重清狸ばなし★ヒプノサロンいせき1

野栗

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鷲の門

徳島城公園狸騒動・職質の巻

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数日後。

鳴門の県民体育館で高校野球県予選の抽選が行われた。店の古いテレビから流れるニュースには、例によって揺れる画面の中、抽選のくじ引きに立ったキャプテンの中に、蜂須賀商業・梅沢喜一の姿が映った。

レギュラーからは外れたが、キャプテンとしてベンチ入りするんだー

海四(みよん)とおミヨは顔を見合わせた。
おミヨは母校・太刀野山農林高野球部の後輩が映らないか目を凝らしたが、残念ながらカメラがタチノー主将の方を向くことはなかった。

月が変わり、数日後には県予選が始まるという日。ちょうどおミヨの休日で、いつもの通り派手な花柄のトップに中近東風唐草模様のアラビアンパンツ、背中にバットケースという微妙ないでたちで店の扉を開けた。空を仰ぐと、雲行きも微妙だ。鷲の門の方向に歩みを進めると、右側の新聞販売店の壁にでかでかと貼り出された高校野球県予選組み合わせ表と、去年の予選決勝のポスター写真ー逆転ホームランの瞬間ーが目に入った。

ータチノーの相手、小松島の学校かあ。

おミヨの視線が組み合わせ表をたどる。

ー蜂須賀商業、鳴門と美馬の学校の勝者と当たるんや…

胸が高鳴るのが抑え切れない。

海四さんに頼んだら、タチノーの試合だけでも見に行かせてもらえるやろか?おミヨは素早く試合日程と球場をチェックした。


鷲の門をくぐると、今日は城山ではなく博物館の隣の庭園に足を向けた。
大きな庭石ーというより岩ーと木立に囲まれた、池と枯山水のある起伏に富んだ庭。周りを見ると誰もいない。木立の陰にしゃがんでバットケースを置き、そっと狸の姿に戻った。

左の後足に注意しながら岩山を上り、池の水をなめては塩辛いと顔をしかめ、尻尾をふりふり枯山水のど真ん中を駆け回る。そうしているうちに、次第にイタズラ心が湧いてきた。

おミヨは思い切って、慣れ親しんできたいつもの姿ー坊主頭の高校球児ーに化けた。

バットケースからバットを抜くと、枯山水に掛かる石橋の真ん中に立った。思い切り振る。幼稚園の子どもみたいに「一番センター谷一くん!」とひとり気勢をあげる。誰もおらん。めっちゃ最高や!

そう、去年は一回戦で当たった徳島市内の学校には勝てたが、二回戦は運悪く阿南の強豪校に当たってしまった。エースはあっけなくノックアウトされ、おミヨは盗塁を悉く阻まれた。唯一の得点は終盤、キャプテンの長打で一塁から快足をとばしてホームインしたおミヨのそれだけだった。この日でおミヨたち3年生部員の夏は終わった…

おミヨはぶんぶんバットを振り回した。今にも泣きそうな空から、ぽつぽつ雨が降り出した。

ついこないだまで、うちらは太刀野山の実習林でヒーヒー言いながら下草刈りをし、泥んこになって野球の練習をし、ヤマでも里でも数え切れないほどイタズラをしでかしては藤黒監督や担任、校長にこってり油を絞られた。ごっつしんどくて、めっちゃ楽しかった。

雨脚は次第に強まってきた。

おミヨは全く意に介さず、バットで雨を散らしながらぶんぶん振り回した。夏が終わったーなんて簡単に言わんといてほしい、ホンマ、狸(ひと)の夏を好き勝手に終わらさんといて!…

ー? 

雨の音以外の物音、そして人の声。
どんどん近づいてくる。

ーなに?

バットを振り回しながら、恐る恐る周りをうかがう。

ー?!

いつの間にか、おミヨは雨合羽を着た警察官たちに取り囲まれていた。

「こんにちは。…何してるんですか?そんなものを持って」

おミヨは口も聞けないまま押し黙っていた。


わけのわからぬままにパトカーに乗せられ、裁判所の前の警察署に連れ込まれた。バットもバットケースも取り上げられ、おミヨは渡されたタオルで頭を拭いながら、警察官らに促されるままに署内に入った。

「君、高校生?名前は?」

「…」

「あんなところで、何してたの?」

「…」

「あんな雨の中で、ほんと、何してたわけ?」

「…」

おミヨは目をぱちくりさせるだけで、何一つ答えられない。

ひとりの警察官がおミヨの外見をメモし、それを上司らしい警察官に見せる。
「全く、日和佐に皇族がおいでて、そっちの警備にガッツリ人もってかれとるのに、ほんまやくたいな…」とぼやく声が聞こえる。

「何も言わへんのか?」

「はい」

「しゃーないなぁ…どれ…ユニフォームの胸にローマ字でTACHINO、左袖んとこに徳島、背番号は8…はぁ」

「県の高野連にでも問い合わせますか?」

「そうしてくれ、…ああめんどくさい」

海四はいつまでたっても戻ってこないおミヨに、一体どないしたんやろか?と心配になり始めた。つい最近、公園で刃傷沙汰が起きていて、警察のパトロールが増えたな、と思っていた。

ー事件にでも巻き込まれたんやろか?

