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1章

30話 フェアリーテイル

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 メメル達に推理ゲームを仕掛けてから、五日経った。彼女から音沙汰はない。

 これまで冒険者ギルドで働き詰めだったメンバーに三日間の休みをもらえることになった。和葉は明日からだ。
 今日は雇った女性の子供が熱を出したためハウルが臨時で助っ人に入ってくれることになった。

 調理場の女神がいる。仕事が楽そうだ。最初のうち和葉は敬遠されていたが、料理を通じて心の距離は通常程度には縮まってきた。

「そういうえばさ、『フェアリーテイル』って知ってる?」

 ハウルが、和葉の顔を見ながら問いかけた。

「フェアリーテイル……? 御伽話か?」
「おとぎ話? いや、ある組織の名前なんだけど……」
「マフィアだぞ、マフィア!」そうダンテが言う。

 裏で暴力や恐喝を行う裏社会の人間というよりは、大々的に破壊活動を行う組織らしい。全国に拠点を持ち、時には王侯貴族にも喧嘩を吹っ掛ける。
 マフィアという概念がこの世界にもあるのか。頭のイカれたカルト団体の方が存在しそうだが。

「この国を拠点にしているフェアリーテイルが、『ブレーメン』っていう奴なんだけどさ。最近、活発に行動してるみたいなんだよね。冒険者ギルド周辺を嗅ぎまわってるみたいでさ、警戒してるんだよ」
「もしかして、ケイさんだけじゃなくハウルさんが護衛に来るのも?」
「そ。パトリック君はともかく、ギメイさんはねぇ?」
「確かに、私は戦力外も良いところだ。スライムだって倒せない」
「ネズミにも負けそうだよね☆」
「うん。まず、見掛けたら噛まれないように逃げるからな」

 ハウルが正直でよろしいと笑った。何ならレイラからもきちんとした警戒心を持っているのは素晴らしいとお褒めの言葉を頂いた。

 明後日、パトリックのスキルを実践しにリルスの森へ行くことになっていた。森へ入るにはケイとハウルが同伴すると話を聞いていたが、そういう危険があるからついてくるのか。

 その『ブレーメン』という男は、見た目は長い金髪、瞳は緑色。眼鏡をかけている優男。明らかに良い所の坊ちゃんみたいな風貌だという。

「盗賊団や賞金首も手駒として取り扱うため、取り分け注意が必要なんだよ」
「詳しすぎないか?」
「第二王子にちょっかいかけまくってるからな」とダンテ。
「王子に、ちょっかい??」
「カズハさん、良いですか? フェアリーテイルのメンバーを見分ける方法があります。彼らは、二の腕に妖精の羽を模した入れ墨を入れているんですよ」そうレイラが言う。

 和葉を新人冒険者みたいに扱っていないだろうか……しかし、実際のところ、新人冒険者よりも常識が欠損しているのは事実か。未だにこの世界に馴染めたようには思えない。

 カロリーナ達から注文が飛んできた。すぐに厨房が慌ただしくなって、話はそれで終わってしまった。
 今日も注文数が鬼のように飛んでくる。やっぱり、唐揚げが人気だ。もうこうなったらレイラは油の前から動かなくなる。休憩を挟んでも良いというのだが、元来から頑張り屋なのだろう。そういう意味では、彼女のスキルの効果実証は、彼女の人を助けたいという思いを踏みにじった感はある。

 ただ、温度調整ができると……。

(死なない程度に温度を上げて、熱中症や四十度の熱を疑似的に引き起こせないかと考えてしまう)

 血液に働きかけなければいけるのではないか。微細な調整もできるんじゃないかとすごく気になる。しかしレイラには和葉が考えていることを押し付けることは、この先、彼女からの申し出がない限りはしない。

 スキルを使いたいというならまだしも、人を傷つけたいわけではないと真向から言った彼女に、それ以上を強制するようなことはしたくない。
 慌ただしい時間が、過ぎて行く。

 ■□■□■

「あれ? まだやってたの?」

 ハウルが厨房にやって来た。タンクトップ姿だ。しなやかに伸びている二の腕は程よく引き締まっている。
 脳内で自分の腕と比べてみれば、明らかに自分の筋力は貧弱だった。

 和葉は沸騰している鍋の前に立っていた。仕事で使う分のタレを瓶詰めにしている。和葉が抜ける三日間、念のため多めに作っている。それと、手土産も一つ分混ざっている。
 それらは、沸騰したお湯の中でクツクツと瓶が小刻みに揺れていた。

「それ、何してるの?」
「唐揚げの漬けダレと、炒め物のタレなどの物を少しでも長持ちするように、瓶内部の空気を抜いているんだ」
「へぇ。どれぐらい日持ちするの?」
「使い方による。私は四日ぐらいで使い切ってたから、詳しくは分からない」

 一週間ほどと言われているが、詳しくは自分も試したことがない。何より、材料や調味料に左右されるだろう。分からないことは心の奥にしまっておく。

「ねぇ、カラアゲの漬けタレって配合教えてもらえたり……する?」
「あぁ、構わない。明日にでもレシピを渡そう」
「えっ? 本当にいいの!?」
「あぁ。君が初めて食べた時、おいしいと言ってくれていただろう? それなら、昼食に作ってくれればいいし、もし転勤が決まったら、そっちでも作れるだろう?」
「本当にいい人だなぁ。俺だったら高値で売り払っちゃうのに!」
「そういう手法もあるのか。初めて知った。一枚、いくらぐらいだろうか?」
「物にもよるけど、カラアゲのレシピなら大銀貨吹っ掛けてもいけると思う……」
「あぁ、そういえば、字が書けるんだから今から口頭で伝えれば良いな」
「えっ? 良いの!?」

 肯定すればハウルは紙とペンを持ってくると厨房を出た。和葉は布を瓶に巻き付けて、蓋を静かにゆっくり開く。素手触ったら火傷をするからだ。

 ぷしゅっと空気の抜ける音が聞こえた。一瞬で瓶の蓋を閉める。
 同様に、他の瓶からも空気を抜いていく。最後に再び沸騰しているお湯へ戻すと、ちょうどハウルが戻ってきた。

 食べることを考えていそうなハウルの瞳は、真昼の太陽のような輝きを携えていた。
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