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1章
33話 国に売らないでほしかった理由
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紅茶が出てきた。チーズケーキも二種類ずつ皿に鎮座している。
「タタさん、ジェペットさんが魔法ポーションを成功させていることを既に知ってたんだな?」
メメルがぎょっと体を震わせた。
その様子に見覚えがある。
カズハが推理ゲームをした時だ。魔導具には成功か失敗かの二択しかない……そう言った時、大慌てでメメルは声を上げて別の質問をしたのだ。
タタの顔を見て突然、魔導具の結果が二つしかないことを唐突に思い出した。
あの時は何の気なしに推理ゲームの材料として使用していたが、今思えばタタの発言、確信を持っていたからだ。
完成していることを知っていたからこそ、和葉に「見たいのは実験だけか?」と問いかけたのだ。
それは、警戒心。
「私の怪しさと言ったら百点満点中、文句なしの満点だったと思う」
「確かにね……だが、メメルから聞いたよ。自分は死にたくないから国には売るなってね」
「あぁ。国のためになんて死にたくないが、本命は私が使いたいから国に売らないでほしかったんだ」
国が先に所有すれば、平民が魔法ポーションを持てるようになるのは戦争になってからだ。
それでは、日本という温室育ちの和葉は戦争に巻き込まれて死ぬだろうし、実際に使用えなくなってしまう。
平民と貴族の隔たりが強いこの国では王侯貴族が魔法ポーションを独占する。いやそれは他国であっても同じかもしれない。
それは一重に、平民からの『反乱』を恐れているからだ。
誰でも使える魔法ポーション。
それは一方で、貴族や平民の勢力バランスを崩す戦力となる力を秘めた発明でもある。
「だからって、冒険者ギルドに売ろうとは思わないがね」
「おっと、バレたか」
「ある程度国政から距離があって、世界各地に拠点があるなんざ、冒険者ギルド以外にないだろう。宗教国家であるシャラリアだったら、教会も国の中枢を担う権力者になるからね」
「なら、タタさんが買うかい?」
「買える金がないよ……」
リリーン、と低く落ち着いたベルの音が来客だと呼び掛ける。
閉めておくんだったとタタがボソリと呟き、重たい腰を上げて店内へ出向いた。
彼女の姿が見えなくなったが、ドアが開きっぱなしのせいで店内の話し声が微かに聞こえてくる。
「こんにちは、マダム。ジェペットさんはご在宅ですか?」
「メメルはまだ見つからなかったのかい?」
男の声だ。ソプラノ域の、優しい声色。だが、和葉にも分かる。
明らかにメメルが目当てだ。というか、いると分かっている。しかも、タタもこなれたように躱しながら仕事を進めている。
「そう言えばここ最近、冒険者ギルドの人が素材を買い漁っていたみたいですね。こちらにも?」
「確かに冒険者ギルドの人なら来ているよ。会いたいなら呼んで来るかい?」」
(これ、私が差し出される流れ……)
「おや、どんな人がいらしているんですか?」
「カズハさん、あなたにお客だよ」
引き合いに出されてしまっては仕方がない。和葉はタタに呼ばれ、奥から出る。
その男性は、長い金髪に緑色の瞳。眼鏡をかけている。誰から見ても良いところの坊っちゃんみたいな優男……――。
(待て待て待て、ブレーメン?!)
