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7話 身体強化を使えば痛くない!

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 いつもなら使用人休憩室で待っているはずのミザリーがいなかった。その代わり、他のメイド達がくすくすとエマを嘲笑うように見下ろした。

「先程、アリア様が呼んでいらしたわよ」
「元気になった、あなたの姿が見たいんですって」

 メイド達は、これからエマが酷い目に遭うと分かっていて笑っているのだ。

 アリアに会いたくない。
 でも、行かなければ体罰と称して殴られるのだろう。それを、誰も助けてくれない。
 スキルを奪い取れるチャンスだとしても、会いたくない……。

 その時、天啓を受けたように思考がひらめいた。

(身体強化使ったら、痛くないんじゃない?!)

 誰も助けてくれないなら、自分自身を守るしかないのだ。
 そう思ったエマは握り拳を作って今まで笑っているだけだったメイド達に頭を下げると部屋を退室した。

 *

 エマはアリアの居る部屋をノックする。そこはかつて、自分が使っていた部屋だ。

「エマです」
『入りなさい』

 アリアの冷めた声が扉越しに聞こえてきた。
 扉を押し開けば、自分が使っていた頃の名残が残るぬいぐるみや家具が並んでいた。アリアは自分の部屋が与えられているのに、わざわざこの部屋がほしいと両親にごねたのだ。

 ソファーに座っているアリアは、母のマリアエルに似ていて亜麻色の髪。ロレンスもだが、その美貌も受け継いでいる。その髪を縦ロールにしてツインテールにしている。アリアの両サイドには、ターナーが雇った優秀なボディーガードが立っていた。こんな時間まで付き合わせるなんて、早く休ませてあげれば良いのに……。
 アリアは杖を持って歩み寄ってくる。魔法を補助する杖を何度も振り下ろした。魔力伝導率の高いオリハルコンが使われた高級な魔法の杖だ。

 マリアエルと同じで、この国において非常に希少な聖属性を持っているアリア。エマは闇属性だから余計に肩身の狭い思いをした。

 アリアが歩み寄ってくる。この隙に身体強化スキルを発動する。体が軽くなった。
 アリアはすぐにエマの髪を掴んで引っ張る。身体強化って、頭皮にも効果があるんだとちょっと驚いた。

「1週間も寝たふりなんて良い度胸じゃない、使用人の分際で!」
「本当に、今日までずっと眠り続けていたの。寝たふりなんて、してないわ」
「自分から階段から勝手に落ちたくせに、被害者面も良いところだわ!」

 突き落としたのはあなたじゃない。そう言いそうになったところを横凪ぎに振るわれた杖のせいで止まる。
 アリアがぶくすっと頬を膨らませた。

「ふざけんじゃないわよ! 這いつくばれっての!」
(あっ! 全然痛くなくて忘れてた!)

 今度は反対方向から飛んできた杖に合わせてエマは倒れる。全然痛みがない。
 アリアは次に杖を何度も何度も振り下ろす。「生意気なのよ!」「目障りだわ!」とびしん、びしんと体に衝撃が走る。でも全く痛くない。

(はっ! いけない、痛がらないと!!)
「いっ、痛い痛い! 止めて、アリア!」
「うるっさいわね! 無能のくせに!!」
(良かった、痛くないのはバレてない!!)

 顔を見られたらバレそうだから、頭を抱えて痛がっているふりを続けた。
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