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1章
29話 貴族と平民
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再び静かになった冒険者ギルドでは、重苦しい空気が漂う。
「何か、さ……ジェペットさん、実験止めちゃいそうじゃない?」
「止めない。今、ジェペットさんの手から離れたら、どれだけ危険が散々脅したんだ。人々を守りたいと願う彼女が、命を奪う選択をする連中を前に研究を放棄する理由がない。何より止めると言ったら、私が説得して継続させる」
「ちょっと?! さっき、実験を継続するか止めるかの質問してたじゃん!! その意味は?!」
「彼女が今後研究を続ける際に、心構えを持っておいてほしいと思ったからだ」
直感で信じてもらえたのは人間として嬉しいことだが、やはり赤の他人に研究ノートを渡すのは警戒心が薄い。正直すごく怖い。そんなノリで、悪人の手に渡ってしまうのではないだろうかと思ってしまうのだ。
「カズハ。お前の国では、そういう考えが普通に意見できる国だというのは分かった。だが、我らの王、ひいては貴族も、そんなことを進んで行う人間じゃない」
「差別を常習的に行う人間がいる国は信用に値しない。冒険者達を見ていれば分かることだ」
貴族出身の冒険者もいる。もちろん、品の良い貴族はいるが、どうも高圧的な態度の貴族が多い。もちろん、注意しているがそのまま受注に至るケースが多い。貴族相手に変な言い方をして仕事を続けられなくなったら困るから、物を言わないようにしているように見えた。
何度か、依頼書を奪った貴族出身の冒険者から、最初に手を取ろうとしていた冒険者に渡そうとしたが、全員が和葉の申し出を断った。何なら、和葉の方に難癖をつけてきた連中は家名を名乗りながら、自分に逆らったらどうなるか云々と脅してくる始末。
それが、これまでカウンターに立って知ったことだ。
不信を抱かせれば終わり。それは一種の『信頼』だからだ。
信頼を築くのは大変だ。だが一方で、信頼とは簡単に崩壊し、修復が非常に困難だ。
「君が性格の悪い貴族じゃないのは分かっている。だが、大多数を見て判断するのは人間の性であり、自分を守るための防御本能だ」
「……ハウルか」
「え? 何が?」
「カズハさんに貴族だとは名乗っていなかった」
「えっ?! いや、俺も言ってないけど!?」
「バレたくなかったのか? なら、これからは食事の際の所作は平民に寄せた方が良い。きれいすぎる。おそらく、デイヴィスさんも貴族出身だろう。それと、パトリックさんも」
二人が固まる。
「えっ? パトリック君も??」
「多分だが、貴族ぐらいしかナイフ使わないんじゃないか?」
ハウルはフレンチトーストに直接かじりついていたし、リーセルはナイフが添えてあるのにフォークだけで切り分けた。一方で、ケイやパトリック、デイヴィスとシーラは使っていた。ただ、シーラの場合、食べ方の所作に和葉と同じ凡庸さがある。やはり、きれいだと感じたのは、今名前を挙げた三人だけだ。
それと、名前を名乗るのに家名もあった。ケイとデイヴィスは家名を名乗った。パトリックはステータスで確認している。一方で、他のメンバーはフルネームが名前だけだ。貴族には家名があるんだろう。
受付の仕事をしていれば、ギルドメンバーの名前を見る。家名が付いている冒険者と、名前のみの冒険者に分かれていた。さらに、和葉の行動を脅してくる連中は家名を名乗っているのだ。昔の日本でも、身分のある家の人間ぐらいしか家名を持っていなかったし、そうだろうと思っていた。
「違うのか?」
ケイが沈黙した。ハウルは笑いながら「俺のせいじゃないじゃーん! このお貴族様めー!」と彼の頬をつっつ突いた。
「カズハさんも貴族だろう?」
「いや、平民だ」
「なんっ」「えっ、嘘?!」
「いや、貴族からしたら私みたいなのが貴族なんておこがましいだろう?」
質問してきたケイが信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
貴族制度なら遠の昔に廃止され、平民も家名を名乗って良いことになっている。
客観的に言うなら、日本国民は貴族という身分制は向いていない国民性だと思う。ブラック企業上等。そこに身分制まで加わっていたらパワハラとセクハラ三昧だっただろう。廃止しておいてくれて本当に有り難いことである。
王政が悪い訳ではない。ただ、日本という国の、国民性には合っていなかった。
「寧ろ、何故そう思われていたのか甚だ疑問だ」
「いや、貴族にも物怖じしないからさ……」
「貴族だというのなら、ケイさんみたいに『この人を敬いたい』と思えるような態度を示してからものを言ってもらいたい」
「いや、ミリもそんな態度取ってないよね?」
「……した方が良かったのか?」
「いや、今まで通りでいい」
「だろう?」と和葉は首を傾げる。そうでなければ、もう早めに言葉遣いについて注意が入っていたはずだからだ。
「まぁ、酒場のウェイターをやりたくない理由は貴族という立場であることは関係なさそうだが」
「……」
ハウルが、和葉の顔をそろぉーっと覗き込む。
「実は心を読むアビリティでもある?」
「持っていないな。それは、君もステータスを見て知ってるだろう?」
「……あぁ~、そうねぇ~~」
単純に、表に出たくないならカウンター業務を請け負わない。だが、冒険者の仕事はしっかりやっているのだ。
