しよう。
遂に最後の肉が無くなった。
次は自分の番だろう。
妹に、腹が減ったら肉を切り取って食べるように言うと、妹は光の無い瞳で頷いた。
それを見て満足し、彼は自分の首筋に思いきり突き刺し、すぐさま引き抜く。
痛みは少しだけ。
あとは、どくんどくんと脈打つたびに血が抜けていく感覚。
それも少しずつ薄れて、最後は暗闇に飲まれていった。
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