重清狸ばなし★ヒプノサロンいせき1

野栗

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鷲の門

ユキコ

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西日がカンカン照りつける中、真っ黒に日焼けしたおミヨが戻ってきた。
海四(みよん)が毎回のように日焼け止めこじゃんと塗りない、と言っても「うち狸じゃけん大丈夫じゃ」とおざなりにちょこちょこ塗るだけで、おミヨは野球の応援から戻るたび、盛大に日焼けして帰ってきた。

今日は母校タチノーが、おタエら後輩の活躍で準々決勝進出を決め、おミヨはこの勢いで甲子園初出場じゃあ!と怪気炎を上げている。

美馬高校に大勝した鳴門南と蜂須賀商業の試合は明日、同じ鳴門の球場で行われる。海四は再びサロンのチラシをおミヨに託すと、パソコンに向かって出張手続を行った。

おミヨは例によって試合開始前にチラシ配りを行い、頃合いを見計らって球場に入った。
あのマネージャーの子…あれからどないしてるやろか?
スターティングメンバーに、あの梅沢喜一は入っていない。
梅沢の名や姿を見るたびに、おミヨは無性にいたたまれなくなった。薄ぼんやりと、前世でー重清で似たようなことがあった気がする。

おミヨは女子生徒の群れの近くに座った。生徒たちは占いの話で盛り上がっている。よほどチラシを出そうかと思ったが、海四の「おまわりなんか呼ばれた日には…」という言葉を思い出して自重した。

「ラッキーカラーとか、当たるんやろか?」

「知らんわー」

「気休めみたいなもんやろ?」

「なんやしらん、昨日ユキコが気にしよったやん」

「ユキコそんな趣味あった?」

「あの子なんかちょっとスピってる、いうか、前に何やしらん、パワーストーン使って野球部のメンバーにお守りみたいなの作っとったやん…」

「あんた知らんの?あの子、野球部やめたんやて」

話が違う方向に舵を切った。

「ほんま?」

「なんか、梅沢先輩に振られたらしいじょ」

「え?」

「なんしに?」

「なんか、ミーティングで言うたみたい」

「何言うたん?」

「梅沢先輩をレギュラーにしてくれ言うたらしい」

「えー!」

「それで、公私混同するようなやつは野球部においておけん、みたいな話になったらしい」

「そんなこと言うたのあの子?」

「それ、やめたんやなくて、やめさせられたんちゃうの?」

「…しっ!」

「どしたん?」

「…ユキコ、来とる」

「ほんま?」

「ほんまや…」

女子生徒の視線の先に、あのマネージャーの姿があった。白いTシャツに、つばの広いサンバイザーをかぶっている。サンバイザーもポニーテールをくくるゴムも白だ。

あの子、名前、ユキコっていうんだ。


ー試合が始まった。
梅沢は伝令をつとめていた。
チームで一番先頭に立ち、一番頼りにされている部員が担う役割。
試合は序盤に満塁の危機があったが伝令梅沢のアドバイスで冷静さを取り戻した守備陣が得点を許さず、その後も危なげない試合運びで、蜂商は準々決勝に駒を進めた。


試合が終わるや、おミヨはさっと球場の外に出てチラシを配り始めた。

ユキコの話で盛り上がっていた女子生徒の群れに、ダメもとでチラシを差し出すと、リーダー格の子が「なにこれ?」と受け取った。それにつられるように、周りの子たちも手を伸ばしてきた。

「徳島本町のヒプノサロンいせきです。よろしくお願いします」

「ヒプノセラピーやて」

「何?前世?」

「へー、うちらの前世って何なんやろ」

「ほなけんどセラピー料ごっつするやん」

「相談料は取らんて書いてあるじょ」

「ほこがヤバいんちゃう?」

「そやそや」

などとピーチクパーチク賑やかだ。


おミヨは適当なところでチラシまきを切り上げると、せっかく鳴門まで来たんじゃけん、今日は駅まで行ってチラシまいてみようかと思い付いた。遠回りになるが、夏の日はまだまだ高い。
バスに乗ると、後ろの席に隠れるようにして座っている白い服の高校生が目に入った。

ーあの子や!

