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 あれよあれよと話が進んでしまい、ヴァレリアは生菓子と、日持ちする焼き菓子を作ることになった。冒険者達の間であれば、日持する菓子は好まれるだろうとフォンからの助言を受けたヴァレリアはレシピを提供する。

 レシピを提供するだけのヴァレリアが大変なはずはない。何もかもが厨房組の負担となった。試作品を作るだけでなく一定の品質を保つべくレンドルで雇った人達を指導。

 この世界にはミキサーという物がなかった。ヴァレリアのレシピにはメレンゲ、生クリームなど泡立てるお菓子が多い。
 腱鞘炎になるのではと心配していたが、アルトがいつの間にか試作を合わせて三台もミキサーを用意してくれた。ハリス達も泡立て器の登場にとても喜んだ。

 一方ヴァレリアは旬のフルーツを食べてちょっと太った。お菓子を食べるには体重増加という犠牲は付き物であるが、試食はそろそろ終わってほしい。

(でも、チョコレートがない)

 そう、一番食べたいお菓子はチョコレートである。要は原料にあたるカカオがないのだ。

 しかしこの世界でカカオなんて名前である可能性は非常に低い。一応、クローナには聞いてみたが知らないと言われてしまった。
 そもそも形状が違うこともある。生クリームなんてヤシの実のような実から出てきた。ココナッツミルクではないのだ。

 商品はショートケーキ、レアチーズとベイクドチーズ、プリンと季節のタルト。焼き菓子はグラノーラバー、クッキー、それからメレンゲクッキー。
 長期保存が可能なように密封袋に乾燥剤を入れて実験したが、長期保存が可能性だったのはメレンゲクッキーだ。

 お店の名前は、ヴァレリアが決めて良いと言われて、『シオン』にした。紫に関連する名前が入っているという単純の理由だ。

 準備期間中は時々冒険者ギルドの人達に宣伝を兼ね冒険者達にも試食してもらっていたのが功を奏したらしい。当日は人が殺到した。

 ポールで蛇行させておいたが、開店三時間前から並ぶ強者までいて既にはみ出している。彼らが形成する長蛇の列はギルドの外へと続いていた。

 中には執事服やメイド服の人までいた。冒険者ギルド内でしか広告していないはずだが。

「ですが、ここまで賑わっているなら好機ですね。ステラ研究所に行きましょう」
「! はいっ!」

 案内されたのはギルドマスターの部屋の前。だが、フォンがいつも付けている腕時計を、「職員以外入室禁止」の部分に押し当てると、やんわりとプレートが光を放って消えた。

 扉を開くとそこは以前見た部屋ではなく、植物園が広がっていた。
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