彼は和葉を眺めていた。すると、その横に視線を逸らすなり、あっと言わんばかりに表情を変えて和葉へと一瞥した。
「いやぁ、あなたでしたかギメイさん! お噂は予てより伺っております。そちらの少年がパトリック・エルヴィン君ですね? お初お目にかかります。私、ハリス・ローガンと申します」
今、タタが和葉の名前を言った。それまでは和葉への反応が薄かった。
しかし、今は一転して和葉が使っている『ギメイ』という名前を使っている。
聞こえなかったのだ。『かずは』という音が。
つまり、彼にはスキルが影響を及ぼすような人物だ。
(マジ物のブレーメンだ。どうやって帰らせよう)
「君ですよね? 意識のない人々に回復ポーションを飲ませて彼らの救助に当たったり、シルバーグリズリー二体を生け捕りにして来たっていう少年は。何でも、不思議な球体を操るとか……」
何だが含みのある言い方をする男にパトリックも何かを察知したようで、和葉の後ろに隠れてしまう。
パトリックは人見知りだからマジマジ見るなと告げてから、奥でチーズケーキを食べるよう言って、戻らせる。
「えっ?! もかして、ギメイさんの新作料理ですか? それなら是非とも私も食べてみたい! 実はですね、あなたの料理のファンなんですよ!」
「作っているのはダンテさんだ。私は人手の足りない厨房を手伝っているだけにすぎない」
「カロリーナさんが言ってましたよ、君が提供してくれた料理のお陰で収益が鰻登りだと!」
(あの女、言うなと言ったのに……)
思わず半眼になったカロリーナなりの接客術として諦めるが、客にそれを伝えたことは後でチクらせてもらおう。
奥へ行こうとするブレーメンより先に、タタがパトリックを奥へ押しやって扉の鍵までかけてしまった。和葉も追い出された形になったが仕方がない。
「店の外で話そう」
「別に今ここでも良いでしょう?」
「タタさんにとって、ローガンさんのそういう性格が苦手なんだろう。外へ出てくれ」
分かりました、と唇を尖らせた彼は店の扉へと向かった。
先に外へと出たブレーメン。陽の光を浴びた金髪は美しく太陽の光を反射していた。
和葉は店の外に出ないまま扉を閉めた。
がちゃ! とドアノブについていた鍵を回す。
『えっ?! ちょ、何で鍵までかけるんですか!?』
「君が、店の奥まで上がり込もうとする不審者だと判断したからだ。店の奥には店の重要情報がある。そんな所に許可なく上がり込もうとする奴は大半、下心がある奴だ」
和葉は『閉店』と書かれている札をひっくり返す。
扉をガチャガチャするような野蛮な真似はしなかったが、おーい、とブレーメンはガラス越しに扉を叩き続けた。
その視線は、下に落ちていた。
「タタさん、ジェペットさんが魔法ポーションを成功させていることを既に知ってたんだな?」
メメルがぎょっと体を震わせた。
その様子に見覚えがある。
カズハが推理ゲームをした時だ。魔導具には成功か失敗かの二択しかない……そう言った時、大慌てでメメルは声を上げて別の質問をしたのだ。
タタの顔を見て突然、魔導具の結果が二つしかないことを唐突に思い出した。
あの時は何の気なしに推理ゲームの材料として使用していたが、今思えばタタの発言、確信を持っていたからだ。
完成していることを知っていたからこそ、和葉に「見たいのは実験だけか?」と問いかけたのだ。
それは、警戒心。
「私の怪しさと言ったら百点満点中、文句なしの満点だったと思う」
「確かにね……だが、メメルから聞いたよ。自分は死にたくないから国には売るなってね」
「あぁ。国のためになんて死にたくないが、本命は私が使いたいから国に売らないでほしかったんだ」
国が先に所有すれば、平民が魔法ポーションを持てるようになるのは戦争になってからだ。
それでは、日本という温室育ちの和葉は戦争に巻き込まれて死ぬだろうし、実際に使用えなくなってしまう。
平民と貴族の隔たりが強いこの国では王侯貴族が魔法ポーションを独占する。いやそれは他国であっても同じかもしれない。
それは一重に、平民からの『反乱』を恐れているからだ。
誰でも使える魔法ポーション。
それは一方で、貴族や平民の勢力バランスを崩す戦力となる力を秘めた発明でもある。
「だからって、冒険者ギルドに売ろうとは思わないがね」