まさか。あの子に限って。
海四は自転車にまたがり、公園の方に向かった。
雨上がりの西の空には、茜色がさし始めている。

ー高校野球の季節が近づいてきて、里心がついたんやろか?発作的に汽車に乗って、太刀野山に向かったんやろか?
海四は公園を突っ切ると、駅の方に向かった。

ー自転車を置いて駅ビルに入ると、蜂須賀商業の制服を着た高校生が二人、海四の目に入った。男子生徒は学校のバッグの他に、大きなスポーツバッグを抱えている。隣の女子生徒はソフトボール選手のようなさっぱりとしたショートカット。二人とも小麦色に日焼けしている。

ーあの子、梅沢くん?

海四はおミヨを探しながら二人に近づいた。
ー間違いない。

梅沢と女子生徒は何か楽しそうに言葉を交わしては笑っている。
おミヨの姿はどこにもない。
海四は公園に引き返した。

警察の問い合わせに、県高野連も大会前のこのくそ忙しい時に何なん!と言わんばかりの無愛想さで「タチノーは、そう、三野町の太刀野山農林高校、選手登録ではえーと…8番は川人…なんて読むんやこれ?…はいはい、川人タエ…多いに英語の英…はい、そうです。ほな!」と電話をガチャ切りした。

警察官は今度は太刀野山農林に電話する。

「野球部の川人タエくんですが…」

電話口から先方のわちゃわちゃぶりが周囲の警官の耳に入る。

「藤黒さぁん!…おタエのことで、徳島市の警察から電話来よるでよ」

「おタエ!またイタズラか?」

「え?なんしに?うち何もしてへんでよ!」

電話口で藤黒監督とおタエがやいのやいの言い合う声が警官たちの耳に入る。

「はい太刀野山農林野球部の藤黒です…おタエ…川人ですか?ここにおりますけど」

「…?ほたらこの子誰?」

「電話に出して下さい」

警察官は受話器をおミヨに突き出した。

「もしもし?藤黒です」

「…監督…」

おミヨは胸が一杯になった。

「…お前、おミヨか?」

「…はい…」

「警察って、おまはん何したんや?」

「…何もしてへん…何も…」

広い公園を回り、城山のてっぺんをくまなく探し、阿波おどりの練習に集まる若者たちの群れに割り込んでは聞き込み、足が棒のようになった海四は一旦店に戻った。夕方の予約客の応対を終えると、空はすっかり真っ暗になっていた。

おミヨは戻ってこない。
連絡もない。
いたたまれず、再び店の外に出た。

レンタカー屋の大奥さんが店のシャッターを閉めている。

「どしたん海四さん?」

大奥さんに声をかけられた海四は、思わずぼろぼろ涙をこぼした。

大奥さんに付き添われ陸橋を渡ると、海四は通りの向こうの警察署に入っていった。

応対に当たった女性警官に、海四はおミヨの名前と特徴ー谷一ミヨ、花柄のトップにアラビアンパンツにバットケース、お下げ髪ーをひとわたり説明した。警官ははたと思い当たったように

「少しお待ち下さい」

と奥の部屋に向かった。


奥の部屋に、谷一ミヨー坊主頭で太刀野山農林高校野球部の試合用ユニに県高野連公認背番号ーがいる。

「関係者らしい方がおいでたので、こちらに通してよろしいですか?」

海四は女性警官に促されて奥の部屋に入った。

おミヨはガバッと立ち上がって「海四さん!」と叫んだ。

「バカ!」

海四はおミヨをにらみつけた。

「あんたをどんだけ探した思うてんの!あんなみっちゃん、自分で勝手に化けといて、なんしに自分のことよう説明できんの?全部うちらに説明させるわけ?」

警察官たちは目が点になっている。

「…そういえば、西阿(そら)の方に、狸の学校があるて聞いたことがあります…」

まだ若い警官がおずおずと口を開いた。

「すみません。うち、その学校の卒業生です。みんなうちが悪いんです。ごめんなさい!もうしません!」


あー、徳島県警って、狸の世話までせなアカンのか、ほんま何やねんこの県!…おっと、忘れもんですよ!

警官からバットケースを受け取ると、大奥さんはふたりの間に入り、ふたりの背中を抱えるように陸橋を渡った。

「今日はうちでご飯せんで?」

三人は裏に回ってレンタカー屋に入った。大奥さんが茹でたたらいうどんを、狭い事務室で肩を寄せ合いながらすすった。


灼熱の夏はすぐそこに来ている。
    
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