メルモヒーユ

古賀 英

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幸せの地と呼ばれた場所

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メルモヒーユ王宮の広場で、一列に立たせた兵士を前にし、ケルド様は一人一人の顔をじっくりと眺めていく。
目を見開く者、視線を下へそらす者、あくびをする者……。


「この者たちは一日中、外で立たせておけ。」


ケルド様は軍の新部隊が結成されると、毎回こうした検査を行う。
だが、今回もすんなりいくはずはなく、兵士たちは一気にため息をもらす。
ケルド様が背を向けた時、誰かが囁いた。


「やはりケルド様だ。こんな酷い仕打ちができるなんて。」


突然、ケルド様が兵士の顔を一瞥すると、みな背筋が凍ったように顔が強ばった。


「今、何か言ったか?」


黙りこくる兵士たち。
ケルド様はこういう事が一番嫌いだった。


「分かっているぞ、お前だろう。」


ケルド様はゆっくりとその者へ近づいていく。
見ているこちらも背筋が凍った。


「つまらぬ事を言いおって。
デリット、こいつを地下へ連れていけ。
私に口答えする者はこうなるのだと分からせてやれ。」


ケルド様に呼ばれハッとした私は、怒られた兵士を地下へと連れていった。

こうして兵士や平民を地下へ送るのは何度目だろうか。
何のために、この人達の命が弄ばれるのだろうと疑問に感じたことはあった。
が、これも任務である。
それに反抗すれば、それはケルド様を裏切る行為になる。
それだけは絶対に許されない。
私を救ってくださったケルド様に、一生を捧げると誓ったのだから。


ちょうど二十年前のことだろうか。
当時六歳だった私は、身寄りもなくメルモヒーユの国境付近の集落で生活していた。
幼すぎてその頃の記憶はあまり残っていないが、村の人々はメルモヒーユの住民を「悪魔」と呼んでいた。
今ではその意味が理解できるが、幼い私にとってメルモヒーユは少しの希望でもあった。
親も兄弟もおらず一人、集落で寂しい暮らしをしていた私は、幸せの地といわれるメルモヒーユを知りたかった。
誰もが幸せになれるのなら、私も人として役割を得たい。
人のために尽くし生きていきたい。
誰からも必要とされなかった私にとって、幸せとはそういうものであった。

そしてあの日、集落に恐怖が降りかかった。
メルモヒーユの軍隊が私の住む所まで攻めてきたのだ。
村の人々が目の前で殺されていくのを、私はただずっと見ていた。
全ての感覚が私を支配した時、兵士が目の前に立ちふさがった。
私はここで終わりだと思った。
幸せという幸せを感じず、大切な人もいないまま消えていくのかと思うと涙が出た。

だが、神はまだ見捨てることはしなかった。
ケルド様が現れたのだ。


「子供は殺すな。連れてこい。」


この言葉は私の中に深く刻まれている。
ケルド様がいなければ私はどうなっていたことか。
この時のケルド様の表情は、なにか哀れむようだった。
が、私はまだまだ幼かった。
連れていかれた後のことなど、この時は考えてすらいなかった。

大人は皆殺しにされ子供はメルモヒーユへと連行された。
メルモヒーユ王宮へつくやいなや地下への道を歩かされ、一人ずつ広い牢屋の中へ入れられた。
ケルド様は監禁する形で子供たちを保護したのだ。
その牢屋の中ではひとつの小さな社会ができていた。
私は社会のなかで何もつながりを持たなかった。
つながるものなど何も持っていなかった。

最年長のコベルという男が社会のトップとなり、いつしか脱走を企てるようになっていた。
ここへ連れられてから三ヶ月たった頃だろうか。
コベルは自ら先導し、子供たちを逃がそうとした。
だがその努力も空しくコベルは兵士に見つかり、殺された。

ケルド様は残った子供たちを一人ずつ尋問した。
私はもう一度人生のチャンスが訪れたと思った。
尋問をする意味は分からなかったが、ケルド様を前にこんな会話をかわした。


「君の名前は何と言う?」


「ありません。」


「何故だ?」


「僕が生まれたとき、もう両親はいませんでした。
村の人達が代わる代わる僕を育ててくれました。
みんな僕のことを坊やと呼んでいました。」


「そうか。
最後に、人生で一番悲しいことは何だと思う?」


「人に必要とされないことです。」


「よし。
君を私の側近として育ててやる。
そうだ、名前を与えてやろう。」


デリット。
それが私に初めて与えられた、私だけの名前。
一緒に捕らえられていた子供たちは密かに処刑された。
私だけが生き延び、そして成長した。

改めてここにいる意味を考える。
今何をすべきか。
ケルド様のために命をかけるのみ。
それが私の生きがいであり、私が生きる意味なのだ。
私は報告書をまとめ、ケルド様の元へと向かったのだった。
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