メルモヒーユ

古賀 英

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古びた家

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 爽やかな朝に挨拶をして、ベッドから起き上がる。
 埃っぽいカーテンと窓を開けると、大木たちが僕に「おはよう」と言ってくれた。


「おはよう。
あれ?いつもより調子が良さそうだ。
いい事でもあったのかい?」


 大木はどこか嬉しそうだ。
それを見て僕もなんだか嬉しくなった。
 
 埃で煙たい部屋だけれど、仲間が一緒に生活していれば何も気になる事なんてなかった。
犬や猿、さらに蛇や蛙まで、ここにはたくさんの仲間がいる。
僕は決して一人じゃなかった。大きな地震がきそうになった時も、木が倒れて下敷きにされそうになった時も、仲間たちが僕に教えてくれた。

 それでも寂しくなる時がある。
ふと、誰かにいて欲しい時がある。
そんな時に限って仲間たちは、そろってかくれんぼを始める。
みんな僕の周りから消えていってしまう。

 どうしてだろうと考えても、未だに答えが分からずにいる。
だから分かる日が来るまで、僕はこの部屋に閉じこもることにした。
閉じこもってしまえば、外に出なければ、かくれんぼの範囲も狭くなるから。

 誰も来ないこんな森の中で、僕はこうして毎日を生きている。
もう十五歳にもなるというのにほとんど人と関わったことがない。
いつかは外の世界に触れてみたい。
一体どんな景色なんだろう。


 そう思いながら大木を見つめていると、ドアをノックする音が部屋中に響いた。
びっくりして体が動かない僕に、ドアをノックした人物の声が聞こえた。


「どうか、入れてくれ。」


 その声は今にも消え入りそうで、確かに僕の助けを求めていた。
僕は緊張しながらドアに手をかけ、ゆっくりと開けた。

 すると、そこに立っていたのは僕よりもはるかに背が高い二十歳くらいの、武装した男の子だった。
男の子も僕を見て、また驚いているようだった。


「突然訪ねてしまってすまない。
俺はノーラス。ノーラス・トペティだ。
訳あって城から逃げ出してきた。
しばらく泊めてもらえないか?」
 

 本当に急すぎて頭が混乱していたが、とりあえず家の中へ入れてやることにした。


「僕はエメント。エメント・ルー。
ずっとここで暮らしているんだ。」


「エメントというのか。感謝する。
君は一人でここに?」


「違う。仲間がいるよ。」


 僕の言葉にノーラスは首をかしげたが、カーテンの向こうの大木を紹介するとノーラスは笑いだした。


「どうして笑うの?」


「エメント、悪いが君は本当にあれが仲間とでも思っているのか?」


 その言い方にカチンときた僕は、ノーラスの腹めがけて一発打ち込んでやった、つもりだった。
だが実際は打ち込んだはずの握り締めた手がノーラスに掴まれていた。


「意外と速い攻撃ができるんだな。」


 そう言われ、放された僕の手は怒りで震えていた。


「軍隊で訓練でも受けたことがあるのか?」


 その問いにも感情を露わにして返答した。


「そう気を悪くするな。
俺がいけなかったんだな、すまん。」


「そういうあんたこそ、そんな格好をしてどっかの兵隊さんか?」


 ノーラスは少しの間考え込んだが、決心がついたのか僕に話し始めた。



「俺はこの国の王を支える立場の家に生まれた。
もちろん、平民では絶対に勝ち取ることのできない、上の立場だ。
だからって王のために、他の国のやつらを前に剣を持って戦場を駆けたり人の血を見たり、なんてことは一切ない。
 俺の父はただ王の命令に従い、犯罪者の取締りなどと言って悠々と街を歩き回っているだけ。
俺はそんな風に生きたくなかった。
だから陰で毎日のように剣を抜いていた。
 そんな事をしていて父に見つからない訳がなかった。
父がその事を知ってからは毎日罵られた。
俺には兄がいたから、そっちの方を可愛がるようになっていった。
もうどこにも俺の居場所は無かった。
他の貴族のやつらからも白い目で見られるようになった。
そんな生活に嫌気がさしてな、昨夜こっそりと城から抜け出してきたんだ。」


 僕はノーラスとどこか似ている所があるように感じてならなかった。


「ノーラスは、この先どこへ行こうと?」


 そう聞くと、ノーラスはニッと笑った。



「メルモヒーユだ。」



 僕は聞きなれない単語に顔をしかめた。



「聞いたことがないのか、幸せの地と呼ばれているところだ。
噂によると凄く豊かな土地なんだそうだ。」



「幸せの……地?」



「長い旅になると思うが君も来るか?」



 僕は元気良く返事をした。
 ついに僕もこの部屋から出る時が来たのだ。
こころなしか、ノーラスの顔色も明るくなった気がした。
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