「おっと、バレたか」
「ある程度国政から距離があって、世界各地に拠点があるなんざ、冒険者ギルド以外にないだろう。宗教国家であるシャラリアだったら、教会も国の中枢を担う権力者になるからね」
「なら、タタさんが買うかい?」
「買える金がないよ……」
リリーン、と低く落ち着いたベルの音が来客だと呼び掛ける。
閉めておくんだったとタタがボソリと呟き、重たい腰を上げて店内へ出向いた。
彼女の姿が見えなくなったが、ドアが開きっぱなしのせいで店内の話し声が微かに聞こえてくる。
「こんにちは、マダム。ジェペットさんはご在宅ですか?」
「メメルはまだ見つからなかったのかい?」
男の声だ。ソプラノ域の、優しい声色。だが、和葉にも分かる。
明らかにメメルが目当てだ。というか、いると分かっている。しかも、タタもこなれたように躱しながら仕事を進めている。
「そう言えばここ最近、冒険者ギルドの人が素材を買い漁っていたみたいですね。こちらにも?」
「確かに冒険者ギルドの人なら来ているよ。会いたいなら呼んで来るかい?」」
(これ、私が差し出される流れ……)
「おや、どんな人がいらしているんですか?」
「カズハさん、あなたにお客だよ」
引き合いに出されてしまっては仕方がない。和葉はタタに呼ばれ、奥から出る。
その男性は、長い金髪に緑色の瞳。眼鏡をかけている。誰から見ても良いところの坊っちゃんみたいな優男……――。
(待て待て待て、ブレーメン?!)
彼は和葉を眺めていた。すると、その横に視線を逸らすなり、あっと言わんばかりに表情を変えて和葉へと一瞥した。
「いやぁ、あなたでしたかギメイさん! お噂は予てより伺っております。そちらの少年がパトリック・エルヴィン君ですね? お初お目にかかります。私、ハリス・ローガンと申します」
今、タタが和葉の名前を言った。それまでは和葉への反応が薄かった。
しかし、今は一転して和葉が使っている『ギメイ』という名前を使っている。
聞こえなかったのだ。『かずは』という音が。
つまり、彼にはスキルが影響を及ぼすような人物だ。
(マジ物のブレーメンだ。どうやって帰らせよう)
「君ですよね? 意識のない人々に回復ポーションを飲ませて彼らの救助に当たったり、シルバーグリズリー二体を生け捕りにして来たっていう少年は。何でも、不思議な球体を操るとか……」
何だが含みのある言い方をする男にパトリックも何かを察知したようで、和葉の後ろに隠れてしまう。
パトリックは人見知りだからマジマジ見るなと告げてから、奥でチーズケーキを食べるよう言って、戻らせる。
「えっ?! もかして、ギメイさんの新作料理ですか? それなら是非とも私も食べてみたい! 実はですね、あなたの料理のファンなんですよ!」
「作っているのはダンテさんだ。私は人手の足りない厨房を手伝っているだけにすぎない」
「カロリーナさんが言ってましたよ、君が提供してくれた料理のお陰で収益が鰻登りだと!」
(あの女、言うなと言ったのに……)
思わず半眼になったカロリーナなりの接客術として諦めるが、客にそれを伝えたことは後でチクらせてもらおう。
奥へ行こうとするブレーメンより先に、タタがパトリックを奥へ押しやって扉の鍵までかけてしまった。和葉も追い出された形になったが仕方がない。
「店の外で話そう」
「別に今ここでも良いでしょう?」
「タタさんにとって、ローガンさんのそういう性格が苦手なんだろう。外へ出てくれ」
分かりました、と唇を尖らせた彼は店の扉へと向かった。
先に外へと出たブレーメン。陽の光を浴びた金髪は美しく太陽の光を反射していた。
和葉は店の外に出ないまま扉を閉めた。
がちゃ! とドアノブについていた鍵を回す。
『えっ?! ちょ、何で鍵までかけるんですか!?』
「君が、店の奥まで上がり込もうとする不審者だと判断したからだ。店の奥には店の重要情報がある。そんな所に許可なく上がり込もうとする奴は大半、下心がある奴だ」
和葉は『閉店』と書かれている札をひっくり返す。
扉をガチャガチャするような野蛮な真似はしなかったが、おーい、とブレーメンはガラス越しに扉を叩き続けた。
その視線は、下に落ちていた。
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