上 下
24 / 40

イメージ詐欺だ

しおりを挟む
 王太子殿下のとんでもない一言に私は絶句した。
紅茶を飲んでいなくてよかった。
飲んでいたら悲惨な状態になった事は間違いない。


「……どういう事でしょうか」

「いやすまない、冗談だよ。でもまあ君の本心は大体わかった」

「何が分かったというのですか?」

「君はあまり執着していないね。王室の持つ権威というものに」

「なぜそんな事が分かるんです?」

「ほんの一瞬だけど表情が固まったからさ。本音が知りたかったのでね」


 その為に適当な質問をしたというのか。
少し意地が悪いというか抜け目がない。
義兄になるはずだった目の前の人物に対する印象が少し変わりそうだ。


(……ちょっと印象と違う感じがして来たわね。
それに私の本音なんて知る必要もないでしょうに)


「実際、決してありえない話ではないよ。たとえば私と婚姻すればね」

「御冗談を……殿下にはご婚約者もおられるでしょう」

「いや。いなくなった」

「えっ?」

「婚約が無くなったんだ。ま、君の場合とは違うんだがね。
円満的解消といった所かな」

「解消……?」

「正確に言えば結婚する必要が無くなったんだ」

「それは一体どういう……」

「知りたいかい?」


(……こ、この方はぁ……)


 エドゥアルもそうだけど私の第一印象は結構外れるのかもしれない。


(エゴン殿下の件を謝罪した時に抱いた感動の気持ちも薄れるわ。)


 外見も中身も揃っているが天使の様に清らかな性格ではなさそうだ。


(’確かに王太子殿下ともあろう方ががぽやぽやしてるだけじゃダメなのでしょうけど)


 どうやら性格に余計な属性が加わっている。私と同様の捻くれ属性だ。
イメージ詐欺だ。


「……いえ、結構です」

「まあどうせわかる事だから教えてあげるよ。
そもそも隣国の王女と我が国の王太子である僕はなぜ婚約者だったのか。
それはもちろん隣国と我が国とのつながりを強くする為だ。そうだろう?」


 渋々頷く。

 お父様が関わった今回の併合案は隣国の方から王国に提案された事だった。
我が国と帝国に挟まれた隣国は軍事的緩衝地帯である。
その為、王国と帝国の間には常に隣国の自陣への取り込み合いというものが存在していた。

 それに対しての隣国の外交姿勢は基本的に蝙蝠外交である。
それぞれの王室と自国の王女を使って縁を結びどっちつかずの状態を維持する事だ。
我が国の場合はそれが王太子殿下という訳である。

 しかし、元々隣国は帝国から日常的に侵略まがいの行為をされていた。
近年激しくなってきてついに我が王国の方に吸収してくれと泣きついた訳だった。


「そういう訳で私達の婚約は意味が無くなった。
結婚しなくとも隣国は我が王国に併合される事になったからね。
つまり、私達が結婚する必要も理由も既に無くなった」


 嫌な言い方だが我が国としては釣った魚に餌をやる必要はないという事か。
帝国は自らの領土的野心の為に結果的には敵対している我が国に新たな領土を与える事になったという訳だ。


「でも、そう簡単な話では無いように思えますが。
国が一つになるからと生まれた時点で決まっていた婚約を取り消すなんて」

「よく知っているね。私の事を」

「国民として当然です」

「実際、簡単な話なのさ。王族の結婚なんて実際は感情抜きで実利重視の物だ。
別の流れで当初の目的が達成されたらする必要のない事はしない」

「で、でも、ご本人同士のお気持ちはどうなのですか?」

「それも全く問題ないよ」

「そうなのですか?」

「ああ。彼女と僕は長年の、言うなれば幼馴染の兄妹みたいな関係でね。
そもそも彼女には好きな男が地元に居るんだ」

「……」

「と、いう訳で私は婚約者が居なくなって現在独り身の寂しい男という訳さ。
誰と婚姻しようと問題ないだろう?」

「大ありですわ。我が国としては」

「じゃあ、それこそ君とかがいいのじゃないかな」

「失礼な言い方になりますが、そんな事は軽々しく云う物では……」

「別におかしくないだろう? 
そもそも父王が決めた婚約者が居なかったら私が君の婚約者だったはずだ」

「それはそうかもしれませんが、王太子妃なんて私には無理ですわ」

「そんな事無いだろう」

「何故そう思うのですか?」

「第一に君はエゴンの婚約者として王子妃教育をそつなくこなしてきた。
第二にそれが出来るという事は王太子妃になる能力がある」

「王太子殿下と第二王子殿下は違います」

「分ってるだろう。
王太子である僕に何か不幸があったら第二王子であるエゴンが王座に就く。
つまり、妃教育に違いはない」


(確かにそうだわ。言い方が悪いけど私達はスペアの様な存在だったのだから)


 しかし、一体なぜこんな話をしているのか。
もしかしてエゴン殿下の謝罪というよりこちらの話がメインだったのではないか。
そんな考えが浮かんできた。
真偽はわからないがとりあえず別の方から抵抗を試みる。


「私に神聖魔力はありませんわ」

「別にかまわないんじゃないのかな。
大体聖女候補が出現していない時代は普通に国内国外貴族と婚姻していたしね」

「それは……」

「そもそも私は聖女なんて存在は常に他の国々と戦争をして怪我人が大量に出ていた時代に崇められた存在だと思っている。
国家の行く末を担う者の考えとしては戦いの傷を治せる伴侶よりも戦いを避ける努力が出来る伴侶の方がありがたい」


 殿下の言っている事は一々正論だ。
敵う訳がない。

 
(確かに殿下はそうでしょうけど、こちらにも都合と感情があるんです)


 エゴン殿下との嫌な記憶が刻まれた今の私は王家そのものに忌避感が出ている。
理屈ではそうでも感情が『はい、そうですね』とは簡単に云えない。
すると丁度部屋の扉が開いた。
父が戻ってきたようだった。
 

「……当面はとてもそんな事考えられませんわ。」

「つい最近、夫を亡くした女性に対して言う言葉では無かったね。すまない」

 
 訳も無く追い詰められていた気がしていた私は内心父に感謝した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

セヴンス・ヘヴン

BL / 連載中 24h.ポイント:1,087pt お気に入り:7

僕のずっと大事な人

BL / 連載中 24h.ポイント:1,371pt お気に入り:35

俺の魔力は甘いらしい

BL / 完結 24h.ポイント:804pt お気に入り:161

アリスと女王

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:904

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:31

平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

BL / 完結 24h.ポイント:1,746pt お気に入り:3,944

強面な騎士様は異世界から来た少女にぞっこんです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:504pt お気に入り:35

地下牢にて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

処理中です...