蜂商の関係者を避けるために遠回りしていることはすぐにわかった。話しかけようかと思ったが、やめておいた。
汽車の時間を見ながら鳴門駅前でチラシ配りをして、おミヨが徳島駅に着いたころには日はだいぶ西の方に移動していた。

あたりやで大判焼きでも買うていこうかと、そごうの方向に足を向けた。
駅前の観光案内の裏側で、数人の女子高生が集まっているのが目に入った。 何だか不穏な雰囲気だ。

「あんた、何考えとんの?」

「なんで試合見に来たん?」

「知らんとでも思うとったん?」

女子高生の輪の中心に、白いTシャツのユキコがいた。

「梅沢先輩にまだ未練があるん?」

ショートカットの生徒が詰め寄る。

「ある」

ユキコがきっぱりと答える。

「あるけど、あんたらが思うてるようなんと違うわ」

「じゃあ何なん?」

「今のチームには、梅沢先輩が真ん中におることが必要やって、うちは今でも思うとる」

「先輩キャプテンやんか!」

ショートカットの子が即座に言い返す。

「なんでキャプテンが先発で試合に出えへんの?それおかしいやん!」

「そんなん、あんたの考えることちゃうやろ?」

「なんしに?うちかて野球部員やで…今は違うけど」

ユキコはうつむいた。 

「とにかく、ユキコ、あんた部の周りをうろちょろするのやめてくれへん?皆ごっつ気ぃ悪いんじゃ」

「…わかった。ほなけんど、うち、先輩に、あんたらが思てるような種類の未練とかないけんな。うちは、ホームベースのとこに先輩がおらんの、ほんま考えられんのや、今もそう思てる、それだけや」

「…これ」

ショートカットの子がコンビニのビニール袋をユキコに押し付けた。

「前あんたと一緒にこっしゃえたもんやけど、皆もう持っていとうない言うとるけん、返すわ」

ユキコは勢いに押されるように袋を受け取った。

おミヨは立ち聞きを気取られぬよう、そっとその場を離れた。

ユキコを残して、生徒たちはバス停や駅の方に散っていった。
ユキコはその背中を見送ると、顔をこわばらせたまま人混みの中に消えていった。


大判焼きを頬張りながら、おミヨは夢中で蜂商野球部女子マネの話をした。

「ようわからんけど、聞いとったら、そのユキコって子が独り相撲してるような、そんな感じ…やろか?ほなけんど、自分だって野球部員やけんチームのこと考えるんや、って少しもおかしい話ちがうわな、みっちゃん」

「タチノーは女子マネおらんかったけんなぁ…」

「そらそうや、あんたんくは雌狸も雄狸もみな大会仕様に合わせて化けて試合出よるんやけん」

「あの子、なんか可哀想やった」

「そら、確かに野球はグラウンドに出とる9人だけでしよるわけちゃうやろけど」

「伝令やコーチャーのおかげで勝てたいうんは、うちらもよう経験してきたし、ホンマにそうなんやけど、…」

「みっちゃんらも、そやったん?」

「そらそうや。うちすぐに頭に血がのぼってまうけん、何度サードコーチャーに進塁止められて命拾いしたことか」

「あはは、なんや目に浮かぶなぁそれ」

「えへへ…そやねんけど、うーん、やっぱり試合に出るために練習してきとるけんなぁ皆」

「定員は9人。それ以上はお引き取り下さい、やろ」

「そこがしんどいとこじゃ。梅沢くんもそやけど、どんなに頑張ってきたいうても、どんなに切のうても、最上級生で今年が最後やいうても、どもならんじゃ。そういうのをマスコミが、裏方の支えが勝利を呼んだとか、さもさもええ話みたいにわかった顔して書き立てるのも、ホンマ腹立つで」

口から大判焼きのあんこをまきちらす勢いておミヨがしゃべる。

「いくら伝令やコーチャーが大事や、チームの戦力や言われてもな、やっぱりそれは違うんよ」

「ほんまにしんどい話やな。試合に出れても出れいでも」

おミヨはうつむいた。


ユキコは、自分のために言うたんや言いよった。タチノーではチームがうまいこと回っていて、ポジションもベンチ入りもずっと順当やった。
狸も人間も変わらへん。試合に出られる人数がルールで決まっとる以上、誰かが外れんならん。このこと自体がものっそ悲しいし、胸が痛い。

ーほなけんど、なんしにここまでしくしく胸が痛むんやろ、うち。
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