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1章

34話 ブレーメン

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 扉に背を向けて、和葉は腕を組む。

 パチリ、とピースが嵌まる。
 枝分かれしている思考が、根元へと戻るように集束していく。

(まずい)

 ブレーメンこの男は、メメルが魔法ポーションを完成させていることを知っている。

『ねぇ、ギメイさん。私とお話しませんか? そうしたら、今日のところはお暇させていただきます』
「札を見ろ、閉店だ。いい年した大人が、人様に迷惑をかけるんじゃない」
『あなたが札を回したんでしょうが』

 構わず和葉は背を向ける。
 侵入を防ぐために勝手口に確認しようと思ったがのだが、

『良いんですか? 冒険者ギルドがわざわざ彼女のために差し押さえた素材、全部なくなっちゃいますよ』

 振り返れば、ブレーメンの口元が薄く笑みを浮かべていた。
 それは確信的な笑み。こうなることは全て予期していたと、全て計算内であると言わんばかりの笑みだ。

 言われてみれば、ブレーメンが嗅ぎ回っているという事前情報を知っていれば、そんな行動を取ることを予想できたかもしれない。
 つまり、和葉の考えが甘かったのだ。
 和葉達が集めた素材の情報から、メメルが実験で使う素材を割り出す事ができる。そこを奪えば、自分達はお金も払わずに必要素材も集められる……。

(あれ……これ、どんな反応をするのが正解なんだろう)
「すまない。どんな反応をするのが正解なんだ?」

 ブレーメンが笑顔で固まった。それは、機から見れば誰かに笑いかけているようなスマイルにしか見えないが、この男は今、間違いなく予想外の反応を示されて固まっている。

「……えっと、すまない。話を、続けてくれ。とても……とてもすごく、驚いた」
『そんな棒読みされたの、初めてですよ』
「すまない。今思えば、王子おちょくっている犯罪者ならやるだろうなと思って」
『心外ですね。王子をおちょくってるなんて、誰が言ったんです?』
「冒険者ギルドで働いてる皆が。何なら、先輩冒険者からフェアリーテイルのメンバーを見分ける方法も教えてもらったんだ。ちょっと二の腕見せてくれないか?」
『良い度胸してますね。今度、自分の目で確かめなさい』
「今見せてくれても良いじゃないか。本物じゃないんだろう?」

 第一、自分はブレーメンじゃないと抜かし始めた彼には仲間達からもらった情報と合致していると返答。
 そんな見た目の人間は山程いると抜かす彼には、別人だったとして、どうして冒険者ギルドが素材差し押さえたという情報を持っているのか、何故、冒険者ギルドのギメイだと知っているのかと、冒険者ギルドを嗅ぎ回ってないと、出てこない情報だと告げる。
 少なくとも、シルバーグリズリーの件は他の子供が真似をして森に入る可能性が出てしまうから秘密にしてもらっているのだから。

『おや。本当に差し押さえているんですか?』
「何を差し押さえているか、分かっているからそう脅してるんだろう?」
『つまり、認めるということですね』
「それは裏を返せば、君も確実に奪い取る準備を整えてるという意味だろう。大丈夫なのか、ベナードは?」
『何故、今、その男の名前が出てくるんです?』

 和葉は腕を組んで、扉の少し上を眺める。
 視線をブレーメンに戻して。

「……何故だろうか?」
『……』

 何言ってんだコイツと言わんばかりにブレーメンが目を細めた。
 和葉にも時々起こる現象だ。何故か、考えてもいなかったことが、口から飛び出す。

 こういう時は大概、今の状況に関係あることだ。

「あ」(ブレーメンとグルなのか)
『何か、思いついたのですか?』
「きっと、ジェペットさんは彼の所に捕まっているんだ」
『は?』
「彼は前々からジェペットさんの研究成果を奪おうとしていた。だが、彼女は冒険者ギルドでもソロのBランカーで、ただのデブブタハゲでは太刀打ちできなかったんだろう。だから犯罪者を利用して彼女を誘拐し、研究成果を奪い取るために良からぬことをしているんだ。それの手を貸したのが君なんだろう。きっと、神様が私に助けてやってほしいと直感を授けてくださったんだ」
『あなた、本当に神なんて信じてるんですか?』呆れたようにブレーメンが目を細める。
「当然だろう…………――いや、君は神様を信じてないのか?」
『神が何をしてくれると言うんです?』
「今みたいに、『この人を助けてくれ』という直感をくれる」

 ブレーメンの表情が、こんな奴だったなんて、と言わんばかりの失望感で彩られていた。

 ともあれ、である。

「声を掛けてくれて、ありがとう。ベナードの所に乗り込んでみるとするよ」
『はぁ……あなたみたいな信仰心のある人間はつまらない。勝手にすれば良いですよ。どうせ無駄骨でしょうから』
「そうか? 神様からのサプライズは、意外性に富んでいて面白い。それを引き寄せの法則と言うのだが……」
『えっ』『あっ!』

 ブレーメンと、紙袋を持った浅黒い肌の青年が向き合っていた。紫色の瞳が、ブレーメンを見上げて大きく見開かれていたのも一瞬。荷物を片腕にブレーメンの顔面目掛けて蹴り込んだ。

 ブレーメンは身を屈めて躱すと、瞬く間に逃走。

 蹴りはというと、タタの店のドアを破壊 した。
 木製戸とガラスの破片が和葉の顔のすれすれを横切って、四方八方へ舞い落ちた。

「待ちなさい、ブレーメン!!」

 彼は足を引っ込め、蹴り空けた穴からそう怒鳴り声を上げる。荷物を放り投げ、その青年もいなくなってしまった。

 床に散ったガラス片が太陽の光を浴びて、キラキラと光っている。

 カズハさん! とパトリックが駆け寄ってきた。
 そこには、後を追ってきたメメルとタタの姿もある。

「ジェペットさん、良い知らせだ」

 きょとんと首を傾げるメメルに、和葉は笑い掛ける。

「神様は、君の研究成功の時を、もう待ちきれないらしい」
「へっ??」
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