人と毒と蠱。

風月

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消滅と継承

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 視界が戻ると、そこには痩せこけた人間ではなく、少年と老人が立っていた。
 すぐに、先の映像の人物だと理解する。
 足下は真っ黒い縄で繋がれており、それが足首に食い込んでいた。
《おれたちの記憶はここまでだよ》
《お前さんが術を切り離してくれるなら、儂らは喜んで滅せられよう》
 それぞれに言いながら、笑顔を浮かべる。しかしそれもどこか悲しそうだ。
「……成仏は……出来ないのか?」
 その問いに二人はうつむきながら答えた。
《仏様のもとに行くには、儂らはもう黒く染まり過ぎた》
《もう手遅れだよ。おれたちは立派なバケモノだ》
 そう言った少年の足元に、透明な雫がぽたりと落ちるのが見える。
「そんな……」
 先の無い消滅を選ぶしかない状況に、言葉を失った。
《これも人助けだと思って、斬っておくれ》
 その言葉に意を決し、清司は二人に刀を振り下ろした。




 二人が斬られ、笑顔で霧散したのを見届けたところで、今度は後ろから声をかけられる。
 振り返ると、そこには白い着物を着た老婆が立っていた。
「ご覧になられましたか?」
「……あんたは?」
 そう尋ねられ、答える代わりに問い返すと、老婆は
「あなたが見たモノの最後の生き残り。千代と申します」
 言って深々と頭を下げた。
「……何で、あんな事になったんだ」
 先の映像の中では語られなかった部分を問う。すると老婆は、目を伏せて語り始めた。
「隣国の殿様が術師を呼んで、呪術で他の国を滅ぼそうとしたのです。ですが、呼ばれた術師は狂っていました。関係無かった私達の村をまるごと一つ使って、蠱毒という術が出来るか試そうとしたのです。知っての通り、術は完成されました」
「人間は……あんな、簡単に狂えるもんなのか……」
「飢餓は人を狂わせる要因になります。そして、あの小刀にも、人を狂わせる術がかけられていました」
 彼女は、苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「最初は小さなきっかけに過ぎずとも、積み重なるものと増幅するモノがあれば、後は簡単なものなのです……」
「あんたは、生き残った後どうしたんだ?」
「生き残りはしましたが、そこに私の意識はありませんでした。おきつね様に出逢うまで、私はただのバケモノでしたから。……その間に、私は多くの人を、殺したのでしょうね……」
 深い、悲しみの滲む沈黙を挟んで、更に続ける。
「おきつね様に術を切り離してもらってから、私はようやく人に戻り、残りの人生を全うする事が出来たのです。……でも、兄たちはそのまま、術に取り込まれ、蠱毒として残り続けました。私はそれが心残りで……」
 そこまで聞いて、彼女はこの、いつ終わりが来るとも知れない長い時間を、あの呪いと共に待ち続けたのだと知った。 
「貴方が解決してくださった事、心から感謝しております」
「俺は、ただ……」
 老婆の感謝に言葉を失う。
 自分は彼らを消し去ってしまったというのに。
 そんな清司の思いを知ってか、老婆は一歩近づくと、彼の目を覗き込むようにじっと見つめながら言った。 
「私は先に逝きます。もし伝えられたら……伝わるのなら……どうか、心安らかに、と」
 清司の内に、呪いと化した彼らを見るような表情に、それまで抑えていた感情があふれ出しそうになる。
 それをぐっと堪えて、
「……わかった」
 短くそう返すと、老婆は寂しそうな笑顔を浮かべて「ありがとう」と改めて頭を下げ、光の粒子となって消えていった。
 


 黙ってそれを見送って。
 自分の目から涙が溢れそうになっていることに気づいて、彼はそれを拭った。
 しかし、一度気づいてしまうとそれは止めどなく溢れてきた。
 何がどうということはない。
 ただただ、今は泣きたかった。




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