理由なんて別に聞かなくて良いことだ。仕事に支障さえ出なければ。
「何か、さ……ジェペットさん、実験止めちゃいそうじゃない?」
「止めない。今、ジェペットさんの手から離れたら、どれだけ危険が散々脅したんだ。人々を守りたいと願う彼女が、命を奪う選択をする連中を前に研究を放棄する理由がない。何より止めると言ったら、私が説得して継続させる」
「ちょっと?! さっき、実験を継続するか止めるかの質問してたじゃん!! その意味は?!」
「彼女が今後研究を続ける際に、心構えを持っておいてほしいと思ったからだ」
直感で信じてもらえたのは人間として嬉しいことだが、やはり赤の他人に研究ノートを渡すのは警戒心が薄い。正直すごく怖い。そんなノリで、悪人の手に渡ってしまうのではないだろうかと思ってしまうのだ。
「カズハ。お前の国では、そういう考えが普通に意見できる国だというのは分かった。だが、我らの王、ひいては貴族も、そんなことを進んで行う人間じゃない」
「差別を常習的に行う人間がいる国は信用に値しない。冒険者達を見ていれば分かることだ」
貴族出身の冒険者もいる。もちろん、品の良い貴族はいるが、どうも高圧的な態度の貴族が多い。もちろん、注意しているがそのまま受注に至るケースが多い。貴族相手に変な言い方をして仕事を続けられなくなったら困るから、物を言わないようにしているように見えた。
何度か、依頼書を奪った貴族出身の冒険者から、最初に手を取ろうとしていた冒険者に渡そうとしたが、全員が和葉の申し出を断った。何なら、和葉の方に難癖をつけてきた連中は家名を名乗りながら、自分に逆らったらどうなるか云々と脅してくる始末。
それが、これまでカウンターに立って知ったことだ。
不信を抱かせれば終わり。それは一種の『信頼』だからだ。
信頼を築くのは大変だ。だが一方で、信頼とは簡単に崩壊し、修復が非常に困難だ。
「君が性格の悪い貴族じゃないのは分かっている。だが、大多数を見て判断するのは人間の性であり、自分を守るための防御本能だ」
「……ハウルか」
「え? 何が?」
「カズハさんに貴族だとは名乗っていなかった」
「えっ?! いや、俺も言ってないけど!?」
「バレたくなかったのか? なら、これからは食事の際の所作は平民に寄せた方が良い。きれいすぎる。おそらく、デイヴィスさんも貴族出身だろう。それと、パトリックさんも」
二人が固まる。
「えっ? パトリック君も??」
「多分だが、貴族ぐらいしかナイフ使わないんじゃないか?」
ハウルはフレンチトーストに直接かじりついていたし、リーセルはナイフが添えてあるのにフォークだけで切り分けた。一方で、ケイやパトリック、デイヴィスとシーラは使っていた。ただ、シーラの場合、食べ方の所作に和葉と同じ凡庸さがある。やはり、きれいだと感じたのは、今名前を挙げた三人だけだ。
それと、名前を名乗るのに家名もあった。ケイとデイヴィスは家名を名乗った。パトリックはステータスで確認している。一方で、他のメンバーはフルネームが名前だけだ。貴族には家名があるんだろう。
受付の仕事をしていれば、ギルドメンバーの名前を見る。家名が付いている冒険者と、名前のみの冒険者に分かれていた。さらに、和葉の行動を脅してくる連中は家名を名乗っているのだ。昔の日本でも、身分のある家の人間ぐらいしか家名を持っていなかったし、そうだろうと思っていた。
「違うのか?」
ケイが沈黙した。ハウルは笑いながら「俺のせいじゃないじゃーん! このお貴族様めー!」と彼の頬をつっつ突いた。
「カズハさんも貴族だろう?」
「いや、平民だ」
「なんっ」「えっ、嘘?!」
「いや、貴族からしたら私みたいなのが貴族なんておこがましいだろう?」
質問してきたケイが信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
貴族制度なら遠の昔に廃止され、平民も家名を名乗って良いことになっている。
客観的に言うなら、日本国民は貴族という身分制は向いていない国民性だと思う。ブラック企業上等。そこに身分制まで加わっていたらパワハラとセクハラ三昧だっただろう。廃止しておいてくれて本当に有り難いことである。
王政が悪い訳ではない。ただ、日本という国の、国民性には合っていなかった。
「寧ろ、何故そう思われていたのか甚だ疑問だ」
「いや、貴族にも物怖じしないからさ……」
「貴族だというのなら、ケイさんみたいに『この人を敬いたい』と思えるような態度を示してからものを言ってもらいたい」
「いや、ミリもそんな態度取ってないよね?」
「……した方が良かったのか?」
「いや、今まで通りでいい」
「だろう?」と和葉は首を傾げる。そうでなければ、もう早めに言葉遣いについて注意が入っていたはずだからだ。
「まぁ、酒場のウェイターをやりたくない理由は貴族という立場であることは関係なさそうだが」
「……」
ハウルが、和葉の顔をそろぉーっと覗き込む。
「実は心を読むアビリティでもある?」
「持っていないな。それは、君もステータスを見て知ってるだろう?」
「……あぁ~、そうねぇ~~」
単純に、表に出たくないならカウンター業務を請け負わない。だが、冒険者の仕事はしっかりやっているのだ。
理由なんて別に聞かなくて良いことだ。仕事に支障さえ出なければ。
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